一生懸命な馬鹿がいる。83コメント

1 ベイス id:o14PjaI0

2011-08-29(月) 21:38:24 [削除依頼]

「あいつは宇宙から来た侵略者だ!」

ほら、また始まったよ。俺はうんざりした様な気分になりながらも、何も言わずに耳を傾ける。

「じゃなきゃ、あの春日井の不思議さは説明できない!毎週火曜日の早朝に、宇宙で会議でもあるんじゃないか!?・・・そうだ!あいつ偶に髪の毛が立ってるときあるだろ?あれは、宇宙人と連絡取ってるんだ!文明が発達しているのは、地球人だけだなんて、俺たちの驕りなんだ。絶対宇宙人はいる。そして、この地球に降り立ってきている。あいつは絶対にその一人だ!間違いない!!」

なんなんだ。何を言ってるんだよお前は。と、呆れた四つの眼で見られているというのに、意に介した様子もなく、馬鹿が一生懸命に馬鹿な事を言っている。

「な?ショウノも、サツキもそう思うだろ?そうだそうだ、気付かない方がおかしい。春日井のヤツはあれで隠し通しているつもりだろうが、そこそこの頭をもった者が見ればあいつが侵略者であることなど一目瞭然・・・。」

俺は耐えきれなくなって、強制的に黙らせた。要は、背中を力一杯ハタいてやったのだ。本当は頭を叩きたかったが、シャーロックとあだ名をつけるほどに、コイツは背が高かったし、俺はクラスで一番背が低かった。

「いだぁぁ!!馬鹿野郎!ショウノは無駄に力あるんだから!」

「馬鹿はどっちだ。」

低く、ゆっくりと返す。すると、横で黙っていた芳郎―――シャーロックに言わせるとサツキ――が、加勢してきた。

「無駄?無駄はお前の減らず口だよ。馬鹿。」

そこまで来て、シャーロックはやっと黙った。そして機嫌悪そうに俯き、無愛想なまま席に着く。

これが俺達三人の間で、習慣のようになったのは、最近の話ではない。二人でため息をつき、また続いて席に着いたのだった。
  • 64 ベイス id:5hspJL41

    2011-10-01(土) 19:45:39 [削除依頼]

    「ただいま。」

    俺はドアを開けてそう言った。相変わらずな母の声とともに聞きたくない低い声が聞こえた。

    「おかえり。渉。」

    廊下を通ってリビングに入ると、案の定、父が居た。
    「父さん。今日、早いんだな。」
    「ああ。会議が中止になったんでな。」

    仏頂ヅラで腕を組み、椅子にふんぞり返って座る、昭和の頑固オヤジ。それが俺の父だ。亭主関白で頭が固い。夫が家事をするなどみっとも無いなどと、現在の平成の世では考えられない時代錯誤な考えの持ち主なのだ。俺が、ちょっと髪を長めにしだし、ワックスをつけてたてさせたりし始めた時は、一週間も口を聞かないほど怒った。「男が女々しい事しやがって!」というのが理由。まったく呆れるしかない。

    「で、今日漢字テストがあるって言ってたな。どうだった?」
    「……あんまし良くなかった。」
    「そうか。」

    父はあまり成績の事で口を出さない。それも妻の仕事だと思っているのだろうか。どちらにしろ、俺にとっては嬉しいので、黙っているが。

    「まぁ、しーちゃん、ダメじゃない。漢字みたいなものは、頑張ればいくらでも取れるんだから。……次は頑張りなさいね。」
    「うん。」

    いつになったら、俺はしーちゃんと呼ばれなくなるのだろう。頼むのも馬鹿らしいし、恥ずかしいのでやはり黙っているが。

    「今日の夕飯は、シチューとコロッケよ。」

    どちらも父の好物。俺はどちらもそれほど好きじゃない。クリーム系、牛乳系の食べ物が嫌いなのだ。ウチでコロッケといえば、カニクリームコロッケならぬ、カニかまぼこクリームコロッケが主流である。めんどくさいので文句は言った事が無い。

    「どっちもクリーム系だね。」
    「だって、お父さんがそれがいいって、ね?」
    「……。」

    父はむっつりと答えない。不機嫌が顔に出ていて、母が焦る。いつもこうだ。それを見て、俺が少しイラつくのもまた。いつも通り。

    どうしてこう、母が良くしてくれているのに、いつも怒ってばかりいるのだろう。

    何年か前までは、両親の仲など、気にも留めていなかったが、最近になって、母がかわいそうに見えるのだ。
    きっと、両親は最近ギクシャクしている。母が立て直そうとしているというのに、父は母が見えないかのように生活している。

    そんな様子を見て、背筋が寒くなるのは、一回や二回ではない。俺は居づらくなって、夕飯が温まるまでと自分に言い訳をし自室に引っ込んだのだった。
  • 65 ベイス id:IIdmb9O.

    2011-10-03(月) 21:19:17 [削除依頼]

    「おい、母さん!」

    俺は、ぼんやりと椅子に座っている母を大きな声で呼んだ。これで五回目だ。しかし、母はこちらには目もくれず、あらぬ方向を向いてポカンと口を開けている。

    「か・あ・さ・ん!!」

    しびれを切らして怒鳴ると、母さんの方がびくっと揺れた。

    「あ、しーちゃん。どうしたの?」
    「どうしたの?はこっちのセリフだよ。何回も呼んでるのに、答えやしない。」
    「あら、ごめんごめん、ちょっと考え事してただけぇ。」

