五?53コメント

1 マラカス日和 id:i-hH3BwPc.

2012-05-24(木) 17:30:03 [削除依頼]
一話。主人公。


 黒と白のコントラストで作られた横断歩道の上を、軽快に歩く男がいる。
 彼こそが、後に大魔王から世界を救い、全世界の貧困の差を打ち消し、演説一つで戦争を止めることになる、この物語の主人公、高橋一郎である――!
 あ、転んだ。首が折れた。
 ……死んだ。
  • 34 マラカス日和 id:i-hH3BwPc.

    2012-05-24(木) 17:58:59 [削除依頼]
    三十四話。海からの贈り物。


     漁師の父親と共に、海へと漁に出た時の話である。

     その日の海は荒れに荒れていて、来る波も行く波も全てが大きく歪んでいた。

     父親は「危ないから」と言って僕を船内に入れようとしたが、その日が初めての漁であった僕は大粒の雨にも気圧されることなく父親の仕事を見つめていた。

    「っ、今日はやけに重いな……!」

     二日前に張っておいた網を引き上げていた父親が、雨嵐の轟音にも響き渡るハッキリとした口調でそう言った。

     網が上がると、様々な魚たちが何とか生き長らえようと勢い良く跳ねている姿が目に映った。

    「どれどれ」

     父親は、大量の海草を掻き分けるように魚たちを一瞥していく。
     しかし、その傷だらけの大きな手が、ピタリと動きを停止した。

     その両手は海草を掴んでいる
     ――のだと、一瞬、見間違えた。

    「これは……」

     親父がその海草を引っ張ると、ぶちぶちという不快な音と共に、灰色になった人の頭が見えてきた。
     手に絡まった“海草”を見つめながら、半ば呆然とする父親は力なく呟いた。

    「……髪の毛、か?」
  • 35 マラカス日和 id:i-hH3BwPc.

    2012-05-24(木) 17:59:35 [削除依頼]
    三十五話。エーイチ。


    「ねえねえ、僕の弟の名前って、何だと思う?」

     ある日、友だちのエーイチくんは爛漫とした眼差しを僕に向けて、そう尋ねてきた。
     エーイチくんに弟が居るのは知っていたけれど、その名前までは聞いていない。

    「いや、知らないけど……英二、とか?」

     とりあえず、可能性として一番正解しそうな名前を推測で言ってみた。
     が、それを聞いたエーイチくんは、いやいや、と首を横に振った。

    「B1っていうんだ」

    「えェー、そんな地下一階みたいな……」
  • 36 マラカス日和 id:i-hH3BwPc.

    2012-05-24(木) 18:00:29 [削除依頼]
    三十六話。サイコロ仕掛け。


    「死ぬな! 死んじゃ駄目だ、姉ちゃん!」

     僕は布団の中で目を瞑る姉に向かって、無我夢中に叫んでいた。
     姉ちゃんが、もう二度と目を開けてくれない事は解っている。
     しかし、それでも僕は、絶対に諦めたくなかった。絶対に信じたくなかった。

     ――これで僕以外の人間が、死に絶えてしまったなんて。

     そう。
     ことの顛末は一ヶ月前に遡る。

     『謎の病原菌が流行中!』

     そんな記事が新聞の一面を飾った。
     どうやらヨーロッパの方で発生した、死亡率の極めて高い病気らしい。感染した場合の対処法も、未だに見つかっていないそうだ。

