召環師の紫68コメント

1 劃 id:ez-JSlPp7w1

2012-11-25(日) 12:01:13 [削除依頼]


「召環師に指輪を授かったら大切にしなさい。
 彼らは“祝詞”の子であるから、その指輪も大変有り難いものだよ。」
ルルヴ地方霧衛村長老の言葉
  • 49 劃 id:ez-SwGZoPw.

    2012-12-31(月) 22:30:33 [削除依頼]
     真夜中になってでも早い内に都市フアナへと入る予定だったが、そうもいかなくなった。
     仕方無しにヴァンプは船着場‐都市間の物資運搬をしている運び屋から荷車を一台借り、それにボロミアを寝かせて乗せて、取り敢えずフアナ前にある西塔を目指すことにした。
    「ったくよぉ」
     紫はあくまで一時的な同行者でしかない。舌打ちしつつも、ここはヴァンプしか荷車を引く者はなかった。ヴァンプがうんうん唸るボロミアを引き、後ろをぐったり背中を丸めながらアイリが追う。その周りを紫はひょこひょこと動き回った。その為か、月明かりに落ちた影は本人らの意に反して何とも愉しげに見える。
     アイリの体調などお構い無しで、ヴァンプは殆ど駆け足で道を行った。先日までの山道に比べれば、均された平地など苦にならない。本来ならば徒歩二時間弱の距離であったが、彼らは四○分で踏破した。
     ヴァンダリアの石で造られた西塔は、夜道に白く浮き上がっている。
    「待てぃ、そこの車、止まれぃ!」
     西塔を囲む木柵の前で、衛兵の声が飛んできた。
  • 50 劃 id:ez-SwGZoPw.

    2012-12-31(月) 23:39:45 [削除依頼]
    「このような深夜の急ぎ、一体何の用であるか」
    「あ? 何って、ええと……取り敢えず野宿したくないなぁと」
    「乗せている者は病人か?」
    「船酔いだな」
    「船酔い!? 船着場には距離があるが」
    「うん、だから結構疲れたんだ」
     衛兵達からすれば相当に怪しい一行であったが筈だが、面子が子供ばかりなのが幸いしたらしい。疑いの眼差しを向けつつも塔内への入場が許された。
     円筒形の塔内部は壁に沿って階段があり、一階の天井がかなり高い事が紫には目に付いた。壁際を見てすぐに合点。兵士が槍を持ったまま出入り出来る様にとの設計であった。その事からも分かる通り、一階は軍が管理している。紫達一行は二階に通された。
     ヴァンプに肩を借りるボロミアはやっと少しだけ回復したのか「わ、悪いね」とだけ洩らす。
    「アイリちゃんは大丈夫かい?」
     麻布が敷かれたフロア内の壁際を選んで腰を下ろした時、紫が声を掛けた。
     静かな瞳のまま、アイリは紫を見返し、
    「ちゃん付けすんな、ベソ餓鬼がっ」
    「!」
    「こっちは疲れてんのよ。気易く話掛けないでよね。ベソ餓鬼がっ」
    「!」
    「船酔い中に夜道を走らされた上に、泣き虫のアンタに心配されたんじゃ、生物としての自信無くすのよ。ベソ餓鬼がっ」
    「こらアイリ、あんまし紫の事イジメんなよ」
     ヴァンプが間に入るも時既に遅し。額を壁に付けて紫は正座している。
    「そ、その娘、滅茶苦茶喋りますやん……」
  • 51 劃 id:ez-dpeGNA01