    最近、こういう事が増えた。年のせいなのか、他に理由があるのか。前者だろうと、思ってはいるのだが。

    「で、えーと。明日は朝飯作んなくていい。朝練習で、家出るの早いから。」

    約一時間の早起きを、自主的な練習で母親にも押し付けるのは、はばかられた。コーチにも、朝練習の時の朝飯くらいは自分で作れと、きつく言われている。

    「え?良いわよぉ?五時で良いんでしょ?作るわよ。」
    「いいよ。適当に食うから。コーチにも言われてるし。」
    「で、でも……。」

    なおも言い淀む母に、苛立たなかったといえば嘘だが、出かかった鋭い声は飲み込んだ。

    「大丈夫だって。それに、俺が怒られちまうし、コーチに。」
    「そ、そう?悪いわねぇ。」
    「別に、俺の朝飯だし。」

    そう言い置いて、俺は自室へ引っ込もうとドアを開けようとした、そこへ。

    「おぉい!!自分で朝飯作るだとぉ!!」
    「父さん、酒、飲みすぎ。」

    晩酌でビールを三缶飲んで、ベロンベロンの父がからむような口調で言った。いつもの事だ。アルコールに弱いと分かっているなら、飲みすぎ無けりゃいいのにと、いつも呆れる。

    「朝っぱらから男が台所に立つんじゃねぇ!!せっかく母さんが作ってくれるっていうんだから、わざわざ女のすることをしなくていい!」
    「父さん。そんな言いかた無いだろ。朝飯自分で食うだけじゃねぇか。トースト焼いて、ジャム塗るだけだ。」
    「うるせぇ!」

    父は俺を押しのけて、廊下へ入り、寝室へ引っ込んだ。

    「ごめんねぇ、しーちゃん。ちょっと、飲みすぎちゃったみたいで。」
    「分かってるよ。見りゃ分かる。」

    俺も続くようにまた、自室へ引っ込んだのだった。

    母に一声かけるべきか。そう思ったが、何を言っていいのか、見当もつかず、とりあえず乱暴にならないようにドアを閉じた。

    どこから来たのかわからない、正体不明の怒り、苛立ちが湧きおこる。
    どうして、こんなに腹が立っているのだろう。そう思いながら、俺はテニスボールを布団に投げつけたのだった。

                     *
  • 66 ごん id:GjXIumd0

    2011-10-10(月) 10:58:34 [削除依頼]
    俺は、今日何度目かも分からない溜息をついた。頭がいたい。
    なんというか、もうめんどくさくなってきた。
    全然解決気配がないのに、ただただ深まっていく春日井君の謎。度が過ぎるナミの暴走。

    いっそもう、全て投げ出してしまいたい。

    らしくない、そんな考えが頭をもたげる。
    もともと、誰に頼まれたわけでもない。勝手に始めたことだ。
    このままだと、ナミの暴走を含め、どんどんとめんどくさそうな方向へ進んでいきそうだ。
    辞めるなら、今だろうなぁと思う。

    「ただいま……」
    「あ、兄ちゃんおかえり」
    「おかえり」
    「おかえり」
    「おかえり」
    「おかえり」
    「おかえり」
    いつものように、6人輪唱でお出迎え。
    あぁー……癒される。
    「拓郎ぉぉぉぉ」
    一番近くにいた、唯一の弟、拓郎(6歳)を抱きしめた。もっと癒しが欲しい。そうだ、俺に今必要なのは、癒しだ。可愛さだ。
    ますます力を込めて抱きしめる。
    「に、兄ちゃん、く、苦しいよォォ」
    「よしよぉし。今日も可愛いなぁ」
    「うわぁぁぁぁん! 兄ちゃんが変だよぉぉぉ」
    ……泣かしてしまった。
  • 67 ごん id:GjXIumd0

    2011-10-10(月) 11:20:02 [削除依頼]
    夕飯のあと、俺はいつもすぐ自分の部屋に戻ることが多いのだが、なんとなくだらだらしていたかった。茶の間でTVを見ながらごろごろする。
    しかし、チャンネル権は、マイシスターズ(この場合、我が家の最強タッグである二女と四女を意味する)をとられてしまったので、非常につまらない。
    TVからは、今流行りのアイドルグループの曲が流れてる。別に嫌いではないが、街のあちこちで流れてるため、さすがに聞きあきてきた。
    親父がお勝手から酒を持ちだして、なぜか俺の横に座った。
    「なんだ」
    「いやぁー。可愛い息子が悩んでるようだから。話を聞いてやろうかと」
    「……そういうのって、普通黙ってるだろ」
    「まどろっこしいのは苦手だ」
    「そう……」
    親父は、酒をくいっと一気に飲み干しながら、それで? と聞いた。
    「なーに悩んでんだ」
    「……いろいろ」
    「かぁーっ! いろいろって、最近のわけぇもんは大変だな」
    「親父は悩みなかったのか?」
    「あったさ」
    「へーどんな」
    「いかにすれば、女子が振り向くか」
    結局それか。親父にまともな悩みがあったとも思えなかったが、それにしたってちょっとがっかりだよ。
  • 68 ごん id:GjXIumd0

    2011-10-10(月) 11:51:43 [削除依頼]
    親父は、酒をもう一杯コップに注ぐと、俺に差し出してきた。
    「俺、未成年」
    そう言うと、親父は、大げさに頭抱えながら、あぁとため息をつく。
    「んな、頭固いから、いろいろ悩むんだよ」
    「親が言うことじゃないだろ」
    それから、親父は、自分でぐぐっと酒を飲み干してしまった。飲みっぷりが大変いい。俺も、大人になったら、酒飲みになるんだろうか。

