No name's story2コメント

　冬模様の空になってから一月。師走に入り、近所が慌ただしくなり始めた。しかし僕の周りでは特に何も変わったことはなく、いつも通りの淡々とした毎日が過ぎていく。
　今日も、いつも通りの時間に家を出て、普段通りの道順で高校へ向かう。僕は市内の高校に通う17歳。市内では平均的な学力の学校で、僕の家から徒歩15分で通学できるという平凡な理由から選んだ、一般的な高校である。僕は肩から提げている鞄を持ち直し、商店街の道をゆっくり歩く。毎日朝早くに家を出ているため、まだほとんどの店には開店準備と書かれた札がかけてある。いつも通り過ぎて思わず笑みがこぼれる。つまらない。つまらなさすぎる。このまま僕は一生を終えてしまうのではないか。と考えながら道を進む。

　しかし、つまらないと思えてしまう日常があっさりと崩れてしまった。商店街の終わりの方にいつの間にか新しい店ができていた。その店のドアに木彫りのプレートがかけてある。道の真ん中を歩いていた僕は、プレートから遠いこともあり何と書いてあるのかが分からなかった。どういう風の吹き回しか、僕は急にその店のほうへ歩いて行った。中学校もこの道を通っていた僕にとって、ここは馴染の所だ。それなのに、自分の知らない店ができていると、妙な好奇心が湧くものだ。
“名前のないお店”と書かれたプレートを目にした僕の心は、言いようのない高揚感と怪しげなものを見てしまったという後悔の念とに板挟みされているようだった。それでも、僕はこの怪しげな店に興味が湧いていた。なぜこんな名前なのか?　どうしてここに立っているのか?　いつからこんな店あったのか?　頭の中でぐるぐるとまわる質問が浮かんでは消え浮かんでは消えを繰り返している。登校の途中であるにもかかわらず、僕は足を止めその店装に目を奪われていた。

　それから5分くらいだろうか。僕が夢中になっていると、後ろで咳ばらいが聞こえたのは。
「何か御用でしょうか?」
　僕は心臓が止まるかと思うくらい飛び上がった。おそるおそる後ろを振り向くと、この店の店主であろう男の人がにっこり微笑んで立っていた。年は若そうに見える男性が青いエプロンをして頭にハンカチを巻いている。僕はなにかいけないことでもしたかのようにもじもじと縮こまっていた。
　もう一度、今度は僕の眼を見て微笑みながら言う。
「何か御用でしょうか?　小さなお客様」
「あ、あの。その、えーと……」
何か言わないと、と焦って出てきた言葉がこれだった。僕は顔を真っ赤にして言った。
「お、おはようございます。きょ、今日もいい天気でしゅ……」
噛んだ。噛んでしまった。日常というものは些細なことで壊れるものだと知らされた。