龍神伝説22コメント

1 はぐるま id:ez-WyXueKP/

2012-03-28(水) 18:00:14 [削除依頼]
【序章】


 下弦の月が中途半端に地上を照らし、その森を恰も無限に続くかのように見せている。
 草木が擦れ合う音に混じって、荒い呼吸が森を走っていた。
 その男はどうやら何かから逃げているらしく、低速ながら足を止めることはなかった。負傷した右肩に左手で布をあてがっているが、出血量は相当なものだ。黒髪はくしゃくしゃに乱れ、体中泥だらけである。
 男の霞む目には、これまで一緒だった仲間達の顔が浮かんでいた。しかし、現実からかけ離れた途端に、男は木の根に躓いて転んでしまう。
(奴を倒してこれも手に入れたんだ。俺達の勝ちだぞ……!)
 頭の中で仲間達にそう言い、カッと眼を見開いて男は再び立ち上がる。負傷のせいでだらんとしていた右手にも力がこもり、手中のそれを強く握り締めた。
 男が走り出したその時
『友を、返して貰おう』
 威厳に満ちた声が、静かに、しかし森中に響き渡った……。
  • 3 はぐるま id:ez-WyXueKP/

    2012-03-28(水) 18:55:57 [削除依頼]
    【第一章】


     制服も鞄も無く、指定の物と言えば教科書くらいのものであるシーボイス教会学校の生徒達にとって、どんな物を持っているかが友達との優位性に大きく関与していた。別段虐められるわけでもないが、例えば、ロットラント菓子店の蜂蜜飴が一つ余った時に、それがバークル(※二倍サイズの馬と考えてよい。ただし前脚の発達が著しい)革の鞄を持ってる子より羊毛の帽子を被っている子の口に収まる事はまずないだろう。つまり仲間内で少し鼻が高い程度の事であるのだが、これが子供達の中では結構重要だったりする。
     そして今、ロットラント菓子店から出て来た彼、シド・モレーノスも例外ではなかった。が、その表情は浮かないものだった。ワザとらしく肩を落としている。演技じみたままシドはとぼとぼ歩きだし、暫くすると狙い通りクラスメートと出くわした。ロットラント菓子店はシーボイス教会学校の生徒達の行き着けの店なので、その前の道をクラスメートが通りかかるのは容易に予測出来た。
    「やぁシド、どうした?」
     本気で心配している様子のサムを見て、シドはニヤケるのを堪える。
     自然には出るはずのないサイズの溜め息を付く。
  • 4 はぐるま id:ez-WyXueKP/

    2012-03-28(水) 22:37:46 [削除依頼]
    「それがさ、レジで財布開けてみたらスッカラカンでさ……」
     言いながらシドはがっくりと頭を垂れる。
     そうかぁ、とサムは暫く考えた。クラスの中でも背が高く太っていた彼は周りからグズと呼ばれることがあったせいか、シドにはその考慮時間がやたら長く感じられた。ポケットから財布の中身を確認すると、ようやく答えが返ってきた。
    「一つだけなら何か買ってあげるよ」
    「ホントか!? サンキュー」
     途端に元気を取り戻すシド。
     本当のところ、サムにはシドが誰かに奢って貰う為の大袈裟な芝居をしていた事はお見通しだった。そして同時に、シドは金があるのにそんな芝居を打ったりはしない。という所まで知っていたからこそ、わざと騙されてあげたのだ。
     二人はロットラント菓子店の扉を開けた。
     店内は色とりどりの菓子で光って見える。それは包装の色が大半なのであるが、そんな事は子供達には関係無い。シーボイス教会学校の生徒を主にした客が盛んに出入りし、やたら賑やかであった。シドはここへ来る度に思うのだ。町で一番五月蝿いのはこの店に違いない、と。
  • 5 はぐるま id:ez-AbMmWVZ1

