ある唄歌いの譚30コメント

1 るせ id:VQReHnO0

2013-01-01(火) 14:19:19 [削除依頼]
「歌うのをやめたら赦しません。絶対に、赦しませんから」


――あるうたうたいのはなし
  • 11 るせ id:e9MfBz41

    2013-01-08(火) 22:47:49 [削除依頼]
    「ねぇ、凛。僕は凛の唄が好きだよ」
    「……知ってますよ」
    「すっごく好きなんだ」
     どれほど好きかなんて、言葉では言い表せない。好きで好きで、大好きで、愛おしくて仕方ない。伝わって欲しいのに、気持ちを口にすると驚くほど陳腐に聞こえる。
    「とてもとても好きなんだ。ねぇ、伝わってる?」
     風が吹いて、川が少しだけ波立って、凛の髪を靡かせた。凛は小さく首を傾げて、僕のことを見つめる。瞬きするたびに長い睫毛が震えた。ゆるやかな沈黙を支配するのは川音だけ。
    「……律はわたしの唄が好きなんですか」
    「うん」
    「じゃあ、唄が好きなだけで、わたし自身はどうでも良いんですか?」
     その言葉は僅かな棘を孕んで、僕の胸にストンと落ちてきた。ツキツキと小さな痛みが広がっていく。
     どうしてそんな、そんな哀しいことを言うのだろう。凛のことがどうでも良いなんて、そんなことは絶対に有り得ないのに。凛より気高くて、尊くて、大切な存在を僕は知らない。
    「どうして、どうしてそんなこと、言うんだよ。凛が、凛が存在しなくちゃ、意味がないのに。凛の唄より、凛の方が、凛自身の方がずっと尊いのに、どうしてそんな」
     言っているうちに目頭が熱くなってきて、鼻の奥がツンとした。声の震えを抑えたくて、ギュッと拳を握る。すると、唐突に凛の笑い声が聞こえてきて、僕は目を丸くした。
    「あははっ。律は泣き虫さんですね」
    「――まだ、泣いてない!」
    「まだ、ですけど。でももう泣く寸前の顔、してますよ」
     凛は苦笑して、僕にデコピンを食らわせる。額に広がるじんわりとした痛みは、冬の風の冷たさに似ている気がした。
  • 12 るせ id:pcNHscS0

    2013-01-12(土) 21:20:33 [削除依頼]
    「ねぇ、律」
     凛がゆるりと首を傾げた。桃色の唇から洩れる白い吐息が空間に溶けていく。
    「律がわたしの唄を好きなように、わたしも律の唄が大好きなんですよ」
     ふんわりと微笑んで。そんな凛の言葉に――大好きという言葉に、素直に嬉しいと、僕の胸は震えた。でも。
    「凛の唄には、どんなに頑張ったって敵わないよ」
     僕は凛の唄を初めて聴いたときから凛の唄を尊敬していて、畏怖すらも感じていて。感動とか、一言で言い表せないほど、彼女の唄は僕の中で大きな存在で。自分の唄を卑下しているわけでもなんでもない。それくらい、凛の唄は僕を感動させている。
     凛はほんの少し哀しそうな顔をした。
    「……充分、敵ってますよ」
    「敵ってないよ」
    「――じゃあわたしも、律の唄には敵いません」
     凛は艶やかに笑って、人差し指を唇に当てる。どこか演技じみたその仕種は、まるで美しい絵画のように見えた。
    「敵わないものと敵わないものを掛けたらどうなると思います?」
     唄のように僕の鼓膜を震わせる凛の声。そんな彼女を僕はただただ見つめるしか出来ない。ひたすらに、見蕩れていた。
     凛はたっぷりと間を置いてから、スッと目を細める。
    「それはきっと、無限の可能性です。律の唄はわたしの心を動かしました。わたしの唄も律の心を動かしたのでしょう。だから……」
     僕の両手が凛の手に掴まれた。ひんやりとした冷たい手。けれども優しい掌。赤く染まった鼻、頬、黒い瞳。僕の目の前で、凛がくしゃりと微笑む。
    「もしわたし達が一緒に歌ったなら、もっとたくさんの人の心を動かせる。そんな気がしませんか?」
  • 13 るせ id:Il8o.Ds/