    俺は、自分の部屋に戻り、ベットに寝転んだ。
    ノボル君を、胸の上に置いて、眺める。
    のそのそと動く姿が、可愛らしい。

    そして、親父のアドバイスを思い出した。

    『まぁー……、あれだ。
     なにごとも、ほどほどにだ。
     いろいろ一気にやろうとすると疲れんだよ。
     
     めんどくさくなったなら、ちと休め。

     だがな、男なら投げ出すな。以上』

    「休め……かぁ」
    親父にしては、いいことを言われた気がする。

    俺は、明日からどうするか考えながら、深く眠りについた。

               *
  • 69 ベイス id:7am.UbH0

    2011-10-15(土) 11:55:19 [削除依頼]
    早朝の暗さに、季節の変化を感じる。

    街灯もロクに無い、駅への近道である無人の公園を自転車で突っ切って、並木道に出た。すると、誰かが前からやってきた。そして、俺はハンドル操作を誤りかけた。

    その人はどっピンクのフリースとズボンを穿いた、五十くらいのおっさんだったからだ。


    早朝は恐ろしい。しょっちゅうこういう類いの変な人を見かけるのだから。

    電車の発車時刻は五時四十三分。現在の時刻は五時三十二分。俺は自転車ギアを上げて、ペダルを力いっぱい踏みつけた。


    無事電車に乗り、学校へ着いた。部室でジャージに着替えてコートに行くと、もう数名が打っていた。みな、一年生のようである。先輩が居ないうちに、存分に打とうという事なのだろうが、問題点が一つ。

    「コート整備もしないで打つな!!ネット張っただけとか、ふざけてんのか!お前ら!」

    そう怒鳴ると、幾重にも重なった、すいません、が辺りに響いた。蜘蛛の子を散らすようにブラシへと走っていく一年生を見て、最初っからやっとけばいいのにと思うが、一年前の身に覚えが無いと言えば嘘なので、それ以上は怒鳴らない。怒鳴るのも疲れるのだ。
    コーチもあんなに怒鳴りまっくてて疲れないのかなぁと、思ったところに、コーチの車らしきエンジン音が車両用の出入り口から響いてきた。案の定、真っ赤なアウディーの登場である。あの赤い車を見ただけでやる気をなくすのはテニス部ならば、誰しもがそうだろうと思う。隣のコートにいた女子連中からも、来ちゃったよコーチ、というネガティブな雰囲気が伝わってくる。
    皮肉を考えただけで影が差すなんて、さすがはコーチだ。俺は疲れた目でその高級車を睨んでいたのだった。


    「おい!集合!!」

    コーチの野太い声に、コート整備を終えてすぐで息の上がっているはずの一年生らが、猛ダッシュでこちらに集まってきた。集合の号令がかかった時、歩くまたはランニング程度の緩い走りで集まると、コーチはそれだけで激怒する。一人二人なら、そいつらに腕立て三十回の刑がくだる程度だが、もっと複数となると朝練の一時間半が全てシャトルランならぬシャトルダッシュになるのもザラなのだ。インターバルは限りなく短いし、マジ走りで無ければ本数が追加されるので、それこそ地獄だ。死ぬほどキツい。

    「おい、江ノ原。他の二年は?」
    「まだ来てません。」

    俺の一言に、コーチの顔が瞬く間に般若のようになった。薄暗い所で見ると、背筋に冷たいものを感じるほどに怖い。

    「よし。わかった。江ノ原は、悪いが一年生の球出しをしておいてくれ。ベースライン四球で、打ったらコート一周させろ。そんなにキツくし無くて良い。すこし心拍数が上がる程度で。その後はいつも通りで。」
    「分かりました。」

    恐ろしく低い声でメニューを言い渡し、コーチは集合をかけた身にもかかわらず、出入り口へ去って行った。といっても、別に帰ったわけではない。入り口で仁王立ちして、他の二年が来るのを待ち構えているのだろう。あの般若顔で。

    ――――――ドンマイだな。三浦、川瀬、斉樹、佐藤、石田。

    俺はこれからやってくるであろう、部のメンバーの名を思い浮かべて苦笑した。

    「よし。一年生。ベースライン四球で、コート一周だ。」

    一年生らに安堵の表情が浮かんだ。普通の球出しメニューだったからだろう。

    「やる気のない奴、声出さない奴は、容赦なく腕立て三十回の刑だからな。」
    「はいっ!」

    俺はボールが入ったカートを押しながら、遠くから聞こえるコーチの怒鳴り声を聞いていたのだった。
  • 70 ベイス id:78pFTND/

    2011-10-19(水) 17:57:43 [削除依頼]

    コーチに言われた通りに球を出しながら、俺は春日井君の事に付いて考えていた。しかし、思考の途中で一年生の声が小さくなったり、ミスショットやネットが多くなったりで、いちいち注意を入れなければならないので、深いところまでは考えられなかった。こういう時くらい、普通にテニスに集中すればいいのだが、それも出来ない。

    「おい!岩永!面が上向き過ぎ!握りが厚くなってるぞ!」
    「は、はいっ!」
    「あと、小山!お前は腰の位置が高い!もっと低くだ!」
    「はいっ。」

    ガンガン檄を飛ばしつつ頭の片隅では相変わらず、あの春日井君の幼馴染だという男子の言葉をリフレインしていた。

    「よし。アプローチショットはもういい。次はスマッシュだ。」
    「はい。」
    「ダウン・ザ・ラインに落ちなかったら一周だかんな!見てないと思うなよ!」
    「初めから思ってません!」

    律儀な返事に、くつくつと笑いながら、俺は小さめにロブを放つ。それを一年生はラケットを担ぎあげ、振りおろして見事にベースラインのそばに落とした。が、問題が一つ。

    「上原、位置はそれで良い。でも、打つのは下からだ!下から上に擦り上げろ!いつも言ってるように!」
    「すみませんっ。」

    ひょろりと高い上原、他多数の背を忌々しく見つつも、あれだけ高いのだからと欲が出てしまう。自分に持ってないものだと余計にだ。スマッシュで、しかもあれだけ高い位置から打てるのだからと、歯がゆい。そんなことを思っていると、カゴはカラになってしまった。