    2012-03-29(木) 19:13:17 [削除依頼]
    「どれにするかなぁ……」
     右往左往しながらシドは真剣な眼差しでお菓子を見詰める。その横でサムは目に付いた物から次々に籠へ放り込んでいた。お小遣いがまだ十分残っているらしいが、こんな時だけは素早い彼に軽くイラッとする。
     その前に無銭で来たこともあり、レジに座るセスペス小母さんの眼が怖くなってきた。それを背中でヒシヒシと感じ、シドは慌ててミューゼ花の水飴を選んで籠に放る。水飴なら遊びながら食べれて、しかも長持ちするから、一つさか買えない時には大概これを選んだ。また、ミューゼ花独特の酸っぱさがシドは気に入っていた。
    「それじゃあ、買っちゃうよ」
    「ああ」
     お菓子で一杯になった籠はサムによく似合う。彼は他の多くの男子とは違い、週に一度まとめ買いして少しずつ食べるタイプだった。が、体格のせいで、彼が毎日馬鹿食いしていると思っている者も多い。
     サムを見たセスペス小母さんの顔が、心なしか和らいだような気がする。会計を待ちながらそんな事を考えるシドの肩を叩く者があった。
  • 6 はぐるま id:ez-AbMmWVZ1

    2012-03-29(木) 21:58:50 [削除依頼]
    >5訂正 ×一つさか  ↓ ○一つしか
  • 7 はぐるま id:ez-AbMmWVZ1

    2012-03-29(木) 22:58:54 [削除依頼]
     そこに居たのは赤髪の少女だった。長髪を後ろで一つに束ねているせいか、スッキリとした小顔をしている。クリッとした黒い眼は、真っ直ぐにシドを睨み付けていた。
     しまった。とシドは後ずさる。
    「なーに奢って貰ってんのよアンタは! お父さんから貰ったお小遣いは?」
    「それは……」
    「とっくに使い切ったのよね。アンタは! お小遣いをどう使うかは自由よ。だからってサムに集(たか)ってんじゃないわよ!」
     少女は人差し指をシドの胸に刺しながらずいずいと迫り、下がれる所まで下がったシドはとうとう堪えられなくなった。
    「えぇい、五月蝿い! サムの方から買ってくれるって言ったんだよ! 姉貴面してんじゃねーぞアイリ!」
    「アンタが出来の悪い弟みたいなんでしょうが!」
     二人は顔を突き合わせて激しく睨み合う。しかし、シドよりもアイリと呼ばれた少女の方が幾らか目の位置が高いようで、端から見れば十分姉弟に見える。
     不幸なのはサムで、そんな衝突が起きているところで会計から戻ってきてしまった。
    「わっ……シド! アイリ! やめようよぉ。他のお客さんに迷惑だよぅ!」
     彼らがいがみ合うのは幾度も見て来たサムだが、人柄的にも宥めることに成功した事は一度もない。だが、そこに思わぬ助け舟が出る。
    「迷惑なのは客だけじゃないよ! 買わねぇならさっさと出てきいな!」
  • 8 はぐるま id:ez-GE/LYe61

    2012-03-30(金) 01:01:05 [削除依頼]
     セスペス小母さんがレジから身を乗り出している。これにはシド、アイリだけでなく、宥める側だったサムまでもがギクッとした。
    「……出よう。ここではおばちゃんが法律だ」
    「それだけじゃないわ。司法立法行政。三つの支配者よ」
    「あ?」
    「三権分立だよ。忘れたのかいシド。この前授業で習ったじゃないか」
    「……そうなのか」
    「なんで人事みたいな物言いなのよ」
     そんな会話をしながら、半ば追い出される形で三人はロットラント菓子店を出た。
     彼らが暮らすモローウッド村は、東国バーゲンの中でも北東に位置する田舎町だ。町並みは家と歩道にだけ石が使われているくらいで、町のどこででも緑が目に入る。子供達の遊び場として賑わう中央広場から、扇を広げたように軒を連ねている。
     サムはナッツ入りチョコレートを食べ、その横でシドは水飴を練り、それをアイリが不服そうに見ながら、三人は誰から提案するでもなく中央広場へ向かっていた。放課後にすることの無い場合、モローウッド村の子供達は自然と中央広場を目指すのだ。それが幼い頃からの習慣で、彼処に行けばとりあえず誰かいる。という共通認識が、彼らが生まれるより昔から代々受け継がれているのだ。
  • 9 はぐるま id:ez-WlY315y0