    2013-01-02(水) 02:03:40 [削除依頼]
     八つ当たりを食らった紫は災難以外の何でも無かったが、しかしその流暢な毒舌こそがアイリの回復を物語っているとも言えた。紫と、それからアイリ自身も気付いていないが、彼女は不機嫌になる程に口数が増え、相手に関係無く毒を吐く。
     顔を覗かせるくらいが精々な大きさの窓が等間隔に六ヶ所空いていたが、当然ながら月明かりは一部の窓から限られた方向にしか入って来ない。空調の面でも余り良くないフロア内は、微かにカビ臭かった。
     と、不意にアイリ以外の視線を感じた紫は其方へ振り向いた。
    「先客がいるみたいだな。静かにしろってよ」
     一行とはほぼ反対側の壁に誰かが持たれ掛かっているのに、紫よりも早くヴァンプは気付いていた。壁に出来た闇の中にいる彼(或いは彼女)の輪郭すら捉え難かったが、ヴァンプは真っ直ぐに相手を見据えている。
     ボロミア、アイリ、ヴァンプ、紫の順に川の字で横になると、言葉通り疲労感が大きかったらしくアイリは直ぐに眠りに就いた。ボロミアはとっくに夢の中だ。
     上着を掛け布団代わりに丸まり、ヴァンプに背中を向けながら紫は囁く。
    「ヴァンプ、もう寝た?」
    「いや、起きてるよ」
    「少し話してもいいかい?」
    「俺は夜行性なんだ。少しと言わず幾らでもどーぞ」
     夜行性って、昼間だって船酔いする二人に付きっきりだったじゃないか。と思いながら、声を殺したやり取りを続ける。
    「ボク、本当に付いて来て良かったのかな」
    「なんだ? アイリの暴言なんて真に受けんなよ」
    「いやそうじゃなくてさ。だってボク、なんであんな所に居たのかも分からない。記憶も曖昧な素性の知れない奴なんだよ? そんな奴と一緒に旅するなんて」
    「……お前だって俺らの素性を知らんだろ。どうして着いて来る気になったんだよ」
    「それは、君達が良い人そうだったから」
    「お前……誘拐には気を付けろよ」
     仰向けから紫に背を向ける形へ寝返り、ヴァンプは溜め息混じりに言う。
    「無自覚なのかも知れんけど、要はお前は「いいから付いて来い」って言って欲しいんだろ? それとも行く宛でもあるのか? 面倒臭い奴だな。考えて分からないなら、取り敢えず俺らと来いよ」
    「め、面倒臭いか。ハハ、確かにそうかもね」
     この上なく幸せな苦笑いを浮かべ、「ヴァンプ、有難う」とだけ言って彼も眠りに落ちていった。
  • 52 劃 id:ez-buMyhqb1

    2013-01-04(金) 19:27:13 [削除依頼]





     その男は塔の屋根の上に立って月光を浴びながら、街で一番大きな建造物、グンシルヘ大聖堂を眺めていた。ドーム状になっている硝子張りの天井から、聖堂内で壇上に上がる者共が何やら演説めいた動作で何か言っているのが見える。
     袖の長い蒼白い法衣に身を包んだ彼らが、毎夜毎夜、ああして集会をしているのを男は知っていた。そしてその内容が、薄暗いものであることも。
     エンタール第三位神を讃える大聖堂が、今は愚者の巣窟と化している――。
     街の民達は、いい加減この事実に気付いていた。
     「天使の都」と呼ばれたこのフアナが、どうして此処まで腐食し切ったのか。男には不思議で、またそれ以上に悔しくてならなかった。
     零時を告げる鐘が、昼間のそれよりも控え目に響いた。
     黒衣のフードを深く被る男は、腰に帯刀したバスタードソードの重々しい柄頭を撫でながら集会の終わりを見届けると、ヒラリと舞うように屋根から飛び降り、街の闇へと消えていった。
  • 53 劃 id:ez-iYBnEvB.