    「ラストッ!」
    「ラストお願いします!」
    「よし、ボールアップはいい。サーブの打ちっぱなしだ。」

    俺がそう言うと、嬉しそうに一年生たちが一斉に駆けて行った。サーブ練習はラクで楽しい。コーチがいなければ。
    俺も俺で嬉しかったが、その心は一瞬で暗くなった。……コーチが二年生五名をひきつれて、コートへやってきたからだ。一年生も、入口の方を不満げに見つめている。

    「おい!お前ら!コート開けろっ!」
    「は、はいっ。一年生、ボールアップしてコート出ろ!」
    「いや、ボールはそのままでいい!こいつらに拾わせる!」

    そうコーチは言って、傍にいる五人組を指さした。遠くから見ても解るくらいに蒼い顔をした同級生を見て、俺は内心同情した。俺はもともと早く来る性質だが、あいつらが来た時間だって、学校側からしたら少し早いくらいなのだ。まぁ、学校側の示す朝練の開始時間と、コーチのそれとが一時間近く違うことは今に始まった事でもないのだが、それにしてもという所だ。コーチは朝練にはたまにしか来ない。その辺が頭にくる。毎日来られても、それはそれで困るが、腹が立つ。

    「よーし、一年生。壁打ち行くぞー。」

    俺はすごすごと、一年生をひきつれて少し遠くにある壁打ちコートへと走り出したのだった。
  • 71 ベイス id:/wSDX6l0

    2011-10-21(金) 17:34:53 [削除依頼]

    「朝練お疲れ、ショウノ。」

    軽く校則破りの赤いセミバッグを、ドスンとデスクへ置いたとき、芳郎は言った。

    「ああ。今日はそんなに疲れてないかな。」
    「え?でも、三浦は……。」

    芳郎は気遣わしげに、ボロボロになっている三浦を見やった。いつもなら目にまぶしいセミバックの黄色と白のツートンも、かすんで見えるほどだ。

    「あれは……。コーチがいけないんだな。」
    「そ、そうか。」

    芳郎は顔をひきつらせながら笑った。そこへ、いつものハイテンションでシャーロックがやってくる。

    「よー!!ショウノ!!テニス楽しかったか!?」
    「そんな毎日楽しめるかっつぅの。」
    「えー!」

    俺はシャーロックの天真爛漫すぎる子供らしさにつっこむ気も起きず、芳郎とともにヘラヘラと笑った。

    「春日井君。今日は来てるね。」

    大きな声で臆面もなく言うシャーロックの口をあわててふさぎ、俺は小声で答えた。

    「コラ!でかい声で言うな、聞こえるだろ!」
    「ああ。ごめん。」
    「でもさ、芳郎、春日井君って本当に何かあるのかな。」
    「そりゃ、あるだろう?」
    「でも、こんだけ調べてるのに、全然わからないんだぜ。」

    芳郎が苦い顔をした。きっと、芳郎自身もそう思っていたところなのだろう。

    「まぁ、妙な噂たってるみたいだし、火曜日だけしょっちゅう遅刻するのは事実だし。」
    「そうだなぁ。」

    空気を読んだのか、なんなのか、シャーロックも静かになってしまって、三人の間にどよんとした雰囲気が漂った。
    そこへ、それを払拭するかのように、芳郎が明るい声で言った。

    「あのさ!今度、三人で遊びに行かないか?」
    「え?……あ、ああ。」
    「おーー!いいねっ!久しぶりに!!」

    いきなりの提案に、俺は言葉に詰まったが、シャーロックの喜んだ声に、それもいいかなと思った。しかし。

    「でも、俺、土曜と日曜どっちも部活……。」
    「そ、そうか。」

    芳郎は沈んだ声で言ったが、シャーロックはなおも上機嫌に腕を振った。

    「それならさ!俺んとこの近くででっかい秋祭りがさ、月曜の夕方からあるんだ!それなら部活終わった後からでも行けるぞ!」

    その一言で俺は思いだした。

    「あ、そうだ。来週の月曜、コートの点検工事で部活無いや。」
    「お!ちょうどいいじゃん!」

    オムニコートは雨に強く水はけがいい代わりに、半年に一度ほど軽い点検工事が行われるのだ。

    「じゃー、まぁ。行ってみるか。秋祭り。」

    そう呟いて、俺はセミバッグに押し込んである教材を引き出しに入れた。
  • 72 ベイス id:/wSDX6l0

    2011-10-21(金) 21:13:16 [削除依頼]
    魔の五時間目。そう、一番眠たくなる時間帯だ。六時間目も眠たいが、これで終わりだというモチベーションが持てるだけマシだと、俺は思う。

    とりあえず、眠い。

    「確かにな。この文章はなかなか難しい。要旨がことごとく比喩化しているからな。ちゃんと読みこんで、作者―――井伏鱒二が何を伝えたくて、こんな表現を使ったのかについて、よく考える必要がある。」

    現代文の授業は、そこまで眠たくならない授業ではあるが、それでもこの時間帯には勝てないようだ。まぶたがすさまじく重たい。

    「山椒魚は、岩屋の中にいた二年間で成長し、出口に頭がつっかえて出られなくなってしまったわけだ。だから、ここで山椒魚は悲しんだ、とあるわけだ。ここまではわかるな?」

    阿坂先生のハキハキした声が聞こえる。だが、内容は頭に入ってこない。

    「えー。ここでだが、この山椒魚は何にたとえられていると言える?……じゃ、江ノ原、答えてみろ。」

    いきなり自分の名前が出て驚く。ええと、何と言ったか?全く分からない。今、授業しているのは井伏鱒二の「山椒魚」である。という事くらいいしか。
    ほとほと困ったその瞬間、救いの手が伸びた。というか……。

