思念の剣14コメント

1 弐句 id:1cX5Bel0

2011-08-19(金) 19:55:33 [削除依頼]


 エレギア王国の初代国王、賢王ミュレスが国のために振るった"思念の剣"カムビオ。
 その剣は持ち主によって姿形、切れ味などが変化する。別名、変化の剣とも呼ばれている。
 賢王ミュレスはその剣を使い、長い間支配され続けてきたエレギアの民を単騎で救ったと言われている。
 実際、剣の持つ力は素晴らしいもので、使う人によっては向かうところ敵無しといわれるほどの威力と力を誇る。そのため、伝説はほぼ現実に近いといわれていた。
 一度、その剣を再び作ることが試みられたことが何度かある。しかし、そのどれもが失敗に終わっていた。普通の人々の技術では鍛えることが不可能だったのだ。
 どのようにして作られた剣なのか……。そのことをミュレスは一度も語らなかった。
 ミュレスはその剣を自身の息子に託し、以降、この国を治める地位に立つものにはカムビオが与えられることとなった。
 ところが、七代目国王ミシェイルはその剣を失くしてしまった。盗まれた、との話も出ていたが、民のほとんどがミシェイルの失態と思い、彼を信じる者が居なかった。
 ミシェイルは城の兵に総出でカムビオを探すよう指令を出したが、見つからず、結局カムビオは見つからないまま病死した。
 変わり、八代目国王ハンクスは無理にカムビオを探そうとはしなかった。そんな新国王を人々は変わり者と呼び、最初の頃はそれなりに国民の支持を得ていた。
 が、ハンクスの政治はあまりにもひどかった。
 どんどんと成長していく王都に比べ、そこから離れるにつれ、どんどんとすさんだ状態が広がっている。賊は野放し。貧乏な村も見捨て、自分達のためだけの政治が決行されていった。
 しかし、一番不可解で民たちが不愉快だと思ったことは、西の王都から一番離れた街にだけ、王都の支持を大量に受けていた。その理由は不明。だからこそ、国民の不満はただただ積もっていくだけだった。
 しばらくして、レジスタンスと名乗る反乱軍が発足されたのだが、同時期、ハンクスの息子であるラングが謎の失踪を遂げた。城で有意義に過ごしていたはずの彼が、彼の近衛兵と共に……。
  • 2 弐句 id:1cX5Bel0

    2011-08-19(金) 19:57:34 [削除依頼]
      一章

     エレギア王国最西の街ディア。国王からの支持により都市と呼べなくもないほどに発展したこの街は、数々の人々が当然の様に集まっていた。
     金に不自由のない貴族から、物乞いをしているホームレスまで、本当にさまざまな人が集まっている。
     特に店の並ぶ市場は都市の中でも一番人口密度が高い。遠いところからわざわざ来た貧困層の村人や国境を越えてきた異国の人、果ては貴族目当ての盗人と、危険対象とされる種類の人も集まっている。
     そんな種類多数人々の行きかう市場の通りをハウィルは歩いていた。いかにも貧困層の人間のようなぼろい茶色のマントを着て、フードを目深に被っている。一見、盗賊のようにも見える。が、その体型は盗賊や貧困層の人間のようには見えない。フードの中から垣間見える瞳は、綺麗なエメラルドグリーンで、その目付きはとても精悍な顔つきを思わせている。
     ハウィルは周りの目も気にせず、通りを歩いていく。
     数ある店のうちの一つにハウィルは入った。
     そこはテーブルが二つだけの小さな居酒屋。入るのはカウンターをあわせて十五人。しかし、今は客は一人も居ない。
     ただ、マスターと思しき男がカウンターの向こうでグラスを磨いていた。
    「よぉ、ハウィル。客がこねぇ。お前何か食ってくか?」
     マスターはそう誘うがハウィルは首を振って断った。どうせ金はしっかり取られる。
     ハウィルはカウンター席の一つに座ると、客が居ないにもかかわらず小声でマスターに声をかける。
    「鳥籠の持ち主の情報は入ってるか?」
     他人に聞かれても大丈夫なように、一部の言葉は暗号化するようにしている。たとえば、鳥籠の持ち主、というのは国王の事だ。
     ハウィルの問いに、マスターは何か考えた後、小声で返答する。
    「なんか、こっちに貴族様が向かってるって言う噂が入ってる。その動向が妙だから、関係あるかどうかは知らんが、そのことについて調べてみる価値はあると思う」
     マスターの話にハウィルは頷くと、立ち上がる。今はこれを確認しに着ただけだ。
    「また後で戻る。それじゃ」
    「ああ、じゃあな」
     ハウィルは手を振るマスターに背を向けると、市場へと戻る。
     ある者は肉の値段を安くする為の交渉をして店主を困らせ、ある者は物乞いに情けで金を恵んでおり、ある者は友人と談笑し、ある者は一人呆けたように通りの先にある貴族の館を眺めている。そんな中では、貧困層なのかそうでないのか見分けのつかないハウィルは少し目立つのだろう。幾人かの目が、たまにハウィルの方を向く。しかし、ハウィルは急に通りの脇へと身を寄せ、一時的に人目のつかない状態となる。
     ハウィルは近くの壁に耳を当て、そこから聞こえてくる音に耳を済ませる。
     多数の人々が地を踏み鳴らす音が、壁伝いに耳に届く。そのどの足音も何の変哲もない何時も通りの市場の様子だ。しかし、その中に確かに別の非日常の混じった足音が混じっていた。乱れた足音だが、それでいて警戒を怠っていない。そんな何かしらの訓練をされた足音が複数こちらに向かっている。
     ハウィルは壁から耳を離すと、先程自分の歩いてきた方向、あの足音のした方向を見つめる。その時、ハウィルは小柄な誰かとぶつかった。
     ハウィルはぶつかってきた人物を見た途端、その人物の腕を引っ張って裏路地へと押し込む。そして、その裏路地をふさぐ形でハウィルは通りに体を向けて立った。
     直後に、武装をした人たちが円陣を組んでハウィルの目の前を通っていく。ハウィルはその武装した人の輪の中にいる相当な貴族と思われる人物を見て、眉をひそめる。
    (わざわざこんな辺境の街にお供を連れて……? いや、それは俺も一緒か)
     ハウィルが内心で呟いている間に、貴族とそれを取り囲む護衛の人たちは立ち去っていく。
     すれ違う時、ハウィルと貴族の目が合ったが、向こうは特に気にした風もなかった。
     ハウィルは完全にその団体が見えなくなるのを待ってから、裏路地に隠した小柄な少女を通りへと放る。
  • 3 弐句 id:1cX5Bel0

