空中楼閣とアクチュアリティ71コメント

1 桜小路朱希 id:AaBWypr.

2012-11-30(金) 18:06:32 [削除依頼]

 数え切れぬ幾多の世界のうち一つに、たった一人、心から世界を愛し、ヒトに無関心になった男がいた。

『愛の反対は憎しみではなく、無関心であることです』

 かの有名な女性が話したその言葉を指し示すかのように、彼は誰よりもヒトを愛さず、誰よりもヒトを憎まず、そもそもヒトとの関わりを断ち切った。理由は単純明白。彼はヒトという存在自体が世界を滅ぼす理由だと知っていたのだ。
 しかし、彼は最期に朽ちていく己の体を見て気付いてしまった。

 切っても切りきれない世界の理――自然律。
 彼自信もまた、“ヒト”でしかなかったことを。
  • 52 桜小路 朱希 id:JgN507S1

    2013-05-19(日) 16:58:48 [削除依頼]
     九月の風はどこか懐かしい香りがした。

     いつもの通学路は何ら変わりない風景画のようだ。まだきつい光を浴びせる太陽は、爛々と輝きくっきりとした影を地面に描く。帽子でも被ればいいのだが、正直ダサい。
    「直哉」
    「あぁ……颯斗か。おはよう」
     背後からの声に振り返れば親友がそこにいた。辺りを見渡してもいつもの人影が無いのに気付き、直哉は首をかしげる。
    「あれ? 瑠歌は一緒じゃないのか?」
    「ああ。一人で行くって。気にするタイプだからなぁ」
     瑠歌はだんだんこちらの生活に慣れ、夏休みの吹奏楽部の大会では、先生も学園の星だと胸を張って宣言するほどの好成績を残した。それがきっかけとなり友達もでき始め、普通に話してくれるようにまでなった。今では呼び捨ても普通の仲である。
    「別にいいのにな。まぁ、お前と変な噂を立てられんのもあれだろ」
    「そうだけど」
     住宅街を抜ければ見慣れた駅。まだ朝早く通勤ラッシュとまではいかないが、せわしそうな人々の間を通り、改札を抜けて二人でホームに並ぶ。七月からいままでは大体三人だった。約束をしているわけでもなく、自然と何故か一緒になる。瑠歌については颯斗が時間を会わせていたらしいが。
     ここから5駅の学園は今や第二の家。寧ろ家よりも過ごす時間が長い。一年数カ月も暮らせばもう慣れたものだ。
    「直哉は夏休みの部活はどうだった?」
    「まぁ普通。弓ばんばん――」
    「全国大会は?」
    「あれ? 言わなかったっけ? 残念ながら個人戦で二桁でしたー」
     弓道部である直哉は幼い頃からの鍛錬もあり、特にいい成績を残していた。けれども全員がそうというわけではないので団体戦で全国に掠れひっかかったものの、それ以上は続くことが無かった。個人戦でも調子が悪く、あまり発揮することができず留まってしまった。
    「そっか。お疲れ様」
    「颯斗こそどうなんだ?」
    「直哉も来てた市内の発表会では絶好調だったけど、残念ながら三市合同の方では少しとちった」
    「珍しいな」
    「海翔が来てたんだよ。アイツ連絡無しで来るもんだから。しかも最前列に座ってて、気付いた時気が抜けた」
    「海翔の所為にするなよ」
    「まぁ只の発表会だからね。コンクールだったら終わりだったよ」
     肩をすくめる颯斗に直哉が相槌を打ったときアナウンスが流れた。聞きなれたメロディが響く。
    「あ」
     驚いたような声が上がり、二人して視線をやればちょうど階段を下りてきた少女がこちらを見ていた。コバルトブルーが茶髪の隙間から二人を映す。
    「おはよう、瑠歌」
    「おはよう。……結局同じ時間になっちゃったね」
     そう言って苦笑いする少女は、それでも二人の元に駆け寄った。長い髪は鬱陶しいのか二つ括りにしているが、それ以外は夏の発表会で直哉が見た彼女と何ら変わりなかった。
    「二人ともちゃんと宿題した?」
    「してるしてる」
    「まあ、直哉は三日前俺に泣きついて電話してきたけどね」
    「なっ……」
     彼の照れ隠しも含めた怒声はアナウンスのメロディにかき消される。ホームに入ってきた電車のドアが開けば、颯斗と瑠歌が先に入った。
     ――もしここにいるのが四人だったら。
     同じように梨華がここにいたら、どうだっただろう?
    「直哉君?」
    「あ、あぁ。ごめん!」
     彼が慌てて電車に乗り込めば、扉が直ぐにしまった。もう、危ないじゃん。そんな風に笑う瑠歌の顔が、何故か彼女と被って見えた。
  • 53 桜小路 朱希 id:JgN507S1

    2013-05-19(日) 17:19:51 [削除依頼]