    「ギャハハハ!ばっかじゃねぇの!?サンショウオ」

    いきなり、シャーロックが素っ頓狂な声を上げた。教室のだらけていた空気は一気に凍りついたが、シャーロックは意に介した様子も無く、ゲラゲラ笑いながら続けた。

    「どんだけでかいんだよ、頭!ドラ○もん並みじゃん。」

    そんなシャーロックの様子を、阿坂先生は冷ややかに見つめた後、いつも以上に低いアルトの声で言った。

    「波戸。静かにしろ。」

    阿坂先生の無表情さに怖気づいたか、シャーロックはまさに青菜に塩といったところだ。ひょろりとした背を丸めこんで俯いた。

    「さすがだな。阿坂ちゃん。」

    斜め後ろの男子生徒が、ぼそっと呟いた。……って、“阿坂ちゃん”かよ。

    ――――――本当にそんな風に呼んだら、あんな冷ややかな目で睨まれそうだよなぁ。

    そう思って内心苦笑したが、案外赤くなって取り乱したりして、とも思ったのだった。

                        *
  • 73 ごん id:JK/fSSC1

    2011-11-05(土) 15:59:01 [削除依頼]

    らしくなかったか。
    慣れないことはするもんではないな、と思う。
    陽気に遊びに誘う俺なんか気持ち悪い。

    しかし、ナミの提案で秋祭りに行く予定ができたのは単純に嬉しかった。

    親父の言うこともたまには聞いてみるものだな。
    春日井君のことを投げ出すつもりはないが、最近春日井君のことにかまけていて全然遊んでいなかったし。これぐらい”休んだ”って良いだろう。
  • 74 ごん id:hqjKOU3.

    2011-11-18(金) 20:26:43 [削除依頼]

    秋祭り当日。俺たちは一旦家に帰り、私服に着替えてからナミの地元駅に集合した。
    俺とショウノは普段着ているような私服だったが、やはりというべきかナミは甚平だった。屋台の近くならともかく、祭りからちょっと遠いこの駅からだとちょっとナミは目立った。
    「お前ら! 祭りだぞ!? なんでジンベイじゃねーんだ!」
    「いや、シャーロックのそれはなんだ」
    ショウノがつっこんだのは、ナミの頭に乗っかってる”仮面ライダー”のお面。どうやら来る途中にフライングで買ってきたらしい。
    ナミが生き生きとしてお面を顔につけた。目の前にジンベイ姿の仮面ライダーが現れる。どうやら、かなり気に入っているようだ。
    「いいだろうー。ショウちゃんもいりますかぁ?」
    「いらねぇよ!」
    さっそくじゃれあうショウノとナミ。その様子はなかなか微笑ましいのだが、いつまでもここでたむろっていてもしょうがないので
    「そろそろ行くぞ」
    と二人を促した。


    たこ焼きのいい匂いがしてきた。それから、ド派手な屋台が並んでいるのが目に付く。
    夏祭りよりは小規模だが、なかなかに賑やかだった。何人もの知り合いとすれ違う。


    「うわー男3人で夏祭りとかむさくるしー!」
    そう言って思いっきり笑いかけてきたのは同じクラスの露木だ。他にも三人の女子がいる。全員浴衣姿だ。
    「そっちだって女子だけじゃねぇか!」
    何が気に食わなかったのか、ナミが噛みつく。ショウノは女子に積極的に関わりたくはないようで、人ごみに流されない程度に一歩後ろへ下がっていた。
    露木は、ハンと鼻で笑って、
    「華やかで可愛いでしょ?」
    と言ってのけた。なかなか自分で言えるセリフじゃないと思う。露木スキル恐るべし。
    事実、目の前の浴衣女子の軍団は可愛い。かき氷を「あーん」と食べさせる光景などは、実に目の保養だ。癒される。
    「……べ、別に可愛くねーよ!」
    ナミが苦し紛れに吼える。うん、感心しないな。
    「いや、可愛いだろ」
    そう言った。すると
    「でたよむっつり五月女!」
    と露木は思い切り吹きだした。
    俺は、むっつり扱いになってたのか。心外だな。

    可愛いものは好きだが、むっつりではない。
    隠してるわけでもなく、ただ顔に出ないだけだ。

    露木の「むっつり五月女!」に皆ツボッたらしい。ナミは腹を抱えてギャハハッと爆笑しているし、後ろでクツクツとショウノが笑いをこらえている声も聞こえた。
    まったく、人をなんだと思っているんだこいつらは。
  • 75 ごん id:hqjKOU3.

    2011-11-18(金) 21:29:23 [削除依頼]

    ――……女子のノリは恐ろしい。
    何故か、ふりふりポテトを奢らされた。断り切れなかった。
    俺とショウノは苦笑しつつ素直に財布と取り出した。ナミは最後まで渋って『これがカツアゲの実態……』などとぶつぶつ呟いていたが、やはり怖かったのか最後にはたたきつけるように財布を取り出した。
    「ありがとねー」
    最後にハートが付きそうなニュアンスで女子たちが口々にお礼を言う。そして、さっそく袋をふりふりし始めた。
    俺たちは
    「怖いな」
    「ああ、怖かった」
    「コエーヨ! ジョシコエーヨー」
    と小声で愚痴り合った。そして、お互い顔を見合わせ同時に頷いた。珍しく全員の意見がぴったり一致した。
    そっと気配を消してそろそろとその場で立ち去ろうとした俺たち。(おこづかいの全てを女子に吸い取られる恐怖>華やかな女子との屋台巡り)

    しかし、
    「あ、尋ちゃん先生だ!」
    そんな露木の声におもわず足を止めてしまった。後ろを振り向き露木の指を目で追うと、その先には浴衣姿の尋先生がいた。


    レアすぎる。


    しかもかなり似合っていた。露木たちとはまた違った着こなし。当たり前だが、数段大人っぽくて綺麗だ。小さく上げられた髪とうなじにかかるおくれ毛がなんとも色っぽい。
    あ、こういうのをむっつりというのだろうか。
    「うわ! あっさかちゃんかわいい!」
    「うなじエロい!」
    いや、でも女子も似たようなこと言ってるしセーフかもしれない。