    2011-08-19(金) 19:58:06 [削除依頼]
     少し長めの茶色い髪を一つに束ねた凜とした目付きの印象的な少女。ハウィルと同じようなぼろいマントを羽織っており、中には短パンとティーシャツを着ている。ズボンのベルトからは少し大きめの巾着袋が下がっていて、かなり膨らんでいる。
    「なんでわざわざ助けたのさ。別に盗賊なんて助けても得なんてないでしょ」
     少女は軽く溜息を吐きながらハウィルの顔を見上げる。その顔には少し安堵の色が見られた。
     ハウィルは少女の問いに対し、両手のひらを上に向けて「さあ」ととぼける。
     ハウィルの思考の読めないその態度に少女はまた溜息を吐く。
    「貧困なのは仕方ないだろうけど、盗みはやめておいたほうが良い。とくにああいうやつからはね」
     以前、ああいった警戒心大の貴族に手を出して、捕まってしまった盗賊を見たことがある。
     そんなハウィルの忠告を、しかし少女は無視して自身の疑問をぶつける。
    「てか、私があれの何かを盗んだってよく分かったね」
    「勘だよ」
     実際は訓練されている乱れた足音と一緒に、気配を殺したような単独の足音が一つ聞こえたからだ。どうやら向こう側は盗られたことを気にしなかったようで、お供には護衛を続けさせたようだが……。
    「余計なお世話だったかな」
    「当然。一応、お礼は言っとくけど」
     少女はそれだけ言うとすぐさまに立ち去ろうとする。しかし、すぐに足を止め振り向いた。
     なにやら逡巡した後、少し意地悪そうな笑顔になって言う。
    「身分を隠したつもりかも知れないけど、中の服と瞳で分かるよ。もっと貧乏そうな服を着たら? 王族家の貴族さん。じゃね」
     そう言って今度こそ走り去っていく。
     ハウィルは軽く溜息を吐きながら笑った。どっちが余計なお世話、なのだろうか。
     王族家はエメラルドグリーンの瞳を持つ。だから、王族家の貴族とそう判断できたのだろう。流石に瞳は隠せないが、それだけじゃ確信には至らない。破門された人物という可能性が残る。
     決定的になったのは、マントの中の服装だろう。
     動きやすさを重視した機能性の高い服。戦いを想定したジャケット。どちらも高価なもので、貴族、もしくはそれを守る近衛兵が持つものだ。
     ふと、慌てたようにジャケットのポケットを探る。しかし、当然の様にそこに入っていたはずの財布が入っていない。
    「素早いやつだな……」
     そう苦笑しながらハウィルは少女の立ち去った方向を眺めた。
     貴族が通った後も、相変わらず、通りには人が多い。
     ハウィルは感慨にふけっていた頭を振ると、先程の貴族が立ち去った方向を眺める。
     先程の貴族、あれは間違いなく――――
    「ハンクス陛下……。こんな王都から離れた街にわざわざ自ら出向いて来たってことは、やっぱり、あれか」
     自分の想像が正しければ、今こうしている時間も惜しい。タイミングを外せば、"あの子"の身は保証できなくなる。
     この市場へと来た理由は"あの子"に頼まれてだったが、今は"あの子"の身を優先した方が良い。
  • 4 弐句 id:1cX5Bel0

