うず。60コメント

1 マラカス日和 id:i-GX5QzmM.

2012-07-27(金) 00:24:27 [削除依頼]
《主人公》


 道路に浮かぶ白と黒のコントラストの上を、軽快に歩く男がいた。
 彼こそが、後に悪の大魔王から世界を救い、世界中の貧富の差を無くし、演説一つで戦争を止めることになる男。
 つまり、この物語の主人公で――あ、車に轢かれた。
 死んだ。
  • 41 マラカス日和 id:i-GX5QzmM.

    2012-07-27(金) 01:01:53 [削除依頼]
    《父と子》


    「んー、気持ちの良い朝だ」
     お父さんが呟いたので、僕は目を覚ました。同時に小鳥の囀りが青空に響く。耳を撫でるような、美しい音色だ。
     とてもありふれた、この朝は、しかし僕にとって記念すべき朝となった。
    「父……さん? 起きたのかい? 父さん!」
     今起きた現実に、僕は思わず立ち上がった。お父さんが目を覚ましたのだ。二十年前から植物状態だった僕のお父さんが、遂に。
    「お前、は……もしかして、雄介、か?」
     お父さんはとても喋りづらそうに言うと、僕の頭をポンと叩いた。二十年間も寝ていたのだ。無理はない。
    「そうだよ。雄介だよ。父さんったら、二十年も寝てたんだから」
    「二十年? おい、おい、本当か。じゃあ、今、何年だ?」
     お父さんは上体を起こそうとしたが、体が動かないのを悟って諦めた。二十年のブランクを埋めるには、これからのリハビリが必要だろう。
    「二千三十年だよ」
     僕が答えると、父さんは目を剥いた。
    「そんなに、経ったのか。じゃあ、もしかして、車は空を、飛んでるのか」
     父さんが余りにもありきたりな未来予想図を口にしたので、僕は思わず吹き出した。
    「いやあ、それは無いけど……でも、車が速くなったよ。そうだなあ、二十年前でいうと、飛行機くらい」
    「危なくないか」
    「大丈夫。運転するのはコンピュータだから」
     僕は財布から免許証を取り出すと、それが父さんにも見えるように近付けた。
     二十年前とはあまり変わっていない自動車の免許証に、父さんは少しだけ笑って見せた。
    「じゃあ、あれだ。ロボットは、いるか」
     父さんの声は弾んでいた。目は期待に輝いている。
     だから僕は嬉しくなった。その質問の答えなら、父さんに満足して貰えそうだからだ。
    「いるよ」
    「本当か」
     父さんの目は一層に希望を帯びた。
     僕は父さんに向かって言った。
    「ロボットなら、いるよ。僕の目の前にね」
     父さんは驚いたように、部屋を見渡した。ロボットを探しているようだった。でも、それらしき者が居ないので、父さんは再び僕の方に視線を戻した。
    「なあ、ロボットは、どこニ、イルん……ダ……ヨ……」
     ピーっと、電池切れの音がした。
     僕は研究室のベッドで寝ている父さんを抱き上げて、その背中を見た。
     二十年前、食料問題を解決するために全ての人間をロボットにする計画が発令された。
     僕も、父さんも、当然ロボットになったけど、父さんだけは何故か電源をつけても起きなかった。
     だから僕は、ずっと一人で待っていたのだ。父さんを治すためにロボット工学者になって、自分の研究室で、ずっと、ずっと。
     二十年前から歳を取っていない僕は、二十年前から歳を取っていない父さんをベッドに下ろして、小さく呟いた。
    「バッテリー、替えナク……チャ……」
     ピーっ。
  • 42 マラカス日和 id:i-GX5QzmM.

    2012-07-27(金) 01:02:15 [削除依頼]
    《英才犬》


    「お前、何だこの点数は」
     父さんは目くじらを立てて怒っている。対称的に、僕は項垂れる。
     英語のテストで六点を取ってしまったからだ。あ、もちろん、十点満点の小テスト――では、なく。百点満点の期末テストである。
    「しかたないよ、僕、日本人だし」
    「日本人だから英語を喋れないっていうのか」
     だから、そう言ってるじゃないか。話が通じないな、ったく。
     なんて、声には絶対にしないが。
    「今の時代、犬だって英語を喋るのに、お前と来たら……」
    「え」
     僕は思わず顔を上げた。ついに父さんがおかしくなったと思った。父さんが入院? やったあ!
     いや、喜んでいる場合じゃない。
    「犬が英語を喋るはずないよ」
     日本語すら喋れないのに……と付け加えた僕を、父さんは一瞥すると、スッと振り替えた。
     そこにポチがいた。四歳の柴犬だ。
    「ポチ、おまえ、英語喋れるよな!」
     父さんがポチに向かって言った。
     ポチは吠えた。
    「ワン!」
     そんな馬鹿な!
  • 43 マラカス日和 id:i-GX5QzmM.