    2013-01-14(月) 00:03:54 [削除依頼]
     言葉が白い息に溶けていく。目の前が大きく開けていくような、そんな感覚があった。僕らの世界は間違いなく広がっている。
    「――ねぇ、律。わたしと一緒に歌いません? ずっとずっと一緒に、傍で、歌ってくれませんか?」
     そう言って、凛ははにかむ。僕は目を大きく見開いた。胸の鼓動が大きくて五月蝿い。視界がブレるような感覚すらあった。
    「……なんか、プロポーズみたいだ」
    「まぁ、プロポーズみたいなものですから」
     苦笑する凛の顔を目の前に、僕は「ええっ」と素っ頓狂な声を上げた。嬉しいのか悔しいのか、僕の顔は複雑な表情を浮かべているに違いない。けれど、それでも大きく胸が高鳴る。
    「女の子にプロポーズされるなんて、すっごくカッコ悪いじゃないか」
    「ふふっ。カッコ良い律なんて、律じゃありませんよ」
     冗談混じりな口調だったが、その言葉に僕は絶句した。嗚呼やっぱり、凛には敵いそうにない。
     それから僅かな沈黙。けれども穏やかな静かさだった。川のせせらぎが、僕の鼓膜を震わせる。
    「……それで、律。わたしのプロポーズは受けてくれるんですか?」
     凛の真っ直ぐな澄んだ瞳が僕を捉えた。ふと見上げた空は、いつの間にか闇色に染まっていて、とても綺麗な月が浮かんでいた。
     そして、高鳴る鼓動に目を閉じる。心の底から溢れる愛しさと一緒に、彼女を引き寄せた。僕の腕の中、華奢な体は少し震えた。
  • 14 るせ id:Il8o.Ds/

    2013-01-14(月) 18:14:15 [削除依頼]
     どれほどの時間、そうしていたのだろう。やがて僕らは帰路についた。どちらからともなく繋いだ手は、冬の夜の寒さには勝てなくて、指先から冷えていった。それでも触れる掌の温度は溶け合って温かい。
    「――律」
     凜の家の前に着いた、と思ったら、ふと耳を突いた彼女の声。パチリと目が合うと、凜はどこかはにかむように微笑んだ。
    「おやすみなさい」
    「おやすみ、凜」
     家の中へと消えていく背中を見送る。間もなく凜の部屋の電気がつくまで、僕は彼女の家の前に立っていた。

     それから向かいにある僕の家へと歩く。ふと、隣の家から飛び出してきた影が僕の視界の真ん中に立った。誰かなんて考えなくても分かる。それは僕と凜の幼馴染み――。
    「奏」
    「こんな夜遅くまでどこ行ってたの?」
     興味津々といった声音。彼女のセミロングの黒髪が風に舞う。ストールを肩に掛けているだけという防寒スタイルは、少しだけ寒そうに見えた。
    「ちょっとそこまで、だよ」
    「……凜と?」
     どこか分かりきったようにそう言うと、奏は凜の家の方へチラリと視線を投げた。そして思いっ切り眉間に皺を寄せ、不機嫌な顔をする。僕の返答なんか待たずに、彼女は続けた。
    「いっつも二人でばっか遊んでてズルいんだから。あたしのことも、たまには誘ってよね」
     そう言って腕を組む奏に、僕は苦笑いを浮かべる。なんとも言えない一瞬の間の後、奏がパッと笑顔を浮かべた。
    「――なーんて、藪蛇かな」
    「へ?」
     戸惑う僕を後目に、奏は自嘲気味に笑う。小さな街灯が照らす彼女のそんな表情に、変な胸騒ぎを覚える。冷たい風が、彼女の髪を乱した。
    「だってあたし、知ってるもの」
     途端に落ち着いた声音になって、奏はじっと僕を見つめてくる。真剣な眼光にドキリと緊張感が走った。
    「律は凜のことが好きなんでしょ」
     ドクンと心臓が大きく跳ねた。奏は俯いて沈黙する。ふと風が凪いで、静寂が辺りを満たした。それがしばらく続いたかと思うと、「それに」という声がポツリと落とされた。
    「凜もね」
     か細い声。一瞬の間。奏がとても弱弱しい存在に思えた。それから、ふいに上げられた奏の顔。目が合うと、彼女はニッコリと笑った。
    「そんでもって、あたしは律と凜が好き!」
     突き抜けるように明るい声だった。それに驚いたのと、言葉が予想外だったのとで、僕は目をパチクリとさせる。きっと狐に摘まれたような顔をしている。
    「えっと……奏?」
     結局、何を言いたいのかが分からず、首を傾げる。そんな僕を見てなのか、奏はふっと切なげに目を細めた。
    「いいのよ、それで。それでいいの」
     沈黙の帳が下りた。
  • 15 るせ id:1zMQJR51