    2011-08-19(金) 20:00:56 [削除依頼]
     ハウィルは裏路地へと入ると、この街と周囲の町や村一体を統治している貴族の館への近道を走った。
     そう時間をかけず、館へと到着する。市場の通りを見ると、まだそこにハンクスと護衛がいる。どうやら、ハウィルの方が早かったらしい。
     ハウィルは館の裏口へと回ると、その戸に手をかける。が、鍵がかかっていて開かない。
     正当に入るのを諦め、裏口周りの塀を見る。一箇所だけ、少し低くなっているところがあった。
     ハウィルはその下へと行くと、手を上に伸ばして跳ぶ。低くなった塀をつかむと、懸垂で体を持ち上げる。そのまま体を塀の反対側へと放り投げ、同時に手も塀から離す。当然の様に体が中に放り投げられるが、バランスを崩さずに着地する。
     花びらが当たりに散らばった。
    「あ」
     ハウィルが間抜けな声を上げつつあたりを見渡すと、その辺りには花が何十本と植えられていた。
     どうやら、間違って花壇に着地してしまったらしい。
     しかし、今はそんなことを気にしている暇はない。ハウィルは館の中へは入らず、ある部屋の窓の下へと向かう。
     そして、上を大きく見上げた。二階の一室。そこだけ窓が軽く開いている。
     ハウィルは出来る限り二階に届く声で、それでいて表までは聞こえないように配慮しながら声をかける。
    「ハウィルです。ローラ様。おられますか」
     突如、表から物音が聞こえてきた。
     ハウィルは瞬時に表、そして館から誰か出てこないか警戒する。が、特に誰もこちらへは来ない。どうやら、こちらに気付かれたりはしていないようだ。
     警戒は怠らず、もう一度上を見上げると、紫色の髪をした美少女が窓から顔を出し、こちらを見下ろしていた。その顔は遠目でも少し不安そうだ。
    「あの、どうか、しましたか?」
    「ローラ様。今、ハンクス陛下がそこまで来ているのを確認しました」
    「え? 本当、ですか」
    「はい」
     また、表のほうから物音がした。今度は分かる。扉が開く音だ。続けて、誰かの声が聞こえてくる。
    「これはこれは国王陛下。わざわざ自分の足でご足労いただかれましたか。お言いになってくれれば、こちらから迎えをよこしましたのに」
    「戯言は良い。早く娘と顔を合わせろ」
    「かしこまりました」
     この声は当主の声と、そして、ハンクスの声。
     どうやら、到着したらしい。
     それに、今の会話。やはりハウィルの思ったとおりだった。
     この街の当主の娘ローラと、時期国王候補のハウィルの息子ラング。この二人の政略結婚の話を進めるために、わざわざ国王自らこの街へと訪れた。
     しかし、ローラ自身、そのことをよくは思っていない。だから、たまたまここを偵察に来ていたハウィルに自分の身を誘拐するように頼んだ。
     ハウィルはその狂言誘拐の頼みを受け入れた。その依頼を果たすためにも、今は急がなくてはならない。
  • 5 弐句 id:1cX5Bel0

    2011-08-19(金) 20:01:50 [削除依頼]
    「ローラ様。どうなされますか。本当に、逃げるおつもりですか?」
     ハウィルの再確認に、ローラはゆっくりと、しかししっかりと頷く。
     ハウィルは周りを見渡し、二階まで上る方法を探すが、うまくいきそうな道具はない。
     倉庫にははしごが納められているのを確認しているが、倉庫へは表を通るしかない。となれば……。
    「ローラ様。私がここで受け止めますので、そこから飛び降りてもらえますか」
    「え……?」
    「お願いします。他に方法がないんです。今からそちらに自力で上がっては間に合わない。だから、お願いします。私を信じて、飛び降りてきてください」
     はっきり言おう。四メートルも上から飛び降りるのは無茶だ。頭から落ちない限り死ぬことはないだろうが、ハウィルでも怪我なしで降りれる自信はない。たとえ、受け止めてくれる人がいるとはいえ、インドア派の女性が躊躇なく飛べるわけがない。
     ハウィルもそれは分かっている。
     だが、今はそれ以外に方法はない。
     一か八か、彼女に勇気を持って飛び降りてもらうしかないのだ。
     ローラは勿論、逡巡した。しかし、ローラもハウィルも長く感じた時間は、実際はそこまでかかっていない。ローラは躊躇いがちながらも窓へと足をかける。
     そのときだった。
    「ローラ様!? 一体何をされているのですか! 危険です」
    (しまった! 間に合わなかったか)
     どうやら、タイミング悪くメイドがローラの部屋に入ってきたらしい。ローラは慌てて振り向き、そして、意を決したように飛び降りた。
     ローラは運動神経、それから服装の事もあり、すぐにバランスを崩して本当の意味で落ちる形となる。スピードも重力加速度に逆らうことなく加速する。ローラは空を見上げながら、背に風の痛みを感じながらも、自身のメイドが自分をあせった表情で見ているのを見た。その表情は、ローラがハウィルに無事受け止められた途端、緩む。
    「失礼します」
     ハウィルはローラを抱えたまま、こちらを見下ろしているメイドには目も向けずに裏口へと向かう。施錠されている裏口の戸を外すと、そのまま出て行く。急いで館の敷地から出た。
     見られた。ということは、このことはすぐに館中で触れ回られる。当主やハンクスの耳に届くのも時間の問題だろう。追っ手が差し向けられるまでに急いで街を出なければならない。
     しかし、そこまで重くない女性とはいえ、人を抱えて走るのには想像以上に体力を使う。
     ハウィルは街の出口ではなく、市場のほうへと向かう。
     別に、木を森に隠すわけじゃない。森の中とはいえ、一つだけ種類の違う木を隠しても、すぐにばれる。それは人も一緒だ。特別階級の貴族で、さらに目立つ髪色と瞳、紫色のドレス。普段着の市場の中に逃げ込めば、雪原を一匹だけで猟師から逃げる狼と代わらない。
     だから、市場に入るのではなく、例の情報を確認した居酒屋に裏路地にある裏口から入った。
  • 6 ``理文” id:3yLs/0j1

