Prayer Forest.147コメント

1 桐生遙 id:rAKQIIx/

2012-04-03(火) 16:11:25 [削除依頼]
   全ては、あの銀髪の天使のために。    ――  天を突き刺すかのような勢いで生い茂る木々。途切れることを知らぬような草々。辺境にある、とある村に寄り添うようにその存在感を示しているのは、生命の源、森である。それはまるで神の領域のような――そんな神秘さを兼ね備えていた。  しかし広大な森の中央には、一部だけ木々が日光の侵入を許している場所があった。そこにぽつんと存在するのは、その太陽の光を避けるように設置された、一つの古い墓。  長い長い銀色の髪を靡かせ、少女は十字架に腰掛ける。彼女に手向けられているのは、美しい花ではなく、錆びた鎖。  その十字架に装飾は無い。あるのはただ、不自然なほど丁寧に刻まれた文字だけ。 『森の神々が祭る 聖なる地にて 穢れた白き悪魔 ここに眠る』 >>2 ご挨拶
  • 128 桐生遙 id:aPt8BtF/

    2012-08-24(金) 08:46:21 [削除依頼]

     その頃。村の内部では、一つの大きな――しかし至って単純な――問題が発生していました。今年は珍しく冬が長引き、そのため作物が満足に実らなかったのです。村人の食事は全て内部で補っているこの村では、命に関わるような危機でした。
     村の人々は焦り始めます。このままではどうしよう、餓死してしまう――次第に焦りは人間の醜い部分を明るみに引出し、村人たちは食料を巡って争い始めました。村の有力者は金の力で農民から野菜を奪い取り、農民たちは団結し食料のありそうな家を手当たり次第に荒らします。段々と村は見るも無残な光景になり、そしてとうとう食料が尽きてしまいました。
     村人たちは、自分たちの胃が縮む音で我に返ります。村の中を見回すと、家は荒れ果て、寝床すら確保できないような状況でした。村人たちの目は目の前にある死を捉え、ひどく澱んでいます。そんな生気すら感じられないような村に、一人の老婆がやってきました。顔には皺が寄り、目は窪んでいます。
  • 129 桐生遙 id:aPt8BtF/

    2012-08-24(金) 18:47:11 [削除依頼]
     老婆というより魔女のようなその放浪人は、痩せこけた村人たちに言いました。

    『この村は呪われておる。早く呪いを解かないと、村人全員がのたれ死ぬじゃろう』

     死。子供を含む村人全員が心の底では覚悟していたことでしたが、改めて口にされると、その一文字は彼らを底知れない恐怖へ導きました。手足がまるで棒のような子供たちは、最期の力を振り絞るように涙を流し、その親は肉が削げ落ちた手で子供を慰めます。
     村人の一人が――かつて村長と呼ばれた男が――その老婆に問いました。どうしたら村を救えるのか、と。老婆はしわがれた声で答えました。

    『村の中にいる、白髪の――白髪の悪魔を、あの大きな森へ生贄に捧げるのじゃ。この飢饉の原因は、奴に違いない』

     村人たちの頭の中に浮かんだのは、紛れもなく、少女のことでした。老婆に問うた男は自分の身の回りにいる男に、指示を出します。

     ――あの悪魔を、森の中央で十字架にかけろ。

     男たちは無言で頷き、彼女が閉じ込められている牢屋にも等しい家へと入っていきました。
  • 130 桐生遙 id:5AIlkLa/

    2012-08-26(日) 14:11:41 [削除依頼]

     少女が過ごしていた家は辛くも村人たちの襲撃を逃れていましたが、古く今にも壊れそうなのは他の家と変わりませんでした。彼女はその部屋の端っこで、ぐったりと倒れていました。男の一人が少女の骨のような手首に手を当て、脈を測ります。微かでしたが、少女の手首から一定のリズムが零れました。
     男たちは彼女の鎖を外し、新しい鎖を彼女の骨ばった体に巻きつけます。酷く澱んだ瞳の少女は、まるでそれが運命というように、ただただ受け入れていました。
     村人たちは彼女を担ぎ、飢えた人々の間を抜けていきます。限界まで痩せ細り、死ぬ寸前な彼女を迎えたのは、やはり数々の暴言でした。しかし、もう彼女の耳にはそれらは届きません。それが幸せなことなのか、不幸なことなのか――少女には、それすら考えるような力は残っていませんでした。
  • 131 採火 id:lJP6jOl/

    2012-08-26(日) 14:45:14 [削除依頼]
    遙さん、お久しぶりです!
    とある評価屋さんでお見かけして、思わず来てしまいました(笑
    サシャとイグナーツのコンビが可愛いすぎて悶えました←
    なんなの、あの子たち持ち帰りt((
    遙さんの物語はいつも都会的というか、街並みの描写が綺麗だなと思いながら見ていたので少し新鮮な感じで見てます。

    また伺います!
    それでは、応援してますね(*´▽`*)
    失礼しました!
  • 132 くさったドリアン id:mDbeygY.