    「怖いねー」

     姉ちゃんは一連の出来事を知った上で、自分の感情をたったの一言で言ってのけた。

     小さい頃に両親を事故で亡くし姉と二人きりで暮らしていた僕もまた、この出来事に多少の恐怖を感じつつも、しかし危機を感じることは無かった。

     このニュースが新聞や液晶から伝わるだけの情報で無くなったのは、それから二週間後のことだ。

     僕の中学のクラスメートが、四人、死んだ。

     学校は臨時閉鎖され、警察や病院、果ては国会にまで対策委員が開かれ、世界に恐慌が訪れた。

     しかし、未知のウイルスに人間は何の抵抗も出来ない。
     いや、その抵抗を嘲笑うかの如く、ウイルスは着々と人間の数を減らしていった。

     やがて新聞が届かなくなった。
     テレビが映らなくなった。
     電気が止まった。水道が止まった。

     世界から音が消えた。

     街に残されたのは、たくさんの死体と、僕たち姉弟。
     それから、どす黒い絶望だけだった。

     そして姉が死んだ。
     最期の言葉は「大丈夫だよ」だった。

     僕と言えば、そんな姉の手を握って、声をかけ続ける事しか出来なかったのだ。

     僕は台所から持ってきた、錆び付いた包丁を握った。

     それを、首に向けて、降り下ろした。





    「あっちゃー、また失敗だ」

     真っ白な世界で、長髪の男は呟いた。

    「ハハハッ、ついてないな、お前も」

     三人ほどの別の男が、長髪の男を陽気に囃し立てる。

     男達が興じているのは、人生ゲームならぬ世界ゲーム。
     サイコロを振り、駒を進め、自分の世界を創世していくゲームだ。

     長髪の男が今しがた止まったマスには、こう書かれていた。

    『あなたの世界に謎の病気が大流行! 人口が全滅します』
  • 37 マラカス日和 id:i-hH3BwPc.

    2012-05-24(木) 18:01:04 [削除依頼]
    三十七話。スクリーム。


     昨日、私の子供が殺された。

     私は奴隷のような存在である。
     毎日毎日、私は奴らの魔の手に怯えながら生きている。

     今日も子供が殺された。
     奴らは、私の必死な叫びにも耳を傾けない。
     毎朝毎朝、私の声は虚空に響き渡るばかりだ。

     明日も、私の子供は殺されるだろう。
     産まれる前に、殺される。

     私も、私の子供も、奴らから見れば等しく家畜同然なのだ。

     絶望に酔うことも許さぬと言いたげに、刻一刻と時間は過ぎていく。
     そして、体を突き刺すような藁の上で睡眠をとる私の頭上へ、また朝日がやってくる。

     そして私は、悲痛な思いと恨みを込めて、いつもの様に叫ぶのだ。

    「コケコッコゥ!」

     と。
  • 38 マラカス日和 id:i-hH3BwPc.

    2012-05-24(木) 18:02:24 [削除依頼]
    三十八話。公園のおじちゃん。


    「ねえユウスケくん。枝豆に実が4つ入ってたら、幸せだよね」
    「おじちゃんの幸せ、なんか悲しいね……」


    「ねえユウスケくん。冬場にお風呂に入ると、シャワーから冷たい水が出てきてビックリするよね」
    「するけど……おじちゃん、ちゃんとお風呂に入ってる? なんか臭うよ……」


    「ねえユウスケくん。テレビの『まだまだ続く』って、長く続いたところで精々……五分だよね」
    「おじちゃん、深夜アニメしか見てないって言ってたじゃん」


    「ねえユウスケくん。目から鱗って……想像するとグロいよね」
    「おじちゃんの場合、想像じゃなくて妄想でしょ?」


    「ねえユウスケくん。良い子は真似しないでね! って、あんまり抑止力になってないよね」
    「おじちゃんは良い子じゃないよ。悪い大人だよ。それも社会的な意味で……」


    「ねえユウスケくん。耳たぶにホッチキスされても痛くないのって、なんで?」
    「おじちゃん耳たぶにホッチキスされた事あるの!? 壮絶な学生時代だったんだねェ!」


    「ねえユウスケくん。たまに道に落ちてる汚い靴って……あれ誰の?」
    「おじちゃんは身も心も汚いよ」


    「ねえユウスケくん。鳩は平和の象徴なんだって。おじちゃん、鳩に逃げられちゃった。平和の象徴に逃げられちゃった」
    「おじちゃん、平日の昼間から何で公園に居るの……?」


    「ねえユウスケくん。この際だから聞くけど、良い就職先を知らないかい?」
    「刑務所に行けばタダで飯が食べられるよ、おじちゃん!」
  • 39 マラカス日和 id:i-hH3BwPc.

    2012-05-24(木) 18:03:06 [削除依頼]
    三十九話。CM。


     淡い光を放つ液晶の中、人気の俳優が肉を食っている。
     満面の笑みを浮かべながら、耐えず口を動かして。

     ああ、やはり役者というのは何でも役をこなせるのだな。本当に旨そうに食っている。

     私はソファに寝転びながら、何をするでもなくそう思っていた。

     最近は旨い肉という奴を食べていないせいか、このCMのせいで私は物凄く肉を食べたくなって来た。

     うん、明日にでもこの肉を買ってこよう。何ていう銘柄の肉だろうか。

     私がCMに集中していると、テレビの俳優は笑みを崩さぬままに叫んだ。

    《焼き肉はやっぱり、島田のタレでしょ!》

    「タレのCMかよッ!」
  • 40 マラカス日和 id:i-hH3BwPc.