    2013-01-05(土) 12:55:26 [削除依頼]




     翌朝。一番早く眠りに就いたからか、ボロミアが最初に目覚めた。
     立ち上がり、組ませた両手を頭上一杯に持ち上げて伸びをする。背中を軽く反らしたその状態から、眼だけで周りを見渡した。混濁した意識のまま西塔に着いたので、フロア内の景色は新鮮に感じられた。差し込んだ朝陽は空気中の埃を照らして光の柱に見える。外は快晴のようだ。そこから内部へ視線を動かして見れば、足元で寝転んでいる仲間以外にも何組か利用者がいるのが目についた。
     身の丈に匹敵する程の大剣を持った剣士(恐らく傭兵か賞金稼ぎだろう)。商人と思われる大きな籠を脇に寝ている者達は四人一組で固まっている。更に二人一組、彼らも賞金稼ぎか何からしい、ボロボロのマントに身を包む男。ボロミアの他に子供連れなど一組も無かった。
     昨晩着いた時に感じたよりも、随分と人が多い。周りが見えぬ程に参っていたのか……そう考えてボロミアは自分が情けなくなる。
    「三人とも起きろー」
     一階のフアナの軍人から朝食四人分を買う。相手が誰であろうと、ボロミアはその手の交渉事に物怖じしない質であった。
    「朝食にするぞー」
     朝食をキーワードに目を擦りながらアイリは起き上がり、紫に至っては掛けていた上着を丁寧にたたみ始めた。唯一人、ヴァンプだけは何時までも上着の中で惰眠を貪ろうとしている。
     日常茶飯事なのでボロミアはヴァンプを強いて起こそうともせず、朝食を取ろうと胡座をかいてトレーを床に置く。
  • 54 劃 id:ez-iYBnEvB.

    2013-01-05(土) 18:48:56 [削除依頼]
     コッペパンと、皿には厚切りハム、塩味の効いたスプラングルエッグ、レタスを主としたサラダが載り、お椀にはすぐには飲めそうにないほど熱いコーンスープが入っている。彼らからすれば、オリシ村を発ってから一番まともな食事だ。
     紫はハムをくわえながらコッペパンを二つに割ってスプラングルエッグを挟み、それをコーンスープに浸して食べた。甘いスープでふやけたパンを噛めば、挟んだスプラングルエッグがじわりと口内に広がる。その美味しさに自然と顔は綻ぶ。山岳部ほどでは無いにしても、この地域も季節柄朝はそれなりに冷える。そんな中で食べた温かい朝食は、紫にとって最高のご馳走だった。
    「随分と豪勢だなぁ」
     三人とも無我夢中で口も利かずに食べていたが、そのがっつく音と料理の匂いでヴァンプが起きた。
     見ると、ボロミア達は気付いていないが、フロアに居合わせた周りの人々も彼らの食事を眺めている。どうやら、軍の朝食を買う人物は珍しいらしい。
    「それもそうか。軍人なんて積極的に関わりたくはないわな……って、嗚呼!」
     ヴァンプのトレーには、既にサラダに入っていたセロリしか残っていない。
     真っ先に頭を叩かれたのはアイリだ。
    「何するのよ」
    「パセリは嫌いだったもんなぁ、アイリちゃん。どうだ、俺のメシは美味かったかよ」
    「中の上」
    「……コノヤロウ……っ!」
     悪びれる気配のないアイリからの謝罪を早々に見切り、今度はボロミアの頭を叩く。
    「何をする」
    「惚けるなら俺のトレーから奪ったお椀くらい戻しとけってんだよ、とっつあん」
    「上の中」
    「聞いてねーよっ! ばーか! も、本当ばーか!」
     そして最後に、紫が叩かれる。
    「えぇっ、何するんだい!?」
    「馬.鹿共が食ってんの止めろよ」
    「あぁ……ほぉめん、ほぉめん」
    「食いながら謝んなあああ!」
  • 55 劃 id:ez-iYBnEvB.

    2013-01-05(土) 23:04:04 [削除依頼]