    2012-08-26(日) 14:54:20 [削除依頼]
    遥さん、はじめまして。
    こんなに上手い人、私は初めて見ました。
    また読みに来ます。
  • 133 桐生遙 id:cQ7ylZK1

    2012-08-27(月) 18:05:27 [削除依頼]
    >>131 お久しぶりです採火さん! 私も悶えながら書いておりますw いっそのこと全員お持ち帰りで(( そうですね、キャスで書いてきたのは都会系ばかりでした。きっと田舎者の憧れが強く出たんでしょうね← こんなところで宜しいのならいつでも遊びに来てください! コメントどうもありがとうございました。 >>132 こちらこそ初めまして、桐生遙と申します。 いえいえ、私より上手い方はたくさんいらっしゃいますよ^^ 是非またいらしてください、ありがとうございました!
  • 134 桐生遙 id:DMBLsfD.

    2012-08-28(火) 20:48:13 [削除依頼]
     彼女を連れた集団は、やがて広大な森の中を進んでいきます。森の奥へ進んでいくにつれて、かつて、彼女が幸せだったころ彼と過ごした風景がぽつぽつと蘇ってきました。あそこでいつも走って彼を困らせたな、あそこでよく水を飲んだな――ああ、あそこで彼は死んだんだな。少女の胸に思い出という温かい光が灯るのと同時に、真っ黒な靄が広がっていきます。
     彼女を背負った男たちが足を止めたのは、森に入ってからずいぶん経ち、日が傾きかけてきた頃でした。少女はふと空を見上げます。そこには深い針葉樹ではなく、美しい夕焼け空が覗いていました。多くの時間を彼と一緒に森で過ごした彼女でしたが、こんな場所に来たのは初めてのことでした。
     男たちはその場所の中央に十字架を立てます。そこへ少女を鎖と共に縛り付け、村人の一人が十字架に文字を彫りはじめました。彼の腕は恐怖で震えているようでしたが、その文字は不自然なほどに端正でした。

     『森の神々が祭る 聖なる地にて 穢れた白き悪魔 ここに眠る』――。

     村人たちはその一通りの作業を終えると、くるりと踵を返し去っていきました。
     少女はゆっくりと黒く吸い込まれそうな瞳を閉じました。その身を、森に預けるように。
  • 135 桐生遙 id:EFvZOS5/

    2012-08-30(木) 09:14:35 [削除依頼]


    「――な、何だこれ……!」

     ドミニクから渡された手記を読み終えたイグナーツは、目を見開いて呟いた。額からは冷や汗が流れおち、彼の蒼白な頬を伝っていく。やっとのことで手記を閉じたイグナーツの角ばった指は、小刻みに震えていた。
     ドミニクはそんな姿の彼を目に入れるのさえも辛いというように、そっぽを向きながらイグナーツに告げる。

    「……今まで隠していて、本当にすまなかった。だが、それは紛れもない真実なんだよ」

     未だその真実を受け入れていないイグナーツは、ドミニクに何故、と小さく問う。かつての師匠は短く、あっさりと答えを示した。

    「それを書いた奴は――イグナーツ・ベネシュは――俺の父親だからだよ」

     その答えを聞いた途端、彼の心に重いものがのしかかった。真実を受け入れねばならない状況なのに、イグナーツの頭はひたすらそれを拒むのだ。
  • 136 桐生遙 id:HRRFApY.

    2012-09-02(日) 12:33:35 [削除依頼]
     これが真実だとしたら――サシャに何と言えば良い? 俺はどうすればいい?
     胸の中の黒い何かがぐるぐると渦巻く中、家の扉が音を立てて急に開いた。ドミニクは一瞬にして顔を強張らせ、扉の方に「誰だッ!?」と神経を張る。扉を開けた主は静かに答えた。

    「ミラダ。ミラダ・ツィブルカ。村長の一人娘」

     普通ならここで何だ、と気が抜ける所であったが、今回はそうはいかなかった。未だ真実と向き合えないイグナーツを残し、ドミニクは顔なじみの少女の元へ行く。雨の中を長い間走っていたようで、髪の先から全てびしょびしょに濡れていた。