     見慣れた朱色の車体がホームに滑り込んでくる。その度に慌てて黄色の点字ブロックまで下がっているか確認していた一人のヒトの存在がないことに、今頃ようやく慣れようとしていた。
     単語帳を開き、英単語を脳内で呟く。彼、海翔の学校では始業式から早々テストだ。まぁ市内で有名な進学校であるのだから仕方ないかもしれない。
     ふと何故か彼女の顔が浮かんだ。何事もなく平穏な日々が続いていたなら、彼女は今でも自分の横であの笑顔を浮かべていただろうか。彼の隙を窺い、単語帳をひったくってきただろうか。そんなふざけた朝の会話も、今となっては楽しかったな、と思える過去に過ぎない。
     そういえば、と思い返していた。
     夏の発表会が部活の休みと日程が合い、少し気になって見に行った時のことだ。最前列で見ていれば、彼女はお気に入りのヴィオラを手に、指揮者のすぐそばに座っていた。入場で直ぐに気が付き、少しだけ目配せして笑ったのを見たとき、安心感に包まれた。
     演奏が始まり、そういえばと腐れ縁の親友を探せば、彼のフルートを持ち座っていた。視線に気づいたのかこちらを見て、驚いたのか音が少々狂ったのをみて思わず苦笑してしまう。二人の動作を流れるように見ていた海翔は、次第に違和感を覚えた。
     弾き方が、違う。
     瑠歌の弾き方がいつもと違ったのだ。どうしても癖、というものが出てしまうものなのだが、瑠歌の癖とはまた違っていた。扱いには手慣れているように見えるが、少し細かい部分でのミスもいくつか見えた。音程が狂ったほどではないのでミスに入らないようなものではあるが、昔の彼女には無かった。思えば思うほど、考えれば考えるほど違和感は増大し、全ての演奏を終え、二人に会ったとき、何故か素直に笑えなかった。
     海翔なりに思考を巡らせてみても理由は思い浮かばない。やはりあの体験が彼女の一部を変えてしまったのだろうか。それしか該当しなかった。学園で何か辛いことがあるかもしれないという可能性はまずないだろう。颯斗に限ってそういったことを見落とすようなヘマはしない。
     それに――。
     もう一人、彼には学園に知り合いがいた。その人にも話を聞いても、先生から信頼されていて良い学園生活を送っているよとしか返事はない。
     考えすぎ、か。
     今はそう思うしかない。それで安心するしか、他に選択肢はなかった。とりあえず彼女は平穏な生活を過ごしているのだ、それ以上なにがある?
     車掌のアナウンスが車内に響く。彼の乗車駅まであとすぐだった。
  • 54 桜小路朱希 id:cW0YT4M1

    2013-05-24(金) 20:08:43 [削除依頼]

     あぁ、腹が立つ。
     顔を見るたびにけだるさが胸にこみ上げる。その仕草、その声、その言動全てが自分とそっくりすぎて。
     幼い頃より鉄壁の仮面を被って育ってきた彼――颯斗にとって、その存在は鬱陶しいことこの上なかった。
     同じ吹奏楽部の同志とはいえど、耐えられない。自分と同じような白銀髪にガーネットのような深い暗清の緋。色素は違えど目元などもそっくりである。親戚? と何度聞かれ、その度に気分を害されつつも、違うよと笑顔で何度も答えただろうか。
     自分のコピーがいれば気が楽でいいなんていう輩もいるが自分にとってはたまったもんじゃない。オーボエを手に少し俯いて演奏する彼の横顔が、見てもいないのに何故か自分のそれと同じだと確信し、嫌悪感を抱く。フルートを持つ手が小刻みに震えた。しかし、こんな奴の為に自分の鉄壁が崩れるのが悔しく、いつも通りのニセモノを顔面に張り付けて笑う。
     そんな中、心許せる友人は暖かい存在だった。本物のままでいられるということが、どれほどありがたいことか身にしみて感じる。にこやかに笑う海翔や調子者の直哉。
     そう、いつも通りの日常。幸せで、何ら変わらない日常。
     廊下の奥の角からあいつが出てくる。そいつの友人と話しながら、自分と同じように笑って。ふわりと舞い上がる白銀の髪。隙間からうかがえる深紅。耳にかかる髪を払う。その動作も自分の癖と同じ。
     すれ違う数秒前、颯斗と彼――浩樹は目が合った。交差するエメラルドとガーネット。星を瞳に押し込め、秘めたような輝く二つの光がすれ違う。傍らで煌めく白銀はまるで流星のよう。
    『そうだ、まるで俺達は――』
     回廊を歩く足取りはややぎこちなく、それでも規則的にコツコツと足音を響かせた。中庭にはまだ秋の風は訪れていない。どちらかと言えば夏よりだろうか。まだ暑い日々が続く。
    『ドッペルゲンガーみたいね』

     初めて二人を見比べてそう言った少女の顔が脳裏に浮かんだ。そしてその笑顔が何故か瑠歌と被り――もう一度アイツの顔が浮かんで嫌悪感を抱いた。
  • 55 桜小路朱希 id:Uy83QD4/