     もう体調不良者はいなかったものの、借りてしまった荷車はフアナまで引いて行かねばならない。ジャンケンをして、負けた者が全員の荷物と一番に勝った者を乗せた荷車を引く。それを何分か置きに繰り返しながら、一行は都市を目指した。
     道そのものはよく踏み均されていて歩き易い。だが道から逸れると、所々に精気に欠く植物が生えるだけの荒野が続いている。空を見上げてみれば、高い所をオシュが飛んでいる。鷹の仲間であるオシュは黒と朱の模様が美しい翼を持っているが、紫の目には此処からではシルエットしか判らない。
     時々すれ違ったり追い抜いて行く商人達とボロミアが話をしてみると、どうやら、どの道昨晩の内に都市フアナに入る事は適わなかったらしい。
    「そりゃあフアナは警戒の強い都市だからね。夜八時以降は余程の事でも無い限り門は開かんよ」
     そう言って、一所懸命に荷車を引く紫に「頑張れ」と声を掛けながら商人は先に進んで行った。
     遠くに見えてきたフアナは一つの大きな白い岩に見えた。荒野に浮かぶそれは、なる程、「天使の都」の名に相応しい。近付くと段々と細部がはっきりし、都市内に多くの建物が密集して建てられている事や、十メートル近い白い大門(ただし稼動するので外壁のような石ではく、木と鉄を白く塗って出来た門である)が優秀な彫刻家によって装飾されている事などが分かる。
  • 56 劃 id:ez-rG0rS0m/

    2013-01-07(月) 02:29:18 [削除依頼]
     いよいよフアナが目と鼻の先にまで迫った時になって、それまで使用されていた大門の脇に設置されている小門が閉じ、外にいた門番兵は槍を真っ直ぐに持ってその身を緊張させながら整列した。
     何か始まるようだ。どうもすんなり入れる空気ではないぞ。と一行がポカンと道に立ち竦んでいると、ギギギ……という重々しい音と共に大門が動いた。余りに大きさに開くという感じがしなかった。大きな壁が動く。そう形容したくなる。
     両開きの門が開くに連れ、向こう側に軍隊が並んでいるのが分かった。
    「あれは……」
    「君達っ、おい、君達っ!」
     呼ばれて振り向くと、近くにいた商人だった。
    「道を退くんだ。そこは今からエンタール騎士団が通るから!」
     言いながら商人は慌てて手招きしている。その必死さにボロミア達は黙って従った。道の脇に逸れて、促されるままに膝を突いて顔を伏せた。
     ゆっくりと門が開ききると、隊が動き出したのだろう。大勢の足音と鎧甲冑の擦れ合う音がボロミア達の耳にも響いてきた。その物音から、兵の数は相当数であると分かる。恐らく二百以上はあるだろうとボロミアは予想した。しかし判らないのは、何処へ何をしに行くのかだ。彼らは自分達が通って来たを行く。が、西塔にいた兵士達ものんびりしていたし、ここまで歩いた限りでは軍隊が必要な様子はない。
     それに、エンタールフアナ騎士団という名は、何処かで聞いた覚えがある――。
     横目でチラチラと盗み見してみると、兵士達は鎧の上から青白い法衣を纏っていた。教会の神父が着ている法衣よりも袖や裾が短く、動き易く工夫されている。だがしかし、そんな特徴的な姿を見ても、ボロミアは彼らが何なのかまではよく思い出せなかった。
  • 57 劃 id:ez-rG0rS0m/

    2013-01-07(月) 02:33:52 [削除依頼]
    >56 訂正 途中にエンタールフアナ騎士団とありますが、正しくはエンタール騎士団です。すみません。
  • 58 劃 id:ez-CwoVFYn0