    2011-08-20(土) 15:14:16 [削除依頼]
     客席からは見えない位置で、酒を注いでいたマスターを呼びながら、ローラをおろす。
     マスターは酒を客に渡した後、ハウィルの元へと戻ってくる。マスターはローラを見て、少し目を丸くすると、状況を理解したように頷いた。
    「この方が姫ですか。貴族、やっぱり鳥籠の持ち主だったか」
    「ああ。この方をしばらく隠れ家で匿う。ヒュウとナユタは戻ってるか?」
    「さっき戻ってきたところだよ」
    「そうか」
     ハウィルは頷くと、床の倉庫と思われる蓋を開く。そして、その中に飛び込んだ。
     それを見たローラは目を丸くしながら蓋の下を覗く。すると、そこは倉庫を改造した一つの部屋になっていた。先程、ハウィルの言った隠れ家というのはここの事なのだろう。
     ハウィルが下から手招きするのを見ると、ローラは頷いて、そこに取り付けられたはしごを降りていく。
     下にたどり着くと、そこは一つの部屋のようだった。そう、部屋。一見、リヴィングのようにも見える。
     壁は倉庫のものだが、置かれている箪笥、本棚、クローゼット、テーブルと椅子。隠れ家、というよりかは普通に一般家庭のリヴィングに近い。違うところといえば、敷居で分けた小さな着替え部屋があることだろう。
     そして、その隠れ家にはハウィルのほかに二人の先客が居た。
     一人は背の高い男性。紺色の髪は少し長めだが、手入れがされていなく、ところどころ跳ねている。軽そうな印象を思わせる顔つき。服装はハウィルと同じ、戦いを想定したジャケットを着ている。
     ハウィルは不思議そうにローラを見ている彼に近づくと、先ほどの過程を簡単に説明した。
    「じゃ、この子がローラ嬢?」
     男はローラを見るや否や下品な顔で近づく。思わず後ずさったローラの事もお構いなく話しを続けた。
    「俺は華麗な盗賊、ヒュウ。よろしくな、ローラ嬢」
    「ヒュウ、下がれ。後、本名をむやみに口に出すな。これから逃亡の身になる。身分や本名は隠さなければならない」
     ハウィルの叱咤になおも食い下がろうとしたヒュウだが、ハウィルに睨まれてしぶしぶ下がる。変わり、もう一人が声を上げた。
    「なら、別称はどうしますか」
     ローラがそっちを見ると、小柄な男が箪笥の陰に隠れるように壁にもたれていた。
     ローラの視線に気付き、男は少し前髪を下げる。
     おそらく、彼が先程ハウィルの言っていたもう一人、ナユタだろう。
     彼には特徴的な外見は一切ない。茶色い髪はぼさぼさだが気にならない程度で、服装も動きやすいということ以外に特に特徴はない。外見からは第一印象がつかめない。
    「フルネームはローラ・アルニス・フィルト。なら、フィオーラで良いだろう。ローラ様、それで良ろしいですか?」
     ハウィルの問いにローラは頷く。
     ローラ、もといフィオーラの承諾を得、ハウィルは少し笑顔になるとマントを脱ぎ、椅子の背もたれへと掛ける。その顔を見た瞬間、フィオーラは驚きに目を見開いた。
     そのエメラルドグリーンの瞳を見て。
  • 7 弐句 id:3yLs/0j1

