◆戦争長編〜戦火に消ゆる思ひ出〜◆9コメント

1 晴嵐(seiran) id:8IwtMuJ1

2012-11-15(木) 13:25:52 [削除依頼]
スレが消えたので再びスレ立てします!!
  • 2 晴嵐(seiran) id:8IwtMuJ1

    2012-11-15(木) 13:27:20 [削除依頼]
     憧れの女学校への入学を前に嬉々として日々を過ごし

    ていた昭和11年の3月末頃、彼はやって来た。彼は田舎

    者だということを恥ずかしがっているようではあったが

    、それ以上にこの広島という都会の全てが物珍しく、好

    奇心をそそられているようであった。向かいの家に引っ

    越してきた彼と仲良く出来るだろうかと心配したが、そ

    んなものは杞憂に終わり、翌日には近所の子供達に混ざ

    り通りを駆け回っていた。


     おろしたての学生服と学生帽も凛々しく、彼は下宿の

    玄関を飛び出した。私もそれを追うようにセーラー服の

    大きな襟をなびかせ、玄関を出る。「お早う」と言えば

    彼は振り返り「お早う」返す。学生服やセーラー服が一

    人、また一人と姿を増やしてゆく。


    「じゃあ、また!!」


    ここで彼とはお別れだ。私は女学校へ、彼は(旧制)中学

    校へ。小学校の尋常科のように男女が同じ学校へ通うこ

    とは出来ない。しかし、私にとって、彼にとって学生生

    活という新しい世界の扉が開いているかと思うと私は心

    が躍った。
  • 3 晴嵐(seiran) id:8IwtMuJ1

    2012-11-15(木) 13:28:14 [削除依頼]

     彼と時を同じくして家を出るのが私の日課となった。

    彼が玄関を出るのを確認して私が後を追う。「お早う」

    と言って「お早う」と返される。それだけの日課。たっ

    たそれだけのことだけど私は楽しかった。しかしある日

    曜日、私が遣いから帰ると、我が家の居間で彼が兄と共

    に談笑しているではないか。座卓の上には何やら大きな

    電気のスイッチのようなものが2つ並んでいた。兄に尋

    ねると「電信機だ」と言う。兄が言うには彼の下宿と我

    が家を電信機で繋ぐのだというのだ。ちっとも意味が分

    からない。兄は「説明するよりやるのが早い。」と早速

    二階へ上がり、私の部屋の通りに面した窓から何か電線

    のようなものを下へ放り投げた。すると、窓の下で待っ

    ていた彼が器用にも通りに面した彼の下宿部屋の窓にそ

    の電線の束を投げ込んだ。「おお、上手い。」兄は感心

    したように言うと玄関を降りて「電信機」を一つもって

    彼の下宿へと上がり込んだのだった。


     通りを挟んだ彼の部屋と私の部屋は一条の電線によっ

    て結ばれ、その両端には兄が作ったという「電信機」が

    接続されていた。兄はその大きなスイッチのようなもの

    をトントンと叩いた。すると、ピーピーという電気的な

    ブザー音が小さく響く。「こうやって電鍵を叩くと・・・

    」兄が言いかけると、向かいの家から「繋がりましたー

    」と彼の声。それと時をおかず、「電信機」がピーピー

    と勝手に鳴り出す。「こっちも繋がったぞー」兄が向か

    いへ呼び掛ける。「電話とまではいかないが、モールス

    信号で向かいの家と交信できるんだ。凄いだろう。」

     男の子のやることはよく分からないが、この「電信機

    」は私にとってとても魅力的なものに見えた。
  • 4 晴嵐(seiran) id:8IwtMuJ1

    2012-11-15(木) 13:29:13 [削除依頼]

     電信機は送信側(即ち、兄や私)が大きなスイッチのよ

    うな電鍵を押している間、受信側(彼)で「ピー」とブザ

    ーが鳴る。トントントンと小刻みに電鍵を打てば彼の側

    ではピッピッピッとブザー短音で鳴り、電鍵を長めに打

    てばピーピーピーと長音で鳴る。この「短音」と「長音

    」を組み合わせてカタカナやアルファベットなどを記号

    化したモールス信号で通信するのが「電信」である。兄

    に言わせれば、電報や軍隊での通信は全てこの方法が使

    われているといい、これを使えるようになると言うこと

    は「凄くカッコイイ」事なのだそうだ。しかし、この通

    信で使うモールス信号はその単純さ故、イロハニホヘト

    の五十音、ABCDの二十三音の全ての記号を覚えなければ

    通信できないという非常にめんどくさいものなのだ。例

    えば、

    ア −−・−− ツー ツー トン ツー ツー(ツーは長音、トンは短音)

    イ ・−    トン ツー

    ウ ・・− トン トン ツー

    といった具合に全部覚えた上で、それを電鍵で打ち、ま

    た聞き取らなければならないのである。
  • 5 晴嵐(seiran) id:8IwtMuJ1

    2012-11-15(木) 13:31:04 [削除依頼]