    2013-01-08(火) 16:37:06 [削除依頼]
     全員が通り過ぎてから漸く四人は立ち上がり、道へと戻った。エンタール騎士団の後ろ姿を見ても、矢張り二百近い数の軍隊だった。
    「ヴァンプ、エンタール騎士団なんて知ってたか?」
    「あぁ」膝に付いた土を払いながらヴァンプは答えた。「昔からある騎士団だから名前だけはな。けど、大した武勲を聞いたことはない」
    「何を成した分けでもないのに歴史だけはある……ふーん」
     彼らが何の騎士団なのか、思い出せないのはそのせいなのか。とボロミアは顎に手を当てながら考えた。
     都市フアナと言えばアーリッツェ騎士団が有名である。
     ヴァンダリア山脈の向こう、隣国ムズリで生まれた盗賊がヴァンダリアで勢力を拡大しながら山を越え、キュルリア国内に侵入して来た事があった。オリシ村はゾッドの活躍により無事であったが、山岳部に点在する小さな村の多くが襲われ、更には山を降りたガタラ地方にまで被害が及んだ。その盗賊を討伐したのがアーリッツェ騎士団である。彼等は槍、弓術を駆使した統率の取れた動きで盗賊を討伐したという。
     しかしそれも十年近く前の話か。
     捕らえた盗賊団長を、ムズリは寄越すように求めて来た。しかし、キュルリアはそれを断る。ムズリが返上を要求する理由を明言しなかった事。盗賊討伐に当たって何の援助も無かった事。キュルリア側の国民感情。それらの理由から、盗賊団長はキュルリア国内、フアナの広場にて処刑されたのだった。ただ今から思い返すと、二国間の関係悪化が目立ち始めたのはこの一件が引き金だった様に見えなくもない。
     軍隊を通してしまうと、大門は早々に閉まりにかかっていた。
  • 59 劃 id:ez-CwoVFYn0

    2013-01-08(火) 18:13:35 [削除依頼]
     小門をくぐるとすぐにフアナ都市内という分けではなかった。分厚い外壁の門内部に繋がっており、つまりフアナへは二重扉になっている。もう一つの都市内に繋がる門をくぐるには、この門内部にて許可を得る必要があった。要するにここは関所なのだ。
     それを聞かされて紫は焦った。無理もない。今自分は、どうしてキュルリア国内にいるのか、そもそも何故この大陸にいるのか、それすら分かっていなかったのだ。自分でも不可解なのだから、他者から見たら怪しむべき存在に違いない。
    「ハハハ、大丈夫だよ紫。心配すんなって」
     ヴァンプ以外の二人も至ってのんびりとしている。
    「えぇ、でもボク……」
     などと言っている間にも、三人は紫を置いてさっさと小門をくぐってしまった。仕方無く、紫も後に続く。


    「はい、どうぞー」
    「……へ?」
     完全なまでに拍子抜けした儘、紫はすんなりと小門をくぐって都市フアナに入った。
     外壁と同様、フアナの街並みは白かった。ヴァンダリアの石を運んで造られた建物は三、四階の物が基本で、それが詰めるように並んでいるので幾らか圧迫感がある。まるで、石で出来た森の中に来たみたいだ。と紫は思った。人の数もオリシ村とは比較にならない程多く、ここが都会だと実感出来る。
     ここが「天使の都」か――。
    「……じゃなくて! え? 関所かなり緩くなかったかい!?」
     街並み目を奪われていた紫が、ハッと我に戻ってそう言った。
     事も無げにヴァンプは返す。
    「だから、大丈夫って言ったじゃんか」
    「旅人なんて俺達以外にも沢山いるからな。自己防衛から逸脱しない範疇なら武装も認められている。あとはそうだなぁ、指名手配書と顔を見比べられるくらいさ」
    「そうなんですか」
  • 60 劃 id:ez-TYSFzkw.

    2013-01-11(金) 15:29:44 [削除依頼]
     紫はホッと胸を撫で下ろした。そんな彼を見て微笑みながらボロミアは、
    「さて、何をするにも取り敢えずは落ち着きたい。まずはかさ張ってしょうがないこの荷車を返しにいかねば。それと、今夜から泊まる宿を見付ける必要がある」
     と、ヴァンプが引いていた荷車の持ち手を自身に寄せる。
    「宿見付ける組と荷車返す組に分かれよう。ヴァンプ、紫と一緒に宿を頼む。何日泊まるか決めてないからなあ……あんまり高いところは困る。お前の思う最低限の設備と清潔感のある宿を取ってくれ」
    「了解」
    「軽く買い物もするから、そうだな、二時間後に落ち合おう」
    「へいへい」
     背中で手をヒラヒラさせて返上しつつ、ヴァンプは大門から正面の大通りをさっさと進んで行く。同じく“宿見付ける組”に任命された紫は、その後ろを慌てて追った。
     一方ボロミアは、上でアイリがリラックスしている荷車を引いて、比較的人通りの少ない外壁沿いに進んで行く。
     このような都市ではヴァンプ達の選んだ大通りには商店が数多く並び、ボロミア達が選んだ道には商人達が中心として利用する運搬路が伸びているのを、ボロミアは経験で知っていた。更に言うならば外壁沿いの運搬路は、外敵からの都市防衛の際には大きな役割を果たす。人通りの割に道端が広いのは、商品の運搬以前に兵隊や馬、武器の運搬を円滑に行う為の設計なのだ。
  • 61 劃 id:ez-cy6JbrM0