    2012-05-24(木) 18:03:48 [削除依頼]
    四十話。スイッチ・オン。


    「ここに二つのスイッチがあります」

     いきなり目の前に現れた黒服の男は、毅然とした声でそう言った。

    「赤いスイッチを押すと、あなたが消滅します。青いスイッチを押すと、世界が消滅します」

     困惑する私を尻目に、男はトドメの如く言い放った。

    「どちらかを必ず押してください」

     ――なんだ、この問答は。

     赤いスイッチを押したら、私は消える? 青いスイッチを押したら、世界が消える? どちらを押そうが、私は死ぬんじゃないか。
     なんだ、そうか。それなら話は早い。

    「赤いスイッチを押します」

     私が死んで、世界を救ってやろう。
     私は男から赤いスイッチを受け取った。少しだけ躊躇ったが、私は赤いスイッチを押した。

    「三十秒後、あなたはパッと消滅します」

     男は笑った。
     そして続ける。

    「ちなみに、人間一人分の質量が突然に消滅したら、どうなると思います?」

     はあ? 知るか。そんなことを私に聞いて、どうするのだ。

    「質量保存の法則や相対性理論から考えて――」

     男は笑い続ける。
     まるで楽しんでいるように。

    「世界が滅亡します」

     その言葉が聞こえた瞬間、私はパッと消滅した。

     同時に、世界が壊れる音がした。
  • 41 マラカス日和 id:i-hH3BwPc.

    2012-05-24(木) 18:04:29 [削除依頼]
    四十一話。蜉蝣の夏。


     八月、二十五日。
     閑散とした公園の中にそびえる一本の杉の木の上で、ある者が語っていた。

    「蜉蝣って虫を知ってるか? カゲロウ、な。奴らの寿命は、なんとたったの二日間なんだ。産まれてから二日で死んじまう。それなら一体全体何のために産まれて来たのかって言うと、ま、産卵のためだ。簡単だな。でも答えが簡単だからと言って、イコール単純だとは限らないぜ。実は、蜉蝣の体内は、そのほとんどが卵で埋もれてるんだ。奴らは子供を産むために、飯も食わずに死んでいく。当然、その蜉蝣から産まれた子供も、子供を産んで二日で死ぬ訳だ。そこに有るのは純粋な生存本能だけなのさ。産まれては死に、死んでは産まれ。奴らは一体、生かすために死んでいるのか、死ぬために生かされているのか、どっちなんだろう……?」

     それから一週間が過ぎた、九月一日。

     人間の耳には「ミーン、ミーン」としか聞こえていなかったであろうその声は、もう響いていなかった。
  • 42 マラカス日和 id:i-hH3BwPc.

    2012-05-24(木) 18:06:40 [削除依頼]
    四十二話。風が吹けば桶屋が儲かる。


     風が吹いた。

     砂ぼこりが目に入り、人々は視力を失う。
     盲人は三味線を引く。
     三味線には猫の皮が使われている。そのため猫の数が減る。
     すると鼠が増える。鼠は桶をかじる。

     桶屋が儲かる。


     ◆


     風が吹いた。

     戸の隙間から入る風の音に目が覚める。
     どうやら窓を開けっ広げたまま寝てしまっていたようだ。もう夜中である。
     開いたままの窓を閉めようと、私は立ち上がる。関節が痛む。湿布を貼っておこう。
     おっと、私は湿布をきらしていた。かと言って薬局はもう開いてないな。
     しかもさっきから鼻水が止まらない。
     あ、私は風邪をひいてしまったのか。関節が痛むのも、そのせいだろう。
     となると、関節を冷やすのと頭を冷やすのに、冷たい布が欲しいな。枕元に桶を置いて寝よう。