    2013-05-26(日) 11:30:37 [削除依頼]
    「であるからに、これは――」
     教師の声が耳をすり抜ける。教室の窓から見える中庭の木々をぼんやりと眺め、ノートにらくがきでも描いてみる。こっそり回って来た手紙をどうでもいいけれど適当に読み、コメントを書いて次の奴に放り投げた。
    「達川」
    「はい」
     その名が呼ばれると、密かに数人の女子が顔を上げた。彼の親友である颯斗は端正で整った顔立ちだ。その横顔は少し冷たそうに見えて、美しい。まるで氷の彫刻のようだ。血をたどれば祖父か誰かが北欧出身と耳にしたことがあった。本人からは聞かないものの、まあ別にそんなことはどうでもいいと思っている。日本人離れな容姿であろうとも、なかろうとも。
     直哉は完璧な答えに心の中で拍手を送ってやる。彼の回答を誉めてから教師も授業へと戻った。優等生という名が相応しくはあるが、彼がそう言われるのを嫌悪しているから、そういった類の話は直哉は必ず持ち出さなかった。
     事実、頭がいいと誉められて、何と返せばいいのかなんてわからないだろう。確かに彼の成績が優秀なのは事実だ。けれどそれを敢えて言われたところではないか? 一部の女子なんぞは頭いいねと諂って笑い、天才だと囃し立てる。しかし、当の本人はその後不機嫌そうに前髪をいじっていた。嫌なのだろう。
     長年の付き合いで身にしみて分かるからこそ、彼は何も言わない。内心小さく、感嘆の言葉をつぶやくだけだ。
     直哉は癖っ毛を耳まで掻きあげ、シャーペンを握りしめた。次は集会。夏休みがどうだったとか、そんな在り来たりな話。初日から一学期の復習をかます学校はここぐらいだろう、とつくづく溜息が出た。明日は試験、その後学級委員等を決めるのだろう。
    「……暑いな」
     夏が終わった。それなのにまだ残暑の残る彼の日常に溜息一つ。
  • 56 桜小路朱希 id:Uy83QD4/

    2013-05-26(日) 12:04:30 [削除依頼]

    「あっつ……」
     バサッ、と長い茶髪を上げて、上の方でまとめる。二つ括りから一つにするそれだけで爽やかに感じた。鏡に映る自分の顔を見ながら、頬に手を当てた。
     ――私。
     これが私。これが自分。臙脂色に染まる指先。海のようなコバルトブルー。これが私、だっただろうか?
     記憶喪失になってからそう思うことが多々あった。さかのぼってどのあたりまでの記憶を自分が無くしているのか解らない。それでも最近違和感を覚えることは少なくなかった。その度に記憶が戻るかもしれない、と高揚する。しかしそうなってしまっては、戻りかけたものが落ちていく。それの繰り返しだった。もう少しで手が届きそうなのに届かなくてもどかしい。本当の私を知りたい。
     聡い彼女はもうすでに気づいていた。何か隠されているということを。
     家に帰った時の母の反応、父のぎこちなさ。多分、あの人達は良い人ではあるけれど、私の本当の両親ではないのだろうと。ならば私の本当の家族は? あの人たちや海翔との関係は?_そもそも、何故ここに? 疑問は増えるにつれて重くなり、心に影を落とした。助けられてばかりだ。守られてこうして生きているけれど、迷惑ばかりかけているのではないだろうか。私の存在はどれほど他人の重荷になっているのだろうか。
    「瑠歌ちゃん」
     はっとして顔を上げれば、心配そうにあたらしくできた友達が見ていた。その瞳に不安げなものが揺れている。
    「あ、ごめん」
    「大丈夫?」
     平気だ、と頷いて呟く声は、掠れて何故か出なかった。胸を射られたかのような悲しさ、虚しさが響く。それでも無理やり笑顔を作って笑いかけた。紛い物のそれでもほっと安心したかのように肩を下ろす友達に頷いて前を向く。
     今は答えが見つからなくて焦ってばかりで、暗闇を明かりも持たず東奔西走しているようなものだけれど、いつか――。いつか、私も答えを見つけられるだろうか。
     少しの期待と大きな不安を抱えて、瑠歌は廊下の先を見上げた。
  • 57 桜小路朱希 id:PCq3K2G1

    2013-05-28(火) 13:15:42 [削除依頼]
    第一章第一話終了いたしましたのでまとめます。どちらかといえば第一話は短編集のようになってしまったというのが反省です。もう一話いれないと二章には入れそうにないですね。 まとめ 序章「幾多の世界の隅っこで」  第一話 「失くしたのは命と記憶の欠片」   >5+8+9+11+15-19+22  第二話 「それを運命と語るならば」   >25-35  第三話 「深紅の花が咲く頃に」   >39+40+42-44 第一章「違和感ト疎外感」  第一話 「ひとりふたり」   >46+49+52-56 続いて第一章第二話「世界の狭間に落ちた先には」です。相変わらずののろさですが、お読みいただければ光栄です。
  • 58 桜小路朱希 id:h/4brTA0

