ハルテラ11コメント

1.法螺吹かず

　彼こと、西郡壱之介は嘘をつかないことで有名だ。
　いや、語弊があった。訂正する。
　彼こと、西郡壱之介は未来を的中させることで有名だ。
　ある日、「今日のテスト、君は間違いなく０点をとるね」とクラスの秀才君に向かって言い放ったことがあった。秀才君は名の通り秀才だったので、「ふんっ、僕がそんな点数を取るわけないだろう」と秀才ぶった口調で返した。当然のように、西郡には法螺吹きのレッテルが張られた。
　そして後日。秀才君の席には０点のテストが配られた。
　クラスの皆は例外なく目を見開き驚いた。「まさか、あの秀才君が０点を」「何があったんだ」「あんなこと言った西郡がなにかしたんだ」ざわざわと落ち着かない級友たち。そこに当人である秀才君が一言呟いた。
「ああ、まさか名前を書き忘れるだなんて」
　なるほど無記名か、と皆は納得した。つまり私の周りに居るのは馬鹿ばかりだ。
　決まっているだろう。西郡が消したのだ。回収したテストを先生に配るまでの間に、西郡が秀才君の名前記入欄に消しゴムをかけたのだ。その事にすら気付かないのか。私が気付かせてあげよう。
　そう意を決し、私は秀才君のテスト用紙を視認した。

　はてさて驚いた。名前を書いた跡がないではないか。普通、一度鉛筆で書いたものを消しゴムで消したとしても、跡は残るはずだ。それがない。
　さらに、本人もうっかり名前を書き忘れたかのような反応をとっている。これはまさか本当に書き忘れたのではないか、西郡は未来を的中させたのかと、信じてしまいそうになった。信じかけた。
　結局、秀才君の筆圧の弱さが原因で跡が残らなかっただけ、名前を消したのは西郡である。そう結論付けた。そうでないとおかしい。
　要は、そういう奴なのだ。テスト用紙に記名したかどうかなんて普通ははっきりと思い出せない。そこにつけこんで、あたかも自分が預言者であるかのように振る舞う。西郡とはそういう人間なのだ。
　私からすれば、馬鹿だと思う。こんな些細な方法でしか自己顕示ができないのかと。人間として、まっとうな方法で自分の存在を示せと。私の足元で西郡が正座をしていたとして、私のスカートの中を覗き見するリスクがないとして、小一時間ほど説教できる自信がある。私もそこまで自らを優秀な人間だと自負しているわけではないが、無根拠ながらにそういう自信がある。
　もっと馬鹿なのは、それに騙され、扇動されるクラスメイト達だ。秀才君も例外ではない。彼はなんだ、人を疑う事を知らないのだろうか。彼が秀才君と呼ばれるのもただ単にお勉強ができるだけであって、それ以外に於いて果たして秀才君でいられるのか、甚だ疑問である。要はそういう奴なのだ。そういう奴らなのだ。
　かといって私の頭の良さを誇示するでもない。私だって馬鹿の淵を渡っている。どこにでもいる中学生でしかない。胸の内で偉そうなことを言ってみたって、孤独好きの孤立嫌いになってみたって、最終的にはただの中学生でしかない。私もそんな奴なのだ。

こんにちは。私の名前はアナグラムです。
型にはまらない、いじめ小説書こうと思います。
しばらく前に準備板で「新しいいじめ小説を書いてみたい」と言いました。有言実行できるでしょうか。

2.無造作予想図

　彼こと、西郡壱之介は嘘をつかないことで有名だ。
　いや、語弊があった。訂正する。
　彼こと、西郡壱之介は未来を的中させることで有名だ。
　そして今日、秋風吹きすさぶ今日、新たに予言をしようとしている。外も薄暗い放課後、先生が退室したのを見計らい、彼は教壇に立った。部屋中のカーテンを閉めて電気をつける。自ずとクラス中の視線が西郡に向いた。
「いっちゃん、また未来予想でもするのか？」
　頬杖をついてニヤニヤしながら言ったのは、前之園純一。ショートカットが爽やかな西郡の友人だ。いつも彼、西郡とその他何人かのメンバーでつるんでいるのだが、前之園は参謀役というか若干暴走しがちな彼らを纏めることができるリーダー気質の男である。
「ま、そんなところだな」
　いっちゃんと呼ばれた彼は、黒板いっぱいに大きく「西郡壱之介の未来予想図?」と殴り書き、自分に集められた眼差しを全身に受け、目を見開いて、こう言い始めた。