     桶屋が儲かる。


     ◆


     風が吹いた。

     こんなに風が強くては、バイクが進まない。
     しかも昨日の風邪はまだ全快していないのだ。正直、こんな状態でバイクに乗るのは不安である。
     しかし、これが私の仕事なのだ。仕方があるまい。
     私は出前寿司の配達のバイトをしていた。
     今は、お客様の食べ終わった容器を回収して店に持ち帰っている途中だ。
     と、危ない!
     ……ふー、バランスを崩しかけた。もう少しで転倒するところだったな。やはり病み上がりにこの風は危険だ。さっさと仕事を終わらせよう。
     って、ああ。まずい。バイクの荷台に乗せていた寿司の容器を落としてしまっていた。
     ちゃんと店に返さなければならないのに。
     仕方がないから新しい桶を買って許しを得よう。

     桶屋が儲かる。


     ◆


     風が吹いた。

     こうも強風だと、せっかくのバーベキューが台無しだ。
     もう今日はお開きにするか。お開きと言っても、この川原でバーベキューをしているのは私しか居ないのだが。
     いや、私に友達が居ない訳ではない。バーベキューに誘う友達くらい、私にだって居る。
     ただ、皆が皆「遠慮しておく」の一点張りなだけなのだ。
     ……って、おっと、風に飛ばされて炭の燃えカスが飛んでいってしまった。
     言っている間に引火する。ヤバいヤバい。早く消さねば。
     幸いにも、風が強いせいで辺りには僕しか人が居ない。早く消してしまえば大事にはならないだろう。
     私は水を汲むため、傍を流れる川にバケツを沈めた。
     その時、運悪く私の足が滑る。私は頭から川に転落した。情けない声をあげながら、川辺に這い上がる。
     くそ、さっさと消火せねばならぬのに。
     びしょ濡れになりながらも、私は汲んできた水で火を消した。
     ふう、すっかりテンションが下がってしまった。もうバーベキューはやめて家に帰ろう。風呂に入らなければ、折角治ったのにまた風邪をひいてしまう。
     あ、しかし私の家の風呂は壊れているんだった。仕方がないから銭湯にでも行くか。
     なら帰りに桶を買っておこう。

     桶屋が儲かる。


     ◆


     風が吹いた。

     銭湯から出た私は、風が強いことをすっかり忘れていた。
     突然の強風に驚いて、持っていた桶を落としてしまう。
     あーあ、底が抜けてしまった。帰りにまた新しい桶を買わなければ。

     桶屋が儲かる。
  • 43 マラカス日和 id:i-hH3BwPc.

    2012-05-24(木) 18:07:30 [削除依頼]
    四十三話。死の風が吹けば桶屋が儲かる。


     風が吹いた。


     放射能の風が吹いた。人間は阿呆である。

     核兵器を作るな。
     もう耳のタコにタコが出来るくらい聞かされた言葉。
     しかし人間の欲深さと用心深さから考えて、きっとこの世から核兵器が無くなる事はない。それくらいは分かっていた。

     核兵器を持つな。
     これも無理な話なのだろう。
     善悪の問題以前の問題。七十億の人間が、全員と信じ合えるか。
     答えは簡単だ。ノー。

     それでも。それでもだ。

     私は心のどこかで信じていた。というより、決めつけていた。
     人間は仮にも地球で最も賢い生物なのだ。
     “それ”をしたら自分達がどうなるのかくらい、理解出来ていると決めつけていた。

     ――核兵器を使うな。

     ああ。
     そのくらい守れよ。

     ああ。人間は阿呆である。

     たくさんの死体が転がる世界で、生き残った私は呆然と突っ立っていた。


     棺桶屋が儲かる。
  • 44 マラカス日和 id:i-hH3BwPc.

    2012-05-24(木) 18:08:10 [削除依頼]
    四十四話。右と左と。


    「いい? 道を渡る時は、右を見て、左を見て、それから渡るのよ」

     圭太が五歳になった日、母親は圭太を初めてのおつかいに行かせるべく、そう言い聞かせた。

     五歳の圭太は大きく頷く。

    「右を見て、左を見て、渡る!」

    「よろしい。じゃ、行ってらっしゃい!」

     母親が送り出すと、圭太は爛々と歩き出した。
     その三メートルばかり後ろを、母親は圭太に気付かれぬように付いて行く。

     やがて、スーパーの前まで到着した。
     その舗装道路には、横断歩道はあるものの信号はなく、車が来ているかどうかは自分の目で確認しなければならない。

    「えー、と、右を見て」

     圭太は道路の前で立ち止まり、右を見た。
     車は来ていない。

    「左を見て」

     圭太は左を見た。
     ワゴン車が走って来ていた。

    「渡る!」

     しかし圭太は走り出した。
     右を見て、左を見て、そのまま渡り出してしまったのだ。

     母親の悲鳴と同時にブレーキの音が響いて、黒色と白色の道路にキレイな赤色が加わった。
  • 45 マラカス日和 id:i-hH3BwPc.