    2013-06-10(月) 21:05:35 [削除依頼]
    第二話 世界の狭間に落ちた先は

     僕の数歩先を歩いていた君が急に足をとめた。怪訝そうに僕は眉を寄せ、どうしたのか尋ねる。君の小さな肩が震え、長い銀髪の先が宙を彷徨った。
    『あの子が、死んだ』
    『は……』
     その言葉の真意を理解できずに聞き返す僕に、君は振り返る。その瞳が涙で潤み揺れているのを見れば、嘘ではないことは明らかだった。僕達の間を冷風が通り抜ける。枯葉が目先をすり抜けていった。僕の釈然としない表情を見て、君はなおも言い募る。
    『解るの。だってずっと私達友達だったんだもの――あの子が、』
    『そんなこと――』
     ありえない。だってあの子は強くて、僕達の――。
     そう言いかけた僕を遮るように君は首を横に振った。雨雲が広がる。風がいささか強くなったようだ。あの黒い雨雲は、一体何色の雨を降らせるのだろう。
    『覚悟してたわ。もう、あの子は――』
     小さな白い手が長いローブの先でぎゅっと縮こまる。一度唇を噛みしめ、視線を逸らした君は、意を決したようにきっと紅い瞳を僕に向けた。
    『この世にはいない』

    「――っ」
     彼はばっと身体を起こした。夢だ。夢の筈なのに今まるで布団に入ったかのように、身体が冷え切っている。冷えてしまった臙脂色の指先に息を吹きかけると、頬に熱い物が伝った。夢ではないかもしれない。彼女の事だ、夢を使って伝言することも無きにしも非ずだと溜息をつき、彼は大きなベッドから立ち上がる。
     顔を洗い、窓から見上げた空は曇っていた。重い黒い雲が空を覆い、日光が遮られている。昨日の晩は「仕事」を終えたのが遅く早馬で帰って来たものの、日付は変わっていた。
    「御目覚めでしょうか」
    「あぁ……おはよう」
     忠実な部下は朝食をワゴンに載せて彼の寝室を訪れた。耳のあたりだけを少し長くした髪は後ろは綺麗にそろって切られている。黒髪に白い肌の生える、小国の出身で親を亡くし彷徨っていたところを彼に「拾われた」うちの一人だ。滑らかな動作で食事の用意を整え、濃厚な香りの漂うコーヒーをカップに注ぐ。皿の音を立てずにおいたところで顔を上げた彼は、驚いたように僅かに息を呑んだ。
    「テュールさま……何故、泣いておられるのですか」
    「ちょっとした伝言を言付かってね。クレイ。ユイに連絡はとれるかい?」
    「はい。ただいま。詳しいことは存じ上げませんが、舞さまも一時御帰還なさっているそうで」
     舞、という名前にカップに伸びかけた手が一瞬宙に漂った。
    「舞も?」
    「ええ」
     ――やっぱり、夢じゃないのか。
     確信めいたものが胸に過ると同時、彼女の死をテュールは実感した。受け入れがたい真実ではあるが、舞が帰ってくることは緊急事態以外あり得ないに等しい。帰ってくるのは悪い知らせがある時だけだ。十中八九、その内容は「夢」で見たものなのだろう。
    「では、失礼します」
     優秀な部下が一礼して去っていく。ギィイイ、と立てつけの悪いドアが音を立てて閉じられた。久しぶりに帰ってきた自分の本家の屋敷でこんな思いをすることになるとは、と彼は苦笑する。こんな形で帰ってくるならいっそ。そんな下らない思考を中断し、暖かいコーヒーを口に含む。まだまだ、自分にはすることがあるのだ。
    「君の帰還に乾杯だ、舞」
     ワイングラスでなくカップを目線の高さまで持ち上げ、彼は口角を上げて微笑んだ。
     窓の外では静かに雨が降り始める。不安を煽りたてる様にしとしと、しとしとと黒い雨が地面に沁み渡る。それでいてどこか大きな何かが始まるような、そんな高揚感が背筋を奔った。
  • 59 氷河@水瓶座 id:2N83a2h/

    2013-06-11(火) 21:32:48 [削除依頼]
    文章構成が素晴らしくて読みやすいですっ!
    内容もいいと思います!

    頑張ってください!
  • 60 桜小路朱希 id:LE9Ospd1

    2013-06-12(水) 21:03:03 [削除依頼]
    >氷河さま
    ありがとうございます。読みやすいというお言葉、嬉しいです。未熟で拙い文ではありますが、今後とも頑張りたいと思います。
  • 61 桜小路朱希 id:LE9Ospd1

    2013-06-12(水) 21:03:21 [削除依頼]