    「お、お前、どうしたんだよ、こんな雨の中。年頃の女がすることじゃねぇだろうに」

     ドミニクが少しばかり狼狽しながらタオルを渡すと、ミラダは今までにないくらい眉間に皺を寄せ目を三角にし、青白くなった肌を真っ赤に高揚させた。
  • 137 桐生遙 id:rL6nZn5/

    2012-09-06(木) 13:54:29 [削除依頼]
    「あたしじゃなかったら、誰にやれっていうのよ!! 体の弱いお母さん? それともうなるほど熱を出してるお父さんかしら!? そんな同情これっぽっちも欲しくないの、分かるっ!?」

     息を荒くして彼女はまくしたてた。その迫力に、ドミニクは謝りざるを得ない。すまん、と小さく返すと、ミラダも小さく頷いた。
     ミラダは彼に貰ったタオルで顔を拭う。ドミニクはそれを待ってから、彼女にここへ来た目的を訪ねた。「――で、どうしたんだ」
    「心して聞いて頂戴ね」ミラダは息を整えてから、淡々と語り始めた。
    「隣のフメル村が、アルツィバ―軍に攻め落とされたわ。あと少しもしないうちに、この村へやってくることは確実。中央が白旗を上げればそこで終わるけど、あっちはあっちで混乱しているでしょうから、その確率は殆ど無いと考えて」
     ドミニクの普段は力強くしっかりとした瞳が、揺らいだ。
  • 138 桐生遙 id:Xvfic4A/

    2012-09-16(日) 13:06:30 [削除依頼]
    「今、私たちにできることは一つ。この村を――国の資源の源であるあの森を、守ることよ。いいわね、ドミニクおじさん」

     自分よりも一回り以上年下の娘が、こうして腹を括って目の前に立っている。その事実がドミニクにも腹を括らせたようで、彼は力強くおう、と言葉を返した。ミラダは彼の言葉をしっかりと胸に受け止めた。

    「それじゃあ私、イグナーツにも伝えなきゃ。じゃあ」

     腰を上げたミラダを、とある声が引き留めた。

    「待って、ミラダ。……俺は、ここにいる」
    「何だ、いたの。それなら話は全部聞いたわよ、ね――」

     くるりと振り返ったミラダは、そのまま体勢を崩し倒れこんでしまった。慌ててドミニクが支え、彼女の額に手を当てる。
  • 139 くさったドリアン id:DTqsS6Z0

    2012-09-17(月) 12:12:28 [削除依頼]
    熱ですか……
  • 140 桐生遙 id:6UkHfQT1

    2012-09-17(月) 12:33:11 [削除依頼]
    >>139 訪問ありがとうございます。 そうですねー
  • 141 桐生遙 id:1OGOO4O/

    2012-09-21(金) 19:21:30 [削除依頼]
    「こりゃあ熱だな。イグナーツ、ミラダちゃんをベッドに寝かしてやれ」

     ドミニクはそう言い、彼にミラダを預けた。イグナーツは火照る彼女を抱きかかえながらも、慌ててどこ行くんだよ、とドミニクに問う。

    「久しぶりに、狩りしてくんよ。お.前らはそこでおとなしく待ってな」

     今ここで言う狩りの獲物とは――勿論、アルツィバ―帝国の兵士である。イグナーツの頬から更に血の気が失せた。

    「か、狩りって……! それじゃあ俺が行くよ、ドミニクがミラダを看てあげてて」

     イグナーツは玄関の近くに置いていた弓を掴もうと手を伸ばす。しかし、ドミニクがその手を払いのけた。
  • 142 桐生遙 id:1OGOO4O/

    2012-09-21(金) 20:22:49 [削除依頼]
    「何するんだよドミニクッ!!」

     彼は怒りと歯がゆさを噛みしめながらドミニクを睨み付ける。が、その瞬間イグナーツの表情が固まった。ドミニクの凄まじいまでもの気迫に押されたのである。
     ドミニクはその迫力を保ったまま、静かに彼を諭した。

    「――待ってろ。いいな」

     そう言い残したドミニクはすっと立ち上がり、棚から弓を取出し背負った。
     待てよ。喉まで出かかった言葉が、イグナーツの口の中に苦く広がった。
  • 143 桐生遙 id:sGxP3fG/

    2012-09-23(日) 11:21:14 [削除依頼]
     ドミニクが村の最西端まで行くと、そこには既に大勢の男たちがいた。皆それぞれに武器になりそうなものを持ち、雨に濡れる西の地平線をじっと見つめている。