    2013-01-15(火) 00:11:18 [削除依頼]
     風が吹く。ひんやりとしたそれは、僕の体の芯まで震わせる。奏の体も小刻みに震えていた。
    「……あたし、赦さないから」
    「――え?」
     一段と強い風が、奏のストールを不気味に靡かせる。冷えた体を温めるように、彼女はぎゅっと自らを抱きしめた。
    「凜のこと泣かせたら、赦さないから」
     ホロッと奏の褐色の瞳から涙が零れ落ちる。なんで泣いているのか、僕に分かるはずもなくて、ただ目を見開いた。奏は手で涙を拭うと「あはは」と苦笑いを浮かべる。
    「情けないなぁ、あたし」
    「奏、えっと……大丈夫?」
    「――うん。うん、大丈夫」
     細く消え入るような声音でそう言う奏は笑っていた。どこか壊れそうな笑顔だと思った。でも、そんな彼女を慰める術を僕は持ち合わせていなくて。
    「寒いから家帰りなよ」
    「うん、律も。風邪、引かないでね」
     奏は視線を地面へ落とすと、俯いたまま帰って行った。冷たい風に彼女の黒髪とストールが靡いていた。
     ふと凜の家に目を向けると、部屋の窓から凜がこちらを見ていることに気がついた。僕が振り向いたことに驚いたのか、凜の肩がビクッと震える。そんな凜に僕は小さく笑って手を振る。すると、彼女も手を振り返してくれた。それから僕は自分の家の門扉を開くと、ゆっくり足を踏み入れた。
  • 16 るせ id:1zMQJR51

    2013-01-15(火) 00:18:35 [削除依頼]
    目次 . >>3-7+10-15 ――1. 想の唄 next⇒2. 縁の唄
  • 17 るせ id:narA4/M1

    2013-01-27(日) 14:48:34 [削除依頼]
     ずっと息苦しさを感じながら生きてきた。誰のせいでもない。そのはずなのに、私はどんどん追い詰められて。
     そんなとき、ふいに現れた彼の言葉が降り注いだのだ。

    ――2. 縁の唄
  • 18 キルアルカ id:w7zZM5F/

    2013-01-27(日) 14:50:40 [削除依頼]
    頑張ってください!私の また一緒に にも是非!
  • 19 るせ id:narA4/M1

    2013-01-27(日) 15:11:50 [削除依頼]
    >キルアルカさん
    ありがとうございます^^
  • 20 るせ id:narA4/M1

    2013-01-27(日) 15:12:10 [削除依頼]
     雪が降っていた。手に持っている鞄がいつもより重く感じるのは、どんよりとした雲のせいではないだろう。返却されたばかりの自分の答案用紙が、脳裏に鮮明に浮かんでくる。南空琴子 (ミソラコトコ) という自分の名前の隣に書かれた採点結果。ふうっと長い溜め息を吐いた。
     いつもより少し遅めな足取りで、通学路である川沿いの道を歩いていく。うっすらと道路に積もった雪は儚げに見えた。もっとたくさん積もってくれたら、私のことも全部覆い隠してくれるんじゃないだろうか? そんな莫迦みたいなことを考えて、また溜め息を吐く。ひんやりとした風が、まるで私を責めるように頬を刺した。

