斬血のフィニトリア?204コメント

1 ジョバンニ id:RaStfGj0

2012-12-28(金) 00:22:36 [削除依頼]
 血に染まった歴史を繰り返すのは、人の過ちか、力の弱さか。


 北西から流れた五つの影。四つの国に溶け込んだ。
 それが自然であると言うかのように。人は無力だと知らせるかのように。

 過ちが生んだ五体のフィニトリアに立ち向かったのは、たった九人であった。
  • 185 ジョバンニ id:wL9bpKF/

    2013-02-24(日) 19:13:56 [削除依頼]
     セレも加わり、戦いの流れが次第にこちらへと向き始める。それをフレイムは心地良く思った。
     呼吸を乱しながらリードが隣で言う。
    「エッカはいつも助けてくれるし、リナが後ろにいる。ヘルガは足を怪我したけど、俺がその穴を埋めます。セレはちょっと自分勝手だけど」
    「ははは! セレはそれで良いんだ。あいつは面白い」
    「絶対に勝てますよ。オーグを驚かせましょう」
    「……最初は戦うつもりなんてなかったんだがな」
     エッカが諦め、リナが半端な気持ちでついてくるのを止めさせられる出来事をつくろうとしただけだ。フレイムはいつの間にか埃まみれになった自分の体を見て、戦場とは思えない大笑いを響かせる。
    「もう休憩はなしだ。とことんやってやる。この泥野郎を這いつくばせるまでな」
     真紅のグローブを夕焼けよりも鮮やかに輝かせ、フレイムは真正面からジクロプスへ向かった。

     
     瞳を狙うという一つの光が見えた後、リード達は休まずにジクロプスと戦い続けた。
     リードは乾いた喉の痛みを感じながら、剣を横薙ぎにさせる。無駄だと分かっていても。
     ジクロプスの攻撃を見るために一人が下がり、仲間をサポートするという作戦は自然と消え去っていた。誰もが走る力もなくなりつつあり、ただでさえ六人しかない仲間の中で、ジクロプスからの攻撃を前線の仲間だけに絞らせるわけにはいかない。一人が下がって危険を知らせるよりも、囮の一人として一緒に戦った方がマシになっていた。
     ジクロプスの両手が迫る。片手だけで木々を簡単に薙ぎ倒す力と大きさを持ち、それが生温かい風を連れてやってくる。リードは全力で逃げた。ジクロプスの股を潜ることでどうにかやり過ごせた。
     しかし、今度は地面から泥の手が生えてくる。
     ジクロプスが暴れ続けた結果として、リード達が戦っている場所は木々の欠片が大地に降り積もるだけの平地となっていた。それが後ろにいるリナにとっては幸運となった。遠くに生える泥の手へ、見渡しの良い場所で狙いを定めることが出来る。
  • 186 ジョバンニ id:wL9bpKF/

    2013-02-24(日) 19:14:47 [削除依頼]
     リードを襲おうとした泥の手をシャドープラントの矢が貫く。次々と外れることなく、暗くなり始めた黒森を横殴りの矢が飛ぶ。
     それでも容赦なく新たな泥の手が生えてくる。リナは、リードが遠くから見ても分かるほど苦しい顔を浮かべていた。弦を引いていた白く細い腕が小刻みに震えている。
     リードは叫ぶ。無理矢理に激痛を帯びた腕を振り上げ、ブロージストの剣を解放、リナの分まで泥の手を両断する。
     その時にフレイムの声が飛んできた。
    「リード! 上を見ろっ」
     ジクロプスは真っ黒な大木を片手で持ちあげていた。リードが見た時には丁度、ジクロプスがその大木を遥か頭上から放したところだった。淡くなりつつある夕暮れの空が、大木の黒に染まってしまう。
     エッカが素早く駆け込み、リードの青い上着を引っ張る。目の前で大木が地面に落ち、その衝撃が二人を飛ばした。フレイムがジクロプスの眼前にわざと躍り出て、二人が立ち上がる時間を作る。
     リナは、とうとう膝をついてしまった。半日もの間、何度も何度も弦を引き絞っていた片腕は拳を作りながら震えていた。
     たった一人でジクロプスを相手にするフレイムも、足元で無数に生える泥の手に捕まる。フレイムが炎の爪で泥の手を断ち切っている隙に、ジクロプスが前進する。フレイムはそれに巻き込まれた。
     砂埃の嵐に、フレイムの黒コートの背中が呑まれる。
    「フレイムさん! フレイムさん!」
     リードが叫びながら、雷を纏う気力の消えた足で走り寄る。エッカはロクスマの剣――――英雄の剣を手に、声を上げながらジクロプスへ斬り込んでいく。リードはその間にフレイムに肩を貸しながらジクロプスの足を逃れた。
     あの巨大な足に踏まれたわけではないみたいだが、フレイムは地面にひどく打ち付けられていた。口から血を零している。
     体を見ると、黒のコートはボロ布に成り果て、太ももには木の枝が突き刺さり、さらには真紅のグローブをはめた両腕が痙攣を繰り返している。皆に言わずに無理をしていたのだ。
  • 187 ジョバンニ id:wL9bpKF/