    2013-01-13(日) 06:17:56 [削除依頼]
     紫がやっとヴァンプに並んだかと思ったら、彼は早速近くの露店の前に立って商品に目を落としていた。果物を中心とした食材屋である。どれともなく見回した後、徐に腰を下ろして林檎を手に取る。
     一個ずつ観察し、まだ尻がほんのりと黄色がかっているのを除けて六個選ぶと「これ頂戴」と店の主人に言った。
    「あいよ、全部で七十二ネイだ」
    「ほい」
     ヴァンプは百ネイ紙幣を差し出す。そして釣り銭を数える主人に声を掛けた。
    「あのさ、俺達ついさっきフアナに入ったばっかりなんだ。宿の並んでる通りを教えてもらえないかな」
    「あぁ、構わねえよ」
    「有難う。じゃあ悪いけど、コレにフアナの略地図と宿の通り書いて」
     そう言って差し出したのは手帳と鉛筆である。
     釣り銭を渡す代わりにそれらを受け取った主人は、まず手帳に大きく楕円形を引いた。それをざっくりと十字を斬って四等分した。
    「上が北な」ページの一番上に“ヴァンダリア”と書いて「で、これが大聖堂。エンタール様のおわします、かの有名なグンシルヘ大聖堂!」
     東西に長い楕円の、真ん中気持ち南側をグリグリと黒丸にする。有名、と言われても、紫はかつて耳にしたことの無い名前だったので小首を傾げてしまう。記憶云々以前に、そもそもキュルリアという国を殆ど知らないのだから致し方ない。
     十字が東西南北に伸びた地図を見、自分達は北側から入ったようだと紫は理解する。すると黒丸は正面にある筈だから……
    「わあっ」
     今までは人混みに目を奪われていたが、顔を上げてみれば遠くに丸い屋根が見えた。小さいが、そもそも幾つもの家屋の向こう側にある其れが目に見える事実が充分に大きい証明になっている。
    「あの丸屋根がグンシルヘ大聖堂?」
    「そうさ。結構離れてるけど此処からでもよく見えるだろう」
     主人は紫に微笑みかけてからヴァンプに視線を向け、地図を見せて四等分の内の北東ブロックを指し示す。そのブロック内でも南寄りに軽く丸を付けた。
    「比較的まともな宿はここら辺にある。いいか、同じ北東ブロックでも南側と北側では別世界と思っていい。ロウドッグ通りという通りを境に、北側は闇商人や殆ど殺し屋同然の賞金稼ぎ、浮浪者、そんなのばかりさ。坊主達が入り込もうものならあっと言う間に売り捌かれちまう」
    「ロウドッグ通りね。分かった。気を付けるよ」
     たすき掛けの鞄に林檎をしまって手帳と鉛筆を受け取るとヴァンプは立ち上がった。
  • 62 劃 id:ez-/zmoeJ90

    2013-01-14(月) 16:20:57 [削除依頼]
    ※ネイ(NEY)……キュルリアの通貨。
    円(YEN)の綴りをひっくり返しただけなので、深い意味はないです。
  • 63 劃 id:ez-/zmoeJ90