     なぜ、なのだろう。頑張っても頑張らなくても、いつも私の成績は平平凡凡だ。平均より少し良いかな、少し悪いかな、というようなラインをふらふらしている。勉強だけじゃない、運動もだ。
     今回返却された試験は、いつもより頑張っていた、と思う。長い間、机に噛り付いていた。それなのに、結局いつもと変わらない。要領が悪いのか、勉強の仕方が悪いのか、はたまたそういう運命だとでもいうのだろうか。運命が決まっているのならば、頑張っても頑張らなくても結果は同じなのか。なんだか、いろんなことがどうでも良くなってきた。
     けれど、それでも。脳裏に浮かぶのは妹の姿。純粋で頑張り屋で、しっかり結果を残してくる妹。この前は全国順位二桁の成績を修めたと言っていたか。彼女の頑張りが成果として表れているのが嬉しい半面、胸の奥から沸々と嫉妬心が湧きあがってきた――同じ親から生まれた姉妹なのに、どうしてこんなにも違うのだろう?
  • 21 るせ id:BYUVAT51

    2013-01-30(水) 13:40:19 [削除依頼]
     雪がシンシンと降り続く。肺の奥へと入り込んでくる冷たい空気が、胸の奥で燻ぶる汚い感情を凍らせてくれたら良いのに。それで、家に帰ったら「ただいま」と言って、「おかえり」と笑う母に苦笑いで成績を告げて、妹と一緒にくだらないテレビ番組を見るんだ。私がどれだけ頑張っていたのかも、成績が変わらなかったことも、どうでも良いことだと目を逸らして、いつも通り振る舞おう。
     ゆっくりと深呼吸をして、鞄を握る手に力を込めた。この交差点を越えれば、もう自分の家だ。信号の無い横断歩道の手前に立つと、少し離れた所から車がこちらに向かってくるのが見えた。その車が通り過ぎるのを待つことにして、ぼんやりと前を眺める。
     ふいに、私の隣に見知らぬ青年が立った。あまりにも覚束ない足取りでやってきたので、私は思わず彼を凝視してしまった。ふうわりと風に靡く茶色い髪には雪が少しくっついていて、褐色の瞳はどこか虚ろ。ギターケースを手に持つ彼の姿はどこか頼りなくて、儚い。
     刹那、彼の身体が前へと傾いだ。ドキリと緊張感が体を駆け抜ける。車がもうすぐここを通るはず――轢かれてしまう!
    「危ない!」
     思わず叫んで、彼の腕を力強く後ろに引いた。瞬間、目の前を車が通り過ぎていく。――何事もなかった。緊張感が解れて、それでもドキドキと速まったままの鼓動を抑えるように深呼吸をして彼を見る。彼がゆっくりと私の方を向いた。
    「……り、ん?」
    「――え?」
     か細い声に私は戸惑う。一瞬の静寂。彼はすぐに、ハッとしたように目を見開いた。
    「ごめん、ありがとう。ちょっと知り合いに似てたから、びっくりしちゃったんだ」
     早口でそう言って、小さく頭を下げる。私も「いえ」と反射的に頭を下げた。
    「本当にごめん。ちょっと、ぼんやりしてた」
     彼は眉をハの字にして、もう一度頭を下げる。さっきまで虚ろだった瞳が嘘のように、目にはしっかりと光が宿っていた。そのことに、どことなく安心感を覚える。
     そして彼はゆっくりと歩き出した。雪が静かに降る中、遠ざかっていく彼の背中はどこか寂しげに見えた。その姿が見えなくなるまでじっと見つめ、それから私は足を踏み出す。薄く雪の積もった道路に足跡が残った。
  • 22 るせ id:PgizEMS1