    2012-04-01(日) 16:56:40 [削除依頼]
    「お、シドじゃないか」
     広場の真ん中、記念碑の前で数人の少年が集まっていた。そのうちの一人、金髪をツンツンに尖らせた髪型の少年がシドに声を掛けた。
     振り向く三人の顔色は僅かに陰る。何が面白いのか、ヘラヘラと笑っている少年達に対し、シドは低い声で短く返す。
    「なんだよ」
    「なーんでそんなに無愛想なのかね。もう少し元気に返事してみろよ。このニール・ダパンチさんによ」
    「……」
    「……ま、いいや。なぁシド、水飴なんて食ってるって事は金あるんだよな? 出してみ?」
    「なんで?」
     勿論、ニールがカツアゲをしようとしている事ぐらいはシドにも分かっていた。それよりも、なんで今日の彼はこんなに調子良いのかが疑問だった。シドとアイリは現在十三歳である。対してサムやニールは一つ年上の十四歳であるのだが、たとえ年下であっても、普段のニールはシドには余り強気な事は言わないのだ。いや、寧ろ強気な事は言えない、と言った方が正しいか。
     あぁ、人数か。と疑問の答えはすぐに出た。単純な事に、後ろに何人もの味方がいるのでニールは調子に乗っているのだ。
    「(しかもヴァンプまでいるじゃないか。そりゃ粋がるわけだ……)悪いが阿呆にやる金はないんだ」
     シドは一歩歩み寄り、年上相手にも全く臆せず言う。
    「……というか、誰にもやれないでしょ。無一文なんだから」
     後ろからアイリが口を挟んだ。
  • 10 はぐるま id:ez-PjjAUS1.

    2012-04-02(月) 00:55:12 [削除依頼]
     少年達からどっと笑いが起こる。
    「余計なことゆーな!」
     思わず声を荒げるが、シドは羞恥心を隠しきれていなかった。耳まで赤く染まる。
    「そいつは悪かったなぁ、シド。やっぱり媚び売りの家じゃロクに小遣いもねぇよなぁ」
    「あ……?」
    「耳が悪いのか? 媚び売りっつったんだよ」
    「龍撃士のどこが媚び売りだコラァ!」
     怒号を吐いたのはシドだった。が、動いたのはアイリの方だった。
     それまで後ろで呆れ顔だった彼女に誰も気を留める者がいなかったこともあり、至近距離に近付かれるまで少年達は一人として動けなかった。よって、一番前にいたニールの脇腹に激痛が走る事になる。鋭い勢いで膝が脇腹に刺されば倒れ込みたくもなる。ニールの顔から一気に血の気が引いた。
    「うぐっ」
    「調子こいてんじゃねぇぞぉおおッ!」
     アイリは左脚を軸にしたまま膝蹴りを放った右脚を使って半回転し、その勢いで隣にいた少年にエルボーを喰らわせる。見事に顎に命中。二撃とも非力な少女でも有効にダメージを与えられるもので、しかも無駄の無い動作であった。
     二人がやられてから周りにいた残りの三、四人はやっと拳を構える。が、余りにも形になっていないそれらは寧ろ弱さを露呈しているだけであり、逃げないと分かったアイリに攻撃を決断させただけでしかなかった。
    「……あーあ」
     頭を横に振りながら溜め息をつくシドの周りで、いつの間にか出来た人集りからパラパラと拍手が起こる。ものの数十秒で獲物と化したクラスメート達は地面に転がる事となり、その間シドはとばっちりを受けない為に横で見ているしかなかったのである。
     全員が倒れて、アイリの怒りはやっと収まってきた。
    「む、ヴァンプの奴いつの間にかトンズラしてやがるわね……」
    「アイツは龍撃士の事を、父さんの事を馬鹿にしたりしないだろ。つか、まだ殴り足らないと?」
    「足らないわねぇ。どう? シド、相手しない?」
    「……さてサム、三権分立って結局なんなんだ?」
    「おい、シカトすんな」
     危なく目を輝かせるアイリを置いて、足早に夕暮れの広場を二人は後にした。というか逃げた。全力で、逃げた。
  • 11 はぐるま id:ez-PjjAUS1.