     城壁の陰から様子を見ていた少女は馬車の陰に隠れつつ素早く街中へ身を投じた。賑やかな市場に入ってしまえばこっちのものだ。楽しげに笑う国民達に思わず笑顔になる。採れたての野菜や果物を売る店、甘い香りの漂うパン屋。少女が足をとめたのは花屋である。
    「いらっしゃいま――」
     若い店員がフードをとった少女に思わず舌をかむ。それに眉を顰めた女店主も少女の顔を見て口をぽかんと開けた。
    「舞、さま」
    「ごめんなさい。抜け出してきたの、秘密にしてね。――菊はある? できれば白いのがいいんだけれど」
     少女は薄い桜色の唇に細い指を押し当て、微笑む。頷いた店主が慌てるように店の奥に入った。若い店員は一礼しすぐに作業に戻った。開店直後なのだろうか、どの花も瑞々しく美しい。僅かに漂う香りは、どの花からだろうか。やがて店主が持ってきたのは数本の白い菊。
    「今朝仕入れたばかりです。何本になさいますか?」
     まだ新しい花だった。生き生きとしている。白い花弁は柔らかそうで、傷は一つもなく痛みも見当たらなかった。満足げに少女は頬を緩める。
    「そうね……多すぎると迷惑か、な……どうしよう。普通はどのくらいするもの?」
    「そうですねえ……大体は皆さま10から20くらい買われるんですが。この分だと花が小さいのでもう少し多くても大丈夫でしょう。……どのような用件か伺ってもよいのですか?」
    「ええ。実は、私の友人が――他界したの。それでね――」
     少女は深紅の瞳を細めて女主人にその計画を告げる。目を丸くした店主だったが、それなら、と彼女に一つの案を提案する。舞はそれに賛同し、菊を指さし本数を告げた。店主はまたもや店の奥へと姿を消す。
     ――。一人残された彼女の唇が小さく動く。聞き取れないような小さな掠れた声で何か呟く。黒髪が風に触れて和らいだ。耳にかけなおした舞は辺りを見渡す。
    「どうぞ」
     やがて主人が抱えてきた花束を受け取った。
  • 62 桜小路朱希 id:610zxk21

    2013-06-13(木) 21:16:06 [削除依頼]

     葬儀はひどく厳かなものだった。一人一人、白い花を彼女の棺へと入れていく。
     彼女の歩んだ人生が「こちら」であまり感銘を受けているものではないと知りつつも、まるで肩の荷が下りたかのように話をしている輩を見れば、ひどい頭痛がする。たまらなくなって会場の壁に凭れかかった。大広間に敷き詰められた絨毯に視線を落とし、彼女は溜息をつく。黒いドレスはあまりレースの使われていないものだ。普段年頃の女子が望むようなドレスを着るのを拒絶する彼女にとって、最大限の譲歩だったのだが、どうしても着心地も周りからの視線も気持ち悪い。
     黒い幕はどこか紺色じみてもいる。急いで取り寄せたのだろうか。黒が無かったのだろうか。普段ならば催し物のステージとして使われているスポットライトの浴びるそこには、真っ黒な棺。中で眠る女性は「あの子」だ。何年も会っていなかった彼女にしてみれば、またいつか再会を果たそうと指を切ったあの日の少女が忘れられない。
     ――知らぬ間に美しい一人の女性となっていた。知らぬ間に、強い一人の母親になっていた。知らぬ間に、帰らぬ人となった。
     気がつかなかった。幸せに過ごしているのだと信じて疑わなかった自分が愚かしい。そして向こうの世界の不審な動きを悟れなかった自分を呪いたい。――失格だ。悔しくて拳を握って唇を噛みしめる。
    「ユイさま」
     名を呼ばれ顔を上げた少女の前には一人の青年が立っていた。クレイ、と唇が動く。青年は黒い礼服に身を包んでいた。
    「伝言を言付かっております」
    「……何? テュールから?」
     ユイが小声でそう尋ねた時、既に厳かなものだったその会場の空気が張り詰めたように凛とした。空気が、雰囲気が違う。まるで金縛りにあったように。その異様さに気付いた二人は、皆の視線の先へと目を向けた。
  • 63 桜小路朱希 id:610zxk21

    2013-06-13(木) 21:23:32 [削除依頼]

     男装した黒い礼服。しかし顔立ちは明らかに少女のそれだ。紅い瞳は凛として清らかな眼差しを舞台中央へ向けている。黒髪だからだろうか、白い肌が浮かぶように目立っていた。静かに足音一つ立てずに、彼女――舞が歩みを進めた。さっと静かに皆が道を開ける。
     手にしているのは一輪の白い菊。ほのかに輝いて見えるのは何故だろう。
     やがて舞が舞台へと辿り着く。その後ろ姿は何とも形容しがたい感情が溢れていた。誰もが固唾を呑んで見つめている。その視線を全て受けとめ、静かに菊を女性の胸元へ捧げた。厳かに、されど滑らかに右手を上げ、パチン、と指を鳴らす。
     瞬間、パッと花が散った。花弁の雨だ。白い菊の、レースカーテン。涙の真珠の雨のように。天使が舞い降りたとき、羽根が散ったように。降り注ぐそれらは星のように小さく輝く。美しさに誰もが見とれ、溜息を吐きだした。そんな中舞は深く腰を折り曲げ礼をする。
    「相変わらず、素晴らしい演出ですね」
     久しぶりに拝見いたしました、と僅かに笑うクレイに、そうね、とユイも答える。数か月ぶりの友人は、どうやら変わりないようだ。そのことに安堵しつつ、彼女が帰還した理由も身にしみて分かっているからこそ、手放しには喜べない。
     振り返った彼女の紅い瞳がこちらを見た。僅かに、ほんの少し口角を上げる。どういう意図の笑みかは読み取れなかったが、心からの笑顔で無いことは一目瞭然だった。舞が舞台を降りると、張り詰めていた空気がふっと解ける。内臓を圧迫されるような緊張感から解放された皆は反動なのか、少しざわつき始めた。
    「それで、伝言は?」
    「それは直接お聞きになった方がよろしいかと。詳しいことはおっしゃいませんでした故」
    「――そう。あの埃臭い屋敷に出向けってわけね」
     溜息をつくようにユイが返せば、クレイは困ったように目尻を下げる。返答しかねているのかもしれない。肯定し謝れば主人の品格を落とすし、かといって否定もできない。
    「あの……掃除は、しております」
     悩んだ挙句の回答にユイは微笑み、会場を後にした。
    ――舞台に添えた私の花は、プリム、貴方に届いているの? 
  • 64 桜小路朱希 id:MxW1gmK1