    2013-02-02(土) 17:39:00 [削除依頼]
     家に帰ると、やっぱり母が「おかえり」と笑っていて、私の成績をと聞く苦笑いをしながら「でも落ちてないんだから良いじゃない」と言った。妹の透子 (トウコ) は制服である紺色のセーラー服を着たまま、リビングの白いソファに寝転がっていた。
    「お姉ちゃん、おかえりー」
    「透子、制服しわくちゃになるよ」
    「ねぇ、お姉ちゃん。聞いてよー」
     私の忠告を聞いているのかいないのか、透子はガバッと起き上がって、私の方へと身を乗り出してきた。
    「私、この前の模試良かったでしょ? だからってね、もっと上の高校受けろって先生言うんだよー?」
     透子は心底不満げに唇を尖らせる。私は「ふぅん」と相槌を打ちながら、着ていたコートをハンガーに掛けた。
    「良いじゃない。受けるだけ受けてみれば。透子ならどこを受けたって、ほとんど受かるんだし」
     我ながら棘のある言葉だな、なんて、どこか他人事のように考える。けれど、透子は私の言葉の棘など気にする様子もなく、ますます唇を尖らせて、ブーたれるだけだった。
    「お姉ちゃんまでそういうこと言うの? 私は行きたい高校以外は受けたくなんかないのに」
    「受けてみれば記念にもなるよ」
    「やぁだ。行きたくないとこ受けたって、やる気失くして駄目になるだけだもん」
     そう言うと、透子は頬を膨らませてそっぽを向く。私はそんな透子の隣に腰掛けると、テレビのリモコンを手に取った。どのチャンネルにしても、面白そうだとか気になるだとか私を惹きつけるような番組はなかった。結局、なんだかヘラヘラ笑っているタレントがたくさん映っているバラエティー番組のところで、リモコンをミニテーブルへと置く。それから透子の方へと向いた。
    「それだけ意思が固いなら、好きなようにすれば良いんじゃない?」
  • 23 るせ id:4wm3ikZ.

    2013-02-02(土) 21:24:57 [削除依頼]
     パッと透子がこちらを向く。目がキラキラと輝いて、私の方へと身を乗り出してくる。顔がグッと近付いた。
    「ホント? お姉ちゃんにそう言って貰えると嬉しい!」
     満面の笑みを浮かべて声を弾ませる。なんだか一瞬、嫌な予感がした。こういう風に透子が日だまりの中にいるときは、大抵私は陰へと追いやられるのだ。透子は屈託の無い笑みを浮かべたまま続けた。
    「私、絶対お姉ちゃんと同じ高校行くから! そしたら一緒に登下校出来るでしょ?」
     ハッと呼吸が止まった。テレビから流れる莫迦みたいな笑い声も、透子の純粋な明るい声も、耳に入らなくなる。その後も、透子はニコニコと言葉を続けていたが、何を言っているのか分からなかった。

     嗚呼、嫌だ。嫌だ、嫌だ。胸の奥で自分自身が蹲って、頭を抱え、首を激しく横に振る。嫌だ、嫌なんだ。同じ学校になったら比べられる。「妹は優秀なのにね」なんて言葉を浴びせられる。私が閉塞する。嫌だ、嫌。嫌だよ。苦しくなるから。

    「――やめてよ!」
     私の口から零れ落ちた言葉に、透子の表情が凍りついた。私の言葉の意味を、聡い妹は一瞬で理解したに違いない。言うつもりなんてなかったのに。思わず口を両手で覆う。
    「……あ、違うの、冗談。一緒に学校行こう」
     そう笑顔で取り繕ったけれど、透子の顔を直視できない。私って本当に莫迦だ、なんて、ずっと前から身に沁みている。
  • 24 るせ id:oBWdMJr/