    2012-04-02(月) 01:53:02 [削除依頼]



    「三権分立? まだそんな事を言うのかねキミは」
     白髪をオールバックにした初老の男が、目の前の中年男に向かって、半ば馬鹿にしたように吐き捨てた。
     両脇に隙間無く納められた本棚がびっしりと壁を埋め尽くし、入口から見て中央奥に高級感溢れる重厚な木の机が置かれている。椅子にすわる初老の男は中年男と目を合わせず、手元の書類に集中せんとしている。中年男は苛立つ時の癖で口髭を撫でながら、それでも引き下がることはない。
    「今回は丁度良い機会です。王は死に、若き女王が誕生する。新体制を作るには絶好機ではありませんか。……そもそも、彼女は若すぎます。分立を計り、女王の負担を減らすべきです」
    「身分をわきまえたまえモレーノス君。今の発言、聞く者によっては処刑されてもおかしくないぞ」
    「貴方だから言ったのですよ! ルワンダ執帥」
    (※執帥……王家に継ぐ地位。先刻、王が死去した為、現ハーゲン国の暫時的に執政をしている)
    「私とてさして変わらんぞ!」
     語気を荒げながら、そこでやっとルワンダ執帥は目を上げる。
    「いいかね? 分立などという平和呆けした体制は十三年前に過去の物となったのだよ。十三年前に何があったのか、龍撃士第一人者である君に話さなければならないかな? いや、懇切丁寧に教えてやろう。十三年前、人類史上初めて“龍を殺した人間が現れたんだ”! ……どうやって、誰が、どこで。その真相に一番近いのは君の筈だ。龍を知るのが君の仕事なのだから。そう、龍撃士とはそれ以下でも以上のものでは無いのだ。国の体制についてなぞ、君が口出す必要は無い」
     話は終わりだ。と書類をファイルごとぴしゃりと閉じ、ルワンダ執帥は次の書類へと手を伸ばす。
     次の言葉を探すも中中良い切り口が見えて来なかったらしく、口髭を撫でながらモレーノス氏は部屋を後にした。
  • 12 はぐるま id:ez-PjjAUS1.

    2012-04-02(月) 23:37:57 [削除依頼]
    「はぁ……」
     廊下に出るなり、執帥室では我慢していた大きな溜め息をモレーノス氏はつく。釣られて引き締まっていた表情も緩み、子供のように残念そうな顔をした。
    「やっぱり駄目かぁ……うーん……」
     彼はそのまま階下へ降り、自身の部署である龍撃士の部屋へと入る。
     中は書類が山積みのデスクを四つ寄せ合った島と、その奥に窓を背にしたデスクが一つある。しかし今はそれらに掛ける者は誰もおらず、全員集まって立ち話しをしていた。
     モレーノス氏に気付いた一人が会釈しながらすぐに声を掛けてくる。
    「大変です。ついさっき、パルム王国北部のギフェト渓谷にてドラゴン狩りに成功したという情報が届きました」
    「……やったのはパルム王国軍か?」
     モレーノス氏の表情が再び険しいものへと変化した。
    「はい。ドラゴンの具体的な種類は不明ですが、氷結系統のドラゴンだったようです」
    「そりゃ、恐らくヨードヌルドだろう。……これでパルムの龍具は三つ目か……」
     一番奥のデスクの椅子にどっしりと身を預け、引き出しから煙草を取り出した。他の龍撃士も彼のデスクを囲むように集まった。
     モレーノス氏を入れて全員で五人。彼ら龍撃士とは、龍を狩る為に国が集めた龍研究者の集団であり、主に龍を狩猟する為の研究活動をしていた。少なくとも体面上では。
  • 13 はぐるま id:ez-DfiYYMZ0

