雨上がり、紅茶の香りに誘われて10コメント

1 通行人 id:FCTV1Zm0

2012-03-29(木) 21:45:29 [削除依頼]

本日、雨のち晴れ。
溜まっていた仕事も一段落し、彼は大きく延びをした。
喉が乾いていることに気づいた彼は、何の気なしに紅茶を入れると、窓を開け風に当たった。
紅茶の香りを楽しみながら、彼は空を見上げた。
青い絵の具で塗り潰したように、色鮮やかな空が目に眩しい。
ついさっき止んだばかりの雨が、至るところに水溜まりを作っていた。

「そろそろ、来る頃かな」

不意に思い出したように呟く。そうだ、彼の分のお茶も用意しておかなくてはいけないな。
そんなことを思いながら、ティーカップをひとつ棚からとりだし、紅茶を入れると、タイミングを見計らったかのように、扉が三回ノックされた。

思わず顔を綻ばせながら、彼、天宮樹は扉の向こうに立つ約束の相手に声をかけた。

「開いているよ、入っておいで」
  • 2 通行人 id:FCTV1Zm0

    2012-03-29(木) 21:59:24 [削除依頼]
    一章

    心が落ち着くような甘い香りが不意に鼻を掠めた。
    香りのもとに辿り着くのに、そう時間はかからなかった。
    なぜなら、最初からここを目指していたから。
    香りのもとであるこの部屋の前に立ち、ノックを三回する。

    「開いているよ、入っておいで」

    聞きなれたその声が扉の向こうから聞こえると、彼女、我妻鈴花は失礼しますと言ってから部屋に入っていった。
    途端、優しい温かさに包まれた。

    「やっぱりここは落ち着きますね」
    「仕事お疲れさま。まあすわったら?」

    部屋の主に微笑みながら、鈴花は言った。
    部屋の主こと天宮樹は、鈴花に労いの言葉をかけながら、鈴花の分のカップを手渡した。
  • 3 通行人 id:1Cf/JUb1

    2012-03-30(金) 11:07:15 [削除依頼]

    「ありがとうございます」

    カップを受け取ると、鈴花は近くにあったソファに腰掛けた。
    天宮は鈴花の向かいにあるソファに腰掛けると、紅茶で喉を潤した。
    鈴花も嬉しそうに足を揺らしながらカップに口をつける。
    嬉しいとき、それが座っているときに起きていたら、知らないうちに足を揺らしてしまうのは幼い頃からの鈴花の癖だ。子供みたいだから癖がでないように気を付けているつもりだが、何故か直らないのが癖というものだ。

    「いつも思ってるんですけど、天宮さんの入れる紅茶って美味しいですよね」

    前々から感じていた所存を、鈴花は述べた。
    甘すぎないが、何故か甘い。しつこすぎない天宮特性の紅茶は、鈴花のお気に入りだった。

    「それはどうも。砂糖は要るかい?」

    彼が入れる紅茶は、砂糖を入れなくても甘かった。飲んだ直後に、ほんのりとした甘味が口に広がる感覚は、鈴花は彼が入れた紅茶を飲んではじめて実感した。
    ノーマルの状態で甘味があれば、鈴花は砂糖など要らなかった。
    珈琲を飲むときはほぼブラックである彼女が、ただでさえ甘い紅茶に砂糖を追加する筈がない。
    ここに通いはじめて変化したことのひとつは、彼女が以前に比べて甘党になったことだ。

    「いえ、あまり甘いのは好みでないので」
    「ふむ、何故か君と私の味覚は正反対のようだな」

    そんなことを言いながら、先程から機械のように同じ作業を繰り返す天宮。その手には金色のスプーン。シュガーポットから角砂糖を取り出してはカップに入れる、そんな作業を数回繰り返し、天宮は手を止めた。
  • 4 通行人 id:1Cf/JUb1

    2012-03-30(金) 11:52:32 [削除依頼]

    カップに口をつけ一口飲むと、天宮は小さく頷いた。──納得のいく味になったのだろう。
    天宮は極度の甘党だった。
    珈琲は飲まないし(飲めたとしても、それは珈琲として成り立つのかと周りに突っ込まれるほどに甘くなった珈琲しか飲めない)あろうことか緑茶も飲めない。
    珈琲は置いといて、緑茶が飲めないと言われ、鈴花は思わず天宮に「日本人ですか」と本気で質問したのは、まだ記憶に新しく、つい先日のことだ。

    「糖尿病とか気にしないんですか」

    呆れたように鈴花は言った。
    天宮は驚いたような顔をすると、直ぐにいつもの表情に戻し口元を隠した。
    口元を隠すのは彼が笑うときの癖だ。
    そんなことに気づいたのも、つい先日のことだった。
  • 5 通行人 id:a0KtI/B.

    2012-03-30(金) 13:38:51 [削除依頼]

    「糖尿病か、確かにそれは心配だな。まあ医者である身の私が、糖尿病なんかにかかってるんじゃ面目丸潰れなのだがな」

    どうして自身をもってそんなことを言えるのか、鈴花は困ったような顔をしながら、カップを傾けて喉を潤す。

    「そういえば、医者狩りの方はどうなんだい?」

    不意に天宮は話を変えた。
    鈴花はカップを目の前にある小さな机の上に置くと、昨日の夜起きた事件を話しはじめた。
  • 6 通行人 id:a0KtI/B.