    尋先生は、何故か不機嫌そうな顔をしていた。そして、時々携帯を開いてはため息をついている。
    もしかすると……
    「……彼氏待ちか?」
    そう呟くち、ナミが”NOォォォォォォ”と叫んで、俺の阿坂先生が! と頭を抱えた。
    「お前のじゃねぇだろ」
    ショウノがいつも通り蹴りをいれた。相変わらず、いいツッコミだ。

    「あ、あの人が彼氏じゃない?」

    露木がそういうので、俺たちはみんな「どこだどこだ」と目を凝らした。
    そして見つけた。あいにく、ここからじゃ後ろ姿しか見えないが、結構若く見える。
    尋先生は、彼に気付いたあと、ますます不機嫌そうに眉に皺を寄せた。

    しかし、その彼と一言二言会話を交わしたであろうとき、

    「あ、尋ちゃん先生かわいい!」
    「照れてるー」
    「ちょ、写メ! 誰か携帯!」

    尋先生は顔を赤く染めて俯いていた。その姿はまるで女の子のようで可愛かった。

                 *
  • 76 ベイス id:mRbphNi.

    2011-11-19(土) 17:33:43 [削除依頼]
    「いやー、こんなところに阿坂先生が居るとはなぁ。」

    露木達とも別れて、ひと心地ついた時、そう俺は言った。あり得ない事だとわかってはいるが、先生というと二十四時間「先生」をやっている様な気がしてしまう。だから、ああいう普通の一人の人だと言うような一面を見ると、ものすごく意外な感じがするのだった。いや、阿坂先生自体の人柄も少なからず影響があるだろうが。

    「ま、まさか彼氏が居たとはな……。」

    シャーロックがトーンの低い声でそう言った。ちょっと離れた俺の位置からは阿坂先生が見づらい代わり、その彼氏の姿はよく見えた。
    赤と黒のチェックのジャケットを羽織っていた彼は、少し阿坂先生よりも若く……というか幼く見えた。いくつも変わらないだろうが、きっと彼氏の方が年下だろう。学生時代の友達か何かだろうか。あまり合コンなどに積極的に行く方には見えない。

    「あ、ショウノ! 向こうに射的あるぜ?やらない?」

    シャーロックがうって変わってテンションの高い声で言った。全く、単純な奴だ。

    「おう。やってみるか!……芳郎は?」
    「俺はいいや。ショウノとナミが撃ってんの見てる。」
    「なんだぁっ! やんないのかよっサツキ!」
    「まぁ、個人の自由だろ。」

    そう言って、俺はシャーロックの袖を引っ張って、射的屋へ歩く。こうでもしなければ、すぐにはぐれそうだ。

    「ちょ、ひっぱんなよぉ。」
    「お前は芳郎と違って、はぐれるともうこっちが見つけるまで気づかないだろうが。めんどくさい。」
    「……なんか、今の図、さっきの阿坂先生達みたいじゃない?」

    今の図、とは俺がシャーロックを引っ張っている図の事だろう。確かに、阿坂先生はなにやらうつむいた後、彼氏の手を取って引っ張るようにして俺たちの前を去った。(その去っていく姿を見て、俺はようやく露木達がやいやい言っている理由がわかったのだが。)しかし、問題が一つ。

    「か、カップルと一緒にすんなっ!! 気持ち悪いっ!! それに俺が握ってんのは袖だぁっ!」
    「えー。変わんないよ。身長差もさ、こんな感じじゃん。いやむしろ、向こうの方が無いかも……。」
    「馬鹿野郎! お前より向こうの男の方が高そうだったろうが!」
    「でも、ショウノって阿坂先生より低いでしょ?」
    「……う、うるさい!」

    「に、にぃちゃん達、射的やるのかい?やらないのかい?」

    低く、しわがれた声に俺たちは視線を上げた。そこには、不機嫌そうに腕を組んだ射的屋のおじさんが居た。

    「や、やりますっ。」
    「すみませんっ。」

    俺たちは慌ててバッグから財布を取り出したのだった。
  • 77 ベイス id:mRbphNi.

    2011-11-19(土) 20:50:47 [削除依頼]
    「だぁぁーー!! なんでショウノは三回も当たってんのに俺は一回も当たんないんだよぉっ!!」

    五百円で六発撃って、俺はポッキー二つと小さなパンダのぬいぐるみを当てた。本当はアイポッドを狙っていたのだが、なかなか当たるものではない。しかし、一発も当たらないというのも……。

    「大丈夫だ、ナミ。普通は当たんない。五割当たってるショウノの方が異常。」
    「おっおい! 芳郎、裏切るなよ!!」
    「へっへーん。サツキ俺の味方ぁー。」

    ふんっと胸を張ったシャーロックがやけにムカついてみえて、俺は芳郎の手にポッキーの箱を押しつけて言った。

    「んなこと言ってると、ポッキーやんねぇぞ!」
    「え、ちょっと! ショウちゃんそれは無いでしょ!? 少なくともそのパンダはくれても良いでしょ!?」
    「え?欲しいのか?」
    「もらえるもんなら。」

    おいおい、そんなセリフをキメ顔で親指立てて言うな馬鹿。そう思いつつ、俺はパンダのぬいぐるみをシャーロックに投げようとした。しかし。

    「うわぁぁーん、パンダ欲しかったのにぃぃっ。何でかぁさん当ててくれないのぉ?」

    声のする方に目線を下げると、そこには小学校へ行くか行かないかといったところの女の子が居た。その隣には、何も当てられなかったらしい母親がなだめつつ立っている。どうやら、このパンダと同じものを当てようとしたのだろう。

