The Black Arts Inferno26コメント

1 路石 id:ez-kLPR2V7.

2011-12-17(土) 15:38:39 [削除依頼]

 黒魔術とは差別用語であり、白魔術と本質的にはなんら変わりないものである。
 つまり、元来魔術に色味などないのだ。


【project by inferno】
  • 7 路石 id:ez-kLPR2V7.

    2011-12-17(土) 18:28:28 [削除依頼]
     イヌヨミはカラサリスの周りを時計回りで歩いた。
     昼下がりでも森の中は薄暗いが、既に盆地に入っているこの辺りに大きな森は無く、三十分も歩けば森は途切れて草原となった。それから暫く歩けばまた森に入る。といった具合に、森が島になって存在した。春先のこの季節では盆地にほとんど雨が降らない為、葉で日光が遮られた所でもジメジメした感じはなかった。地面にぬかるみも無く、イヌヨミの行進は捗る。
     四つ五つ森を抜けた先に、山肌と同色の白い岩場にぶつかった。乾き、冷たそうな岩は急勾配な分、その頂上は見晴らしが良さそうだった為、イヌヨミは岩場を避けて周り込むのではなく登る事にした。
    (この岩はしんどいなぁ……)
     細目のイヌヨミからは表情が読みにくいが、岩場を前にあからさまに面倒臭そうに溜め息を付いた。それから彼は背負っていた荷物の横にぶら下げていた鉤爪を取り出し、手袋の上から固定する。
  • 8 路石 id:ez-kLPR2V7.

    2011-12-17(土) 20:05:36 [削除依頼]
     身軽な格好ならば鉤爪など付けずとも登る事は可能だっただろう。しかし、イヌヨミの荷物は勾配にて重心を後ろに引っ張るのに十分な重量があった。白い岩肌に鉤爪を引っ掛けると、そこだけが更に白い跡が付く。ガリガリと、聞くものによっては不快な音を立てながらもコンスタントにイヌヨミは登って行く。
     背後の森の何処からか、長く高い鳥の囀りが聞こえてくる。コースィ国は様々な種の花が咲き誇る暖かい季節を迎えていた。
    「はぁ、やっぱりしんどかったぁ……!」
     頂上まで登りきったイヌヨミは鉤爪を外すとすぐに荷物を降ろした。額にはじんわりと汗が滲んでいる。
     頭上に広がる空は、所々に浮かぶ雲が鮮やかに引き立てる青色をしていた。イヌヨミは一度三百六十度全方向を見回した後、その視線を王都カラサリスへと向けた。都はおよそ五キロ離れていたが、天を付く王宮の銀尖屋根が輝いているのが確認出来る。イヌヨミはポケットから望遠鏡を取り出して覗く。
  • 9 路石 id:ez-kLPR2V7.

    2011-12-17(土) 21:06:03 [削除依頼]
    (ここからでも外壁が確認出来るか……噂より厳重だな)
     右側に南門、左側の端に西門が見えている。
     南門の往来は多く、数台の馬車やウーヴォ(象程の大きさをしたトナカイに似た動物)車が門前で検問を待っているようだ。更に、都市を挟んで向こう側の、北北東から二頭のドラゴンが飛来して来るのが見えた。山向こうの隣国、アルーダ国から来たのだろう。それだけでもイヌヨミには驚きであったが、そのドラゴンの出迎えとして、カラサリスの都市内からもドラゴンが飛び立ったのにも度肝を抜かれた。
     唖然としたイヌヨミは思わず望遠鏡から目を離したが、気を取り直して西門へ注目する。カラサリスより西は山脈を越えて農地が続き、海に近付くに連れて工場が増え、エルメルという工場街に行き着く。そのため農民と職人の出入りはあるものの、それ以外の商人や旅人は通らない。商人はむしろローグ、エルメル間を行き来する。
     そうして暫く眺めいたイヌヨミだったが、やがて望遠鏡を降ろして「フム……」と顎に手を当てて考え込んだ。
    「ん?」
     俯いたその視線の先、百メートル程の所に一軒の小屋が見えた。岩の影に建ち草木で屋根を覆われており、それはまるでカラサリスから隠れているかのようだった。
  • 10 路石 id:ez-kLPR2V7.