    2013-02-06(水) 00:04:04 [削除依頼]
     次の日のことだ。裸の木々は冷たい風に晒されていて、道路に薄く積もった雪は凍りついてツルツルとしていた。学校帰りの川沿いの道で、ふいに後ろから響いた優しげな声に、私は足を止める。
    「こんにちは。ちょっと僕の唄を聴いていきませんか?」
     その声の方向へ振り返ると、昨日の青年がふわりと微笑む。その手にはクラシックギター。冷たい風に、彼の茶髪がふわふわと靡いた。
    「……唄? ですか?」
     思ったより掠れた声が出た。それくらい私は戸惑っているのだろう。でも、何故なのだろう。何かが起こるかもしれないという期待感が胸で疼く。
    「うん、唄。ここだとちょっと目立つから、あそこの橋の下辺りで」
     そう言って、彼は川にかかった小さな橋の下を指差した。確かにあの辺りなら人はあまり近付かない。尤も、こんなに冷たい風が吹き抜けるような川沿いの道で、足を止める人は少ない気がするけれども。

     橋の下に行くと、どこから拾ってきたのか小さなダンボール箱が置いてあった。「ごめんね、そんなのしか用意できなかったけど、そこに座って」と彼は申し訳なさそうに眉を下げる。私は首を横に振って、そのダンボールに控えめに腰掛けた。それを見て、彼は小さく頷くと僅かに微笑んで、ギターを鳴らし始める。
     そしてハッと、私の呼吸が奪われた――音が、零れ落ちていく。彼が弦を弾いたその瞬間、一つ一つの音が珠となって、世界を伴い転がっていく。その様に、私は息を呑むことしか出来なかった。
     彼が口を開いた瞬間、転がった世界が花開き、どんどんと色濃く広がっていく。放たれたのは聞いたことのない言語だった。それでも優しく耳に馴染む言葉。声はどこまでも透き通っている。そして、ぎゅっと切なく胸を締めつけた。
     風が吹いた。声を、音を巻き込んで、私に押し寄せてくる。感服とも畏怖とも言えるような衝撃。刹那――飲み込まれる、吸い込まれる。これは唄という名の彼の世界そのものだ。あっという間に、私は彼の世界に包み込まれる。見たことも感じたこともないような世界の中に立たされていた。
  • 25 るせ id:AT3b1CA/

    2013-02-09(土) 22:51:56 [削除依頼]
     ふっと、淡い余韻を残して音が消える。彼は深くお辞儀をすると「ありがとう、聴いてくれて」と囁くように言った。その瞬間、何故か私の目から涙が溢れ出してきた。どうしてなのか分からない。分からないけれど、溢れてきて止まらない。私は自分の涙を、必死に腕で拭った。
    「――大丈夫?」
     少しだけ戸惑ったような声が降ってくる。私はうん、うん、と何度も頷いた。
    「ごめんね」
     弱弱しく落とされた謝罪の言葉に、私は激しく首を横に振った。「すごく素敵な唄でした」と、たった一言、やっとの思いで口にした言葉はか細く震える。それからしばらく沈黙した。川の音が優しく耳を撫でる中、彼は何も言わずにそこにいた。
     ふいに頭に柔らかな感触を感じて、私は驚き、目を見開いた。ゆっくりと顔を上げれば、彼が穏やかな表情をして私の頭を撫でている。何故かとても安心して、私はくしゃりと顔を歪めた。
    「辛いことや哀しいこと。たくさんあると思うけど」
     ぽつりと呟くように彼は言う。そんな彼の言葉はなんの脈絡もなかったように感じた。私は話が掴めなくて、けれども掴みたくて、彼をじっと見つめる。静寂が辺りを包み込んだ。
    「全部受け止めるなんて出来ないし、共感も出来るか怪しいけど、聞くことは出来るよ」
     彼は優しく微笑んで、私の前でしゃがんだ。目の高さを合わせると、まるで幼子を見守るような目をして私を見る。彼の褐色の瞳に、不安定な私が映り込んだ。
    「ごめんね、ただ君に唄を聴いてほしくなってしまっただけだったのに。とても負担をかけたみたいだ。だから……」
     とても優しいアルト。彼はそれ以上、何も言わなかった。
     ひんやりとした風が川沿いを吹き抜けていく。何か言おうと思って口を開き、何を言うべきか分からなくなって口を閉じる。そんなことを繰り返してから、口から勝手に出てきたのは、こんな言葉だった。
    「――私、駄目な子なんです」
     彼は口を閉ざしたまま、とても真剣な眼差しでじっと見つめてくる。私はそんな彼から視線を逸らした。
    「……なんにも器用に出来ないし。努力したって結果は変わらないし」
     一度、言葉を発してしまえば、それからはどんどん勝手に溢れてきた。自分でも驚くほどぶっちゃけてるし、愚痴ってる、と思う。こんな会って間もない人に、話を聞いてもらっている。他人に言ったことなんか、なかったのに。
    「妹に何一つとして勝てないし、嫉妬心ばかり溜まってて」
    「――そう、なのかな」
     ふいに落ちてきた彼の優しい声。私が彼を見上げると、とても穏やかな褐色の瞳がそこにあった。
    「勝てないと思っても、きっと負けてなんかいない。ただ、君は他人を認めてあげられる、そういう子なんだ」
     そう言って微笑む。刹那、冷たいけれども柔らかな風が橋の下を吹き抜けた。私はまた、泣きたくなった。
    「君はとっても優しい子だよ、きっと」
     彼はもう一度私の頭に触れ、ゆっくりと撫でてくれた――嗚呼、慰められている。私は目を閉じることで、溢れそうになる涙を我慢した。少しの沈黙の後、彼は私の頭に触れたままこう続けた。
    「もがいて苦しくて。でも、それは君が自分の足で立っている証拠。何よりも尊いことだと思うよ」
     ジンと胸の奥が優しく疼いた。
  • 26 るせ id:x.fq9wR.