    「よう、ドミニクじゃないか」

     不意にかけられた言葉を理解するのに、彼は少しばかり時間を要した。かつての狩人仲間の一人であった。気さくに話しかけてくるその人柄は、こんな状況でも全く変わってはいない。ドミニクがおう、と短く返事すると、男は哀愁さを孕んだ笑みでそれを受け止めた。

    「……いつもだったら、気軽に冗談も言えるんだがなぁ」

     男は西の空を見上げ、申し訳なさそうに言う。それもそうだった。コルネリウス国王は代々穏健派で、他国とのもめごとなど、ここ百年ほど無かったのだ。隠居するような年齢になっても、戦争は初めての体験なのである。ふと視線を下に落とすと、男の――ここに集まっている男全員の拳が震えていた。
  • 144 桐生遙 id:YQBwDql/

    2013-02-15(金) 17:32:03 [削除依頼]
    お久しぶりです桐生です、受験にひと段落ついたので浮上してみました((
    どうやらデータが吹っ飛んでしまったみたいですねー。仕方がないのでこれからちまちま載せていきたいと思います。
    皆さんから頂いた温かいコメントが無くなってしまったことが残念です。またどうぞよろしくお願いいたします。
  • 145 桐生遙 id:YQBwDql/

    2013-02-15(金) 17:34:58 [削除依頼]
     すると突然、地鳴りのような大きな音が彼らの鼓膜を刺激した。誰かが「雷だ!」と声を上げる。その音は確かに雷だったが、同時に敵の襲来の合図でもあった。雨で視界がかすむその先に、甲冑を身に着けた騎兵隊が姿を現したのである。その場の雰囲気が一瞬にして引き締まった。
     騎兵隊は凄まじい勢いでこちらへ向かってくる。ドミニクは人ごみをかき分け、とっさに一番前へ出た。そして鍛え上げられた褐色の腕で、弓を引き絞り、放つ。その矢は騎兵隊を上回る速さで飛んでいき、やがて敵陣から小さな悲鳴が聞こえた。命中したらしい。
     長年狩人を続けてきて何匹ものの動物を殺してきたドミニクだったが、人に向けて矢を放ったのは初めてだった。胸にこみ上げる罪悪感と喉をせり上がるすっぱいものを堪え、再度矢を構える。
     そんなドミニクの背中に男たちは何かを感じ取ったのか、遠距離用の武器を持った男たちは彼に続いて攻撃を開始した。相手も黙っているはずはなく、より飛距離のある最新鋭の弓矢や、まだ数は少ないが銃で対抗してくる。息をする間もなく迎撃する者、人殺しの感覚に慣れず蹲る者、はたまた敵の追撃の餌食になる者――かつてのどかだった村はたちまち混乱し、敵軍との戦いは接近戦に持ち込まれた。

    「くっそ、まずいなこりゃあ……!」

     ドミニクは動ける遠距離組と一緒に物影へ身を隠した。接近戦となると弓矢などの武器は殆どの長所を失う。仲間を撃ってしまう危険性はあるが、物陰から敵を確実に狙うという作戦だ。
     彼は敵兵に見つかってしまう前になるべく多くの敵を討ち取ろうと思い、できる限りの速さで矢を射った。敵のものであると願いたい多くのうめき声が耳を掠める中、ドミニクはまた別の物影へと仲間を連れて行く。
     村人たちも確実に応戦していた。けれど、こちらは一介の村人なのに対し、あちら側は世界トップレベルの国の軍隊である。武器の性能の良さは勿論のこと、個人個人の戦闘能力や体力の差は歴然であった。

    「くっそ……ッ!!」
  • 146 桐生遙 id:YQBwDql/

    2013-02-15(金) 17:36:21 [削除依頼]
     戦線が段々と後退していくのを感じたドミニクは苦しい表情になった。このままでは村人の住む家にまで影響が及び、身を潜めている女子供までもが犠牲になりかねない。どうにかして別の方向に逸らさなければ――そうドミニクが思考を巡らせた時だった。