    2011-12-17(土) 22:07:03 [削除依頼]



     三羽の兔を射たクユキは、それらの脚を縛り繋げて腰に付けた布袋に結び付けた。そして、森での活動に適した小さな弓の弦と弦の間に腕を通し肩に掛け、両手が使える状態で森を進んだ。が、数歩の所で一瞬動きを止め、僅かに進路方向を変える。
     次の瞬間、クユキは体を捻りながら跳び、大腿に仕込んでいたナイフを左後方へと投げつけた。
     体を横にして跳んだからといってクユキが地面に倒れ込む事は無く、そこから更に半回転捻り器用に着地し、ナイフを投げた方を確認した。この時、殆ど無意識に近い動作で弓が肩から降ろして構えられている。
    「お、これはラッキー」
     ナイフが貫いたのは、カラサリスでは森の精と呼ばれるヤヌーという動物であった。狸や狐に似た背格好をしており、鮮やかな黄緑色の毛が特徴的だ。
     体の胴体を貫いたナイフだったが、振り向き跳躍中に投げた為に急所は外していた。痙攣する体を精一杯反らし、血を流しながら身悶えている。ヤヌーの血は赤くはなく、艶光る透明である。その血は非常に高い治癒力を持ち、それ故に森の精と呼ばれていた。
     クユキはヤヌーにゆっくりと近付いた。
     普通の生き物ならすぐに楽にしてやるところだが、ヤヌーの場合は己が血で傷口を塞いでしまうので、急所を外れたナイフ一本で死ぬことは無かった。クユキとしてはヤヌーの血が欲しかったが、殺すつもりはない。
  • 11 路石 id:ez-kIZXL240

    2011-12-18(日) 10:57:17 [削除依頼]
     ナイフを引き抜くと、傷口はものの十数秒で塞がってしまった。それでもまだ自由には動けずにいるヤヌーを優しく抱き上げると(それでもヤヌーはのた打って必死に抵抗した)、布袋から麻袋を取り出してそこに入れた。通気性に心配はないので口をしっかりと締めてから、その紐を前で持って肩後ろでぶら下げる。
     上機嫌なクユキは口笛を吹きながら再び歩き始めた。真夜(新月の夜のこと)の祝福の唄であった。
     森には獣道やクユキ自身が踏み鳴らして出来た、他者には確認し辛い道が沢山ある。脇に生える木々に実る果実を取ってかじりながら、クユキはそこを通った。暫くすると、元気を取り戻したヤヌーが麻袋の中で暴れ出した。
    「……ッ!?」
     前方に見えてきた自宅の小屋に異変を感じ取った。ドアが僅かに開いている。クユキは、先程ヤヌーに使ったナイフを逆手に持つと、窓の死角に入るべく岩に張り付いた。そして、岩から小屋の壁へと伝って静かに動く。
     ドアの横まで着き、息を殺して覗き込むが誰の姿も見えない。その代わりに視界の端に影が見えた。
  • 12 路石 id:ez-kIZXL240

    2011-12-18(日) 12:14:35 [削除依頼]
    「誰?」
     性格柄というか、クユキの声は刺々しくも緊張感に溢れたものでもなかった。しかし、ナイフはしっかりと背後から相手の喉元へ寄せている。
     クユキにはこんなにいきなり相手の前に現れるつもりは無かった。大切な物はあまりないので、それさえ盗られなければ立ち去るのを待つ積もりであった。ただ、麻袋のヤヌーが騒ぎ出したのがまずかった。相手に気付かれる前に動く必要が生じてしまった。
     近付かれていることに全く気付かなかったイヌヨミは、驚きながらも冷静に両手を挙げる。
    「勝手に入ってすまない。ノックはしたんだ」
    「それじゃ質問に答えてないよ。アンタは誰?」
     あぁ、とイヌヨミは頷く。そしてやや間を空けてから答える。
    「僕は商人さ。イヌヨミって言うんだけど、道に迷ってしまったんだ」
    「嘘」
    「え?」
     顔を後ろへ向けようとした瞬間、イヌヨミは左大腿に深くナイフを突き立てられた。クユキの動作に無駄や躊躇いは無い。
    「うぁあぁあ゙あ゙っ!!」
     力が入らなくなり、イヌヨミはナイフの刺さった脚を抱えながら倒れ込んだ。激痛の余り涙がこぼれ、全身から冷たい汗が溢れ出る。絶叫が部屋を包む分、ヤヌーの時よりも痛々しい光景だ。
     痛みに任せて全身で悶えるイヌヨミをクユキは表情一つ見下ろす。
  • 13 路石 id:ez-kIZXL240