    2013-02-24(日) 19:17:48 [削除依頼]
    「フレイムさん、大丈夫ですか」
    「そりゃあ大丈夫じゃねえぞ。でも、セレに何か名案があるらしい」
     フレイムが横になりながら真紅のグローブを上に向ける。リードはそれを追って、ジクロプスを見上げた。そこには、セレが木々からジクロプスの胴体へと移動し、ナイフを刺している姿があった。
    「セレの名案が名案じゃなかったとしても、俺達は奴の本体を探すしかねえな」
     フレイムは立ち上がって、また走り出す。リードもその後ろ姿に頷いて後を追った。
     エッカも無傷ではないだろう。ヘルガを助けに入った時、炎の鎧を纏いながらもあのジクロプスの足に踏まれたのだ。真紅の髪に隠れた首筋には血の跡が見え、それでも彼女はまるで何かを待っているかのようにジクロプスと相対を続ける。
     リナも立ち上がった。真っ黒な服をなびかせ、真っ白な髪を風に任せ、瞳と共に弓を持ち上げる。震える片腕で再び弦を引き絞った。
     夕焼けは闇に沈み、地平線にワイン色を満たすのみとなる。
     舞い降りてくる暗闇の中で、リードのブロージストの剣は再び紫の雷光を取り戻す。
    「まだ俺は戦える」
     消耗した体を、制限を超えた“全解放”で無理矢理に混合武器を蘇らせ、動かす。
     時間に限りのある諸刃の剣で、リードはジクロプスの足を斬りつけた。膨大な力を放出するブロージストの剣は、リードの紫の瞳をさらに輝かせる。青い上着はなびき、彼の足は揺れることもなく連撃を支える。全てを攻撃に捧げた。
     もうジクロプスからの攻撃を避ける力も残されていなかった。エッカもフレイムもリナも逃げることは考えなかっただろう。全員が攻撃を叩き込む。
     その時に、また不気味な大鐘のような声。
     全解放までして叩き込んだリードの全力も、巨大な足を壊す前に終わってしまう。ジクロプスの片手にリードは捕まってしまったのだ。
     ジクロプスは赤い一つ目模様をリードに向けながら、その握りしめる力を強くする。
     絶望の中で、リードの剣に宿っていた雷光も消える。
     リードの右腕の骨が露骨な音を出した。
     フレイムとエッカが助けようとするが、攻撃を避ける力も残っていない二人ではどうすることも出来なかった。それどころかジクロプスのもう一方の片手が一気に振られ、二人は簡単に地面へと叩きつけられた。
  • 188 ジョバンニ id:wL9bpKF/

    2013-02-24(日) 19:18:52 [削除依頼]
     リードを握る腕の力はその間にも増していった。だが、全解放の力も制限時間で消えてしまったリードには、もう解放すら出来ない剣しか残っていない。抵抗する手段はなかった。
     空を見上げた。昼に姿を隠していた三日月が、眩い真っ白な光を注いでいた。
     気が付けば、朝に始まったこの戦いも夜を迎えていた。体の隅々まで麻痺した感覚は鈍くて重い。空の景色だけが時間の経過を知らせてくれた。
    「遅いよ、セレ」
     ただリードは、彼が助けてくれる瞬間をじっと待っていた。
     緑の旅人がジクロプスの肩から突如として出現し、柔らかく落ちながらリードの元へやってくる。
     すれ違い様にセレはナイフを投げる。ナイフはジクロプスの手首に命中し、直後に爆発する。炎の噴煙の中、ジクロプスの手から解放され落ちてくるリードをセレは空中でキャッチし、地面へと着地した。
    「ありがとう」
     リードは枯れた声でそう言った。
     視界の隅では、エッカとフレイムが震えながら立ち上がろうとしている。
    「ゴメンなリード、遅くなっちゃって。皆が頑張っている間に出来るだけ急いだんだけど、ちょっと思ってた以上に大変だったんだ」
    「そう……」リードは喉が別人のように動かず、上手く話せなかった。
    「もう、俺のナイフはこの一本しか残ってないよ」
     セレはシンプルな形のナイフをリードに見せた。
     彼は笑っているが、緑の服はところどころ裂け、血が滲んでいた。
     リードを残して、セレは再びジクロプスへ向かう。誰もが倒れた中、動く巨大な足を潜り、跳躍しては上へと登り、ジクロプスの両手を利用してさらに跳んだ。どこまでも高く。
     最後にセレはジクロプスの肩を踏み台にして今まで以上に高く跳んだ。真下から見たリードには、淡い月の中でセレが踊っているように見えた。
     セレはジクロプスを初めて見下ろす。
     こちらを見上げる赤い一つ目模様の頭。そこにはエッカが見たと言っていた茶色い瞳が、あざ笑うかのようにセレと視線を合わせた。しかし、その瞳は泥の体の中に沈んでいってしまう。瞳だけを狙うことは、不可能だった。
     セレは、残された最後のナイフをジクロプスの頭に真っ直ぐ投げる。
     満面の笑みを浮かべて、一言言った。
    「月が見えないから、お前は屈んでろ!」
     赤い一つ目模様の頭が、ナイフの解放によって爆発する。
  • 189 ジョバンニ id:wL9bpKF/

    2013-02-24(日) 19:19:32 [削除依頼]
     一つではない。ジクロプスの頭がひしゃげると同時に今度は両肩が爆発する。胴体は数えきれない程の音を弾かせながら噴煙を巻き上げ、巨大な人間のシルエットは消えていく。セレがこの瞬間のために、持っていた全てのナイフをジクロプスの至る場所に刺し込んでおいたのだ。
     再生能力を使う間もなくジクロプスは頭から下へと爆炎に呑まれる。
     リード達は、闇夜に浮かぶ、月を貫くように立ち昇った炎をただ見ていた。
     最後に、両足に刺さっていたナイフが能力を解放させ、爆発を起こした。リードは感覚のない利き腕を押さえながら立ち上がり、結果を待つ。しかし、目の前に見たのは信じられない光景だった。
     ジクロプスは最後に原型を留めた足を支えに、寸前で倒れなかった。
     これがリード達の最後の攻撃だと知っているのか、形の崩れたジクロプスは鳴き声を響かせながら、持てる力を全て使い果たすような気迫で、再び立ち上がろうとする。
     しかし、リードが本当に驚いたのは耐えきったジクロプスではなく、ジクロプスに迫るヘルガの後ろ姿だった。
    「ヘルガ!」
     リードの声は聞こえていないように見える。彼は足を引きずりながらも、誰よりも早く、怯みもせずにジクロプスへ武器を振り下ろした。
     狙ったのは、ジクロプスの唯一の支えとなった片足。
     ヘルガの斬撃は彼の体とは真逆に、鳥肌が立つほど完璧なものだった。白太刀が解放され、光る白刃はジクロプスが必死に再生させようとしている足に止めを刺していく。一本が折れれば二本を抜き取り、二本が折れれば三本目の白太刀を抜き放つ。一瞬とも思える時間の中で、彼は太刀を犠牲にして、ジクロプスの巨大な足を両断したのだ。
     今度こそ、ジクロプスは倒れた。
     完全に原型を崩し、無数の爆発で欠片となった泥は黒森の大地に降り注ぐ。最後に一つ目模様の頭が落ちた。散々に苦しませた巨人の体は、天変地異のような音と震えを出して崩れたのだ。
  • 190 ジョバンニ id:wL9bpKF/