    2012-07-27(金) 01:02:50 [削除依頼]
    《右と左》


    「いい? 道を渡る時は、右を見て、左を見て、それから渡るのよ」
     圭太が五歳になった日、母親は圭太を初めてのおつかいに行かせるべく、そう言い聞かせた。
     五歳の圭太は大きく頷く。
    「右を見て、左を見て、渡る!」
    「よろしい。じゃ、行ってらっしゃい!」
     母親が送り出すと、圭太は爛々と歩き出した。
     その三メートルばかり後ろを、母親は圭太に気付かれぬように付いて行く。
     やがて、スーパーの前まで到着した。
     その舗装道路には、横断歩道はあるものの信号はなく、車が来ているかどうかは自分の目で確認しなければならない。
    「えー、と、右を見て」
     圭太は道路の前で立ち止まり、右を見た。
     車は来ていない。
    「左を見て」
     圭太は左を見た。
     ワゴン車が走って来ていた。
    「渡る!」
     しかし圭太は走り出した。
     右を見て、左を見て、そのまま渡り出してしまったのだ。
     母親の悲鳴と同時にブレーキの音が響いて、黒色と白色の道路にキレイな赤色が加わった。
  • 44 マラカス日和 id:i-GX5QzmM.

    2012-07-27(金) 01:03:34 [削除依頼]
    《名探偵は引きこもる》


     旅行に出かけた先で、殺人事件に遭遇した。
     僕は持ち前の頭脳を駆使して、その事件をいとも容易く解決した。
     学校に出かけるとクラスメイトが殺されていた。
     僕はついつい事件に首を突っ込んで、その事件も簡単に解決した。
     以降、刑事さんにも頻繁に協力を求められるようになり、その度に色々な事件の謎を解明していった。
     僕が出かけた先では必ず人が死ぬ。
     気味が悪くなった。
     殺人犯は僕が暴き出しているというのに、まるで自分が人を殺しているかのような錯覚を受ける。
     僕は部屋から出なくなった。
     僕が動けば、誰かが死ぬような気がした。
     僕のせいで誰かが死に、そして僕のせいで誰かが犯罪者になる。
     そう考えると吐き気がした。
     親に迷惑をかけるのには気が引けたけど、僕が部屋から出れば、より多くの人が犠牲になってしまう。
     殺人なんて、懲り懲りだ。
     もうこれ以上、死体を見たくない。
     ――引きこもりを始めて、三ヶ月が過ぎた。
     こんな生活にもようやく慣れが出始めた、朝。家の中を、とてつもない悲鳴が貫いた。
     この声は、妹だ。
     まさか……まさか、また誰かが殺されたのか?
     僕は恐る恐る部屋を出た。
     家族に何かがあったのなら、知らぬふりを決め込む訳にもいくまい。
     ギュッと目を瞑ってから、僕は廊下の突き当たりにある妹の部屋のドアノブを握り、そのまま勢い良く開け放った。
     ベッドには妹が寝ていた。
     その脇腹と口から鮮血が溢れている。どうやら、さっきの悲鳴は断末魔だったようだ。
    「あ……」
     事件だ。三ヶ月ぶりの、事件。
     その犯人は、もう一目瞭然だった。
     妹の死体の横に、包丁を持って佇む後ろ姿があったからだ。
    「……か、母さん…………?」
     僕が部屋に閉じ籠らなければ、この殺人事件を未然に防げただろうか。
     それなら。それなら――僕は、どうすれば良かったんだ。
     部屋から出れば人が死ぬ。
     かと言って、部屋から出なくても人が死んだ。
     八方塞がりのこの謎を解き明かせる名探偵は、居ない。
  • 45 マラカス日和 id:i-GX5QzmM.

    2012-07-27(金) 01:04:23 [削除依頼]
    《不法侵入》


     扉を開けると、変態がいた。
     マントを羽織った小太りのおっさんが、私の目の前で羽を広げるかの様にマントを捲っている。
     そのおっさんはズボンもパンツも履いていなかった。つまりアレが丸見えである。
     この四月から大学に通い始めた私はマンションに一人暮らしをしていて、近くに頼れる人など全く存在しなかった。
    「キャアアアア!」
     という訳で、とりあえず叫んだ。
     変態撃退に一番有効な手段。それは腹から叫ぶ事だ。
    「キャアアアア! ――って、ちょ、ちょ……」
     しかし、このおっさん、何を思ったか怯むことなく私に突進して来た。
     凄い威圧感である。
     とっさに身の危険を感じ取った私は、刹那の速さで扉を閉める。
     対するおっさんは左足を扉に挟んで、扉が閉まるのを何とか防ごうとする。
     おっさんのギンギンになっているアレが扉の隙間から私を覗いていた。
     トラウマになりそう。っていうかなった。
     私は扉にチェーンをかけてから、つっかえているおっさんの足を何度も蹴った。渾身の力で蹴った。
     おっさんは少し怯んで、足を扉から退却させる。
     チャンス! と言わんばかりに、私は扉を思い切り閉めた。
     瞬間、おっさんの野太い雄叫びがマンションにこだました。
     一気に扉を閉めたため、おっさんのギンギンのアレを扉に挟んでしまったのだ。
     私が扉の除き穴から外の様子を伺うと、そこには股間を抑えて悶絶するおっさんの姿があった。
     私は携帯電話を取り出して、迷わず警察に通報した。
     マンション住民がおっさんを取り押さえてくれていた事もあって、数分後に駆け付けた警官におっさんは連行されて行ったのだった。
    「あのォ……ところで、あの露出魔って、どんな罪に処されるんですか?」
     ――念のために取り調べを受けていた私は、担当の刑事さんにおっさんの罪状を尋ねてみた。
     刑事さんは手に持っていた書類に目線を落としながら、こう説明してくれた。
    「ああ、公然猥褻(わいせつ)罪に――あとは不法侵入かな」
    「え……不法侵入、ですか?」
     あー、なるほど。
     ちょっと家の中に入っちゃってたんだな。
  • 46 マラカス日和 id:i-GX5QzmM.