    2013-06-15(土) 19:20:09 [削除依頼]

     耳鳴りがした。カンカンと鳴り響く警戒音に思考が一時停止する。脳裏に浮かぶ魔法回路。光線が奔り抜けていく。浮かぶ魔方陣、それらが、パリン、と音を立てて割れた。
    「……っ」
     遠くから破壊音が響き渡った――。会場の皆は気付いていないのだろう。私達だけに聞こえる音だ。
    「舞様」
    「クレイ、だよね? 久しぶり。こんな形で再会を果たすなんて夢にも思ってなかったけど」
     皮肉たっぷりに舞は告げる。クレイも「分かる」うちの一人であった。会場にはい変わらず静かな空気が流れていた。取り締まっているのは公爵だ、自分達はあくまで客。抜けたところで問題はない。
     なるべく会場の空気を乱さないように静かにドアを開閉した。長い回廊を見つめる舞の視線の先には、先程会場を出たユイ。
    「積もる話はあるけれど、緊急事態のようね」
     くすっと笑うと小さなえくぼができる。銀髪はツインテールに結っており、純玲色の瞳がすうっと細まった。懐かしい笑みに毛が逆立つほどの高揚を覚えた。魔法回路がヒートアップするのが脳裏に浮かぶ。そうだ、この感覚だ。この感覚なしに戦ったことは無かったのだ、かつては。
     案内をするために足を進めながら舞は経緯を説明しようと口を開く。
    「一人、連れてきたヒトがいる。正確にいえばその場の成り行きなんだけど……もしかすると、例のヒトかもしれないと思って直ぐには帰さなかったんだ。迷惑掛けるつもりは無かったから薄い壁細工つくっといたんだけどな」
    「破った、のかしら」
    「……一般人、ですよね」
     クレイが渋い顔をして尋ねる。舞の整った眉が僅かに顰められる。足早の三人をすれ違ったメイドがぎょっとした顔つきで二度見する。
    「多分。いや、もしかすると違うかもしれない。現場に行こうとしてた」
    「破ったとしたら一般には入れてあげられないかもね」
     舞が皮肉じみて笑う。そういうところも変わらないな、と横目でユイは見つつ、少し足早に絨毯の回廊を進む。別館に入ってすぐ左の道、普通なら客間の場所だ。一番奥のドアのドアノブを何のためらいもなく舞はひっつかむ。魔法回路が異常にショートしそうなほど光線を発している。あまりに強い衝撃波に頭痛を巻き起こしそうなほどである。周りに人がいない事を再確認し、舞は勢いよくドアを開け放った。
  • 65 桜小路朱希 id:FnwajtK.

    2013-06-16(日) 11:30:06 [削除依頼]

     あまりの眩しい光に三人は瞼を閉じ――開いた時には目の前の階段の踊り場のような役目でしかない部屋の反対側に、同じように金属製のドアを開けて佇んでいる青年と目があった。
    「あ……」
     茫然とした青年――武琉はぽかんと口を開けている。そんな青年を頭のてっぺんからつま先までさっと見て、舞がつかつかと歩み寄った。突然やってきた訪問者に驚きを隠せない武琉は動かない。舞の視線が一転に集中していることに気づき、たどればそれは己の右手だった。
    「あ、これは、そのっ……」
     ドアの向こうから僅かに漂う硝煙の香り。発砲したことは紛れもなく隠しようのない事実だった。怒られる、いや、殺される……? と武琉が冷や汗をかいた時、何でもないように舞は黒光りするそれを手に取った。
    「タウルス・ジャッジ……散弾リボルバーか。どこで手に入れたわけ?」
     紅い瞳に気おされて武琉は動揺しながらも部屋の奥を指さした。
    「棚に入ってた」
    「……そう」
     腑に落ちない表情ではあったが、舞は銃を上着の内ポケットにしまい、振り返った。奥の部屋から隙間風が入り込む。どうやら大幅に破壊されてしまったようだ。銃本体だけで彼女の「壁」を破壊できるほどの威力を持ち合わせているとは到底考えられない。魔法は金属を嫌うと言うが、それにしてもだ。この事実は、ある意味何かしら武琉に能力が備わっていることを決定づけている。
    「彼が間違えて連れてきてしまった人?」
    「間違えたとは言われたくないけど」
     言い方に語弊があるのを指摘しない舞ではなかった。不満げに眉を吊り上げる彼女にユイは微笑し言いなおす。クレイは黙って二人の会話に耳を澄ましていた。
    「連れてきた人ね? 私はユイ。貴方の名前は?」
     穏やかにユイが問うと、武琉は落ち着いてユイを見つめなおす。艶やかな銀髪に純玲色。顔立ちは大人っぽいが、それでいてどこか純粋な子供のようなあどけなさを覚える。妙なデジャヴ感に襲われた。
    「武琉です。片山、武琉」
    「タケル、ね。良い名前。瞳も綺麗な翡翠」
     上辺だけの言葉、というのは言いすぎかもしれない。だが、心からそう思ったわけではないのだろうと武琉は直感した。当たり前だ。自分は連れてこられた側ではあるが、見ず知らずの初対面の人間を直ぐに信用するわけにはいかない。こちらの警戒心を解き、情報を吐かせた方が効率的というものだ。
  • 66 桜小路朱希 id:FnwajtK.