    2013-02-16(土) 22:51:04 [削除依頼]
     それから続いたのは穏やかな静寂。川の音、風の音、橋の上を行き交う人や車の音。私の鼓膜をやんわりと擽った。
    「……あの、ありがとう」
     そう囁くように言って、彼に向けて微苦笑を浮かべた。なんだか少し、胸の奥のモヤモヤが和らいだ気がする。そんな私に、彼は柔らかく微笑み返し、うんうんと小さく頷くと、ゆったりとした仕草でクラシックギターをギターケースに仕舞い始めた。
    「あの……どうして唄を聴かせてくれたんですか?」
     なんとなく、本当になんとなく零れ落ちた疑問だった。その問いに、彼の体が少し震えた気がする。彼の視線と私の視線がゆっくりと絡んで、彼は苦々しいというような表情を浮かべた。その顔を見て、私はこの問い掛けをしたことを後悔する。きっと、訊いてほしくなかったことなのだ。
    「あ、ごめ――」
    「――お姉ちゃん!」
     ごめんなさいと謝ろうとしたけれど、私の言葉は遮られた。驚いて振り向くと、透子が必死の形相でこちらへと駆けてくるのが見える。なんだか泣きそうな表情だった。

    「透子! え、どうしたの?」
     私の前に立って、俯いてしまった透子に、わけも分からず声を掛ける。はぁはぁという荒い息遣いばかりが耳を突いた。それから透子はバッと顔を上げると叫ぶように言った。
    「お姉ちゃん、ごめんなさい! 私……、私……っ、全然気付いてなくて!」
     そして、透子の目から大粒の涙がボロボロと零れ落ちる。私は驚くやら戸惑うやら、一体何が起こっているのかを理解出来ずに、オロオロしていた。
    「昨日からずっと考えてたの。お姉ちゃん、本当は私と一緒に学校行きたくないんだよね? だって、目が真剣だったもん。どうしてなのかとか、全然分かんないけど、でも、私、お姉ちゃんが嫌なら一緒の学校行かないから。だから……、だから、私のこと嫌わないで!」
     一気に捲し立てるようにそう言って、ぐずぐずに泣くものだから、私は一層どうしたら良いのか分からなくなった。「嫌いになんかならないよ」と言うのは簡単なはずなのに、口から出て来ない。けれど、昨日の私の一瞬の言葉で、透子がこんなにも悩んだのだと痛感する。
    「……透子はなんで、そんなに私と一緒の学校行きたいの?」
     ふいに疑問が口を突く。心の奥底から、そう思っていた。何故、透子はそんなに私と。だって私は、こんなにも平平凡凡で、取り立てて言うほどの長所、尊敬されるべき点などを持っていない。優秀な妹、平凡な姉。だから私は比較されるのが怖い。愚かな自分を突き付けられるのが、ものすごく怖い。それなのに、どうして。透子は自分を惹き立てる役でも欲しいのだろうか。でもそんな子じゃない。そんな子じゃないということは、当たり前に知っている。
  • 27 るせ id:p73o65W0