    2013-02-24(日) 19:21:50 [削除依頼]
     リード達は、立つことが精一杯の状態で、それでも土煙の広がった戦場を睨み続ける。まだ終わってはいない。
     音が静まった頃、片膝をついていたエッカが、今度も最初にそれを見つけた。
    「あれだ! あれがジクロプスの目だ!」
     彼女が指差す方向を、リード、フレイム、そして丁度地面に降り立ったセレが追う。
     最初は何も見えなかった。だが、土煙の治まった大地を見渡せば、泥の体の残骸からひょっこりと顔を出す奇妙な生き物がいることに気付いた。リードは、その動く何かを見て驚いた。
     人ほどの大きさの、トカゲの形をしたそれには、大きな茶色い瞳がついていた。
    「……あれが、ジクロプス?」
     リードの呆気に取られた声で、そのトカゲはこちらに茶色い瞳を向けた。
     その小ささでも、あのトカゲから発せられる殺気はジクロプスそのものだった。
     驚いている場合ではなかった。トカゲの茶色い瞳が光りだすと、ジクロプスを形成していた泥が地面を這い、トカゲに近付いてきた。泥は液体になり、トカゲを黒く塗っていく。高速の再生能力を使っていた。
    「あいつが再生する前に止めを刺せ!」
     フレイムが叫んだ。その言葉を始まりに、全員がトカゲへ殺到する。
     セレは地面から拾った自分のナイフを投げつけ、フレイムとエッカがそれぞれに攻撃を仕掛ける。だがトカゲは異常な速さでそれを簡単に避ける。ジクロプスの鈍い動きとは正反対の、リードでも捉え切れない速さだった。
     いつもならば一撃与えることなど容易なスピードかもしれない。それでも今のリード達には、得物を振るのが精一杯だった。
     セレ、フレイム、エッカをかわし、大きく膨らみ始めるトカゲはリードもやり過ごそうとする。リードは最後の力で地を蹴り、剣をトカゲへ振り下ろした。
     トカゲは、それを簡単にかわす。
     空を斬り、そのままリードは倒れる。その瞬間、遠くで倒れていたヘルガが、腕だけを動かして背負っていた丸盾を投げ放った。
     かぎ爪状の刃を展開しながら投げられた盾はトカゲの体を裂く。しかし、その傷は瞬く間に再生してしまう。ヘルガの最後の攻撃も通用しなかった。
     失敗という言葉が浮かび、体が震える。
  • 191 ジョバンニ id:wL9bpKF/

    2013-02-24(日) 19:22:43 [削除依頼]
     トカゲの体に集められた泥は、人の形になっていく。茶色い瞳は段々とその泥の中に沈んでいく。リードは歯を食い縛って立ち上がろうとしたがすぐに倒れ込む。セレも、ヘルガも、フレイムも、エッカも、間に合わない。ここで終わりなのかと思えば、不思議にも心が落ち着いていた。
     目を閉じようとした時に、聞き慣れた風の音がリードの耳に届いた。
     泥の体に沈んでいく茶色い瞳に向けて、届きもしないのに、リードは倒れながらブロージストの剣を伸ばしていた。その懐かしい気分にもなる風の音を聞いて、持ち上げていた剣を下げた。それでも紫の瞳はジクロプスを見ていた。戦いの結果を知るために。
     風の音。それは超長距離から放たれた、リナの灰色の矢が風を切る音。
     全員が信じて、リナの名前を叫んでいた。
     灰色の矢はたったの一発。リナの体力はそれでもう精一杯だったのだろう。それはリードの見ている目の前で、泥の体に沈み込む寸前だったトカゲの茶色い瞳へ吸い込まれるように突き刺さった。
     六人の険しい顔は無表情となる。風の音は消えて、残るのは名前も知らない虫の鳴き声だった。
     茶色い瞳は、エネルギー体である灰色の矢が消え去ると、じわじわと亀裂が広がっていく。ガラス玉のように綺麗な音を奏でて砕け、静かに大地へ落ちた。
     トカゲはいつまでも無表情だった。泥とトカゲの姿は灰と化し、澄み切った夜空へ昇っていく。
     六人はしばらく唖然と、何もなくなった荒れ地にポツンと倒れていた。名前の知らない虫が九回ほどゆっくりと鳴いてから、リードは遥か遠くでずっと助けてくれたリナへ振り返る。彼女は、弓を構えたまま地面に座り込み、目を丸くしていた。自分でも驚いているのだろう。
     硬まっているリナをじっと見ていたリードは、気付いた時には笑っていた。リードの笑いはセレへ、セレの笑いはヘルガとフレイムへ、最後にはずっと夜空を見上げていたエッカへと伝わる。腰を抜かしているリナは別として、皆が声を出して笑っていた。
     五体を倒したという実感が、動けない体のおかげで分からない。それがまた面白かった。
     フレイムが笑いながらリードのところまで無理に地面を這って近寄る。怪我をしている片手で、仰向けになっているリードの黒髪をくしゃくしゃになるまで撫でた。
     リードは、この声にならない全ての嬉しさを、笑い声に変えたのだ。こんなに面白い出来事はないと思いながら。
     ――――巨人の砕けた瞳は、黄金の結晶となっていた。
  • 192 ジョバンニ id:wL9bpKF/

    2013-02-24(日) 19:25:43 [削除依頼]

    9.鳥籠

     鳥籠の中にいる少年は泣きながら笑っている。
     服は黒色で、その服はゆっくりと赤色に変わる。髪は伸びたり縮んだりしながら、少年の踊りに呼応するように揺れていた。
    「ジクロプスが死んじゃった。何で死んだの? 何で死んだの?」
     子供の声音で、舞台の役者のような調子で呟く。少年の涙は泥のように汚く濁っていき、冷たい床に垂れ落ちる。その一滴一滴の音で、巨大な鉄の鳥籠は反響した。少年の舞を演出するように、鳥籠は震えているのだ。