    2013-01-14(月) 17:21:01 [削除依頼]
     書いてもらった地図にチラリと目をやると、ヴァンプは手帳に鉛筆を挟み込んでカーディガンのポケットに仕舞った。白ワイシャツに黄色縞のネクタイ、その上に鼠色のカーディガンを着た彼はとても旅人には見えない。整った顔立ちと金髪は、格式高い家の子供だと言われれば多くの者が信じるであろう気品があった。だからこそ、土埃に汚れた鞄や上着を持っているのが不釣り合いである。しかし更に不自然なのは、彼の横にいるのが見るからにまるっきり違う文化圏の人間。ということだ。
     紫はオリシ村で上着を譲ってもらってはいたものの、それ以外はボロミアと対面した時のままだ。白に朱の紋様。その如何にも東洋的な羽織りを肩に引っ掛け、中は紺色に染められた上下一体の着物を着ている。帯まで紺色で、背中には小太刀が差してあった。髪も真っ黒なのが無造作に伸びている。
     共通点と言えば、二人とも指輪を一つしている。という事ぐらいだろうか。
    「……にしても、やっぱり凄い人だよなぁ。こんな人混みは久々だぜ」
    「ボクは、初めてだよ。目が廻っちゃいそう」
     感心しつつもヴァンプはスイスイと人波を縫って行く。波間で喘ぐ紫はヴァンプの背中を見失うまいと必死だ。
     ごぉん、とグンシルヘ大聖堂の方から正午の鐘が鳴る。
     朝早く出発して良いペースでフアナまで到着してしまったので、まだ昼食も取っていない。その事に気付いてヴァンプはお腹をさすり、追い付いてきた紫を振り返った。空へ伸びる荘厳な鐘の音色に感動しているらしく、大聖堂の方を見上げて目を輝かせている。
    「昼飯が林檎じゃな……これだけ露店があるんだし、なんか美味いモンでも食おうぜ」
     紫の目が更に輝いた。
  • 64 劃 id:ez-/zmoeJ90

    2013-01-14(月) 23:16:16 [削除依頼]




     都市フアナには東西南北に伸びる大通りがあり、それが全体を大まかに四等分していた。南北に走る大通りを南下すれば、都市のシンボルであるエンタール大聖堂へ突き当たる。が、シンボルと言えども、大聖堂を日頃から利用する者は余りない。それよりも市民にとってのシンボル的憩いの場と言えば、東西南北の大通りが交錯した地点にある噴水広場だろう。
     北大通りは露店でごった返しているが、噴水広場に入るとそれらは一店舗もなくなる。わざわざ黒い石を用意して、広場の石畳はモノクロに幾何学模様を描いている。
     家事が一段落着いて噴水の縁で腰を掛けて談笑する婦人。噴水の周りを駆けっこする子供タイル。木箱の上でルバラ(将棋の類)を指す中年男と、周りで見物する中年男。一日中、じっと大聖堂を眺めている老人。様々だ。
  • 65 劃 id:ez-58bCANH/

    2013-01-19(土) 16:04:21 [削除依頼]
    >64訂正 噴水の周りを駆けっこする子供達。 変換ミスで“達”が“タイル”になっていました。すみません。
  • 66 劃 id:ez-58bCANH/

    2013-01-19(土) 16:47:51 [削除依頼]
     平和と呼ぶに些かの抵抗すら感じさせない広場に、南から、即ちエンタール大聖堂の方から法衣を纏った一団が現れた。青白い集団。フードを被り、二列に並んで音もなく彼らは広場の中央まで来ると立ち止まる。彼らが纏っているのはただの法衣ではなかった。右肩に紋章が刻まれた銀の装飾甲冑を付けている。つまり彼等は単なる聖職者ではなく、エンタール騎士団だとわかる。
     広場の空気が変わった。
     厳密に言えば、市民達の間に警戒心が流れた。異様な話である。街の守り手であるところの騎士団が現れて、どうして守られる側の市民が警戒するのか。
     誰が口にしたわけでもないその疑問は、誰に向けるでもなくすぐに瞭然する事となる。
     一団の先頭にいた騎士が前方に片手を掲げ、
    「司教殿の命により粛清を遂行す」
     呟く。しかしよく通る一言。
     その言葉の意味を周りが汲み取るかどうかのタイミング(恐らく周りの理解など待ってはいなかった)で、騎士の手は僅かに輝いた。魔術に精通する者ならば、輝いたのが魔法陣だと気付いただろう。
     次の瞬間――
  • 67 劃 id:ez-Md1rI9D1