    「ごめんねぇ。また今度違うの買ってあげるから。」
    「ええー!これが良い!!」

    喧騒はこちらにも良く聞こえてくる。シャーロックも一拍遅れてだが気付いたようだ。

    「シャ、シャーロック。どうする?」
    「いや、いい。あの子にあげて。」
    「だよな。」

    よかった。これでもなお欲しいなどと言い出したら、本気で呆れかえるところだった。俺は親子に近づいて、母親の方に言った。

    「あの、これ。良かったら……。」
    「え、あ。良いんですか?」
    突然の登場に驚いたようだったが、母親は気遣わしげに聞いてきた。
    「あ、全然どうぞ。」
    「やったぁぁっ!!」
    「ホラ、ちゃんとお礼言いなさい。」
    「ありがとう、お兄ちゃん。」
    ――――何と答えたものか。
    「いえ。どうぞ。……あ、じゃあ。」
    「あ、お友達待ってますよね。ありがとうございました。」

    俺は会釈を無駄に繰り返し、そそくさと後にした。

    「ショウノー!! お前、ちっちゃい子と話すの下手すぎぃ!!いえ、どうぞ。とか、何それ!?」

    思い当たる節があるので、俺は大人しく口をつぐんだ。しかし。

    「いや、ショウノ。あれで合ってる。」
    「え?」
    ――――素で唸ってしまった。
    「あのくらいの女の子って言うのは、大人扱いされたがるんだ。」

    妹が5人も居る男の言う事は、説得力が違う。俺たち二人は何も言えずに頷いたのだった。
  • 78 ベイス id:mRbphNi.

    2011-11-19(土) 21:21:46 [削除依頼]

    一通り見回って、俺たちもいい加減疲れてきていた。

    「あー。食った食った。」
    「ナミ、そんなに食べて大丈夫なのか?」
    「まぁ、もう今更だな。それに、俺も同じくらい食ったし。」

    たこ焼き、焼きそば、りんご飴にチョコバナナ。フライドポテトに、アメリカンドッグ。小食な方のシャーロックにしてみれば、どう考えても食い過ぎだ。

    「ショウノは平気だろ?たらふくマック食った後、家でかつ丼を美味しく食えるような奴はどんだけ食ったって不思議じゃない。」
    「よ、芳郎!? なんでそんなこと知ってるんだ!?」
    「自分で言ってた。」
    「え、マジで?」
    「マックの後、かつ丼とかヘビーすぎるだろ。」
    「今のお前に言われたか無いぞ、シャーロック。」

    軽く睨んでそう言ったところで、シャーロックが俺の後ろを見て驚いたような声を出した。

    「あ!! か、春日井君だっ!! ツナギ着てる!!」

    ツナギ?
    俺は一瞬、ハローキ○ィーやマ○オが着ているようなものを思い出したがすぐに打ち消した。いやいや、いかにあの不思議くんでもそれは無いだろ。
    振り返って探すと、そこには自転車にまたがっている春日井君がいた。確かにツナギだ。ただし、白とも茶色だともつかないような色の作業着のようなものだ。まるで、工事現場のおじさん達が着るような……。

    「春日井君、なんであんな格好?」
    「さ、さぁ。」

    俺達がポカンとしているうちに、春日井君は颯爽と去っていったのだった。

                 *
  • 79 ベイス id:FeBHgo60

    2011-11-20(日) 19:55:39 [削除依頼]

    ―――――遅い。

    私は携帯を開いて、ため息をついた。待ち合わせの時間はもう三十分も過ぎている。だというのに、水保君からは一本の連絡もないまま、待ちぼうけだ。
    ひゅーっと、涼しさを通り越して寒い風が吹いた。やはり、この時期に浴衣は少し寒かっただろうか?とも思ったが、きっと、自分が寒がりなだけだろうとも思う。
    秋祭りは、夏祭りよりは規模が小さいとはいえ、かなり賑わっている。どこかで蒼浜高の人間と会わないとも限らないと覚悟はしていたが、会わないとも限らないなんてレベルではなさそうだ。まぁ、土日よりはマシだろうが。

    入口の方を見ていたところ、いつもの赤と黒のチェックのジャケットを着た水保君が、キョロキョロしながら現れた。手を振ろうと思ったが、その前に向こうが気付いた。

    「ひ、尋さん!?」

    こちらに駆けてきた彼の第一声に、遅刻でささくれ立っていた気持ちが一層不機嫌になった。遅れてきたというのに、何も言わずに私の前でつっ立っている。

    「遅い! 言いだしっぺが遅れてどうする! それに、遅れてきて第一声がそれってどういう意味だ!」
    しびれを切らして私がそう言うと、はっとしたような顔をして、一気に申し訳なさげな表情になった。全く、私がその子犬のような困り顔に弱い事を知っていてやっているのだろうか。ナナメだった機嫌が立ち直っていくのが自分でわかる。
    「あ、いえ。……す、すみません。ちょっと仕事が立て込んでて。」
    「連絡くらいくれたって良いじゃないか。」
    「すみません。……で、えーと。その格好……。」

    ――――――格好?何処かおかしかっただろうか。しかし、周りにはたくさん浴衣姿の人、居るのだが。

    「季節外れ……だったかな?」
    「いえ、そうじゃなくて。その。……すげぇ似合ってますよ。ちょっとびっくりしちゃいました。」
    「そ、そうか?」
    「ええ、すごく綺麗ですよ。」
    「あ……ありがとう。」

    ここまでストレートに言われるのも珍しい。かぁっと頬が赤くなるのを感じた。

    「あー、これじゃ、連れてたら俺、睨まれそう。」
    「え?」
    「俺が来ないうち、知らない男に話しかけられたりしませんでしたよね?」
    ちょっと本気な声色に、気恥ずかしいやら嬉しいやら感情がない交ぜになって思わず一層赤くなって俯いた。
    「そんなわけあるか。遅れてきて何言ってるんだ。……は、早く行くぞ。」
    もっと分かりやすく嬉しがる事が出来たら良いのだが、口調は感情と相反して頑なになってしまう。煩わしくて、私はぎゅっと彼の手を握って、引っ張る様に歩き出したのだった。
  • 80 ベイス id:FeBHgo60