          第四章 『黒森の巨人』END
  • 193 ジョバンニ id:wL9bpKF/

    2013-02-24(日) 19:29:37 [削除依頼]
    第五章 『水駆ける霊獣』


    0.静かな始まり

     デアガーデン城が張り詰めた音を鳴らす朝に、老いた騎士の姿があった。
     相談役であるアルゼンは、三人の偉人が描かれている絵画を見るのが日課だった。朝早くに毎日通っているのは、そう決めているわけではなく、その絵画を見なくては朝が始まらない気がするためである。相談役という立場にも関わらず、時計の針のように決まりきった行動をするアルゼンは、ホープガルドの兵に良い噂として広まっていた。
     今は亡きカリン・エッカの父であるホープガルド王と、年老いたアルゼンよりも長く生き続けるティストレイ王女のフィオール、そして十年戦争が終わった頃、突如として姿を消したホープガルドの英雄。アルゼンはこの三人の姿を見ると、四大国時代という今の世界が、とても愛しく思えてならなかった。
    「私の永久なる師よ。見事に変わらぬ御姿で」
     絵画の中の英雄の穏やかな立ち姿に向かって、アルゼンはそう言った。
     だが、あまり時を置かずにアルゼンは顔を険しくさせた。茶色いコートで閉めていた胸元部分を動きやすいように開ける。広い城を進んでようやく見られたはずなのに、先ほど歩いてきた青い絨毯の廊下を、絵画が見えなくなるまで引き返していった。
     行き止まりで振り返る。高価な装飾の窓ガラスが儚い光を蓄える。
    「もうこのくらいで良いでしょう。私に話があるのですかな、大臣」
     アルゼンは、静かに現れた大臣と騎士達に、低頭をした。
     アルゼンと同じくらいの老齢の大臣がそこに立っている。大臣は挨拶をするよりも前に、アルゼンを囲むようにと騎士に命令した。
     一人の老人に対しても決して侮ることをしない大臣の心構えだけはアルゼンの感心する部分だったが、それ以外は目を背けたくなるほど汚れた、親友だったはずの大臣の心が見えてしまった。アルゼンは、その大臣の目だけで全てを知った。
  • 194 ジョバンニ id:wL9bpKF/

    2013-02-24(日) 19:30:37 [削除依頼]
    「アルゼン上将軍。英雄の絵画を眺める習慣を私も見習いたいものですな。しかし、帯剣もせずに見張りを使っていないこの場所を歩くのは不用心ですぞ」
    「これは、私としたことが迂闊でした……とはいえ、今の私はただの相談役。私を狙う者など、あって野盗の類くらいのものでしょう」
     アルゼンは微笑み、茶色いコートに似合った、真っ白な顎ひげを撫でる。
     大臣は自分の髪のない頭を撫でた後で、
    「アルゼン殿、許されよ。あなたの命をここで頂戴します。ドルディアナの傭兵共の仕業として」
    「傭兵の仕業? 少し強引な理由の気もいたしますが」
    「理由など、私が消える時間さえ作れれば何でもいい。古株であるあなたを殺しさえすれば、私はオーグによって新たな地位を約束される。私はホープガルドを見限ったのですよ……長い間、私を騎士として育ててくれたあなたに、恩を仇で返すこととなりましたが、お許しくだされ」
     大臣が片手を上げれば、騎士達は槍を突き出しながらアルゼンに襲いかかる。
     アルゼンは槍をかわしながら騎士達の包囲網を突破した。大きく後ろに下がる。
    「ははは、アルゼン殿、いくらあなたでも剣もなしに逃げることなど出来はしない。主塔の一階は全て私の配置した者達がいるのですから」
    「誇りを捨て、騎士さえも心なしに使うとは。老いたな、古き友よ」
    「あなたも老いましたよ、私以上に」
     アルゼンは悲しみを小さな瞳に浮かべた。それからはかける言葉も見つからずに、大臣と目を合わせていた。大臣はアルゼンの態度が気に入らないのか最初は眉間に皺を寄せていたのだが、少しずつその顔に戸惑いが現れ始める。ようやく自分に降りかかろうとしている危険を感じたのだろう。
     彼が冷や汗を浮かべて振り返ったその時には、上将軍ディンの巨大な鉄棍棒が大臣の頭を叩きつけていた。大臣の丸く髪のない頭は弾けて、遅れて体と血が青い絨毯に倒れ流れていった。
  • 195 ジョバンニ id:wL9bpKF/