    2011-08-20(土) 15:15:26 [削除依頼]
    「王族の家系……?」
     フィオーラの呟きと疑問には、しかし誰も答えない。
     ハウィルはヒュウとナユタの前に立つと、フィオーラに手を向けていった。
    「こちらが、例の姫。フィオーラ様。今回の護衛対象だ」
    「よ、よろしくお願いします」
     ハウィルの紹介に、フィオーラは戸惑いつつも答える。
     ハウィルは今度はフィオーラの方を向くと、二人を指差す。
    「これがヒュウ。護衛にはもってこいの腕は持っていますが、馬鹿で、女好き」
    「おい、普通は言う順番逆だぜ。良いところを後に言えよ。フォロー無しで嫌われちまうじゃないか。上玉なのに」
     ハウィルの紹介に、ヒュウは不満顔で文句を言うが、馬鹿で女好きであることは特に否定しない。
     ハウィルはそれを無視して続ける。
    「そして、こっちがナユタです。見ての通り隠密行動専門。印象の薄い性格は素です」
     紹介を受け、ナユタは黙って頭を下げた。
     この三人、ハウィルと言い、ヒュウと言い、ナユタと言い、不可解なことが多い。ハウィルの品の良さには貴族家や従者が教え込まれるような礼儀作法が多量に含まれているし、ヒュウは一見下品に見えるが従者特有の主へと譲るを意識しているし、ナユタは特別な訓練を受けているように見える。
     それらがフィオーラに分かるのは、そういった貴族に仕える人たちをたくさん見てきたからだろう。
     ただ、もっとも不可解なのは、それでいて貴族や従者のようにはまったく見えないということ。寧ろ、一つの少数精鋭部隊のように思える。
     ハウィルとはあの館で出会った。最初、ハウィルはただの盗賊だと思ったが、身のこなし方が密偵のように思えた。だから、今回、脱走を手伝うことを依頼した。
     ハンクスが来るまでは動かず、じっとしていようというのは彼の作戦。これは、いきなり失踪するよりは戦略結婚を無しにすることが出来る確率が高い。軍師向きの思考力。
     そして、戦闘能力。一度、ハウィルが館の執事に見つかったことがあった。すぐに役員が呼ばれたのだが、それらを数分足らずで全員昏倒させた。
     おそらく、このメンバーをまとめているリーダーはハウィル。彼に付いて来ている二人も、おそらく同じだけの力を持っているはず。
     そして、一つ、思い出した。
    「あなた達は、レジスタンス……ですか?」
     フィオーラの疑問に、ハウィルが即答する。
    「違います。私達は、傭兵です」
     傭兵。山賊が自由に謳歌する今の世の中では必要な組織だ。だからこそだろう、ハウィルが言い訳にそれを使ってしまったのは……。
     ハウィルはそれで思考を切ると、ヒュウとナユタの方を向いた。
    「フィオーラ様を連れ去る際、館のメイドに見つかった。もうすでに追っ手が出ている可能性があるから、二人で誰か一人、手っ取り早く捕まえてきてくれないか。そいつから出来る限りの情報を聞き出す」
    「了解」
    「了解しました」
     頷き、二人はマントを羽織ると梯子をのぼり、隠れ家から出て行く。
     部屋にはハウィルとフィオーラだけが残された。
  • 8 弐句 id:3yLs/0j1

    2011-08-20(土) 15:16:07 [削除依頼]
     しばらく沈黙が続く。重くはない、が耐え難い沈黙。
     その沈黙を破ったのは、ハウィルだった。
    「フィオーラ様、とりあえず、お着替えになってはどうでしょうか。そのドレスだと、これから先、逃げるのが難しくなります」
     そう言いながら、ハウィルはクローゼットから動きやすいティーシャツと短パン、それから三人が着ているようなぼろいマントを渡す。
     フィオーラはそれらを受け取りつつも、ハウィルの瞳を見つめた。
     ハウィルはアメジストの瞳で見つめられ、少し戸惑ったが、フィオーラが何を見つめているのかに気付き、慌てたように言った。
    「わ、私は元々この国の人間ではなく、二つほどの国の向こう側、ティーン国の者です。エレギアの王族とは関係はありません」
    「あ、そうなんですか。……申し訳ありません。勝手な勘違いをしてしまって」
    「いえ。そう思われて当然のことですから」
     思わず謝るフィオーラに、ハウィルが珍しく慌てたようにフォローする。
     それにしても、この少女。ハウィルより二つ年下であるだけなのに、妙に弱弱しく感じる。いや、品が良すぎるのだろう。立ち居振る舞いからすべてに気遣いが感じられる。貴族の籠ですごし続けた姫の結果だろうか。
     そんなことを考えながらフィオーラを見ていると、ふいに彼女が顔を上げた。何かに気付いたような表情をしている。
    「あの……、敬語、やめにしませんか?」
    「あ、はい?」
    「いえ、あの……、これから身分を隠すのなら、あなた達が私に敬語を使っていれば、不審に思われるような気がしたんです、けど……」
     フィオーラの提案に、ハウィルはなるほどと頷く。
     確かにまだ十六のフィオーラはともかく、年上のハウィルが彼女に敬語を使っていれば、どこかの貴族とその護衛であることが容易に想像が付く。たとえ彼女の正体に気付かなくとも、貴族と思われるのはまずい。
     ナユタはフィオーラと同年代だし、性格の事もあるので、多少敬語を使っていても問題はない。
     ヒュウはそもそも敬語は使っていない。
     ハウィルは少し考え、それから頷いた。
    「分かりました。その代わり、フィオーラ様も敬語をおやめください。そちらの方がやりやすいです」
     ハウィルの出した交換条件に、フィオーラは少し目を丸くする。
    「いえ、私は……」
     否定しかけたフィオーラだが、ハウィルに見つめられ、少し困ったような表情をする。
     少しの間逡巡すると、結局、頷いた。
    「分かりました」
    「それじゃ、フィオーラは早く着替えて。そこの敷居が着替え部屋になってる」
     フィオーラは言われた通り、敷居の中に入る。
     ハウィルはそれを確認すると、壁に立てかけてあった剣と鞘を手に取り、ジャケットをまとめているベルトに刺して帯剣する。
     ナユタ、ヒュウが連れて来た追っ手から尋問したら、すぐにこの街を出る。あまり長い間居ると、見つかる可能性が高くなる。念のため、追っ手の尋問はこの隠れ家ではなく、居酒屋の本当の倉庫のほうでするつもりだ。
  • 9 弐句 id:5WdoRgX1