    2012-04-03(火) 00:08:55 [削除依頼]
     煙草に火を点け、ゆっくりとそれを吸った。
     モレーノス氏に話し掛けた龍撃士、ノースが便箋と封筒を差し出す。彼は今年二十一歳になる、メンバーの中でも最年少の龍撃士である。まだ青さの残る彼は躊躇い勝ちに口を開く。
    「ち、力関係は悪化する一方ですよね。ソウモウも半年前に一頭狩っていますし……ハーゲンがまだ一つしか龍具を持ってないというのは……」
     龍具とは龍の角から作り出した、絶大な力を持った兵器の事である。龍は角を折られると絶命するため、龍具を手に入れる為には必然的に龍を狩猟すしかない。世界各国は今、龍を殺し、龍具を手に入れられるかどうかに存亡が掛かっていた。
     モレーノス氏は吸った時と同じ位のペースで煙を吐き出した。
    「わかっているさ。次の目標に関する方針をいい加減に打ち出さないと、軍部がそろそろ黙っててくれなくなるだろうね。龍具が一つでは他国に遅れをとるのも事実だろう」
    「だったら何故? 国内の龍の住処はほぼ断定しているじゃないですか。僕は「うち(ハーゲン)の龍撃士はパルム、ソウモウの龍撃士に劣っている」とは思われたくはないですよ! ……言いたくないですが、僕にはモレーノスさんが仕事を遅らせているようにしか見えない」
    「ノース!」
     隣にいた女性龍撃士、カノンが咎めようとしたのを、モレーノス氏は手で制した。
  • 14 はぐるま id:ez-DfiYYMZ0

    2012-04-03(火) 00:32:35 [削除依頼]
     ノースから受け取ったパルム王国内のドラゴン狩猟報告書(といっても速報用の簡易版である)をデスク上の書類の上に重ね、くわえていた煙草を灰皿で消した。静かな動作で周りを緊張させる雰囲気を帯びてはいたが、口髭を触ってはいない。
    「ノース、お前は何故、龍を狩り、龍具を手に入れなければならないと思うね?」
    「それは……勿論大国と渡り合う為に……」
    「だろうな。この国の殆どの者は君と同意見だろう。が、どうだろう。龍具を手に入れさえすれば、本当にハーゲンはパルムと肩を並べられるだろうか? この小国が? ……龍具の数を言うのならば、尚更だ。君だって知ってるだろ? ハーゲンよりもパルムの方が明らかに龍の生息数が多いんだ。そんな敵を相手に、力で対等になれるとは私は思えない」
    「それは……そうですが」
    「だがしかし、この国の長共が戦うと言うのであれば従うしかない。例え望まぬ戦いであろうと、それで私達の探求心が枯れる事も無い。お前が言う事もまた事実だ」
     困り果てたノースに、モレーノス氏はフッと緊張を解いて微笑みかけ、「それにこのニュースを早く伝えんと上が五月蝿いしな」と付け足した。
  • 15 はぐるま id:ez-DfiYYMZ0

    2012-04-03(火) 01:33:29 [削除依頼]