    2013-02-24(日) 19:32:24 [削除依頼]
     騎士達が明らかに狼狽した顔をしていた。ホープガルドの将軍の中でも一目を置かれるディンが突然に現れたことで、殺気立った騎士の顔が冷静なそれへと戻っていく。
     アルゼンは静まり返ったのを待ってから言った。
    「この件に関して口外しないと、亡き王に誓えば、今回は見逃そう。お前達も好きで大臣に従ったわけがあるまい。このホープガルドにて上の者が国に背くことこそあってはならないこと。悪いことをした」
     アルゼンは青い絨毯に膝を置き、頭を深く下げた。騎士達は槍を剣と槍を収めてそれを見つめていた。長い時間だった。
     騎士達が去ってゆくのを見届けてから、ディンが亡骸となった大臣の開いた目を閉じさせてやる。沈黙の重苦しさを溶かすようにして、本格的に朝日がガラス装飾から漏れた。
     ディンは自分の顔の古傷を撫でつつ、重い口を開いた。
    「他にも同じ考えを持つ上役がいました。アルゼン殿を囮として使ったこと、お許しください」
    「私のことはお構いなく。それよりも、オーグに誘われた者達は残らず?」
    「はい。私が使わせた中隊が到着した頃には、ドルディアナ派の上役五名が自決。三名は捕えました」
    「ひとまずは、区切りがつきましたか。さすがはドルノ・ディン将軍」
    「昔のあなたに比べたら雲泥の差ゆえ、そう褒めずに」
     ディンはようやく笑みを見せてくれた。それでも硬い笑みだった。
     重々しい甲冑と鉄棍棒を纏い、将軍は足早に去ろうとした。長くアルゼンと共にいれば変に怪しまれると思ったのだろう。今回の騒動を無駄に広がらせないためにも、いつも通りの態度を示さなくてはならないのだ。
     しかしアルゼンは引き止める。
    「この騒動、まさか私を暗殺するためにオーグが仕掛けたわけではないようです」
    「と言いますと?」ディンは静かに次の言葉を促した。
    「五体を操れるのならば、私など脅威の欠片にも思わないはず。そもそも、緊迫しつつある今の国と国の間柄で、敵方の上役に暗殺を任せるなど安い計画に見えてならないのです。オーグの真の狙いは間違いなくホープガルドへの警告。国を失いたくないのであればドルディアナに従えと言いたいだけなのだ、オーグは」
    「それだけのために。いえ、効果は絶大のようです」
     ディンは目を細めて、ガラス窓の遠い景色に浮かぶロクスマ火山脈を見る。ロクスマらしき竜の影もあった。
     ロクスマが山を下りて村や町を襲う。そのような状況で、城の中にまでオーグが混乱を与えようとしている。五体を操りさえすれば今のホープガルドは容易く手に入るというのにここまでの警告をするのは、あくまで冷戦という状態のまま、完璧な姿のホープガルドをそのまま支配下にしたいのだ。アルゼンはそこまで考え、体が急に重く感じてきた。
     ホープガルドは完全な降伏の道を進んでいる。
    「戦が始まります。始めることも許されない戦が」
     アルゼンの言葉にディンは振り返る。歴戦の将軍たる風格を纏うディンは、後ろに朝日を浴びても、表情は努めて柔らかさを持つことはなかった。
    「エッカ殿は今、どこにいるのでしょうな」
    「私は思うのです、ディン将軍。英雄の必要としない国であることが一番大切だと。特に、あの素直な子が帰ってくるのは嬉しくも悲しい。十年戦争を見た私に言わせれば」
     アルゼンは、教え子であり自分の娘だとも思っているエッカの行き先を思い浮かべていた。
  • 196 ジョバンニ id:wL9bpKF/

    2013-02-24(日) 19:33:25 [削除依頼]

    1.ブロージストの剣

     まるで夢のようだった。
     体を包む浮遊感と、暗い視界を越えれば、そこにはワイン色の輝きがあった。
     自分がはめている真紅のグローブをしばらく見つめていたフレイムは、昨日のことと、今日のことを思い出した。まるで誰かに作り込まれたかのように突然と最近の出来事が思い浮かぶのは、酒場でしばらく寝ていたからかもしれない。
     昨日は、王都からの使者がカタリアの街を訪ねてきた日だった。カタリア傭兵団の働きによる功績として、あくまで一つの商売として行っていた自警団の役目を、ティストレイの王都が正式に認めたのが訪問の理由である。これでまたカタリア傭兵団は、街と共に大きくなるだろう。
     今日は、そんな出来事を口実にしてフレイムが仲間達と騒いでいた。どうして先ほどまで寝ていたのかは分からず、フレイムのだんまりとした視界の奥では、仲間の顔だけが鮮明に見えていた。
     カタリア傭兵団の拠点は、傭兵のために酒場が設けられている。その名を轟かせるカタリア傭兵団ではあるが、上品な飾りや高価なイスの一つもない、質素な酒場が五年間も続いていた。酒樽がいつも積まれていなければすぐに乾き切ってしまう賑わいを奏でているため、ここの団長はそれだけで満足していた。
     酒場には傭兵の他にも、依頼のためにやってきたカタリアの住人がたくさんやってくる。しかしそんなことはお構いなしでフレイムは酒を飲む。酔っ払った仲間のデタラメな踊りを見ながら、イスに足を乗せて酒を飲み干すフレイムの姿は、少なからずカタリアの住人を怖がらせる。フレイムのことを知らない者が見たら、野盗やならず者という印象を持つのは当然だった。
     彼の着ている紅いジャケットは、真紅のグローブには似合っていたが、冷たく精悍な顔には似合っていなかった。
    「フレイム、二十歳の若造がそんなに飲んで大丈夫か?」
     傭兵の男が挑発してくる。フレイムは言い返す。
    「あ? 俺はこの通りピンピンだ。酒なんて水だぜ、こんなもんで酔っぱらう人間がいんのが不思議だな」
    「じゃあ勝負しようぜ。“番犬さん”よ」
     男は隅に置かれている酒樽を指差した。二人は席から立ち上がる。
  • 197 ジョバンニ id:wL9bpKF/

    2013-02-24(日) 19:34:27 [削除依頼]

    1.ブロージストの剣

     まるで夢のようだった。
     体を包む浮遊感と、暗い視界を越えれば、そこにはワイン色の輝きがあった。
     自分がはめている真紅のグローブをしばらく見つめていたフレイムは、昨日のことと、今日のことを思い出した。まるで誰かに作り込まれたかのように突然と最近の出来事が思い浮かぶのは、酒場でしばらく寝ていたからかもしれない。
     昨日は、王都からの使者がカタリアの街を訪ねてきた日だった。カタリア傭兵団の働きによる功績として、あくまで一つの商売として行っていた自警団の役目を、ティストレイの王都が正式に認めたのが訪問の理由である。これでまたカタリア傭兵団は、街と共に大きくなるだろう。
     今日は、そんな出来事を口実にしてフレイムが仲間達と騒いでいた。どうして先ほどまで寝ていたのかは分からず、フレイムのだんまりとした視界の奥では、仲間の顔だけが鮮明に見えていた。
     カタリア傭兵団の拠点は、傭兵のために酒場が設けられている。その名を轟かせるカタリア傭兵団ではあるが、上品な飾りや高価なイスの一つもない、質素な酒場が五年間も続いていた。酒樽がいつも積まれていなければすぐに乾き切ってしまう賑わいを奏でているため、ここの団長はそれだけで満足していた。
     酒場には傭兵の他にも、依頼のためにやってきたカタリアの住人がたくさんやってくる。しかしそんなことはお構いなしでフレイムは酒を飲む。酔っ払った仲間のデタラメな踊りを見ながら、イスに足を乗せて酒を飲み干すフレイムの姿は、少なからずカタリアの住人を怖がらせる。フレイムのことを知らない者が見たら、野盗やならず者という印象を持つのは当然だった。
     彼の着ている紅いジャケットは、真紅のグローブには似合っていたが、冷たく精悍な顔には似合っていなかった。
    「フレイム、二十歳の若造がそんなに飲んで大丈夫か?」
     傭兵の男が挑発してくる。フレイムは言い返す。
    「あ? 俺はこの通りピンピンだ。酒なんて水だぜ、こんなもんで酔っぱらう人間がいんのが不思議だな」
    「じゃあ勝負しようぜ。“番犬さん”よ」
     男は隅に置かれている酒樽を指差した。二人は席から立ち上がる。
  • 198 ジョバンニ id:wL9bpKF/