    2012-07-27(金) 01:05:13 [削除依頼]
    《カレンダー》


    「いやあ……本当に二〇一二年で地球は滅亡しちゃうんスかねえ……」
     昼休憩の時間。
     僕は会社の食堂で昼飯を食べながら、向かいに座っている遠藤さんに話しかけた。 この遠藤さん、髭面の強面で豪快な性格という非常に男らしい人物である。
    「する訳ねえだろ、ンなもん」
     銀色のスプーンでカレーを掬いながら、遠藤さんはそう言った。
    「でも、マヤ暦のカレンダーが二〇一二年で終わってるそうですよ」
     僕がアジフライを口に放り込むと、遠藤さんは顔を上げた。
     口に入っているカレーをゆっくり飲み込んでから、遠藤さんは水を飲み干し、一言。
    「俺ン家のカレンダーも今年分しかねえよ!」
  • 47 マラカス日和 id:i-GX5QzmM.

    2012-07-27(金) 01:05:51 [削除依頼]
    《サイレン》


     清水 行夫はアパートの管理人をしていた。
     そのアパートというのが結構年期の入った建物で、地面を舗装しているコンクリートには至る所にヒビが入っている惨状である。
     しかし、この四階建てのアパートには、何故かエレベーターが備え付けられていた。
     もちろん一台だけだが、四階建てにエレベーターは要らないんじゃないか、と考えない日は無かった。
     清水は夜、帰宅する前に、アパートの廊下を掃除している。これも管理人としての仕事である。
     一階、二階、と順に廊下を掃いて回って、四階の掃除を終えた後、清水は一階の管理室に戻るべく、エレベーターのスイッチを押した。
     場違いなエレベーターは直ぐに到着する。
     ゴゥン、と機械的な音を上げてから扉が開くと、清水はエレベーターに飛び乗った。もう夜中の一時である。
     ――そう。夜中の、一時なのだ。
     だから清水は不思議に思った。こんな時間にも関わらず、エレベーターに人が乗っている事を。
     それも、フードを被った背の高い男だ。なぜか手袋をしている辺り、怪しさ全開である。
     清水はこのアパートにこんな人が住んでいたか疑問に思ったが、男に何かを尋ねる訳でも無くエレベーターの扉を閉めるスイッチを押した。
    「うわっ!」
     瞬間、清水は驚いて声を上げた。
     エレベーターの中にサイレンが鳴り響いたのだ。それは重量オーバーを報せる物だった。
     こんな小さなアパートにあるエレベーターだ。
     確か、限界は百五十キロくらい。人数にして二人分ほどの重量にしか耐えられなかったハズである。
     しかし、清水とフードの男の体重を足した所で、その合計が百五十キロを越えるとは考えられない。
    「おかしいなァ……」
     清水は頭を掻きながら、エレベーターを下りた。
     するとスムーズに扉は閉まり、フードの男と清水との間に扉の壁が出来上がった。
     そして、ゆっくりとエレベーターは降下して行った。
     清水は腑に落ちない感情を抱きながら、階段を使って一階にある管理室へと戻った。
     エレベーターが故障しているのなら、会社の方に連絡しなければならない。
     が、その前に清水はエレベーターの監視カメラを確認することにした。
     もしかしたら故障の原因が映っているかも知れない。会社への報告は、それからで充分だろう。
     清水はモニターのスイッチを押した。
     エレベーター内が映されている。これは五時間前の映像だ。
     続けて、早送りボタンを押す。
     画面に灰色の波が立ち、時間が進んでいく。この五時間、数人がエレベーターを乗り降りしているが、特に変わったことは無い。
     清水は会社に報告しようと受話器を取った。
     その時、モニターに映るエレベーターにフードの男が入って来た。
     今から六分前の映像だ。
     ピタッと清水の手が止まり、その顔から冷や汗が流れた。
     何故なら、フードの男は、人を、担いでいたのだ。
     若い女だ。グッタリしているが、まさか死んでいるのだろうか?
     清水は受話器を元に戻すと、早送りを止めるために再生ボタンを押す。
     フードの男は担いでいる女を床に下ろすと、天井にある“枠”を外し、そこからエレベーターの上へと這い上がった。
     そして、予め女の首にかけていたのであろうロープを、エレベーターの上から手繰り寄せる。
     みるみる内に女の死体が天井へと上っていき、やがて監視カメラでは見えなくなった。
     数秒して、男は天井からエレベーターの中に着地した。
     そして、男は素早く“枠”をエレベーターの天井へと戻す。
     清水は呆然としたままモニターを見つめていた。
     それから三秒もしない内に、エレベーターが上へと動き出した。
     エレベーターは四階で止まる。
     扉が開いて、そこに清水が飛び乗った。
     モニターの中の清水は、フードの男にビクリとした後、扉を閉めるスイッチを押す。


     ――画面越しのエレベーターに、重量オーバーのサイレンが鳴り響いた。
  • 48 マラカス日和 id:i-GX5QzmM.