    2011-12-18(日) 20:46:00 [削除依頼]
    「こんな街道から離れた所まで、しかもこんな昼間から迷う商人がいるもんか……ていうか、アンタはいつまで痛がってんの」
    「え?」
     そう言われてイヌヨミはじたばたと動かしていた体をピタリと止めた。それから落ち着いて上体を起こして脚を見詰める。
     ナイフが突き刺さったままなのに、数秒前まであった痛みが消えていた。
     クユキは目を瞬いているイヌヨミの横に屈み込んで、これまた躊躇無くナイフを引き抜いた。イヌヨミは小さく悲鳴をあげてしまう。
    「見え難いかも知れないけど、これにはヤヌーの血がベットリ付いてんの。だから刺してもあっという間に治るわけ」
    「あ、あー……なる程」
  • 14 路石 id:ez-Qh/gwe30

    2012-02-05(日) 14:17:31 [削除依頼]
     大袈裟に痛がってしまった事を恥じるように、イヌヨミは静かに立ち上がった。しかし冷静に考えると、家宅進入したとはいえ、いきなりナイフを突き刺してきたこの青年にも問題がある事に気付き、ムッと細目で睨んだ。
     クユキはナイフに付いた血をズボンで拭き取り、大腿にベルトで装着したホルダーにしまい、立ち上がる。
     どうやら、賊の類ではないらしい。仮に害を為すようでも、大した相手でないと判断した彼は、狩猟した兎を台所脇にぶら下がっているフックに吊すと、マッチを擦って火を起こした。台所と言っても、江戸時代のものと形が少し異なる釜戸と、膝元程の高さの調理台所があるだけである。つまり、台所は江戸庶民の使っていたそれとかなり近い。
     壁際には金網が幾つ山積みされており、その内二、三個にはハリョリョ(赤く長い尾が特徴的な鳩の仲間)が入っている。そこから一つを選んで麻袋のヤヌーを入れ、金網の山へ戻す。終始、イヌヨミの事など視界に入っていないかのようだ。
    「そこに座ってなよ」
     扉の前でそれだけ言うと、クユキは薬缶を持って外へ出て行ってしまった。
  • 15 路石 id:ez-hF.xPHr.

    2012-02-07(火) 17:02:39 [削除依頼]
     荷物を下ろし、イヌヨミは促された丸太椅子に掛ける。
     しまった。と彼は顔を渋らせた。ちょっと覗くだけの積もりが、住人に見つかり、殺されかけた。いや、殺されずに済んだだけでも幸運と思うべきか。あの青年、身のこなしもさることながら、どうやら洞察力も相当なもののようだった。
     それにしても、どうしてこんな、都であるカラサリスからつかず離れずの場所に暮らしているのだろう? どうやら狩りをして生活しているみたいだが、それでも、森に住み込まなければならない理由にはならない。自問に対する答えを探すように小屋を改めて見回してみる。
     木製の机、椅子。一画を占める台所の釜戸では小さな火が揺らめき、その上にある丸窓は半開きになっていた。その他は金網とその中の動物、じゃが芋が一杯に入った大鍋、何巻きものロープ、天井の梁から吊された山菜、等々、狩りに関連するであろう物が散らばっていた。食器の量などをみる限り、独り暮らしだとイヌヨミは判断した。だが結局、どうして彼がこんな隠れ家のような小屋に住んでいるのかは分からなかった。
     戸口からクユキが戻ってくる気配がして、イヌヨミは考えるのを止めた。あの青年がどんな生活をしていようが、自分には関係無い。それよりも、早く此処を出て、目的地を目指そう。と。
  • 16 路石 id:ez-5StEKbn1