    「え、お父さん帰ってくるの?」
     アイリは朝食の食パンをくわえながら、歓喜以上に驚きが勝った声を上げた。龍撃士という職業は日々研究で、軍部と共に遠征する事もあるので家に居る事は殆ど無いのだ。だからアイリが驚くのも無理はない。
     モレーノス家の家政婦をしているミレイは苦笑しながらスプラングルエッグの皿を出した。
    「と言っても、こっち方面に遠征するかららしいのよ。だから家でゆっくり、とはいかないでしょうね」
     彼女もアイリの正面に掛けてサラダに手を伸ばした。
     家政婦といっても、彼女もモレーノス氏の子である。ただ、アイリもシドも、このミレイも、モレーノス氏の実子ではない。モレーノス氏は未婚で、三人とも戦場に赴いた際に出くわした孤児を、モレーノス氏が引き取った子なのである。現にミレイの黄緑色の髪や、優しげにやや垂れた目などは、目の前のアイリとの血の繋がりを感じさせない。ミレイは今年二十三歳になるので、家事と弟妹の面倒を一人で引き受けていた。
    「(お)はよ……」
     パジャマ姿で目を擦りながらシドが起きてきた。焦げ茶色の髪は寝癖でハネている。
    「この寝坊助が」
    「おはよう。着替えて顔洗ってきなさい。早くしないと学校遅れちゃうわよ」
    「うん……」
     気の抜けた返事で洗面所へ向かい、時計を見て大慌てで朝食のテーブルに着くのは日常茶飯事だった。
    「うわぁああ、マジで遅れる! 今日こそ遅れる!」
    「じゃ、アタシは先に行ってるわ」
     シドの事などお構い無しにアイリは立ち上がり、鞄をたすき掛けにして玄関へと歩いていった。
    「いってらっしゃい。……シド、かきこむと喉につっかえるわよ」
    「わはってる! (わかってる!)」
    「ちゃんと寝癖直しなさいよ」
    「わはってる!(わかってる!)」
    「それから、今晩は父さん帰ってくるみたいよ」
    「わかってる! 行ってきまーす!」
     結局のところ、ろくに話を聞きもしないシドは何もわかっていないまま外へ駆け出した。
  • 16 はぐるま id:ez-QD9ZASi0

    2012-04-04(水) 00:35:25 [削除依頼]
     シーボイス教会学校は中央広場を挟んで東側にある。通学用の鞄を肩から下げてシドが通りかかると、記念碑を見上げる一人の男が立っていた。ただでさえ遅刻しそうな状況なので、そんな人をいちいち気に留める余裕はないのだが、思わずシドは足を止めてしまった。
     その男には、右肩から先が無かったのである。
     未だ戦が絶えない世の中ではあるけれど、平和そのものなモローウッド村には不似合いな雰囲気を持っている。男の後ろ姿を眺めながらシドは唾を飲み込んだ。よく見れば、靴や服装からして旅人であることが伺えられる。が、ただの旅人にしては纏う空気は物々しい。腰から提げた刀のせいだろうか。
    「これは十三年前、この世で初めて殺された龍の鎮魂の為に造られたそうじゃのう」
     男は見上げたままそう言う。
     周りに人はいないし、独り言にしては大きな声だったので、自分に言ったのだとシドは理解した。
    「……そうだよ。森の奥に、遠くに山が見えるだろ? あそこ住んでいた龍を殺したんだ。で、一番近いこの村に記念碑が建てられたってワケ。ちなみに龍を殺した英雄も、その龍の角も行方不明なんだ」
    「ほほぅ、詳しいのぅ、少年。……それにしても、この龍狩時代を作った男とその龍具が見付かっておらんとは、なんの因果かのぅ」
     最初に感じた雰囲気より大分柔らかで、そして年寄り臭いその話し方をするものだから、一体どんな爺さんかとシドは思ったが、振り向いたその男は三十歳そこそこの顔立ちをしていた。
    「でも変だのぅ。龍の鎮魂の為ってなら、なんで慰霊碑って言わんのじゃ?」
    「あぁ、昔は慰霊碑って言ってたらしいよ。龍を恐れていたからね。だけど最近では龍具を手に入れる為に、人間は龍と戦うだろ? だから初めて龍を倒した証であるこの碑を、慰霊碑から記念碑と呼ぶようになったんだ」
    「凄いのぅ、少年!」
     男は心底感心した様子である。
    「まぁ、全部学校で習った事なんだけどね……って学校! おおお遅れる!」
     シドは慌てて駆け出した。時間取らせてすまんのぅ、と手を振る男の声を背中で聞きながら遅刻を覚悟する。
     また一人になった広場で、男は、けどのぅ、と呟く。
    「一つ間違ってるぞ、少年。昔の人間は龍を怖がってたんじゃない。龍を敬ってたんじゃ……」
     空に授業開始の鐘が響き渡った。
  • 17 はぐるま id:ez-QD9ZASi0