    2012-07-27(金) 01:06:33 [削除依頼]
    《サイレント》


     私が彼に殺されたのは、夜中の十二時の事だった。
     いつまで経ってもフリーターを続けている彼に愛想を尽かした私は、その日、ついに別れ話を持ちかけたのだ。
     逆上した彼は、テーブルの上にあった灰皿を持ち上げて、私に降り下ろした。
     記憶はそこで終わっていた。


     ◆


     次に私が目を覚ましたのは、どこか暗い、冷たい場所だった。
     体がピクリとも動かない。意識も朦朧としている。私は辛うじて生きている様だが、このままでは長く続かないだろう。
     ――それにしても、ここはドコだろうか?
     床に取り付いている通気孔から光が漏れている事に気付いた私は、そこに向けて視線をずらす。
     二人の男がエレベーターに乗っているのが見えた。
     どうやら、私が居る場所はエレベーターの天井らしい。彼が私をここに隠したのだろう。
     二人の男の内、一人がその彼。もう一人は、このマンションの管理人である清水さんだ。
     どうやら彼は、私がまだ生きているという事に気付いていないらしい。
     私は清水さんに助けを求めるべく、喉に力を込めた。
     体は動かないが、声なら出せるハズ――
    「た――」
     “助けて”。
     私がそう叫ぼうとした、その瞬間だった。
     清水さんが、エレベーターの閉ボタンを押したのは。
    「うわっ!」
     清水さんが驚きの声を上げる。
     重量オーバーのサイレンが鳴り響いたからである。
     当然、私の声はそのサイレンにかき消された。
    「た、す……けて……」
     私は掠れた声で必死に叫ぶが、サイレンが大きすぎて清水さんまで声が届かない。
     喉が痛む。気を失っている間に首を絞められたのだろうか。
    「おかしいなァ……」
     私の声が届かない内に、清水さんはエレベーターの外へと出て行ってしまった。
    「待っ……待っ、て……」
     エレベーターの扉が閉まると同時に、サイレンが鳴り止んだ。
     同時に、私の意識も暗闇へと溶け込んで行った。
  • 49 マラカス日和 id:i-GX5QzmM.

    2012-07-27(金) 01:06:58 [削除依頼]
    《人体の限界》


     猫はマンションの三階から飛び降りても平気らしい。
     しかし僕は駄目だった。
  • 50 マラカス日和 id:i-GX5QzmM.

    2012-07-27(金) 01:07:50 [削除依頼]
    《最後の人類》


     今から少しだけ未来の話。
     未曾有の飢饉が、この世界を襲った。
     少しでも食べ物がある場所には大量の人間が集まり、日夜それらの食料を奪いあった。
     それすらも尽きてしまった後、次に始まったのは共食いだった。
     人間が人間を喰らう、地獄の様な光景が至る所で繰り返された。
     ――共食いが始まってから、十一日が過ぎた日。
     自分自身を除けばもう腐敗臭しか漂っていないこの世界を、浦本は歩いていた。
     限界を越えると空腹感は無くなる、というが、そんなのは嘘だと浦本は思った。
     全身の力が抜けていく様な空腹感を、浦本はもう三日間も“味わっていた”のだ。
    「おめでとう」
     不意に、そんな声が腐った空から降って来た。
     浦本が力なく顔を上げると、腐り切った空から紫色の手が差し伸べられた。とてつもなく大きな手だった。
    「たった今、ロシアで若い女が死んだ。これでお前が最後の人類だ」
     しゃがれた声は、そう続けた。
     浦本は幻聴だと思った。巨大な紫色の手も幻覚だと思った。
     しかし違った。紫色の巨大な手は、人差し指と親指で浦本をつまむと、ゆっくりと持ち上げた。
     そしてそのまま浦本は空へと舞い上がり、宇宙へ出て、宇宙を突き抜けた。
    「よう」
     宇宙を越えると、そこにはもう一つの世界が広がっていた。
     浦本をつまんでいる巨大な手の主が、そう挨拶した。
    「俺は悪魔。今から、お前を使って呪術を始める」
     そこで、浦本は悟った。
     この世界は、巨大な蠱毒の壺だったのだ――と。
  • 51 マラカス日和 id:i-GX5QzmM.

    2012-07-27(金) 01:08:15 [削除依頼]
    《強運薬》


     二年間分のボーナスを注ぎ込んで、男は“強運薬”を手に入れた。
     それは最近になって世に出回った新薬であり、その効能は『飲んでから五分間だけ運が良くなる』という至って単純な物だった。
     しかしその効果は本物で、今やこの薬を欲しがる人間は世界中にごまんと居る程である。
     男は嬉々とした足取りで商店街に出た。そこで福引きが行われている事を知っていたからだ。
     当たり玉を出せば、ハワイに七泊八日の旅。これに挑まない手は無い。
     列に並び、自分の番が回って来たその時、男はここぞとばかりに強運薬を飲み込んだ。
     そして福引きを回した。
     ――しかし、出てきた玉は、白色だった。
    「はい残念、ポケットティッシュね」
     店員はニンマリとした笑顔で男にポケットティッシュを手渡した。
     男は呆然としたまま、そのティッシュを受け取った。


     ◆


     それから五日後。
     二年分のボーナスを使ってポケットティッシュを買った男は、半ば自暴自棄になって家でふて寝をしていた。
     そんな彼の耳元に、付けっ放しにしていたテレビの音声が飛び込んで来た。
    《昨夜九時に離陸したハワイ行きの飛行機が、太平洋上空から墜落したとの知らせが――》
  • 52 マラカス日和 id:i-GX5QzmM.