    2012-02-10(金) 23:03:00 [削除依頼]
     盗みでなかったにせよ、何やら彼はカラサリスの人間では無いようだったし、どうして追い出さなかったのだろう。とクユキは自問する。あの男の、棘の無い、というか間の抜けた雰囲気のせいか。
     小屋に戻り、近くの小川から汲んできた薬缶を釜戸に置く。壁にもたれながら腕を組み、イヌヨミをチラッと見た。
    「で、結局、アンタは何者なの?」
     聞かれるとは分かっていたが、それでもイヌヨミは答えに詰まった。
    「なんというか……旅人、かなぁ」
    「かなって……それ旅人じゃなくて放浪者なんじゃ?」
    「残念ながら、僕には二者の明確な違いが分からないもんだから、イマイチ否定出来ないよ」
    「目的の有る無し、じゃないか?」
    「目的……ねぇ。有るには有るかなぁ……」
    「歯切れ悪いな、アンタ」
     クユキは少し苛ついた様子で溜め息をついた。そして腹の内で放浪者だと決め付ける。
     改めて見てみれば、イヌヨミの見た目格好は明らかにこの地域のものではない。彼の装備は確かに山岳向きであり、山の多いコースィ国北部の移動には適している。しかし、コースィの民がウーヴォの白く軟らかい毛皮の着物を好んで使うのに対し、イヌヨミのコートは、何か見たことの無い堅そうな皮を使っていた。
     お湯が沸いたので、クユキは窓際に干しておいた茶葉を適当に千切り、薬缶に入れる。
  • 17 路石 id:ez-o6mb/.0/

    2012-02-11(土) 13:01:32 [削除依頼]
    「ドーゾ」
    「有難う」
     と、出された茶に両手で手を伸ばす。
    「それ、外せば?」
     クユキはイヌヨミの手袋を見ながら言った。
     うーん、と曖昧な返事をするイヌヨミは、結局手袋をしたまま茶を啜る。
    「さっき王都の様子を見てみたんだけどさ。門の警備って何時もあんなに厳しいの?」
    「あぁ、最近は黒魔術対策が厳しくなったんだよ」
    「どうして?」
    「さあ……近い内に戦争でもやるんじゃない?」
    「戦争ね……」
     イヌヨミは考え込む。
     彼はカラサリスに入る事が目的だった。が、予想以上に検問が厳重だったために、簡単には入れなくなってしまったのだ。要するに、普通に検問を受けた場合には確実に引っ掛かる理由が彼にはある。
    (まさかコイツ、魔術師なのか?)
     そんな考えがクユキの頭をよぎったが、直ぐに掻き消した。こんなパッとしない魔術師なんて聞いた事がない。と。
  • 18 路石 id:ez-o6mb/.0/

    2012-02-11(土) 21:35:23 [削除依頼]
    「このお茶美味いな……ねぇ、どうにかしてカラサリスに入る方法はないかなぁ?」
     イヌヨミはずいっと身を乗り出した。
    「……それは、普通に検問を受けて入る。という方法以外で、という意味?」
    「そういう事」
    「そんな方法は無い」
    「本当は?」
    「……」
     カラサリスに住めないからこんな小屋にいる。というわけではない。カラサリスのクラバート騎士団から隠れている。というわけではない。この青年は、自ら選んでこんな暮らしているのだ。イヌヨミにはその事が分かっていた。クユキのような冷静な分析から分かったのではなく、直感的にイヌヨミはその事に気付いていた。
     だから、カラサリスへの侵入方法を聞いた。
     クユキは机際にある小瓶からイチの実(大豆とほぼ等大の、黄色をしたベリー系の木の実)を一掴み取ると、その内の三粒をヤヌーが入った金網に入れた。ヤヌーは警戒したが、匂いでイチの実だと分かると、直ぐに勢い良くガブリ付く。
    「カラサリスの侵入ね……出来なくはない」
    「やっぱりね」
     微笑むイヌヨミ。
    「けど、どうして? どうして其処までしてカラサリスに入りたい?」
     イチの実を奥歯で潰した。強い甘味がクユキの口内に広がる。それから続けた。
    「……いや、それ以前に、只の旅人さんが検問を通過出来ない理由って、一体なに?」
  • 19 路石 id:ez-DLaAJu/.