    2012-05-24(木) 18:12:34 [削除依頼]
    四十五話。俺が俺を笑う。


     また会社でヘマをやらかした。
     それでも笑った。俺は笑った。
     鏡の前で笑うことで、少しでも自信を取り戻そうと思った。
     ◆
     ご主人が笑っていた。だから笑った。
     鏡である僕の役目は、ご主人様の笑顔をそのまま映し返す事だからだ。
     ご主人に少しでも自信を取り戻して貰うために、僕はニッコリと笑った。


     ◆


     好きだったあの子が、嫌いな上司と付き合っている事が発覚した。
     俺はまた笑った。鏡の前でまた笑った。
     鏡には曇り一つない俺の作り笑顔が映っていた。
     ◆
     ご主人は笑っていた。また笑っていた。
     だから僕もまた笑った。ご主人が僕に向かって笑うのは、何か落ち込むことがあった時である。
     だから僕は、ご主人そっくりの笑顔を作った。


     ◆


     うんこを踏んだ。それを小学生に笑われた。
     だから笑った。俺は鏡に笑った。
     鏡の前に立ったら笑う、というのが癖になっていた。
     ◆
     ご主人は笑っていた。
     うんこを踏んだらしい。更にそれを小学生に笑われたらしい。
     精神的ショックは量りきれない。だから僕も笑った。
     ご主人と同じくらい笑った。


     ◆


     急な雨に打たれまくった。傘も持っていなかったからびしょ濡れだ。
     俺はそれでも笑った。鏡の中の俺が笑っていた。
     俺が、俺を、笑っていた。
     ◆
     ご主人は濡れたまま笑っていた。
     だから鏡である僕も濡れたまま笑った。
     ご主人は笑っている僕を見て、一瞬だけ眉をつり上げた様だった。


     ◆


     会社をクビになった。
     俺は鏡の前に立った。そこには俺を笑う男がいた。
     この俺を嘲笑う、俺と同じ顔の男がいた。
     笑うな。俺をバカにしているのか。
     しかし男は笑い続けていた。だから殴った。俺は振りかぶった右腕の拳を、俺と同じ顔の男に叩きつけた。
     ◆
     僕が笑うと、ご主人は右腕を振りかぶった。何故か右腕の手は握られている。
     どうしてそんな事をするのかは解らなかったが、今からご主人がやろうとしている事は理解できた。
     それでも、ご主人は笑っている。だから僕も笑うのをやめなかった。
     ご主人の右拳が、勢い良く僕の顔にめり込んだ。


     ◆


     俺は粉々になった。
     ◆
     僕は粉々になった。
  • 46 マラカス日和 id:i-hH3BwPc.

    2012-05-24(木) 18:13:25 [削除依頼]
    四十六話。名探偵は引きこもる。


     旅行に出かけた先で、殺人事件に遭遇した。
     僕は持ち前の頭脳を駆使して、その事件をいとも容易く解決した。

     学校に出かけるとクラスメイトが殺されていた。
     僕はついつい事件に首を突っ込んで、その事件も簡単に解決した。

     以降、刑事さんにも頻繁に協力を求められるようになり、その度に色々な事件の謎を解明していった。

     僕が出かけた先では必ず人が死ぬ。

     気味が悪くなった。
     殺人犯は僕が暴き出しているというのに、まるで自分が人を殺しているかのような錯覚を受ける。

     僕は部屋から出なくなった。
     僕が動けば、誰かが死ぬような気がした。
     僕のせいで誰かが死に、そして僕のせいで誰かが犯罪者になる。
     そう考えると吐き気がした。

     親に迷惑をかけるのには気が引けたけど、僕が部屋から出れば、より多くの人が犠牲になってしまう。

     殺人なんて、懲り懲りだ。
     もうこれ以上、死体を見たくない。

     ――引きこもりを始めて、三ヶ月が過ぎた。
     こんな生活にもようやく慣れが出始めた、朝。家の中を、とてつもない悲鳴が貫いた。
     この声は、妹だ。
     まさか……まさか、また誰かが殺されたのか?