    2012-07-27(金) 01:09:05 [削除依頼]
    《身の回りの出来事》


     会社での飲み会を終えて一人で帰宅していた僕は、カラフルな光が行き来する街を眺めていた。
     車の海は絶えず波を作り続け、もう夜中の一時を過ぎて居るのに、騒音や雑踏が消える気配はない。
    「ん?」
     ふと、僕は街の片隅に置かれている古ぼけた看板に目を向けた。
     何もかもが光っている深夜の街にありながら、その看板は傷だらけだったからだ。
     占いの部屋。
     とりとめもない、至って普通の黒文字で、そう書かれていた。
     店の明かりはついている。どうやら営業はしているらしい。
     興味を抱いた僕は、店に入ってみる事にした。
    「いらっしゃいませ」
     扉を開けて、敷居を跨ぐと、嗄れた老婆の声がした。そこには背の低い机が置いてあった。
     僕は一礼すると、部屋を見渡した。
     棚と、その上に一つだけ壺が置かれている位で、部屋はガランとしていた。
    「……おかけんなって下さいな」
     占い師の老婆に言われるがまま、僕は老婆と向かい合う形でイスに座った。
     老婆が僕の顔をチラッと見た。
    「ああ、あんた……」
     その瞬間、老婆の顔つきが変わった。
    「あんた、気を付けなされ。このままじゃ、あんたの身の回りで不幸が起きる」
     突然の警告に、僕はドキリとした。
     老婆の得たいの知れない迫力に、僕は完全に飲まれていたのだ。
    「ふ、不幸とは、一体……?」
     僕が老婆に聞き返すと、老婆は僕の顔をジッと凝視したまま、口を開いた。
    「あんた、今年は厄年だねェ。今のまんまじゃ、何をやっても成功しないよ。一度、気分を変えるために遠くへ旅行にでも行くと良い」
     老婆は僕が厄年――二十五歳である事をズバリ言い当てて来た。
     僕の首筋を冷や汗が伝う。
    「さもないと、今、あんたの一番身近にいる人が……」
     イスが倒れる音がして、老婆の警告はそこで終わった。
     老婆が急に苦しみだしたかと思うと、いきなり胸を押さえて倒れてしまったのだ。
    「い、一番、身近にいる人が――死んだ?」
     僕は携帯電話から救急車に連絡を入れた。
     そして海外旅行へ行くことを決心した。 行き先は、どうしようか……。遠くて、息抜きできる場所。


     そうだ。
     ――ハワイにしよう。
  • 53 マラカス日和 id:i-GX5QzmM.

    2012-07-27(金) 01:10:42 [削除依頼]
    《生か死か両方か》


     『死者蘇生装置』が開発されたのは、およそ三年前の事だった。
     完全に死滅した肉体を、完全な状態まで復活させる。まさにそれは神域への介入であった。
     開発プロジェクトを成功に導いた大谷博士は、その“装置”の完成に伴って設立された蘇生会社『アポロ』の重役として、小綺麗なイスに座っていた。
     大谷博士はもう冷めてしまったコーヒーを一息に飲み干すと、ふう、とため息を吐いた。
     それから、高級感の溢れる黒い机の引き出しから、拳銃を取り出した。
     ――孤児院出身の大谷博士は、小さい頃から色々な苦労を経験してきた。しかし彼はそんな逆境に立たされながらも、少しでも良い人生を送るために直向きな努力を重ねて来たのだ。
     その努力が報われて、金も、名誉も、地位も、大谷博士は全てを手に入れた。
     しかし、それらの物が彼に与えてくれた物と言えば……ただの退屈。それだけだった。
     何もかも手に入れた、という事は、これから手に入れる物が無い、という事である。
     大谷博士は、今の全てを手に入れたせいで、未来の全てを失ったのだ。
    「もはや、未練すらあるまい……」
     大谷博士は撃鉄を下ろすと、銃口をコメカミにくっつけた。そして、引き金にかけた人差し指に、力を込めた。