    2013-01-20(日) 18:07:36 [削除依頼]
    「ぐがぁああぁああーーーーーーッ!」
     掲げた手の延長線上、騎士団の様子を窺っていた人混みの中で突然、火柱が上がる。
     勢い良く燃え上がるそれは赤よりも黄色く輝いて見える。どよめきと悲鳴と共に人々が火柱から退くと、その火炎に包まれている者の姿が露わになった。
     頭を抱えながら身悶えている。やがて喉まで炎が回ったのか悲鳴すら消え、動きが止まったかと思うと前のめりに倒れた。それで充分と見たらしく、騎士は掲げていた手を下ろす。火柱はフッと呆気なく消えた。
    「行け」
     燃した相手に歩み寄りながら短く言うと、背後で並んでいた騎士団はザッと四方へと散って行く。人混みを騎士が通り抜ける度に、市民達は小さな悲鳴を上がった。
     炎の魔法を用いた、この小隊の隊長は消し炭となったそれの下に屈み込み、懐を探る。
    「皆の衆、聴け! この者はエンタール第三位神の御膝元にて唾を吐いた」懐を探っていた手を上げ、立ち上がる。「これがその証だ」
     手には、手の平程の大きさをしたコインが握られていた。金製らしい独特の光沢感を持っている。
  • 68 劃 id:ez-Md1rI9D1

    2013-01-20(日) 22:13:56 [削除依頼]
    >67訂正 市民達は小さな悲鳴を上がった。 ↓ 市民達から小さな悲鳴が上がった。 すみません。誤字脱字ばかりで本当に嫌になる……。  小隊長の言葉を広場の市民達が恐る恐る聞いている内に、人混みに散っていった団員達が再び戻って来た。それぞれ、広場にいた標的を小隊長と同じように炎の魔法で焼き殺すか、余裕のある者は捕らえて引き摺ってきた。 「違う! 離せ! 俺は何もしていないっ!」  首根っこを掴まれた男は、恐怖に声を裏返したりしながら必死に訴えた。というよりも喚き散らしていた。  さほど裕福でもない身なりをした男は服装から察するに土方らしい。殆ど唯一と言える彼の特徴は、蒼の瞳を持っているという点くらいだ。だがしかし、その特徴こそが彼を現在の状況に陥れているモノに他ならない。 「その瞳こそがムズリの証」  小隊長は後ろ手に封じられている男にコインを突き出した。 「貴様こそが愚国ムズリから異教の硬貨を運び入れ、この男達をそそのかしたのだ」小隊長は焼き殺した死体を指した。「そうして硬貨を配ってはフアナ都市内で異教徒を増やし、ゆくゆくは叛乱軍として決起する算段であった事は百も承知なのだ」 「そ、そんなデタラメな。俺は昔からこのフアナで暮らして……」 「コイツの身体を検査しろ」  男の反論を待たずに小隊長が命ずると、横にいた団員は「ハッ」と機敏に動いた。 「ありました!」  衣服を探った団員は再び小隊長の横に戻り、布の小袋を差し出した。受け取った小隊長が中に手を入れてみると、ジャラリと金属の音がする。 「矢張り、な」  小隊長は小袋から先程と同じ形をしたコインを取り出してみせた。 「う、嘘だ……そんなわけがない!」  男はワナワナと肩を震わせながら頭を振った。突きつけられた事実を受け入れまいと強く閉じた目からは涙が流れる。  どうしようもなく哀れな男。魔法で焼き殺された幾人かがいても尚、周りの市民達は恐怖で身を強ばらせて黙秘するばかりである。無論、騎士団の行いが残虐である事に憤りは覚えていた。しかし魔法は誰しもが扱える代物ではないし、騎士団という多勢に剣を翻そうと考える者は市民の中には一人もいない。と、他ならぬ市民自身がそう考えていた。
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