    2012-02-12(日) 08:40:03 [削除依頼]
     てっきり困惑の色を見せるかと思いきや、イヌヨミは表情を変えないどころか寧ろ微笑んだ。
    「うーん、それに答えるにはまず、どうして君が王都から微妙に離れたこんな小屋に住んでいるのか、を教えてくれなきゃなぁ」
    「対等な立場だと思わないでよ。別に、こっちは望んでカラサリスへの侵入方法を教えたいって分けじゃないんだから」
    「まぁ、そうだよねぇ」
     話せば話す程、イヌヨミは楽しくなっていた。さっさと退散する積もりだったが、初めて遭った目の前の青年への興味が、渾々と湧いてくる。
     対してクユキは小さな驚愕を覚えていた。ついさっきはナイフで大騒ぎしていたくせに、それ以降は全く動じない。今も毒気の無い顔をしているが、冷静に思い出してみれば、最初の間抜けな態度は芝居だったとも考えられた。
    「検問を通れない理由は……幾つかあるんだ。全部は答えられないけど、つまり、その、指名手配されてるんだな、僕は」
    「指名手配!? 何をして?」
    「言えない。というか、言いたくないなぁ」
    「……カラサリスへの侵入方法は知りたくないの?」
     イヌヨミは苦笑いをする。
    「そりゃあ、知りたいさ。でも、この事を話せるのはつまり、腹を割って話せる“信頼出来る相手”だけなんだよ。 ……君はそれになれるかな?」
     細目の奥から確かな視線を感じる。後に思い出してみても、どうして首を縦に振ったのか、クユキ自身も説明が出来なかった。
     クユキは深く諦めの溜め息をつく。
    「……分かったよ。こっちも腹を割って話せばいいんでしょ? こんな生活をしている理由をさ」
    「そゆこと」
     意地悪い笑みを浮かべるイヌヨミ。
     追加のイチの実をせがむように、金網でヤヌーが鳴いた。
  • 20 路石 id:ez-DLaAJu/.

    2012-02-12(日) 15:05:44 [削除依頼]



     時は七年前に遡る。
     クユキはまだ十歳になったばかりの少年であった。彼の父はカヤワマ街道を通る商人を狙う盗賊団の長をしており、馬で移動する日々を送っていた。クユキは武器の扱い、馬術、狩り、泳ぎ、木の実の見分け方、道具の作り方、それら全てを父から教わった。盗賊にしては教育熱心な人物で、周りの団員からの尊敬を集めている。だから、クユキには強く大きな父が誇りであった。父の盗みが正当なものだとは思わないまでも、自分も立派な盗賊になりたいと憧れていた。

     ある日、ローグからの商人が乗った馬車から奪った、ミール魚(酢漬けにして長期保存向けにした魚)を食べながら、父はクユキに言った。
    「お前もやっとまともに手綱がさばけるようになったから、近い内にお前の馬を手に入れてやるぜ」
    「本当!?」
     クユキの眼がパッと輝く。
     盗賊団において、本人用の馬が貰えるという事は、即ち一人前の盗賊だと認められた証なのである。
     横にいた副団長が、クユキに向かって酒の入った木のコップを掲げた。
    「おめでとうさん。これなら我らがウーヴォニード(「ウーヴォの双角」の意)盗賊団も安泰だ。お頭、上等な馬を探さなきゃですなぁ!」
    「当然だ。ハッハッハッ!」
     祝福ムードになったウーヴォニード盗賊団の晩餐は、何時も以上のドンチャン騒ぎへと変わっていった。
     興奮してミール魚にがっついたクユキは咽せながら、それでも笑みが顔から離れなかった。記憶も無い内から母を亡くした彼にとって、父に認められるというのは、考えうる最高の喜びだったのである。
  • 21 路石 id:ez-DXbHci8/