     僕は恐る恐る部屋を出た。
     家族に何かがあったのなら、知らぬふりを決め込む訳にもいくまい。

     ギュッと目を瞑ってから、僕は廊下の突き当たりにある妹の部屋のドアノブを握り、そのまま勢い良く開け放った。

     ベッドには妹が寝ていた。
     その脇腹と口から鮮血が溢れている。どうやら、さっきの悲鳴は断末魔だったようだ。

    「あ……」

     事件だ。三ヶ月ぶりの、事件。

     その犯人は、もう一目瞭然だった。
     妹の死体の横に、包丁を持って佇む後ろ姿があったからだ。

    「……か、母さん…………?」

     僕が部屋に閉じ籠らなければ、この殺人事件を未然に防げただろうか。
     それなら。それなら――僕は、どうすれば良かったんだ。

     部屋から出れば人が死ぬ。
     かと言って、部屋から出なくても人が死んだ。

     八方塞がりのこの謎を解き明かせる名探偵は、居ない。
  • 47 マラカス日和 id:i-hH3BwPc.

    2012-05-24(木) 18:14:21 [削除依頼]
    四十七話。救助訓練。


     人命救助の訓練を受けている山田は、その日、実践練習としてビルの屋上にいた。
     今回の課題は、投身自.殺を止めること。今、目の前で屋上から身を投げようとしている人間を止めること。

    「よし、今から俺を止めてみろ!」

     教官は凛とした声を山田に向けると、屋上の端に立って、フェンスから身を乗り出した。

    「自.殺を止めれば良いのですね。解りました」

     面白くなさそうな顔のまま山田は頷くと、フェンスにしがみついている教官に近付く。
     そして、両手で教官を突き飛ばした。

    「ちょ、おま……」

     教官はビルから転落し、コンクリートの地面に叩きつけられ、瞬く間に頭が潰れた。
     山田はそれを確認すると、小さく笑って、呟いた。

    「僕が殺せば、自.殺じゃないですよね」
  • 48 マラカス日和 id:i-hH3BwPc.

    2012-05-24(木) 18:15:02 [削除依頼]
    四十八話。クリーチャー。


     僕らの世界は得体の知れない生物に支配されていた。地球に住む生物の形をしていないそいつらは、僕らの世界を侵略しに来たエイリアンか、クリーチャーか。
     とにかく僕の胸中を脅かすその不安は、そう遠くない未来で、現実となった。
     高い高い知能を持つそいつらは僕らをまるでゴミの様に見下し、体のよいストレスのはけ口に使用した。

     そして僕らの文明は滅んだ。
     世界は突然やってきた化け物に支配され、僕らはこの星から姿を消した。

     数億年か、数兆年か、とりあえず気が遠くなるような年月を経て、僕らを滅ぼした生物はこう呼ばれる。


     人間。
  • 49 マラカス日和 id:i-hH3BwPc.

    2012-05-24(木) 18:19:02 [削除依頼]
    四十九話。ガス。


     ああ、車のエンジンが心地よい。眠たく、なってきた。
     やっとだ。やっと。さよなら出来る。
  • 50 マラカス日和 id:i-hH3BwPc.

    2012-05-24(木) 18:21:50 [削除依頼]
    五十話。追跡者。前編。


    「助けて! お願い、助けて!」

     嫌に悲痛な声が、夜の街に響き渡った。
     その甲高い声を聞いて、僕――ジャック=ウォークは、走るスペースを更に引き上げた。
     辺りを暗闇が覆う、午前二時。僕はレンガ造りの民家の上を、跳ねる様に走り続ける。止まることは出来ない。
     何故なら目の前を走る男が、この『ピレーノ王国』の姫であるユナ=ピレーノを抱えているからである。
     何としても、ユナ姫を取り戻さなければならない。
     マントをなびかせ、分厚い仮面を被った不気味な男は、姫を抱えていない余った方の手を使い、走りながらも僕にナイフを投げてくる。
     僕は屋根の上を飛び跳ねてその凶器をかわすと、大きな声で叫んだ。
    「おい貴様! ユナ姫をどうするつもりだ!」