    さあ、これで通りを挟んだ彼の部屋と私の部屋との間

    に一本の直通回線が引かれた訳である。


    「兄さん、いつまで私の部屋にいるの?勉強してるんだ

    けど。」


    兄としてはこの電信機で向かいの彼と遊ぶのが楽しくて

    たまらないらしい。


    「うるさいなあ、朝子は。そんなんじゃ嫁に行けないぞ

    。」


    そう言うと兄は、「アサコ ガ ウルサイ マタアシタ」

    とわざわざ呟きながら電鍵と叩くとそそくさと東側の自

    室に戻っていった。

     さあ、やっと邪魔な兄がいなくなった。そう思いなが

    ら私は西側の窓の設置された電信機の前についた。窓か

    ら見える西の空はもう夕焼け色に染まりかけている。向

    かいの家の窓には座卓に向かって何かしている彼の後ろ

    姿が見える。私は電鍵に手を掛けた。その時である。私

    は致命的な事に気が付いた。私は「モールス信号」の「

    モ」の字すら知らないのだ。だから私がどんなに頑張っ

    ても、彼の部屋の電信機はむなしくピーピーと音を奏で

    るしかないのだ。ああ、もどかしい。ここに、確かに彼

    の部屋に繋がっている電信機があるというのに。私がそ

    れを扱う術を知らないばかりに何も出来やしない。兄に

    「教えて下さい」と頭を下げれば教えてくれるかも知れ

    ないけれど、つい先程追い払った手前、そんな事出来る

    はずもない。
  • 6 晴嵐(seiran) id:8IwtMuJ1

    2012-11-15(木) 13:31:36 [削除依頼]

     結局、電鍵を打つことのないまま私は翌朝を迎えるこ

    ととなった。母、兄、私、妹の四人で朝食の載ったちゃ

    ぶ台を囲む。


    「お父さん、週末には帰ってくるらしいですよ。」


    おひつに入ったご飯を茶碗に盛りながら母が言った。私

    達の父は海軍士官であるため、船に乗るとなかなか帰っ

    て来ない。


    「お父さん、あの電信機を見たらびっくりするぞ。」


    そう言いながら兄はご飯を口にかき込む。


    「こら、お行儀の悪い。」


    兄は食べ終わるなり、そそくさと二階の自室に上がって

    いった。


    「お兄ちゃん急いでからどうしたんじゃろう?」


    妹の夕子が兄の駆け上がった階段の方を見上げながら味

    噌汁を啜る。すると早くも学生服に着替えた兄は鞄を手

    に学生帽を浅く被り「行ってきます」と駆けて家を出て

    行った。


    「何をあんなに急いどるんじゃろうか?」


    母が首を傾げながら呟いた。


     さて、私も朝食を食べ終わり膳を下げると自室へ戻り

    学校へ行く支度をするのである。階段を上がるとふと私

    の目に兄の部屋の座卓の上に一枚の紙が置きっぱなしに

    なっているのが目に入った。普段兄は整理整頓して部屋

    を出るのに珍しいなと思って手に取ると、ガリ版刷りの

    紙面には「モールス信号表」の文字。心臓が「どくん」

    と脈打った。これこそ私の欲しかったもの。卑しくも私

    はそれを学生鞄に忍ばせて家を出た。
  • 7 晴嵐(seiran) id:8IwtMuJ1

    2012-11-15(木) 13:32:24 [削除依頼]
     いつも通りの朝。「おはよう」と言えば「おはよう」

    と返ってくる。普通ならば言葉を交わすこともなく別々

    の学校へ道を別れる。しかし今日は違った。


    「朝子ちゃんのお兄さんは凄いね。何か本職の人みたい

    に電信機使えるんだから。僕なんかだいぶ前からモール

    ス信号覚えようと思って頑張ってるけど、なかなかでき

    ないや。」


    彼にとっても電信機の設置は特段の出来事として感じて

    いるらしい。


    「学校でモールス信号が流行ってるの?」


    「いや、まあ。授業中に内緒話したり・・・・・・。」


    何かやましいことがあるのか彼は言葉を濁した。


    「そうだ、」


    彼はそう言って鞄に手を突っ込むと一枚の紙を取り出し

    た。


    「これあげるよ。モールス信号表。」


    彼が手渡したのは内容こそ兄の部屋から失敬したものと

    さして変わらないものの、ペンで手書きされたものであ

    った。


     私は教室に着くなり例のモールス信号表(もちろん兄

    の方ではなく、彼に貰ったものだ)を机の上に広げた。

    すると、


    「なになに朝子。恋文?」


    と早速野次馬がやって来る。


    「道子、あなた恋愛小説の読み過ぎよ。」


    道子は私の顔に頬を寄せて信号表を覗き込んだ。


    「暑苦しいわ、道子。」


    道子の頬に手を当てぐいと押し返す。


    「でも、男の子の字じゃない?って、何これ。」


    「何これ」と聞かれて私も沈黙。


    「モールス信号の符号表・・・・・・。」


    「なにそれ?」


    「だから・・・・・・、」


    私は兄から聞いたように道子に説明した。


    「これを覚えたら短音と長音のトン・ツーで交信ができ

    る訳ね?」


    「まあ、そう言うこと。」


    「つまり、お向かいの陽一君の部屋と朝子の部屋が運命

    の赤い糸ならぬ電信線で結ばれたからには是が非でもこ

    のモールス信号を使いこなして愛を育みたいってわけね

    。」


    「も、妄想でものを言うもんじゃありません!!」
  • 8 晴嵐(seiran) id:stGkCUH1

    2012-11-28(水) 20:55:54 [削除依頼]
    age
  • 9 はるか☆ id:cQIRwuB/

    2012-11-28(水) 22:27:49 [削除依頼]
    晴嵐さん

    はじめまして!
    この小説、すっごくおもしろいですね(°▽°)
    ファンになっちゃいました♪

    更新頑張ってください!
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