     ◆


     土の臭いがして、大谷博士は目を覚ました。そこには信じられない光景が広がっていた。
     汚れた作業着を身につけた数え切れない程の人間が、シャベルと手押し車を持って目の前を行き来している。
    「私は、死んだハズでは……」
     そこまで考えてから、大谷博士はハッとして後ろを振り返った。
     そこには、自分自身が開発した、死者蘇生装置があった。
    「私は生き返らされたのか? それなら、この労働者たちは一体……」
    「――彼らは全員、自.殺者です」
     突然、若い男が大谷博士に話しかけた。
     白衣姿の若い男を見て、大谷博士は自分のも作業着を着ていることに気が付いた。
    「自.殺者? 一体、どういうことだ?」
     大谷博士が尋ねると、若い男は「やれやれ」と言いたげに首を振った。
    「あなたは考えたことが無いのですか? 死者蘇生装置の完成によって、地球から『死者』が消えると、人口がただただ増えていく――ということに」
     大谷博士は呆然としていた。若い男が何を言いたいのか、もう察しがついたからであった。
    「だから政府は、引き取り手の無い自.殺者の死体を集めて、あなたの開発した死者蘇生装置に放り込みました。彼らは食事を与えられることすらなく、ひたすら土地を開拓していく労働力として扱われます。彼らが餓死したら、また死者蘇生装置に放り込んで生き返らせます」
     若い男は、もうこの説明に慣れているように、淡々と話を進めていく。対照的に、大谷博士は沈黙していた。何かを思い詰める様に。
    「死んだら蘇らせ、死んだら蘇らせ――身寄りのない自.殺者は、ここで気が狂うまで強制労働を行うのです。無論、博士といえども例外ではありません」
     ――そこまで聞いてから、大谷博士は舌を噛み切った。思いっきり噛み切った。
     絶望の渦中で大谷博士に出来る事と言えば、再び死ぬ事くらいであった。
    「全く……もう解ってるでしょう? この時代、死んだって逃げられやしませんよ――?」
     遠くなっていく意識の中に、若い男の呆れた様な声が響いた。
  • 54 マラカス日和 id:i-GX5QzmM.

    2012-07-27(金) 01:12:23 [削除依頼]
    《七夕》


     七月七日。
     町内の七夕祭りに、私は娘と一緒にやって来ていた。
     会場は近所にある公園で、その真ん中に立派な竹が用意されている。
     もう既に祭りは始まっているようで、竹には色とりどりの短冊が飾られていた。
     私は屋台のベビーカステラを買い、それを四歳になったばかりの娘に食べさせながら、竹へと近付いた。
     すると、係の人が短冊を渡してくれる。私はお礼を言ってから、娘に短冊とペンを渡した。
    「お願い事を書いて、それを吊るすんだよ」
     私が娘にそう囁くと、娘は数秒だけ悩んでから、こう言った。
    「じゃ、みっちゃんは、おりひめ様とひこぼし様が毎日会えるようになりますように、って、書くね」
     私は絶句した。そして娘の純粋さに感動した。
     社会の荒波に揉まれて傷ついていた私の心を、洗い流すかの様な一言だった。
     私が「実里は優しいねー」と言いながら娘の頭を撫でると、娘は大きく頷いて、言った。


    「だって、毎日おりひめ様とひこぼし様が会えたら、毎日七夕だよ? 毎日お祭りだよ! カステラおいしいよ!」


     おい。
  • 55 マラカス日和 id:i-GX5QzmM.

    2012-07-27(金) 01:13:23 [削除依頼]
    《オールド・スパーキー》


     端から順番に消えていく。
     一ヶ月前は『203番』がイスに座った。
     先週は『199番』がイスに座った。
     昨日は『205番』がイスに座った。
     僕は『204番』だ。『205番』は僕の隣で生活していた。
     つまり、次は僕の番なのだ。
     オールドスパーキーは廊下の突き当たりにいる。
    「204番、来い」
     僕は立ち上がった。
     州の電気技術者はいつも無表情だ。淡々と仕事をこなす。
     だから僕も無言で付いていった。
     扉を開けると、オールドスパーキーが僕を見据えていた。
     電気技術者は僕をオールドスパーキーに座らせると、ゴムのベルトで僕をグルグルと拘束した。
     ヘルメットを被らされた。次に、鉄の枷を足首に装着された。
     僕は前を見た。
     州の電気技術者はやっぱり無表情だ。
     オールドスパーキーは僕を包み込んでいる。
    「何か言うことは?」
     僕は首を振った。
     すると、電気技術者は大きく口を開けて叫んだ。


    「死刑執行!」


     オールドスパーキー……正式名称“電気イス”は、バチバチと声を上げた。
  • 56 マラカス日和 id:i-GX5QzmM.