     薄ら寒い気温の中に、僕の怒号が響き渡る。しかし、仮面の男は何も答えない。

    「お願いよ! 助けてぇ!」

     訴えかけるように、ユナ姫は僕以上の大きな声を上げた。
     仮面の男が再びナイフを投げてくる。暗闇の中でナイフを見切るのは至難の技だが、僕はギリギリでそれらを避けきった。
     追跡劇は続く。
     僕と仮面の男との距離は十五メートルくらいで、走る速さはほぼ互角だ。
     しかし、さっきから投げつけられるナイフのせいで、仮面の男との距離はグングンと広がって行く。山の上から追いかけっこをしているのだ。どうやら、体力では奴の方が上手らしい。

    「くそ! 僕じゃ、姫を救えないのか……?」

     ――二年前、僕はこのピレーノ国に来て始めて地球上の女の人に恋をした。
     ピレーノ国の姫、ユナ=ピレーノ。
     長い金髪に、大人びた顔立ち。加えて、他者を思いやる気持ちに満ち溢れた、とても素敵な女性だった。
     一方、僕の身分は、ただの傭兵。体を鍛えて、国に尽くす事しかしなかった、ただの傭兵だ。
     突然現れた僕が、彼女に気持ちを伝えても、相手にもされないだろう。僕はそう思っていた。

    「いつも、私たちの為に体を張ってくださって、ありがとうございます」

     しかし、三日前のその日、彼女は僕にそう言ってくれた。一傭兵でしかない僕を、彼女は労り、労い、そして優しい笑顔で接してくれたのだ。
     僕はその瞬間、彼女を本気で愛してしまった。命を捧げても、良いと思ったのだ。
     なのに、なのに。今日、いきなり現れた仮面の男が、ユナ姫を誘拐しようとしている――

    「ユナ姫、僕が、助けてみせます!」

     暗闇の中で、僕は思いっきり叫んだ。喉の奥から、腹の底から叫んだ。
     ああ、そうだ。こんな場所で諦める訳にはいかない。
     彼女に愛されなくてもいい。彼女が健康なら、それでいい。僕が守るんだ。僕が!
  • 51 マラカス日和 id:i-hH3BwPc.

    2012-05-24(木) 18:22:30 [削除依頼]
    五十話。追跡者。後編。


    「うおおおおおおッ!」
     僕は疲れきった足を叱咤しながら、全力で走った。屋根の上を飛び回りながら、目の前の男を追跡する。ナイフを投げられたら、弾き飛ばせばいい。 スピードを落とさずに、走り続けるのだ!

     そして僕は追い付いた。追い詰めた。
     仮面の男を、路地裏の行き止まりまで、追い詰めた。

    「姫、お怪我はありませんか?」

     ユナ姫はピンピンしている。どうやら無事なようだ。僕は胸を撫で下ろした。

    「早く助けて……!」

     姫の言葉に、僕は腰にかけた剣を抜き、仮面の男に刃を向けた。

    「もう逃げ場はない! 早く姫を離すんだ!」

     仮面の男は何も答えない。
     こいつは一体、何者なんだ?
     僕が考えを張り巡らせている間に、仮面の男はナイフを構えた。どうやら闘いたいらしい。
     男は姫を突き放すと、僕に向かって突進してきた。
     しかし、勝負にならない。ナイフとソードでは、間合いが違う。
     あっという間に刃が仮面の男を貫いた。男が倒れると、仮面が外れる。
     真っ白な髪をした、若い男だ。

    「姫、もう大丈夫です」

     右手を背中に回して座り込んでいる姫に、僕は手を差しのべた。姫の目には怯えが浮かんでいる。まだ恐怖が抜け切らないのか。そう思って、僕は姫を安心させる言葉を考えた。

     しかし、その瞬間だ。

     ――僕の首筋に、ナイフが突き立った。

    「っ!」

     バカな! 仮面の男は、息の根を止めたはず――と、思ったが、それは誤解に終わった。
     何故なら、僕の喉を切り裂いたのは――――他ならぬユナ姫だったのだから。
     ユナ姫は肩を上下させて、荒い呼吸を繰り返している。