    2012-04-04(水) 12:30:56 [削除依頼]
    >16訂正 × 最初に感じた雰囲気より大分柔らかで、そして年寄り臭いその話し方をするものだから、 ↓ ○ 最初に感じた雰囲気より大分柔らかで、そして年寄り臭い話し方をするものだから、
  • 18 はぐるま id:ez-QD9ZASi0

    2012-04-04(水) 15:43:52 [削除依頼]
    イタズラ多発による…という内容の書き込みエラーが出るのでテスト書き込みします。

    〇テストついでに補足〇
    作中に「龍」「ドラゴン」と二つの呼び方をするシーンがありますが、彼らは特に区別しておりません。また、モローウッドを「村」「町」と二通りの呼び方をしますが、これも人によって認識が違うからで、ハッキリとした定義が存在していないからであります。
  • 19 はぐるま id:ez-QD9ZASi0

    2012-04-04(水) 16:03:51 [削除依頼]
     黒板にカツカツと小気味良い音を立てながら、四年生担任のユリアは教科書を読み上げた。
    「「跡暦0103年のバルド戦線にて、史実上初の人間(ヒューマン)とリザードによる戦争が起きた。それ以前から両種族間での諍(いさか)いは絶えなかったが、国家同士の争いにまで発展したのは初めてであった。バルド戦線から始まった事からこの戦争をバルド戦争と呼び、翌年の春にリザード側のバルアラ国の勝利に終わった。以後、軌暦490年のリザード掃討完了宣言まで、リザードによる人間への差.別が続いた」……えー、リザード掃討完了宣言とはつい四年前の事ですから皆さんも知っていますね。まだその時の皆さんは事の重大さが分からなかったでしょうが、あれは一つの種族が滅びた、歴史的瞬間だったんですよ」
     お得意のマシンガントークを繰り出しながらも教科書片手に板書までこなすのは、芸としては目を見張るものがあった。授業として面白味があるかと言えば別問題だったが、それでも若き女性教師は一生懸命なようである。
     栗色のポニーテールをひょこひょこと揺らしながら生徒の方へ振り返り、ユリアはページを捲るように指示を出した。が、一生懸命なばっかりに視野が狭まっているらしく、そこにいる生徒が授業開始時よりも一人増えている事には気付かなかった。
     まんまと潜入成功したシドは不敵に笑ってみせたが、その顔を隣にいたアイリが丸めた教科書で叩.く。
    「(なにすんだコラ!)」
    「(黙ってノート執らないとチクるわよ)」
    「(……はい)」
     一睨みで黙らされたシドを見て後ろにいたサムはクスクスと笑った。そんなやり取りも、教室の窓際後方で起きている事であるから目立つことはない。
    「バルド戦争で勝利した事を、リザード達は信.仰する龍神様のお陰だと考えました。龍神様とは龍のことですね。彼らは見た目が似ている事から、龍が自分達の祖先だと考えていたのです。実際に祖先だったのかどうかは学者さんの間でも未だに議論される問題らしいのですが、兎に角リザード達は人間の祖先を猿、自分達の祖先を龍神様だと主張して人間達を永らく差.別したのです」
  • 20 はぐるま id:ez-QD9ZASi0

    2012-04-04(水) 20:55:37 [削除依頼]
     その後も変わらないペースでユリアの話は続き、生徒はひたすらノートを執り続けた。後から見直す時には非常に分かり易い板書をしてくれるのだが、授業中は追い付くのがやっと。というのが彼女の授業の難点と言えた。
     鐘が鳴ると、解放された生徒達はワラワラと食堂へ向かった。百五十人程の生徒が長テーブルに学年毎で分けられている。六学年に分けられた五〜十六歳の生徒達は、自然と出来た自分の定位置に座ると両手を組む祈りの体勢で校長の言葉を待つ。
     やがて全員が給食を受け取り、祈る準備が出来た所で、シーボイス教会学校長は静かに立ち上がり、祭壇に立った。
  • 21 はぐるま id:ez-lbTsZKz0