    2013-02-24(日) 19:35:50 [削除依頼]
     傭兵達はそんな二人の表情でさらに盛り上がった。どちらが最後の勝者となるか、賭けを始める傭兵すらいる。カタリアのかかと落としで気絶した男など、誰もが忘れているくらいの熱気に包まれていた。
     フレイムは挑発を繰り返す。この時はまだ知らなかったが、小さな異変に気付いた。
     カタリアの表情が、少しの間だけ暗くなった。
    「おい、お前」
     挑発を止めて問いかけようとしたフレイムよりも先に、応接間から声がかかる。
     振り向けば、トルトルが珍しく応接間から姿を現していた。
    「フレイム。カタリアと一緒に街の見回りでもしてくれないか」
     それを聞いたフレイムは苦い顔で両手を上げながら、
    「よせよ、俺達傭兵がそんなことやったら天変地異だ。フィニトリアと相手してれば十分だろ」
    「ここは大きな街になったんだ。王都から遠いんだから、俺達もたまには自警団らしいこともやらなきゃいけないよね? それに、しばらく真面目にやれば、王都からの評価も急上昇するはずさ」
     トルトルはいつもの気軽な調子で言う。しかしフレイムは、いつもは笑うはずのトルトルの真面目な顔で色々なことが分かった。トルトルのやり方はいつもこのようなものだった。
     フレイムは片手でカタリアを促しながら酒場を出る。カタリアも頷いてフレイムの背中に続いた。
     喧嘩を期待していた傭兵達は、しばらく呆気に取られていた。

     
     暑い日のはずが全く暑く感じず、眠気と浮遊感は消えない。
     カタリアが結成したカタリア傭兵団は、短い間にその名を大陸中に轟かせることになった。偶然かどうかはフレイムの判断出来るところにはなく、気が付けばカタリア傭兵団は数え切れない働きを見せ、有名になっていた。
     この街はカタリア傭兵団を称え、名をカタリアと改めた。それはフレイムにとって、ただの笑いの種である。
    「この街もデカくなったな。どうだ、カタリア。自分の名前が街の名前になった感想は?」
    「悪い気はしない。第一、私みたいな美少女の名前をあげたんだから、お金ぐらい欲しいくらい」
    「……もう美少女って言える歳じゃねえよ」
    「じゃあ美女で良いよ」
    「自分で言わずに他人に言って貰えればもっと良いけどな」
     紅い花の咲く花壇で飾られた広場に着く。その花壇の前のベンチにフレイムは腰を下ろした。
  • 199 ジョバンニ id:wL9bpKF/

    2013-02-24(日) 19:37:33 [削除依頼]
     カタリアの街の中心に広場はあり、向こうには巨大な街門が、大通りの一直線のおかげではっきりと見えた。四方の街門が全て見える場所はここくらいかもしれないとフレイムは思う。
     商人は鍛冶屋や通行人を目当てに大通りへと集まる。傭兵も、傭兵として広場に足を運ぶ理由はない。物好きな旅人、そして詩人くらいが、広場を目指すのみであった。フレイムも広場でゆったりとしたことなど今までなかった。
    「まあ座れよ。お前が何か言いたいことがあるのは分かってる」
    「花壇の前で話し合おうだなんて、良いセンスね」
     カタリアはフレイムの隣に座る。腰に剣を差している女とグローブを付けている男は、花壇の前で話すには似合っていなかった。
     陽はまだ沈む様子を見せない、午後過ぎの時間。座っていると、吟遊詩人の詩が聞こえてくる。フレイムは芸術的なものは何も分からなかったが、カタリアは目を閉じて詩を楽しんでいた。フレイムは呆れた顔になった。
     花の匂いの中、時間はゆっくりと、それでもゆっくりと感じさせない気分のまま過ぎていった。夕日が街門を染め上げ、鍛冶屋の煙は空よりも少し控えめな赤で漂っていた。遠くで聞こえる子供の走る音は、路地裏の曲がり道を頭の中で描かせる。夕日の景色と、頭の中の路地裏と、後ろに咲いた花の匂いが体を包んでくれるのである。まるで夢のようだった。
     フレイムは口の端を持ち上げながら、ズボンのポケットから小さな酒瓶を取り出す。
    「フレイムってば、こんなとこでも酒を飲むの?」
     今度はカタリアが呆れた顔を浮かべた。
    「俺にとって酒は呼吸だ。どんなとこでも飲むぜ」
    「体を悪くしちゃうって。知ってるもの、フレイムって私と会った時から酒を飲んでるんでしょ? 十五からワインボックスを枕代わりにするようなバカは、フィニトリアに食べられる前に酒で溺れるわ」
    「葉巻は酒に勝るらしい。紙巻きはどうか知らねえが」
    「煙草と比べても意味ない」
     二人は笑っていた。フレイムはいつも、カタリアに酒を止められるのが嫌だが、体を心配してくれるカタリアの表情もまた好きだった。
  • 200 ジョバンニ id:wL9bpKF/