    2011-08-21(日) 14:00:24 [削除依頼]
     尋問、と言う名の拷問。幾度となくやる側に立ってきたが、未だに慣れることはない。出来れば避けたいのだが、相手が素直に答えない限りはやるしかない。どちらにせよ、最終的にはこの剣で刺さなければならないが……。こちらの顔を知られたまま、生かしたまま放っておくわけには行かない。
     ふと、ハウィルは唐突に先ほどの会話を思い出し、敷居へと声を掛けた。
    「元々、エレギアの初代国王は先ほど話した二つ隣の国の者だった」
     ハウィルが話し出したのと同時、布の擦れるような音が止んだ。おそらく、着替えの手を止めたのだろう。敷居の向こうからフィオーラが問いかけてきた。
    「そのような話は……、どの文献にも載っていませんでしたが……」
    「ええ。初代国王、賢王ミュレスは、この国を支配していた側の人間であったことを抹消したがっていたから……」
     だから、この話は向こう側、クレイ帝国の文献と王族達に継承された文献にしか載っていない。
     ミュレスは、この国の人々を助けたからと言って、自分自身に驕れることはなかった。寧ろ、自分も帝国と同じ人間であると知られることを恐れ、その証拠となるものを抹消した。髪の色を、刺青を。瞳の色以外のすべてを。
    「代々の国王は、そのミュレスと同じ考えで、この国の民の憎しみの対象になることを恐れ、かくしてきた。そして、エレギアの住民を后として向かいいれることにより、遺伝子的な証拠も薄れていき、残ったのはエメラルドグリーンの瞳のみということ」
     言ってから、ハウィルは自分の失言に気付いた。今のはまずかった。
     しかし、フィオーラはそれに気付いていない様子で、敷居から出てきた。
     紫色の腰まで届く長い髪と、茶色のマント、それからティーシャツと短パンの組み合わせは、何故かこの上なく似合っていた。
     ハウィルはしばらくその姿に見惚れてから、言った。
    「庶民派の服の方が似合ってる」
    「言わないでください」
    「敬語」
    「すみません」
     どこまでも敬語で話すフィオーラ。おそらく長らくの貴族としての生活で、それが地になってしまっているのだろう。
     ハウィルは敬語をやめさせることを諦めると、話を続けた。
    「だからいうなれば、クレイ帝国の人間は皆、こちらの王族とは少なからず同じ血が流れていることだ」
     だから、最初は王族と間違えたとしても、それは当然の事だ。そう、暗に言っていた。
     フィオーラはそれを受け取って、しかしそこで疑問がわいた。さっき、彼はこう言っていたはずだ。王族たちは民にこのことを知られることを恐れたと……。
    「あの、そんな話、私にして大丈夫なんですか?」
     しかし、フィオーラの疑問に、ハウィルはいとも簡単に答えた。
    「別に大丈夫だろう。……すでにエレギアの国民は、クレイ帝国への憎しみなんて忘れてる。それに、今の国王は、クレイ帝国の血筋であることも関係なく、恨まれてるだろうからな……」
     事実、レジスタンスが立っているほどのこと。いまさらこんなことを触れ回ったところで関係ないだろう。それに、いろいろな部族が入り混じっているこの国では、誰かを差別しようなんて考えはない。
     そういった諸々の事情で大丈夫だと、ハウィルは確信していた。
     フィオーラもそれに頷く。今の国王のやっていることは常を逸している。国民のことは考えず、自分達の事ばかりだ。貴族の中にも、彼らに反抗的な態度をとっているところもある。
  • 10 ``理文” id:5WdoRgX1