    2012-04-05(木) 14:49:32 [削除依頼]
    「我等が神ジュラフよ、日々の恵みに感謝します。常に我等を見守りたまえ」
     決まり文句が終わるのをスタートの合図として、生徒は一斉に手を動かした。早い者勝ちであるお代わりを狙う者。昼休みに遊ぶ場所を確保したい者。周りに流されて自分でもよくわからずに急ぐ者。皆それぞれだったが、シーボイス教会学校の給食が静かだったためしがない。
     浜豚のソーセージ、赤カボチャのシチュー、コッペパン。お馴染みの、それでいて人気の鉄板メニューである。
    「なぁ、午後の授業なんだっけ?」
    「いや、今日は午後の授業は無いよー」
    「マジかよ。じゃあハイバシで釣りしようぜ」
     ハイバシとは、町から少し離れた位置にある橋の事である。かなり昔に造られたもので、今は使う者が殆どないことから、廃橋=ハイバシと呼ばれているのだった。
     二人の会話を横で聞いていたアイリが、パンをシチューに浸しながら言う。
    「なに言ってんのよアンタは。今日はさっさと帰んなきゃでしょ?」
    「は? なんで?」
    「あれ? ユリア姉は何にも言ってなかった?」
    「なんにも」
     シドは真顔で言ってのけた。
     食べるのは人一倍早いサムは、御馳走様と手を合わせながら口を挟む。
    「それって、何か用事でもあるの?」
    「うん。なんか久しぶりにお父さんが帰って来るらしいのよ」
    「ふぅん、そうなのかぁ」
    「嘘ぉお!?」
     パンを喉に詰まらせながら、シドはひょうきんな声をあげた。すかさずアイリが水を差し出す。
     同じ長テーブルの、離れた位置からせせら笑う声があがる。ニール達のグループだ。アイリが睨み付けるとグッと鋭い顔になったが、笑う余裕はなくなってしまった。この前、アイリにボコボコにされた事を思い出したのだろう。
  • 22 はぐるま id:ez-lbTsZKz0

    2012-04-05(木) 23:37:01 [削除依頼]
     目に涙を溜めてやっと息が出来るようになったシドは、ふと安堵感に覆われた。それは敬愛する父親に会える喜びから。などではなく、またお小遣いを貰えるからである。薄情ではあるが、十三歳の少年など、大体こんなものなのだ。
     今度は詰まらせないようにシドもパンをシチューに浸す。
    「でも、なんでまた急に帰ってくるんだ?」
    「……龍狩りの遠征か?」
     アイリが応える前に、それまで斜向かいに座って黙々と食べていたヴァンプが口を挟んだ。
     彼は普段から無口であったが、その分、発言した時には誰よりも注目を惹く少年であった。
    「さぁ、アタシも帰って来るとしか聞いてないから……でもそれぐらいしか理由が無いのよね、実際。仕事以外ってなると村の祝祭と年末年始の数日くらいだし……」
    「そうか……」
    「てかお前、この前はアイリの鉄拳から上手く逃れたなぁ。いつの間にいなくなったんだか」
     シドは意地の悪い眼でヴァンプを見た。それはヴァンプに向けられた悪意ではなく、向こうに座るニール達への悪意だった。彼らに聞こえるように、話す声が大きい。
    「ニールなんて膝蹴りで一撃だったってのによぉ、まったく運のいい奴だよ、お前は」
    「……」
     アイリも釣られてイタズラっぽくニヤけ、サムはニール達を意識してハラハラしている。形式上、シドと話している事になっているヴァンプはというと、こういった生徒同士の小競り合いにはトンと疎い性分なので、真顔でシドの話を聞いていた。記念碑の前で集まっていた時も、単に声を掛けられたから着いて行っただけに違いない。
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