    2012-02-13(月) 17:36:33 [削除依頼]
     そのようなやり取りがあった晩の、正にその翌日の事だ。
     酔いつぶれる大人達よりも早く起きたクユキは、本拠地近くにある滝坪へ出向いた。彼は二年程前から毎朝此処へ来ては、あらゆる鍛錬に励んでいたのだ。つまり、彼の秘密の特訓場なのである。
     冬の足音が大きくなり冷たさを増した川の水で顔を洗うと、大きく身震いした。それから立ち上がり、脇に置いておいた弓を構える。標準は滝の高い所だ。
     ふっ、と小さく息を吐いてから止め……
     放つ。
    「……よしっ!」
     矢は降る激流に飲まれたわけでも、岩肌に跳ね返ったわけでもなかった。滝の本流と岩肌の間に巣を作る、メジュカという鳥の胴体を見事に貫いたのだった。多才なる中でも、彼の弓矢の才はこの頃から際立っていた。
     墜落したメジュカは一旦は滝坪の深くまで沈んだが、流れに乗って再浮上して来た。それをクユキが受け取る。
     燕によく似た背格好をしたメジュカからは、あまり血が出ていなかった。水没した際に少量が滲んだようだが、藍色の翼は美しいままだった。クユキは優しくそれを撫でてやる。そして、まだ苦痛に身震わせ続ける命を、手の中で楽にしてやった。大事に包容すると、神に、メジュカに感謝の祈りを捧げた。
  • 22 路石 id:ez-yt.y/ot/

    2012-02-14(火) 13:49:33 [削除依頼]
    (これで俺も一人前だ……!)
     メジュカを持って帰る途中、クユキはそう思った。
     父には認められた。ならば、次は自分が自分に認められなければならない。何時からかは判然としないが、クユキは前々からそう決めていたのだ。自身に厳しいのは根っからの性分らしい。そして彼が自分自身を認める為に打ち立てた試練が、メジュカを仕留める事だったのである。標的を見定める目。滝を突破して射抜く力加減。逃げ足の早い相手を一撃で仕留める正確性。それら全てを備えている必要があるメジュカ狩りは、大人であってもかなり難度が高い。
     これを見た父はどんな顔をするだろう。と、想像して微笑む。髭を蓄えた口で豪快に笑う大男。長いうねり毛を藍色のバンダナで抑えつけ、汚れたワイシャツと黒ズボンを着て酒を飲む姿。その上から盗賊旗をマントにして悠然と馬に跨る姿。俺もあんな男になれるだろうか……。
    「相変わらず朝が早いな」
     横からいきなり声がして、クユキは驚いて飛び跳ねそうになった。
    「……なんだ、シュラか」
    「ハハハ、なんだとはなんだ……ん? 何持ってんだ?」
     団員のシュラはクユキの手に気付いた。
    「さーて、なんでしょう?」
  • 23 路石 id:ez-FWpUlGk.

    2012-02-18(土) 11:27:51 [削除依頼]
     悪戯っぽく笑みを浮かべながらクユキはスタスタと歩いて行く。メジュカを包み込んでいた手から、真っ赤な血が滴り始めた。歩調が速まる。後ろから付いて来るシュラはそれを見て、何かを狩ったのだと理解した。
     マズマラ、ヤヌー、ババリア、バシ、と、この辺りに生息している生物を列挙してゆくが、メジュカの名前はなかなか挙がらない。
    「もしかして魚か?」
    「さてさて、それはどうでしょう」
    「オーイ、勿体ぶり過ぎじゃないか!?」
     シュラは十八歳で、クユキより八つも年上だったが、それでも団員の中では最も近く、その分、仲が良かった。日々凶刃の危険に晒される盗賊団では、生き残っているという事が、そのまま、力または強運を持っている証であり、それが若者であればなおの事なのだ。現に、シュラの剣術の腕前はウーヴォニードで一番であった。
  • 24 路石 id:ez-giqPeq31