    2013-02-20(水) 20:22:19 [削除依頼]
     透子は溢れる涙を制服の袖で乱暴に拭う。それでも涙は零れ続けた。
    「だって私、お姉ちゃんが頑張ってると私も頑張ろうって思うから」
    「え?」
    「頑張ってるお姉ちゃんの傍で、私も頑張りたいから。自分のこともあるのに、私のことを気遣ってくれて。お姉ちゃんは、私の――」
     それ以上の言葉は続かなかった。どんな言葉が続くのか、なんとなく分かるようで、分からなくて。でも、私の実を結ばない努力をこの子は知っていて、認めてくれていて。だからこそ、私と一緒の高校に行きたいと思ってくれたのに、私は自分のことばかり考えて拒絶して。
    「……ごめん」
     私って、本当に自分勝手で嫌なやつ。そう思ったら、ふと先ほどの青年の言葉を思い出した。
    『君はとっても優しい子だよ』
     首を横に振る。優しいのは透子の方だ。私は表面でだけ優しくしているだけで、根はただの卑屈野郎で。でも、あの人が言ってくれたように、本当に優しくなれたら、良い。尊い人に、なりたい。
     目の前で泣きじゃくる透子の顔を覗き込む。
    「私、もっと頑張るね。だから、一緒に頑張ろう、透子」
     私がそう言うと、透子は少し驚いたように私を見つめる。涙が止まっていた。
    「お姉ちゃん、それって……」
    「――うん。おいでよ、私の高校」
     その言葉を聞いた瞬間に、透子の顔が輝いた。「やった! ありがと!」と、今すぐ跳ねまわるんじゃないかというくらい、弾んだ声を出す。
    「絶対絶対、お姉ちゃんと同じとこ行くね!」
    「はいはい」

     そして、ふと透子から目を逸らしたとき、ギターの青年がいなくなっていることに気が付いた。慌てて周囲を見回すも、彼の柔らかな姿はどこにも見当たらない。
    「お姉ちゃん? どうかしたの?」
     透子がきょとんとした顔で首を傾げる。私はもう一度周囲を見回して、見つからない姿に落胆した。
    「……さっきまで、男の人がいたんだけど」
     胸のモヤモヤが少し晴れたのも、透子の優しさに気付けたのも、きっとあの人に話を聞いてもらったからなのに。もう一度、お礼を言いたいのに。私の生き方を尊いと言って認めてくれた、あの人に、もう一度。
     冷たくも爽やかな風が川面を駆け抜ける。波の音に乗って、透子の声が私の耳を突いた。
    「男の人? 誰?」
     一瞬の沈黙。もしまた会えたら、改めてお礼を言おう。そう決意して破顔する。
    「……とっても優しい唄歌い、かな?」
  • 28 るせ id:p73o65W0

    2013-02-20(水) 21:02:10 [削除依頼]
    目次 . >>3-7+10-15 ――1. 想の唄 >>17+20-27 ――2. 縁の唄 next⇒3. 恋の唄
  • 29 SAKU id:jIrtv3G.

    2013-02-20(水) 21:05:03 [削除依頼]
    るせさん、すごいですね・・・

    私、こんなに書けない・・・
  • 30 るせ id:ez-SlkIV3P1

    2013-02-20(水) 23:05:44 [削除依頼]
    >SAKUさん
    ありがとうございます^^
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