    2011-11-20(日) 21:05:01 [削除依頼]

    「ちょっと、引っ張らないでくださいよ!」
    そう言って、水保君は握る手に少し力を入れて、自分の方に引っ張った。男女の力の差で勝てるはずもなく、彼の方に引き寄せられる。といっても転ばないように加減されてはいるが。
    「俺、からかって言ってるんじゃないですからね!?」
    「……ご、ごめん。」
    私がそう言うと、またもや珍しく声の鋭かった水保君がいっぺんに勢いを無くした。
    「あ、いえ。謝る事では……。」
    「う、うん。」

    微妙な沈黙。周りの雑踏がこんな時に限ってちょっと静かになってしまった。

    「ひ、尋さん。」
    「なに?」
    「何か食いません?腹減りました。」
    切実そうな声に私は思わずクスと笑ってしまった。
    「うん、なにか食べようか。……あ、焼きそばは?水保君、好きでしょ?」
    「あー、良いですね。でも、“水保君”ですか?」
    「え?……あ、いや。」

    数日前、電話で言われた事を失念していた。

    「な、並ぼうか。渉(わたる)君。」
    「はい。」
    渉君は嬉しそうに笑ったのだった。

                 *
  • 81 ごん id:60svzsE/

    2012-01-11(水) 21:40:29 [削除依頼]



    「あ!! か、春日井君だっ!!」

    ナミの叫び声につられるようにして、俺は首を後ろに振り向けた。一瞬だけ見えた白っぽい茶色の作業着。「ツナギ着てる!」と続くナミの叫びから察するに、たぶん、今のが春日井君だったのだろう。
    春日井君の姿は、人ごみにまぎれて、すぐ見えなくなった。
    「今の服」
    俺がそう呟くと、しばらく茫然としていた二人が我に返える。
    「ツナギだろ……工事現場とかに着てくあれだよな」
    「たぶんな」
    俺とショウノでボソボソと今見たものについて確認し合っていると、突然、横から風を感じた。慌てて横を向くと、同じように突っ立ってたはずのナミがそこにはいなかった。

    「シャーロック!」

    驚きの混じったショウノの怒鳴る声。どうやら、ナミは勝手に走っていってしまったらしい。首の後ろでプラプラと揺れる仮面ライダーがだんだん小さくなっていくのが見えた。たぶん、春日井君を追いかけていったのだろう。
    「どうする!?」
    「まあ、追いかけるしかないだろう」
    「だよな」
    残された俺たちは一つ溜息を落とすと、ナミを追いかけた。
  • 82 ごん id:60svzsE/

    2012-01-11(水) 22:03:20 [削除依頼]


    ショウノは人混みの中も、その小柄な体でスイスイとすり抜けていく。図体のでかい俺は置いてかれ気味になり、少し焦った。
    しかし、通りから外れ人気のない道にでたところで、二人の姿を見つけた。ナミの不貞腐れた表情から察するに、どうやら、春日井君を見失ったらしい。
    「何で一人で突っ走るんだよ?!」
    ショウノはすっかりお説教モードに入っていた。
    「獲物を見つけたら無駄口叩いてないですぐ狩るべきだろ!」
    お前はハンターか、あるいは肉食獣か、と心の中で嘆息した。
    「一言くらいなんか行ってけよ!」
    「追いかけなきゃって思ったんだから、しょうがねぇ―でしょう―よ」
    すっかり開きの直ったナミは、「あー走ったからアチー」とだらしなくアスファルトの上に腰を下ろした。ショウノはまだ言い足りなかったようだが、肩を軽く叩き黙って首を横に振って見せると、諦めたように苦笑して頷いた。結局、ナミに何言ってもダメなのだ。
    夏の夜の熱い中走らされた俺たちも、ナミの両脇にそれぞれ腰を落とした。
  • 83 ごん id:60svzsE/

    2012-01-11(水) 22:24:49 [削除依頼]


    通りから、太鼓の音が聞こえてきた。どうやら、小学生らの太鼓の発表が始まったらしい。小学生が叩いているとは思えない、力強い太鼓の音が、鼓膜を打つ。上を見上げると、路地裏の狭い空にぽっかりと月が浮かんでいた。中秋の名月にはまだ早い、若干欠けた淡い光を放つそれ。
    俺はそれに見惚れながら、ぼんやりと考えた。
    もちろん、春日井君についてだ。
    春日井君は、工事現場の作業着を着て走っていた。
    「春日井君、バイトしてたんだな」
    「ん。たぶん、そういうことだろう」
    宇宙人がなんだ、侵略がなんだ、虐待がどうたら騒いでいたが(と言っても騒いでいたのはほとんどナミなのだが)、そのどれもハズレだったということだ。
    真相は、あまりにも平凡なものだった。
    おそらく、火曜日に遅刻してくるのも、月曜日の夜にバイトがあるから朝起きれないとか。
    まあ、そんなところか。
    ナミが「あーあ!」と叫んで、アスファルトに大の字で寝転がる。
    「つまんねー! つまんねつまんねつまんねっ」
    「まあ、そんなもんさ」
    「つまんねー!」
    いつまでも叫び続けるナミを宥める俺。しかし、もうやめだやめ! とナミは立ち上がると、その場を去ろうとした。
    それを呼びとめたのは以外にもショウノだった。
    「なあ」
    「んだよ」
    「思ったんだけどさー……」
    珍しく言い渋るショウノにナミは怪訝そうな顔を向け、
    「らしくねーな。はっきり言えよ」
    とまた元の場所に腰を下ろした。


    「うちの学校って、バイト禁止じゃなかったけ?」


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