    「――……!」

     何かが体を貫いた。


     ドミニクが去ってから数十分。泥だらけの地面を駆け巡る足音、途切れない銃声、重なる悲鳴――。戦火が確実にこの村を侵し続けているのは、家屋の中で身を潜めるイグナーツにもよくわかった。
     高熱を出し寝込んでいるミラダは未だ起きる気配を見せない。普段ならばすぐに医者に診せに行くところだが、今の状況では診せに行く医者の命すら危ぶまれている。彼女の額に流れる汗をそっと拭い、彼はつきっきりでミラダの看病をしていた。
     何か彼女の体を冷やすものは無いかと立ち上がった時、彼の視界がぐにゃりと形を歪ませた。イグナーツはうっと小さな悲鳴を上げながらも、体勢を立て直す。しかし、手に持っていたタオルと桶を落としてしまった。桶の中に入っていた水が音を立てて豪快に零れる。
     ドミニクに窘められミラダの世話を引き受けたイグナーツであったが、その心境はとても複雑なものだった。今すぐにでもドミニクの加勢に行きたい、けれどミラダの体調も心配だ――ぐちゃぐちゃになった彼の心の中は、やがて黒色へ近づく。
     イグナーツが零してしまった水をふき取ろうと、もう一枚のタオルを取りに行こうとした時。彼の鼓膜を何かが微かに刺激した。

    「――っ、――なのに……!」

     小刻みに震えたその声は、ミラダのものだった。

    「何で……何でこんな大事な時に役に立てないの……? 私は村長の娘なのに、みんなの役に立たなくちゃいけないのに……っ!」

     必死に嗚咽を堪えた彼女の言葉は留まるところを知らない。次々に溢れ出す自責の念は、まるでミラダを呪う鎖のようだった。
     おいミラダ、とイグナーツは彼女に手を伸ばす。しかしミラダはその手を振り払った。

    「今すぐ家に帰って……お父さんの、看病、しなくちゃ……」

     ミラダは重たい体に鞭を打ってよろめきながらも立ち上がる。その瞳には、何とも言い難い強さが宿っていた。
     彼女はそのまま玄関へ向かおうとする。イグナーツはさっきよりも力を込めてミラダの手を取った。

    「待てミラダ。今ここで行っても熱が酷くなるだけだ」

     ミラダは必死に抵抗する。が、体力がいつもの半分以下になっている彼女に、イグナーツの腕力を振り切る術は無い。
  • 147 桐生遙 id:kihjBAx0

    2013-02-17(日) 18:40:41 [削除依頼]
    「はっ……離して、よ!」
    「駄目だ! ここで帰ってもウルシュラさんの迷惑になるだけだろ!!」
    「っ……!」

     彼の一言で、ミラダの顔つきが変わった。「人の迷惑になる」――それが、ミラダが一番嫌い、恐れていることだった。直接口にされたことは無かったが、十年以上も共に過ごしている彼には分る。ここでそれを言ってしまうのは卑怯だが、今の彼女を止めるのにはこれしかない。

    「分かったな? じゃあ、おとなしく寝てるんだ」

     正直、イグナーツにもミラダの気持ちは痛いほど察せられた。イグナーツがドミニクのところへ駆けつけたいのと同じで、ミラダも家族の元で役に立とうとしているのである。一分一秒でも無駄にできないという焦りは、二人の胸をひたすら渦巻く。
     ミラダは今出せる精一杯の力で彼の手を払った。そして何も言わぬまま布団にもぐりこむ。その背中は熱で弱っているにも関わらず、強い何かを感じさせた。

    「……イグナーツ」

     イグナーツに背を向けたまま、ミラダは彼の名を呼んだ。何、と彼は少しばかりそっけない返事をする。

    「ドミニクさんの所に行きたいんでしょう。あたしなら大丈夫だから」

     その言葉に、彼はびくんと肩を震わせた。ミラダはそのまま続ける。

    「そのくらい分かるわ。何年一緒にいると思ってるの」
    「――駄目だよ、ミラダ」

     説得力の無い言葉が、はらりと零れ落ちた。「駄目だ、そんなの。……そんなの、ドミニクとの約束を破ることになる」
     見かけだけの――空っぽな理由で、イグナーツは結論づけようとする。しかし本心は、年下の幼馴染が言った通りだった。
     すると、ミラダが情けないわね、と微かな声で呟いた。その次の瞬間、彼の視界がぐにゃんとぶれた。ふくらはぎを襲う熱を持った痛みで、ミラダが自分を蹴り飛ばしたことが即座に理解できた。
     ちょっと何するんだ、と彼が言葉にする前に、ミラダが上体を起こして、いつものように自信に満ち溢れた表情で笑った。

    「イグナーツがあたしの心配するなんて、百万年早いのよ! あたしは一人でも大丈夫だから、さっさと行きなさい。何にびくびく怯えてんのよ、それでも男なの!?」

     ミラダの力強い発破に、イグナーツは頷いた。

    「すぐに……すぐに、戻ってくるから!」

     イグナーツは弓を手に取り、戦場へと駆けて行った。
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