    「こ、この変態!」

     ユナ姫の言葉に、僕は愕然とした。
     変態? 何を言っているんですか? 僕が、変態?
     突然の出来事に、僕は声すら上げられない。
     その隙にユナ姫は立ち上がり、仮面の男へと近寄った。

    「ねえ、コレット! 目を開けてよ!」

     ユナ姫は、仮面の男の死体を揺さぶる。あの男はコレットというのか。

    「あなた、よくもコレットを……!」

     ユナ姫の可愛らしい視線が僕に向けられる。怒っていても綺麗だ。
     しかし、その姫の目を見た途端に、僕は頭の中で全てを受け入れた。

     ――ああ、そうだ。そうさ。解っていたよ。全部、全部。気づかない振りをしていただけなんだ。
     三日前のあの日。僕に微笑んでくれた姫を見て、僕は我慢が出来なくなった。城から姫を連れ去ってしまった。子供の頃から傭兵をやっていた僕を止められる人間は、この城には居なかったんだ。
     三日間、僕は山小屋でユナ姫と身を隠しながら楽しい一時を過ごしていた。ユナ姫は嫌がって抵抗していたけど、恥ずかしがっているんだと思っていた。
     なのに、さっき、いきなり仮面の男が現れた。奴は僕が寝ている隙にユナ姫を奪い去ってしまった。
     それに気付いた僕は慌てて仮面の男を追跡し始めたのだ。ああ、解っていたよ。解っていた。僕はユナ姫を守ってなんかいない。
     姫が叫んでいた「助けて」 は、僕ではなく、仮面の男に言っていたんだろう? ああ、解っていたよ。解っていた。
    「コレット………ごめんなさい、私が弱いばかりに……」
     姫が仮面の男にすがって涙を流している。二人はどういう関係だったんだろうか。仮面の男は、姫が誘拐された後、必死で僕を探したんだろうか。そして、命懸けで姫を取り返したんだろうか。

     僕は姫に何かを言おうとしたけど、喉が切られていて喋れなかった。

     僕だって、命懸けで姫を城から連れ出したんだ。二人っきりになりたい一心で、頑張ったんだ。それなのに、こんなの……。こんなの、あんまりだよ。あんまりだ。

     僕の脳みそから意識が抜けていく。駄目だ、死ぬ。
     僕は地面に倒れる。血は止まらない。
     ユナ姫を見た。まだコレットに涙を落としている。
     ああ、最後の最後まで、僕を見てもくれないのか。ちくしょう。


     ――さようなら。僕の愛した、お姫様。
  • 52 マラカス日和 id:i-hH3BwPc.

    2012-05-24(木) 18:25:53 [削除依頼]
    零話。最後のページ。


     僕は本を閉じた。
     奇妙な短編集だった。くだらない話が多かった。重たい話も多かった。
     僕が本に視線を落とすと、その本の裏表紙に、こう綴られていた。


    『これらの物語はフィクションです。実在の事件・人物・団体等とは一切関係ありません。――しかし、この物語を「ただの作り話だ」と笑い飛ばすか否かは、あなたにお任せ致します』


     と。
  • 53 マラカス日和 id:i-hH3BwPc.

    2012-05-24(木) 18:27:48 [削除依頼]
    おしまい。
    マラカス日和の短編集完全版でした。
コメントを投稿する
名前必須

投稿内容必須

残り文字

投稿前の確認事項
  • 掲示板ガイドを守っていますか?
  • 個人特定できるような内容ではありませんか?
  • 他人を不快にさせる内容ではありませんか?

このスレッドの更新通知を受け取ろう!

ログインしてお気に入りに登録すると、
このスレッドの更新通知が受け取れます。

最近作られた掲示板

お気に入り更新履歴設定

お気に入りはありません

閲覧履歴

  • 最近見たスレッドはありません

キャスフィへのご意見・ご感想

貴重なご意見
ありがとうございました!

今後ともキャスフィを
よろしくお願い申し上げます。

※こちらから削除依頼は受け付けておりません。ご了承ください。もし依頼された場合、こちらからの削除対応はいたしかねます。
※また大変恐縮ではございますが、個々のご意見にお返事できないことを予めご了承ください。

ログイン

会員登録するとお気に入りに登録したスレッドの更新通知をメールで受け取ることができます。

お気に入り更新履歴設定

お気に入りはありません
閲覧履歴
  • 最近見たスレッドはありません