    2012-07-27(金) 01:13:45 [削除依頼]
    《授業中の激烈》


     うんこがしたい。
     僕は今、とてつもなく、うんこがしたい。したいしたいしたい。ケツが溶けそうに熱い。吐き気がする。お腹が痛い。
     ハゲ散らかった頭で走れメロスについて語っている石原先生の声も、今の僕には届きそうもない。うんこがしたい。
     二時限目の国語は、まだもう少し続きそうだ。あと五分くらい。我慢できるか?
     手を挙げて「トイレに行きたい」と言えば解決するだろうが、腹を抑えてうずくまっている僕がトイレに行ったら、クラスの皆に「あいつ、うんこに行ったな」とバレてしまう。ダメだ。僕のアダ名がうんこ大魔神になるのだけは未然に防がなければならない。くそ。あと三分だ。あと三分でトイレに行ける。僕の全てを飲み込んでくれる、便器という名のブラックホールへ行ける。便器の中には小宇宙が広がっているのだ! うんこしたいしたいしたい!
     ああくそ! 僕の肛門括約筋はもう限界だ。得たいの知れない物体が腸という名の廊下を進み、裏口という名のケツ穴に迫っている。冷や汗が出てきた。あと一分だ。耐えろ僕。あと十秒だ。耐えろ僕。
     そしてチャイム……いや、ホーリィベルが教室に鳴り響く。僕はそれが鼓膜に届くと同時に立ち上がり、みんなにバレないようにトイレへ猛ダッシュ。誰も居ないことを確認してから、個室に飛び入る。
     ズボンとパンツを同時に下ろすというテクニカルな技を使用したあと、神速で便器に座る。
     さあ、後は出すだけだ。いけ! 飛び立て! 小宇宙へと!
     瞬間、乾いた音が鳴り響いた。
     全てを飲み込むブラックホール。もとい便器に向かって、僕の汚いケツから噴射したのは――ただのオナラだったのだ。
  • 57 マラカス日和 id:i-GX5QzmM.

    2012-07-27(金) 01:14:08 [削除依頼]
    《まさかの出会い》


     俺の職業は詐欺師である。
     詐欺師と言っても、結婚詐欺だとか架空請求だとか、そんな派手な詐欺を働いている訳ではない。
     俺の仕事は、いわゆる出会い系サイトで“サクラ”を演じることだ。
     女のふりをして、おっさんから金をむしり取る。適当にメールをしているだけで会社から金を貰えるのだから、これ程に楽な仕事はそうそう無いだろう。
     さあ、今相手にしている二十六歳の男のポイントが切れかかっている。
     次にメールが来たら「課金してください」の警告メールを送るとしよう。
     と、言っている内にメールが来た。
    「……え?」
     瞬間、俺は呆然とした。
     二十六歳の男から来たメールには、こう綴られていたのだ。
    『お客様の利用ポイントが少なくなっております。こちらのURLから課金をお願いします』
     と。
  • 58 マラカス日和 id:i-GX5QzmM.

    2012-07-27(金) 01:16:41 [削除依頼]
     彼は待っていた。
     香ばしい土の匂いを感じながら。
     或いは夢の中で。

     彼は待ちわびていた。
     暖かさと、そして優しさを持っている、彼女のことを待っていた。

     凍てつく寒さを堪えながら、ジッと待った。
     ただ待った。
     どんな強風に晒されても、どんなに冷たい雪に埋もれても、文句も言わずに待った。

     そうして、長い間を眠っている内に、やがて朝日が昇った。

    「おはよう」

     声がして、彼は目を開けた。
     冬の内に蓄えたドングリは、もう無くなっていた。
     彼は腹が空いているのも忘れて、透けるような青色に塗られた空を見つめた。

    「ああ、ずっと待ってたよ」


     ――春がやって来た。
  • 59 マラカス日和 id:i-GX5QzmM.

    2012-07-27(金) 01:17:46 [削除依頼]
    《追跡劇。前編》


    「助けて! お願い、助けて!」
     嫌に悲痛な声が、夜の街に響き渡った。
     その甲高い声を聞いて、僕――ジャック=ウォークは、走るスペースを更に引き上げた。
     辺りを暗闇が覆う、午前二時。僕はレンガ造りの民家の上を、跳ねる様に走り続ける。止まることは出来ない。
     何故なら目の前を走る男が、この『ピレーノ王国』の姫であるユナ=ピレーノを抱えているからである。
     何としても、ユナ姫を取り戻さなければならない。
     マントをなびかせ、分厚い仮面を被った不気味な男は、姫を抱えていない余った方の手を使い、走りながらも僕にナイフを投げてくる。
     僕は屋根の上を飛び跳ねてその凶器をかわすと、大きな声で叫んだ。
    「おい貴様! ユナ姫をどうするつもりだ!」
     薄ら寒い気温の中に、僕の怒号が響き渡る。しかし、仮面の男は何も答えない。
    「お願いよ! 助けてぇ!」
     訴えかけるように、ユナ姫は僕以上の大きな声を上げた。
     仮面の男が再びナイフを投げてくる。暗闇の中でナイフを見切るのは至難の技だが、僕はギリギリでそれらを避けきった。
     追跡劇は続く。
     僕と仮面の男との距離は十五メートルくらいで、走る速さはほぼ互角だ。
     しかし、さっきから投げつけられるナイフのせいで、仮面の男との距離はグングンと広がって行く。山の上から追いかけっこをしているのだ。どうやら、体力では奴の方が上手らしい。
    「くそ! 僕じゃ、姫を救えないのか……?」
     ――二年前、僕はこのピレーノ国に来て始めて地球上の女の人に恋をした。
     ピレーノ国の姫、ユナ=ピレーノ。
     長い金髪に、大人びた顔立ち。加えて、他者を思いやる気持ちに満ち溢れた、とても素敵な女性だった。
     一方、僕の身分は、ただの傭兵。体を鍛えて、国に尽くす事しかしなかった、ただの傭兵だ。
     突然現れた僕が、彼女に気持ちを伝えても、相手にもされないだろう。僕はそう思っていた。
    「いつも、私たちの為に体を張ってくださって、ありがとうございます」
     しかし、三日前のその日、彼女は僕にそう言ってくれた。一傭兵でしかない僕を、彼女は労り、労い、そして優しい笑顔で接してくれたのだ。
     僕はその瞬間、彼女を本気で愛してしまった。命を捧げても、良いと思ったのだ。
     なのに、なのに。今日、いきなり現れた仮面の男が、ユナ姫を誘拐しようとしている――
    「ユナ姫、僕が、助けてみせます!」
     暗闇の中で、僕は思いっきり叫んだ。喉の奥から、腹の底から叫んだ。
     ああ、そうだ。こんな場所で諦める訳にはいかない。
     彼女に愛されなくてもいい。彼女が健康なら、それでいい。僕が守るんだ。僕が!
    「うおおおおおおッ!」
     僕は疲れきった足を叱咤しながら、全力で走った。屋根の上を飛び回りながら、目の前の男を追跡する。ナイフを投げられたら、弾き飛ばせばいい。
    スピードを落とさずに、走り続けるのだ!
     そして僕は追い付いた。追い詰めた。
     仮面の男を、路地裏の行き止まりまで、追い詰めた。
    「姫、お怪我はありませんか?」
     ユナ姫はピンピンしている。どうやら無事なようだ。僕は胸を撫で下ろした。
    「早く助けて……!」
     姫の言葉に、僕は腰にかけた剣を抜き、仮面の男に刃を向けた。
    「もう逃げ場はない! 早く姫を離すんだ!」
     仮面の男は何も答えない。
     こいつは一体、何者なんだ?
     僕が考えを張り巡らせている間に、仮面の男はナイフを構えた。どうやら闘いたいらしい。
     男は姫を突き放すと、僕に向かって突進してきた。
     しかし、勝負にならない。ナイフとソードでは、間合いが違う。
     あっという間に刃が仮面の男を貫いた。男が倒れると、仮面が外れる。
     真っ白な髪をした、若い男だ。
    「姫、もう大丈夫です」
     右手を背中に回して座り込んでいる姫に、僕は手を差しのべた。姫の目には恐怖が浮かんでいる。まだ恐怖が抜け切らないのか。そう思って、僕は姫を安心させる言葉を考えた。
     しかし、その瞬間だ。
     ――僕の首筋に、ナイフが突き立った。
  • 60 マラカス日和 id:i-GX5QzmM.