    2013-06-16(日) 11:36:31 [削除依頼]

    「……ただ単に馬.鹿と言うわけでもなさそう、か」
     舞が悟ったのかそう言った。冷淡な瞳は品踏みする商人よりも淡々としているかもしれない。
    「私は舞。彼はクレイ。貴方を連れてきたのは私。何が起きたのかは覚えてるね?」
    「……あぁ。そういえばお前、髪長くなかったか……?」
     浮かぶ情景をたどりながらそう尋ねる。その白い肌も紅い瞳をあの時のままではあるが、漆黒のロングヘアは耳の下あたりで真っ直ぐ切りそろえられていた。
    「鬱陶しいから切った。他に聞くことはない?」
    「……あの人は? マツハラさん、とか言わなかったか? そうだ、あと子供は? 俺の妹のダチなんだ」
    「彼女は死んだ。子供は無事。今は反動も大きかったし、この世界の田舎で休息をとらせてる。死んだことはまだ伝えてないけど、多分薄々気づいてる」
     何も言えなかった。目の前であんな風に人が死ぬのを見たのも、そしてどうやらとんでもない世界に足を踏み入れてしまったことも。どうすることもできない事実だ。武琉は翡翠の瞳に影を灯す。そんな中クレイが口を開いた。
  • 67 桜小路朱希 id:FnwajtK.

    2013-06-16(日) 11:37:35 [削除依頼]

    「率直に聞きます。貴方は、何かしらの能力を手にしている自覚はありますか」
    「いや、俺にそんなものはないよ」
    「無いことはないでしょう。いや、寧ろ呼び起こしてしまったのはこちらかもしれないけれどね」
     ユイは何と言ったらいいのか、と頭を悩ませる。そもそもこういう非常事態は最近では無かったことだ。
    「少しだけ貴方の時間を頂戴。話しさえできればちゃんと送り届けるから」
     こういう時、舞は冷静だ。仲間が目の前で死.のうとも、舞は多分正しい判断を損なわない。自分には出来ない事だろうとユイは思っている。惨劇のような過去を越えた先の、やりきった人間の見せる顔を、舞は持っている。ごくたまに、ありふれた日常の最中にふっとその影を過らせることがある。別れる前からそうだった。
    「分かった」
     武琉は神妙な顔つきで頷く。彼もまた、いざという時の判断が的確にできるタイプなのだろう。生まれ持つ才能だ。育つ環境にもよるが、その才能を喉から手が出るほど欲しているものもいる。けれども、生まれ持つかとんでもない試練を乗り越えてしか得られない才能だ。舞は後者、武琉は前者と言うわけか、とユイは納得していた。棚にあった銃を正確に正しい壁に打ち込んだことに関しても、彼への評価はそれなりに高い。
    (あとは……)
     決してその素晴らしき才能が、彼自身を守るとは限らないということだ。
  • 68 桜小路朱希 id:VXBqgIq1

    2013-06-17(月) 20:39:28 [削除依頼]

     紅茶をカップ四つに注ぐ。甘い香りが漂う。この葉にはリラックス効果があるのだ、と遠い昔先輩が教えてくれたことを、メアリは何気なく思い出していた。
     彼女はこの城のメイドである。それも、頭が良く器用なので信頼も厚く、一番「姫」と距離の近いメイドと言えるだろう。
     けれども彼女は自分自身をそんな風に思ったことは無かった。来客用のカップには美しい彫刻が施されていて、そのひとつひとつを丁寧に毎日吹き上げる。単純なことに見えてこれがなかなか難しいようだ。皆めんどくさがってしないことを、ただ自分はしていたい。それだけだ。他に何もない。
     ――だってねえ?
     あちこちから上がる戦火。動乱の時代に生まれた彼女は、戦争の足音のない日々を知らずに10まで育った。幼いながらも負傷した兵士の手当てに回され、この世の地獄ともいえる惨劇を目の前にした。水を、と泣き叫ぶ人々に水を渡してやりたくても井戸は枯れて一滴の水も無い。食料も尽きてくる。元々小国なのだ、大国に勝てるはずがない。
     それでも人々は青空を見上げていった。勝てる。この空の続く向こうの国は、我々のものだ、と。
  • 69 桜小路朱希 id:VXBqgIq1

    2013-06-17(月) 20:39:56 [削除依頼]