    2013-02-24(日) 19:39:21 [削除依頼]
     カタリアは花壇に手を伸ばしながら言った。
    「五年前にフレイムと初めて会った場所も、ここだった。喧嘩を売ったら、フレイムはちょっとだけ戦ってくれた。あの時の小さな空地みたいな場所は、今じゃこんな綺麗な広場になった」
    「知らなかったな。ここだったか?」
    「私達が大きくしたようなものなんだから、もっと街に興味を持って。喧嘩と酒ばっかだから街の人に変な目で見られてるのよ、分かってる?」
    「この街は喧嘩一つで騒ぎ過ぎなんだよ。お前に似て、傭兵の街なのに変なところが上品なんだ」
    「私、傭兵を辞めて、旅に出ようと思うの」
    「そうか。ま、お前が言うんならきっちりとした計画みたいだな」
     フレイムは驚かなかった。少しくらいなら察しがついていたのだ。いつも通りの日常の中で、隣のカタリアの瞳だけは宝石のように美しくフレイムの視界の隅に灯っていた。当たり前に隣にいた最高の傭兵がそんな風に、急にしおらしくなった瞬間を見逃すはずはなかった。
    「もうトルトルには言った。相変わらずの笑顔で行ってらっしゃいって言ったのよ、アイツ。少しは別れのセリフくらい考えてほしいって感じだよね」
    「傭兵が気取って別れの挨拶を言う方が寒気がするもんだ。俺だって嫌だね」
    「まああなた達二人には期待してなかったけど。子供みたいな友達ばっかだからこうなるのかな」
    「もう帰るか」フレイムはベンチから立ち上がった。
     カタリアは腰に差していた剣を、鞘ごと引き抜く。立派な鞘に収まるブロージストの剣をフレイムの前に掲げた。
    「これは私の愛剣だった。今は亡くなった、ドルディアナの豪商だった父が誰にも譲らなかった剣。もう私には必要ないから、あなたに貰って欲しいの」
    「おいおい! この剣は貰えねえよ。大体だな、俺にブロージストの剣は触れねえことくらい分かってんだろ。お前くらいだぜ、反動が起こらないのは」
    「使わなくても良いって。私はもう剣は握らないって決めたの。捨てることだけはしたくない、だからあなたが貰って」
    「……杖代わりにしか出来ねえよ、斬らない剣なんて」
    「それもあなたらしいかもね」カタリアは強引に剣を渡した。
     広場の花壇に咲く紅い花は、もうその鮮やかな色が見えなくなっている。夜になり始めている。
  • 201 ジョバンニ id:wL9bpKF/

    2013-02-24(日) 19:41:54 [削除依頼]
     この花壇の中心にはポッカリと穴が空いており、そこから地下街であるダークサイドを見下ろせる。フレイムはカタリアの真剣な顔から目を背けて、ブロージストの剣を持ちながらその真っ暗な穴を見る。体は穴を見たまま固まっていた。
     景色は変わっていくが、変わらない奴が隣にずっといる。二十歳だったフレイムはそう信じていた。
     フレイムは左手にブロージストの剣を、右手に空の酒瓶を持ち、カタリアと並んで大通りを歩く。カタリアの家まで送っていくことにした。
    「ちょっと、旅とかしたくなったのよ」
     カタリアは突然、フレイムが言わなかった質問に答え始めた。
    「傭兵が嫌いなわけじゃない。でも私の血には、商人だった父みたいに、どこか常人じみた血が流れてるのね。フィニトリアを倒せば倒すほど、もっと違う景色を見たいと思ってきたの。例えば、山々をゆっくりと朝日が差していくような、そんな素晴らしい景色とか。別に、今更傭兵をやったことに後悔は微塵もない。だからこそ新しいことがしたくなったんだ」
    「それも良いんじゃないか? 俺は、お前は旅人とかが似合うと思ってる」
    「番犬って言われてる癖に、今日は随分と女らしいじゃない。フレイム君」
    「女らしくなっちゃ困る……楽しんでこい」
     カタリアの背中を殴ってそう言えば、カタリアは殴り返した。フレイムは殴ったことを後悔した。
     カタリアの小さな家に着けば、二人以外に音を出すのは夜のかがり火くらいだった。
     彼女は茶色い癖髪を整え、フレイムと握手をする。
    「今までありがとう。最後にお願いを聞いてくれない?」
    「何でも聞いてやる。お願いなんて聞くのは初めてだからな」
    「酒を飲まないのは?」
     フレイムは首を振って断った。
    「嘘よ。じゃあ、私がいなくなってもあの傭兵団を守ってね。あれがあるから皆は自由な生き方が出来るんだから。私の大切な誇り、あの傭兵団は」
    「分かった。約束してやろう」
     フレイムは空の酒瓶をカタリアに投げ渡した。カタリアは苦笑いで受け取り、手を振りながら自分の家のドアを開ける。今日の夜の間に準備を済ませてカタリアを去るのだろう。フレイムとカタリアの間に、見送りをする必要などはなかった。
  • 202 ジョバンニ id:wL9bpKF/

    2013-02-24(日) 19:43:34 [削除依頼]



     オーディラント傭兵団がカタリア傭兵団を吸収した出来事は、カタリアの旅立った日に起きた。
     この日だけは、酒を飲み始めてから初めて、フレイムが酒瓶に触れなかった日だった。いつもの笑みを消して応接間の机に座っているトルトルに、フレイムは叫んでいった。
    「どういうことだ、おい! 他の奴等が言ってた噂は本当か」
    「本当だよ。俺達は王都から押しやられたんだ」
    「王都……ティストレイのことか?」
     わけが分からないフレイムは、動揺を隠し切れていないトルトルの表情に恐怖を感じ、一歩ずつトルトルの机から退いた。胸の動揺は収まらず、それを留めているのは、頭に浮かんだカタリアの姿だった。
     トルトルは立ち上がり、フレイムに頭を下げた。
    「すまない、フレイム。俺だけで何とかしようとした。でも、出来なかった。ドルディアナのオーディラント傭兵団が、ティストレイに圧力をかけたんだ」
    「圧力、ティストレイに圧力だと」
    「簡単な冷戦を始める気だったんだよ。もしも二つの国が少しでも騒ぎを起こせばたちまち緊張状態に陥る。オーディラントがカタリア傭兵団の名を売り物にするくらいで済むなら、王都も従うしかなかったんだ」
     フレイムはその場に座り込んだ。紅いジャケットから酒瓶を探したが、ポケットの中は空だった。もしも酒があったとしても飲む気分ではなかった。
     応接間の扉が開かれた。入ってきたのはオーグだった。
    「トルトル副長、よく決心をしてくれた」
     オーグが堂々と黒マントをなびかせ、トルトルの机に両手を置く。トルトルはただ黙ったままである。
     フレイムはオーグに言った。
    「お前がオーディラントの傭兵か。どういうことだ、ティストレイに圧力をかけたっていうのは」
    「圧力? それは私の耳には入っていない。そんな怖い顔をせずとも、ゆっくりとしなさい。カタリア傭兵団の番犬と名高い、フレイムだな。会えて光栄だ」
     オーグの雰囲気は一気に変わった。
    「吸収とはいえ、大げさなものではない。大陸に名を轟かす傭兵団として、私もその名を欲しくなっただけだ……この拠点は残してやる、ただし本拠地はドルディアナのドルゼンバーグ。俺が団長となり、これからもカタリア傭兵団を発展させてやろう」
     貴様、という言葉が響けばフレイムは殴りかかっていた。
     オーグの護衛の傭兵達がフレイムを寸前で取り押さえる。目の前に現れ、そして止まった拳を、オーグは面白そうに見ていた。
  • 203 ジョバンニ id:wL9bpKF/