※注釈
西郡壱之介…にしごおり いちのすけ
前之園純一…まえのその じゅんいち

「今から俺が、近未来を予測する」
　予測する、と。断言した。詳しくは覚えていないが、「未来予想図?」と書いているあたりから今まで７度ほど未来予想をしたことが分かる。私はカバンに教科書やファイルを詰め込みながら、彼に視線を向けていた。皆が同じ行動をし、同じ彼を見つめる。教室全体に充満した雰囲気がそうさせるのだ。前之園は、私と彼を除く３８名の誰よりも輝いた目をしている。
「的中率は、今までと同じように１００％だ。確実に当たる、保証するぜ」
　そうして彼は、秀才君こと隈下輪太郎の０点の話、担任教師の不倫をずばり見抜いた話などを引き合いに出した。この場にいない担任はいざ知らず、秀才隈下君は顔を赤らめて斜め下に視線を投げだしていた。無駄に引き延ばさないでくれ、わざと興味を煽るようなことはしなくていいから。早く帰りたいんだ。私がそう視線で訴えようとも、他の３８名の期待のこもった視線と同化してしまい、全くもって意味をなさない。前後のドアは見えないなにかで封鎖されていた。
　彼は黒板に正対し、一番長い白チョークを握った。下の方を押さえて折れないようにしている。黒板とチョークとの接触音が教室の静寂を打ち破り、削られながら文字が書かれていく。食い入るように見つめる７６の瞳の中に、私も交じる。

※注釈
隈下輪太郎…くました りんたろう

　かつかつと文字が出来あがっていくと、群衆たちが溜め息を漏らし始めた。太く力強く書かれたそれは、絶対の自信それから注目されることへの快感を語っているようだった。
「とんでもねえ宣言しやがるな」
　愉しそうな前之園の言葉を皮切りに「なんだよ、アイツ」「ちょっ、マジかよ」「嘘であってくれ」「ゲームのやり過ぎじゃね？」「バトルロワイヤル……」「裏で何か操作してる？」「……え…………」「ついに壊れたか」「現実になったら恐ろしいな」ざわざわと喚きだす野次馬。私は彼から目を背けようとした。
　でも、できなかった。
　……語弊があった。訂正する。私が目を背けられなかったのは、黒板だ。彼が自信満々で文字だけの未来予想図を書きあげた黒板だ。恐るべき文字列に私は息を呑む、そして生涯において、最も人間に対し侮蔑の念を抱く瞬間が訪れた。
「近いうちに、このクラスの誰かが死にます」
　明らかに漫画やアニメの観過ぎである。こんな情景、ディスプレイの中でも早々訪れまい。

　だいいちこんな予言、「今から誰かを殺します」と宣言しているようなものだ。犯行予告。彼による殺.人予告。表現はあくまで偶発的な出来事のようにしてあるのだが、当人の意図があって……というのはまず間違いない。彼は誰かに殺意を抱いている。
　しかしながら、なぜこの場で発表する？　クラスメイトが……そう、もしもクラスメイトが彼と関係ない場所で、例えば不慮の交通事故かなにかで亡くなった場合、真っ先に疑われることになる。例えそれが彼の影響が及ばない僻地であっても、被害を蒙ることになる。
「壱之介君、ちょっと」
　誰かが、アニメに出演していても違和感を覚えないほど甘ったるい声で彼を呼びとめた。
「どうしたんだい？　正堺さん」
　正堺さん。名を呼ばれた彼女は、一瞬だけ肩を強張らせた。正堺結果。私とはあまり接点のない、クラスの女子生徒だ。
　そしてもって彼は、正堺を見ながらにやにやと口角を釣り上げている。男子に楽しく、女子に楽しく、そんな印象を受ける彼だ。逃げるんだ正堺、捕まるぞ。食われるぞ。
「え……っと、その、訊きにくい……ことなんだけ、ど」
　呑んで、
「西郡、誰かを」
「うん？」
「殺.すの？」
　タブーじゃない？

※注釈
正堺結果…しょうさかい ゆいか（けっか、ではないです）