    2012-03-30(金) 15:05:37 [削除依頼]


    酷いんですよ、だって夜中の11時をあと少しで終わる頃ですよ。
    昨日というよりはほぼ今日の話なんですけどね、いきなり来たんですよ。
    ええ、藪医者処分委員会が、です。
    もちろん私は寝てましたので、同僚に叩き起こされましたよ。
    それで、慌てて行ってみたら、向こうは数十人、こちらは両手の指の数より少ない。
    残念ですが、負け確定、なんて思いましたよ。
    銃片手で走り回って、え? ええ、流石にやられっぱなしでは腑落ちませんし、まあ数人撃ちましたけど多分軽傷でしょうね。狙ってはいませんので。
    あ、謝らないでくださいよ。悪いの向こうですし、普通に医者として生きるだけで、処分しようとするのが悪いんですよ。
    相手は結構簡単に逃げてきましたよ。怪我人はいません。タフさだけが取り柄なんで。
    最近になって増えましたよね。全く、この世界から医者が消えたら、どれだけ大変なことになるのか考えたことないんですかね。良い年した大人がそんなんじゃ、先が思いやられます。


    「まあ、所詮いたちごっこなんですけどね」
    「いたちごっこ?」

    話を終えると、鈴花は締め括るように言うと笑った。
    鈴花の言葉に、天宮は不思議そうにオウム返しをした。
  • 7 通行人 id:a0KtI/B.

    2012-03-30(金) 15:28:57 [削除依頼]

    「はい。いたちごっこです。何も得られない筈なのに、向こうは医者を処分したがる。だから、私たちは向かい打つ。」

    溜め息混じりに鈴花は答えた。
    紅茶をすすると、残念だが、少し冷めてしまっていた。

    「いたちごっこか、確かに一理あるな。だがな、君はまだ知らないのだよ」

    我々医者が、処分されるのかを、そして我々が狂っていることを。
    顔をあげると、天宮は悲しそうな顔をしていた。
    氷のように冷たい声が、暫く鈴花の頭のなかを反響する。
    彼の、澱んだ虚ろの目は、まるでこの世界ではない、別の異次元のものを見ているかのようだった。

    「あ、あの…」
    「そういえば君はもう食事をとったのかい?」

    鈴花の言葉を遮るように、天宮は言った。
    この話はここでおしまい。天宮は先程とは打って変わって優しい笑みを浮かべていた。
    そういえば食べていなかった。鈴花は急にお腹が空いてきて、まだですと答えた。

    「天宮さんは既に食事を?」

    鈴花が問うと、天宮は小さく首を横に振った。
    どうやら彼もまだのようだ。
    なら、一緒に。と思った鈴花だが、天宮はそれは拒むかのように言った。

    「なら行ってくるといい。私もあとから行くとするよ」

    あとから行くと言われてしまえば、一緒に行きましょうと言うのは不自然だ。
    仕方なく鈴花は立ち上がり、では先にいきますね。と声をかけてから部屋を出た。

    それほど長くない食堂までの廊下が、その時の鈴花にとっては、とても長く感じた。
  • 8 通行人 id:a0KtI/B.

    2012-03-30(金) 15:49:28 [削除依頼]

    *

    「アンタも物好きだよね」

    数人の女子たちと一緒に食事をとっていると、不意にそんなことを言われた。
    結局、天宮は食堂に来ていなかったが、それは何時ものことなので気にしない。

    「なにがよォ?」

    日替わり定食をつつきながら、鈴花は言った。
    なにに対して、物好きと言われたのかは自分自身理解していたが。

    「だってェ、あの天宮先生のとこにばっか最近行くしー」

    焼きもちやいちゃう、と甘えるように言う彼女は、鈴花のルームメート。昨日の夜起きないからと言って、鈴花を態々ベッドから蹴り落とした犯人。

    「あー、ノリ巻いて食べたいわね」

    わざとらしくボケてみせると、彼女安藤美咲は自分の定食をつつきながら笑った。

    「で、なんで天宮先生のとこにばっか行くのか、教えてもらおうじゃないの?」

    鈴花の向かいに座る友人が、楽しそうに問い質す。

    顔は良いけどねー。
    頭も良いし、運動神経も良い。
    結構紳士的なんだけど。

    「なんか悪い噂を良く聞くしねー」

    口々に言いたいことばかりを言う友人たちを纏めるように、安藤は言った。
  • 9 通行人 id:a0KtI/B.

    2012-03-30(金) 19:29:17 [削除依頼]

    確かに、天宮には悪い噂がいくつかあった。
    だが、悪い噂なんて誰にでもあるのが事実。それは天宮が例外でないのだから鈴花も安藤も例外ではなく、悪い噂のひとつやふたつくらいあった。

    「悪い噂なんて誰にでもあるし、私はべつにあの人のこと嫌いじゃないもん」

    ふてるとき口を尖らせてしまうのも、鈴花の癖だ。
    この癖は、安藤に指摘されはじめて自覚したのだが、なぜ今まで誰も何も言ってこなかったのだろうか、と思ったものだ。
    なんにせよ、安藤は鈴花がふて腐れてることはまるわかりなので、安藤は悪戯っぽく笑った。

    「なになに〜。好きなの、天宮先生のこと」

    なわけないじゃん、思わず反射で立ち上がり叫んだ。
    周囲の視線が一気に集まり、はっと我に返った鈴花は恥ずかしさのあまり俯いてから座り直した。

    「バカみたいに分かりやすいのよね、鈴花って」
    「ば、バカみたいって…」

    もごもごと口のなかで呟きながら、鈴花はなにか適当な言い訳を探す。
  • 10 無花果。 id:xG6ibRR1

    2012-03-31(土) 08:25:25 [削除依頼]
    こんにちは〜。
    この小説の雰囲気が好きです〜♪
    応援してます、頑張ってください!
     
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