    2013-02-24(日) 19:45:25 [削除依頼]
     応接間の絨毯に顔を押し付けられながらそれでももがくフレイムに、オーグは止めの言葉を落とした。
    「さすが番犬と言われるだけはある。その若さで、Sランクのロクスマの混合武器を身に着けているとは。しかし、元団長の躾が悪かったのだろうな。確かにあのような女に傭兵団をまとめる力があるようには見えなかった」
    「……何が言いたい。何が言いてえんだ!」
    「これは事故だと思うが、カタリアの街のすぐ近くの平原に、若い女が倒れていてな。よく見ればカタリア団長だと分かった。凄腕の傭兵と聞き及んでいたのだがな、剣を持っていないおかげか、ここに亡骸を運ぶのが軽くて済んだ」
     押し付けられているフレイムの傍に、オーグは空の酒瓶を落とした。フレイムがカタリアに投げ渡していた、すぐに捨てられてしまいそうなどこにでもある空の酒瓶だった。
     たったの一瞬だった。フレイムを取り押さえていたオーディラントの傭兵達は血を噴き出し、絨毯に倒れる。フレイムの解放させた炎の爪はオーグの眉間の手前で止められていた。
    「……気を失っているのか」
     フレイムは目を開けたまま停止していて、そのまま血まみれの絨毯に倒れた。未だに応接間で立ち続けるのは、オーグとトルトルのみである。
    「これはこれは、副長。ペンしか握れないと思えば、どうやらカタリアやフレイムと同じく、恐ろしい傭兵の一人なのだな。フレイムを止めたその能力、詳しく聞きたいのだが」
    「今日はもうお引き取りを。大陸の混乱を生み出したくはないので、今はあなたを殺したくはないのです」
     トルトルはもうそれ以上、何も言わなかった。オーグはもう満足したのか、仲間と共に引き上げる。フレイムが炎の爪で裂いた者達などどうでもいいような深い笑みを浮かべて。
  • 204 ジョバンニ id:wL9bpKF/

    2013-02-24(日) 19:46:09 [削除依頼]
     気を取り戻した後には、フレイムの足は街の広場に向いていた。
     酒を飲む機会はこの日の内にたくさんあったが、フレイムは酒を利用して忘れることなど出来なかった。フレイムにとって、酒は楽しむためのものに過ぎず、誤魔化すための道具ではない。悲しむための飲み物でもなく、楽しむための飲み物だった。
     トルトルに、カタリアの墓は作らないで欲しいと伝え、その後は何も考えないでここまできていた。考えるだけ無駄なのだと、フレイムは傭兵暮らしでそれを痛感していたからだ。その後のことを考えたところで、詩人が数え切れないほどに表現している心というものが、砕けていくだけだった。フレイムはそういった綺麗事も、要らない感情の上下も嫌いだった。その後もその前もなく、カタリアはもういなくなったのだ。
    「一日で約束を破るなんて、新記録だな」
     フレイムは紅いジャケットを脱ぎ、ブロージストの剣を包んだ。
     花壇の中心にある大きな穴に、ブロージストの剣を放り捨てた。
     ブロージストの剣は、真下にあるダークサイドの花壇へと落ちた。カタリアの街の花壇とは違い、紫の花が咲く静かな場所である。フレイムは最後に遠目で自分が投げ捨てた剣を見つめてから、踵を返す。安上がりの灰色のシャツ姿で、誰もいない広場を後にした。
     カタリアの街を歩いていく度に景色は変わっていく。寒い空や熱い空を、喉を乾かす酒を飲みながら進んでいく。街の家並みは少しずつ立派に、鍛冶屋も増え、傭兵団の顔馴染みも古い顔から新しい顔へと移る。気付けば黒コートを着ていて、カタリアが言っていたように、天性の面倒臭がり故に無精ひげが目立つ。カタリアが言っていたように、最近は酒を飲むと体が重く感じる。ただ相変わらず酔っ払った経験は皆無である。やがて混沌の中で出口を見つけ、走り出す自分の背中を追いかけながら、フレイムは呟いた。
    「お、また夢か」
     フレイムは、真っ黒な大木に背中を預けた姿で目を覚ました。
     ボロボロの体を動かす気にもなれず、しばらくはここが黒森だということも忘れ、目の前にふわふわと飛んでいた双子の蝶を見つめていた。
     まるで夢のようだった。
     蝶が木漏れ日の柱を昇っていった。フレイムは首を動かした。リナとエッカが一緒に大木でもたれて眠っているのが最初に見えた。ヘルガはどこにもいない。セレは大の字になって地面に堂々と転がっており、リードは一人、ブロージストの剣を抱えながら木の葉で作った盛り上がりに沈んでいた。皆、顔や服に汚れを付かせていた。
     リードが小さく口を開けながらブロージストの剣を抱えている姿を見て、フレイムは小さく笑みを浮かべた。本当に久しぶりに、真紅のグローブを外した。黒コートも地面に放って、軽くなった体でもう一度眠った。
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