    2012-07-27(金) 01:18:39 [削除依頼]
    《追跡劇。後編》


    「っ!」
     バカな! 仮面の男は、息の根を止めたはず――と、思ったが、それは誤解に終わった。
     何故なら、僕の喉を切り裂いたのは――――他ならぬユナ姫だったのだから。
     ユナ姫は肩を上下させて、荒い呼吸を繰り返している。
    「こ、この変態!」
     ユナ姫の言葉に、僕は愕然とした。
     変態? 何を言っているんですか? 僕が、変態?
     突然の出来事に、僕は声すら上げられない。
     その隙にユナ姫は立ち上がり、仮面の男へと近寄った。
    「ねえ、コレット! 目を開けてよ!」
     ユナ姫は、仮面の男の死体を揺さぶる。あの男はコレットというのか。
    「あなた、よくもコレットを……!」
     ユナ姫の可愛らしい視線が僕に向けられる。怒っていても綺麗だ。
     しかし、その姫の目を見た途端に、僕は頭の中で全てを受け入れた。
     ――ああ、そうだ。そうさ。解っていたよ。全部、全部。気づかない振りをしていただけなんだ。
     三日前のあの日。僕に微笑んでくれた姫を見て、僕は我慢が出来なくなった。城から姫を連れ去ってしまった。子供の頃から傭兵をやっていた僕を止められる人間は、この城には居なかったんだ。
     三日間、僕は山小屋でユナ姫と身を隠しながら楽しい一時を過ごしていた。ユナ姫は嫌がって抵抗していたけど、足首を鎖で繋いだら大人しくなった。
     なのに、さっき、いきなり仮面の男が現れた。奴は僕が寝ている隙にユナ姫を奪い去ってしまった。
     それに気付いた僕は慌てて仮面の男を追跡し始めたのだ。ああ、解っていたよ。解っていた。僕はユナ姫を守ってなんかいない。
     姫が叫んでいた「助けて」は、僕ではなく、仮面の男に言っていたんだろう? ああ、解っていたよ。解っていた。
    「コレット………ごめんなさい、私が弱いばかりに……」
     姫が仮面の男にすがって涙を流している。二人はどういう関係だったんだろうか。仮面の男は、姫が誘拐された後、必死で僕を探したんだろうか。そして、命懸けで姫を取り返したんだろうか。
     僕は姫に何かを言おうとしたけど、喉が切られていて喋れなかった。
     僕だって、命懸けで姫を城から連れ出したんだ。二人っきりになりたい一心で、頑張ったんだ。それなのに、こんなの……。こんなの、あんまりだよ。あんまりだ。
     僕の脳みそから意識が抜けていく。駄目だ、死ぬ。
     僕は地面に倒れる。血は止まらない。
     ユナ姫を見た。まだコレットに涙を落としている。
     ああ、最後の最後まで、僕を見てもくれないのか。ちくしょう。
     ――さようなら。僕の愛した、お姫様。
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