    2011-08-21(日) 14:01:36 [削除依頼]
    「私の家は、本当に愚かですね……」
     強い者に伏し、甘い蜜を吸い続けるディアの支配人。勿論彼らも、憎しみの対象として国民に認識されてしまっているだろう。
     ただ、ここはいろいろな物資の集まる商業の都市。レジスタンスもこの都市をつぶそう名度とは考えない。だから、それでも甘い蜜を吸い続けるディアの支配人は、本当に愚かだといえた。
     だからこそ、一歩外に出れば、フィオーラにとっては敵の中に混じりこむようなもの。ローラであることがばれれば、そこで逃避は終わりだ。国から逃げられても、レジスタンスや庶民から追われることになる。
     そういう意味では、ハウィルは、ローラを逃がすべきではなかったかも知れない。そんなことを考えてしまった。
     また、落ちる沈黙。その中で、急に隠れ家の戸が開いた。
     そこからナユタが飛び降りてくる。
    「ナユタ。早かったな。追ってを捕まえたか?」
     即座にそう判断しハウィルは聞いたのだが、ナユタは黙って首を振った。
     そして、先ほど自分の降りてきた戸を除き見るようにして、手招きをする。
     すると、ナユタと同じように一人の女性が飛び降りてきた。ナユタは開きっぱなしの戸を極めて冷静に梯子をのぼりって閉めに行く。
     ハウィルは飛び降りてきた女性を見て、唖然としていた。
    「やあ、ハウィル。久しぶりだな。元気そうでなによりね」
    「シェラ……」
     男性口調と女性口調の混じっている女性はシェラ。三年前に一度、彼女に助けてもらったことがある。そのときに知り合った。
     スラリとした、女性として魅力的な体系で、以前会ったときは暗闇に紛れるために黒一色の動きやすい格好だったのだが、今は何故か、フィオーラの館で見たメイド服を着ていた。
     しかし、唖然としていたのはハウィルだけでなく、フィオーラもそうだった。
    「シエンダ!?」
    「ああ、これはこれはローラ様。こんなところにお出でなさっていましたか。いやはや心配しましたぜ。ローラ様が連れ去られたと報告を受けたときには」
     驚きに言葉も出ない二人に、降りてきたナユタはクローゼットの陰に目立たないように立ち、何故わざわざそこへ移動したのかと疑問に思うフィオーラを無視して説明する。
    「館に向かってる途中で同じように隠密で移動しているシェラを見つけたので、回収しました。ヒュウは命令道理、追っ手を探しています。すぐに戻ってくるかと……」
    「分かった」
     ハウィルは頷くと、フィオーラに椅子を薦めてシェラを睨む。
     一方シェラは、ハウィルに睨まれても涼しい顔で長い髪を掻き揚げた。
     ハウィルの疑問に答える気はない。そういう意思の表れだ。が、シェラがどうしてここに居るかは大体予想が付く。彼女の仕事、そして得意とすることを考えれば……。
     ハウィルは確認のために、想像したことを問いただそうと口を開くが、フィオーラが先に口を開いた。
  • 11 弐句 id:5WdoRgX1

    2011-08-21(日) 14:02:45 [削除依頼]
    「シエンダが、どうしてここへ? 私を連れ戻しに着たのではないのですか? それに、彼らの知り合いって……」
     フィオーラの疑問に、シェラはあからさまに舌打ちする。
    「質問の多いお姫様だな。どれか一つに絞れないの?」
     シェラから一瞬、殺意を感じ、ハウィルは剣に、ナユタは懐のナイフに、思わず手を掛けようとしてしまう。それを寸前で抑えられたのは、以前の事があったからだろう。
     彼女の殺気に押され、武器に手を掛ければ、その時点でシェラは敵になる。殺気に押されず、武器に手を伸ばしたりしなければ、無用な戦いは避けられる。
     シェラの、無茶苦茶な性格が作り出した、天然の罠だ。
    (短気な性格は相変わらずだな)
     ハウィルはそう思いながらも、ナユタに目配せで警戒を怠らないよう伝える。
     フィオーラも殺気に押されたのか、少し後ずさったが、なんとか頭の中で考えを整えると質問をしなおす。
    「貴方は、密偵、かなにかだったんですか?」
     フィオーラが質問を絞ったことで、シェラの周りを漂っていた殺気が、霧散した。
    「ああ、そうだよ。詳しいことはそっちのハウィルに聞いたほうが良いわよ」
     フィオーラの視線が、ハウィルへと向く。
     ハウィルは一つ溜息を付く。そこで、こっちに話を持ってくるなよと目で抗議するが、シェラは向こうを向いているため、伝わってない。
     また、溜息を付いた。
    「シエンダ、って名乗ってたみたいだけど。彼女はレジスタンスのシェラだ。こっちも本名とは思えない。たぶん、レジスタンスの仕事でフィオーラの家で密偵でもやってたんだろうな」
    「へぇ。フィオーラって偽名にしたんだ」
     間、シェラが茶化し……否、挑発に入ったが、それを分かっていて、ハウィルは敢えてあの予想を口にする。
    「ばれたんだろう。密偵であること。だから、あの館から追われ、その道中でナユタが回収したと。俺たちと時期が同じなのは偶然じゃなく、俺たちが起こした騒ぎと同時に気付かれた、ってところだろうが」
    「うるさいわね。それ以上言うと、ここで血、見ることになるぜぇ?」
     再び立ち上がった殺気に、しかし今度はハウィルもナユタも反応しない。唯一、フィオーラだけが数歩後ずさる。
     シェラは舌打ちすると同時、また殺気が霧散する。
    (相変わらず、忙しい女だ)
     ハウィルは二度目の相変わらずを使った後、ふと、視線を天井へと上げた。今、何かが落ちたような音がした気がした。
  • 12 弐句 id:5WdoRgX1