    2012-02-20(月) 23:25:50 [削除依頼]
    「おー、何時もの朝練か?」
     本拠地のテントでは、既に父を始めとした団員達が起きていて、粥をスプーンも使わずに片手で飲みながら、テーブルの地図に向かって額を集めていた。普段でも目覚めている時間帯だが、会議しているのは珍しい事だったので、クユキは首を傾げた。
    「あ? クユキお前、怪我したのか?」
     副団長がクユキの手から滴る血に気付いた。驚いた父も、テーブル越しに身を乗り出してくる。
    「違う違う、実は今朝、これを射たんだよ」
     少し掲げながら両手を開く。シュラが後ろから覗き込んでくる。
     テント内のいた団員達から、感嘆の声が挙がった。無理もない。メジュカ狩りに成功した事の無い者が幾人もいる中で、最年少の子供が、文字通り朝飯前に射止めてきたのだから。
    「こりゃあ、ぶったまげた! お前を射手の天才って呼ぶのは親馬鹿じゃねぇみてぇだな!」
     クユキの父はそう言ってからガハハと豪快に笑い出した。
    「メジュカかよ! 流石にこれは予想出来なかったぜ」
     すっかりやられた、とシュラも感心している。
     期待していた反応が返って来た事で、クユキは大いに満足した。父だけじゃない。団員皆に認められたのだ。と、興奮が胸の内で渦巻いた。自然と顔も綻ぶ。
  • 25 路石 id:ez-mPV9y.k/

    2012-02-21(火) 22:54:25 [削除依頼]
     クユキは一度、別のテント(食糧等の荷物置き)へ行き、メジュカの足を縛り上げて、他の獲物に並べて柱に吊した。それからすぐに父達のいるテントへと戻る。
     先程と同様、団の幹部を中心に会議が始まっていた。三十人弱の団員達は、野蛮で騒がしいという世間的なイメージとはかけ離れた落ち着きと冷静さで話を進める。国軍では一隊が潰れただけでも、同等の損害で盗賊では壊滅を意味するのだ。実際問題、暴力と勢いだけでは一回の仕事を上手くいっても、生活することは不可能に近い。
     まだ所々意味がよく掴めない部分もあったが、それでも最近ではクユキも会議を聴くようになっていた。初めて実戦に赴いた時、作戦内容を今一つ理解出来ていなかった不安感が胸に焼き付いていたからだ。目の前の敵を殺さなければならないプレッシャーをなんとか乗り越え、真っ白になりかけた頭に浮かんだ「この後はどうする?」に対する答えが無かったあの時。あれが混乱というものだ。あれが恐怖だ。以来、クユキは戒めるように頭の中で初陣の時の事を繰り返し思い出すのだった。
  • 26 路石 id:ez-rNmosTc/

    2012-02-23(木) 12:24:10 [削除依頼]
    「ついてるぜ、クユキよ。今日街道の六区を、丁度ローグからのお偉いさんが通る。きっといい馬に跨ってるにちげぇねぇ」
     会議がまとまった頃、父はクユキに言った。
     六区とはウーヴォニード盗賊団内で取り決めた、カラサリスからローグまでを区分けした呼び方である。その内でも六区は丁度中間地点で、山と山の間の渓谷になっている場所だった。複数の山から注ぐ小川の本流があり、十メートル以上の滝も存在した。
    「お偉いさんって?」
    「カラサリスでなんかの式があるらしいんだ。で、その式の祭司に選ばれたのがローグの奴らしいんだな」
    「ふーん」
     なんの式なのか分からないので何とも言えなかったが、王都で執り行われる式典の祭司に、わざわざ地方の人物を呼ぶ事に、クユキは違和感を覚えた。
    (そもそも、高位の祭司というのは王都にいるものじゃないのか?)
     その様な疑問を口にしなかったのは、単に自分が無知なだけだと思ったのと、自分の無知を晒けるのを嫌う質だったからである。例え仲間内であろうとも弱さを見せないのは、クユキ独特性格なのか、盗賊として生きる者の性格なのかは判らない。
    「今日の夕刻だ。奴らが、もうちょっとしたら休もうかって思ってる、一番疲れてる時を狙う。それなりに人数がいる筈だから、祭司の馬と荷物だけを奪うんだ。無理に殺り合う必要はない」
    「昼寝しとけよー」
     副団長のそんな忠告をもって、会議は締めくくられた。
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