     しかし現実はそうそううまくいかない。ハッピーエンドで終わるものなど、数少ない視点で描かれた夢物語だけだ。灰色の世界に一人倒れ、静かに雨が降り注ぐ。やがて炎も途絶え、暗い世界が訪れた。小さな国だった。自分達は、鳥籠の中で世界一周を夢見る幼い小鳥だった。太陽にでさえその翼が届くような気がしていただけだ。夜ならば漆黒に浮かぶあの恒星に。星座の羽根の形に自分の翼をそっと重ねて。
     家族も親戚も友人も知り合い一人でさえ生き残らなかったその中で、彼女が生きたのは単に運が良かっただけだ。
     たまたま知人を訪ねる為の近道として通りかかったユイが倒れているメアリを見つけたのも。
     その時ユイはまだまだ幼いあどけない少女で、戦争の悲惨さなど知らなかったことも。
     彼女が「敵国」の人間であり、情けをかける必要などないことに気付かなかったことも。
     幼い子供は純粋に倒れている人を救おうとし、なんとか知人を呼んで助けてもらったのだ。メアリはその時の事を今でもぼんやりと記憶している。大丈夫ですか、とか、今助けを呼んできます、だとか。戦時中自分が他人に言っていたような台詞を吐いて。灰色の空に何故か白銀髪が馴染むことはなく浮かんでいて、何よりその純玲色の瞳が、美しかった。希望の光が宿っているように見えた。小さな手が清潔なハンカチで自分の顔を拭いているのも、とても心地よかった。
     ――命の恩人だから。
     あの日すでに自分は死.んでいたような気がする。死.んでいた自分に、かりそめであろうとも鼓動を与えてくれた人だ。もう私自身に生きる意味は無いとメアリは思っている。唯一あるのは、彼女の為に、彼女の世界を美しく彩るために働くこと。それだけだ。
    「お待たせいたしました」
     真剣な顔もちでテーブルに向かい合っていた四人の人物のうち、彼女は真っ先に振り返る。ほのかに漂う香りに嬉しそうに笑い、そうして告げる。
    「ありがとう、メアリ」
  • 70 桜小路朱希 id:VXBqgIq1

    2013-06-17(月) 20:58:30 [削除依頼]

    「――っ」
     瞳を大きく開いて息を吸い込む。慣れた布団の感覚に肩に入った力を抜いた。端末に表示される数字は、あの日から二日後。閉じられたカーテンから漏れる光を浴びようと、身体を起こし勢いよく左右に引っ張る。眩しさに一瞬間がくらんだ。朝だ、と直感する。春の暖かさを帯びた朝の日光である。
     夢ではないかと武琉は思った。二日分の記憶はあるのだ。全部、あの映画さながらの出来事を一言で片づけられたらどんなに楽だろう? けれども胸元にしっかりとした重みを覚える。
     首から下げた古びた石。彼の翡翠の瞳と同じ色をしたそれが、すべてが現実であったことを物語っていた。最後、別れ際に舞も言っていた。
    『多分記憶は勝手に整えられてる。夢かと思うかもしれないけど、夢じゃないから』
     そういって無造作にこの石のついた鎖を首につけたのだ。忘れるな、とそう言って。
     正直めんどくさいことに巻き込まれたような気がしている。実際今であっても全てが夢だったら……と思っているのだ。
     石を外して引き出しの小さな箱に仕舞い、伸びをして机の上を見る。鞄に入ったメモにはきちんと明日の予定が書かれている。今日は日曜なのだ。休暇を一日飛ばされてしまったのは惜しいが仕方ない。ラフな私服に着替え、窓を開けた。まだあまり人気のない住宅地の様子が視界に飛び込んでくる。
     変わらない情景に安心し、彼は自分の部屋を出た。脳裏に四人で話した内容が浮かぶ。
     ――まあでも、とりあえずは。
     自分はこちらの人間であることに変わりない。協力はするが、それ以上でも何でもないのだ。役にたつかどうかは別として、この脳細胞を少しぐらい分けてやったところで減るもんでもない。減るのは彼の自由時間だ。
     今日の外出の予定を母親に告げようと、彼は階段を下り始めた。開け放たれた窓から、春の風が部屋に入り込む。小さな小鳥の鳴き声と自転車の無機的な音が、風と共に流れた。
  • 71 桜小路朱希 id:qgZe6I4.

    2013-06-18(火) 21:30:55 [削除依頼]
    第一章第二話終了いたしましたのでまとめます。 テンポは予定通りですが、まとまり感が薄いかもしれないというのが反省です。自分でもどうにもならないほどこんがらがっていく糸を解くとき大変だろーなぁと思いながら笑ってます。 まとめ 序章「幾多の世界の隅っこで」  第一話 「失くしたのは命と記憶の欠片」   >5+8+9+11+15-19+22  第二話 「それを運命と語るならば」   >25-35  第三話 「深紅の花が咲く頃に」   >39+40+42-44 第一章「違和感ト疎外感」  第一話 「ひとりふたり」   >46+49+52-56  第二話「世界の狭間に落ちた先は」   >58+61-70 次は第三話「狂った現実は踊り出す」(予定)です。前回進んでないのに切ってしまったので、今回でぐっと進めます。長くなったらどうしましょうね。 あと人数がやばいので……また特徴と共にまとめてみます。読んでくださっているお優しい方々本当にいつもすみません。 相変わらずののろさですが、お読みいただければ光栄です。
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