    2011-08-21(日) 14:03:11 [削除依頼]
     ここは防音だが、構成上、居酒屋の地面や壁に直接響いた音は、ここに入ってくる。
     また、何かが落ちる音がした。一つや二つじゃない。同時に三つ。
     それにはナユタも気付いたようで、ハウィルが目配せするよりも早く動き、梯子を上ると、そっと戸を開いた。途端、外の音が中に入ってくる。
     一緒に、中年男性の声も聞こえてきた。
    「……らさぁ、早く本当のこと言ったほうが良いんじゃないか? うちのメイドがここに入ったことは分かってるんだよな」
    「ですから、そのようなメイドは見ておりません。他の客に迷惑なので、飲みに着たのでないなら、早く出て行ってください」
     続いて聞こえてきたのはマスターの声だ。特に、慌てた様子はないが、普段のマスターを知っているハウィルには分かる。相当焦っていることが。
     マスターの言葉に続けるように、そうだそうだ、とはやし立てているのはおそらく客だろう。少しうるさいと感じるほどになった途端、また、何かが落ちる音がした。ガラスが割れる音と一緒に……。すると、急に客が黙った。
     今度は分かる。先ほどから何かが落ちてくるような音。その正体がグラスであること。
     ハウィルはナユタに合図して、戸を閉めさせる。ナユタはそれを終えると、梯子から飛び降りた。
    「申し訳ありません。どうやら、付けられていたのに気付かなかったようです」
     ナユタは、そう言いながらひざを付き、頭を下げる。
     しかし、ハウィルは首を振った。
    「いや、違うな。あの館にナユタの後を気付かれずに追えるようなやつはいなかったし、陛下が連れて来た護衛の中にも追跡できるようなタイプの人間はいなかった」
     館には偵察のために何度も潜り込んでいたし、陛下の護衛は隠密で着たためか、大した人物はいなかった。となれば……。
     ハウィルの視線は、自然とシェラへと向いた。
     それに気付いたシェラは、なにやら探っていたメイド服のポケットの中から一枚の小さな正方形の紙をハウィルに見せ付ける。
    「どうやら、私の失態らしいね。メイド服に追跡臭紙を入れ込んでやがった。あの館、ただの貴族のセキュリティかと思って油断したわ。密偵対策もばっちりということかよ」
     「くそが」と、舌打ちしながら紙を破る。
     追跡臭紙は、ある特殊な臭いをしみこませた紙で、その臭いは人や普通の動物には分からない。しかし、ある種の犬はそれを感知することができ、さらに、紙に付いた臭いはそれがあった場所に押しとどまる性質がある。それを利用して、追跡用の道具として使われている。
     シェラは紙をくずかごへと投げ捨て、ハウィルへと視線をよこした。今回はハウィルの支持に従う、そういう意思だ。
    「ナユタ、フィオーラとシェラをつれてこの街から脱出しろ。とどまるな。前に言った緊急対処3で行け」
     それを聞き、ナユタはすぐに着替え部屋の敷居を取り外し、その下を空ける。そこは、隠し通路になっていた。
     それを見ていたフィオーラは、あることに気付き、慌てて言う。
    「ハウィルは!?」
    「俺はこの居酒屋で引き付ける」
     居酒屋から脱出するだけなら、隠し通路を使えば良い。だが、隠し通路は裏の空家につながっているだけで、街の外へは通じてない。確実に追っ手を撒こうと思えば、誰かが、この居酒屋で追っ手を引き付ける必要がある。
     そして、このメンバーから言えば、シェラが出るのは危険。ナユタは隠密行動に適しているため、フィオーラを脱出させるのに必要。
     となれば、残るべきなのはハウィルのみ。
    「無茶です、そんな……」
    「ナユタ」
     殿を名乗り出たハウィルを止めようとするフィオーラの言葉を遮り、ナユタを呼ぶ。
     ナユタは瞬時に意図を理解すると、フィオーラの口を塞いで隠し通路へと飛び込む。シェラもその後に続こうとして、そして振り返った。
    「悪いな。殿。私が原因なのにね。その命、大切に貰っとくよ」
    「いや、あの館の追っ手や陛下の連れてた護衛なら、余裕だ」
    「はっ。そうかよ。これでてめぇのイラつく面を見なくて済むと思ったのによ」
     そう捨て台詞を残すと、今度こそ隠し通路へと飛び込んだ。
     さて、後は上にいる追ってを何とかすれば良い。
  • 13 ``理文” id:5WdoRgX1

    2011-08-21(日) 17:06:17 [削除依頼]
     ヒュウには緊急対処3の印をこの部屋に残しておけば大丈夫だろう。
     ハウィルは腰に刺した剣と背中に隠してある短剣を確認する。その後、棚の中から中身の入った酒瓶を二本、袋に入れた。フードを被ると、それを持って梯子を上って隠れ家からそっと出る。
     そこから、未だに言い争いを続けているらしいカウンターへと堂々と入った。
    「マスター、一応、言われた通り二本、酒を買ってきたんだが、これって何の騒ぎだ?」
     突然現れたハウィルに、マスター以外の全員がはっとしたようにハウィルを見る。
     ハウィルはマスターに話しかけながらも、居酒屋の中を見渡し、状況を確認した。
     テーブルが一つと、椅子が七つ倒れている。そこら中にグラスや酒瓶がころがり、一部割れていたり、中身が飛び散ったりしていて、相当荒れている。その上を、何の感慨もなく五人の男が踏みつけていた。
     年齢にはバラつきがあるが、ほぼ全員が何かしらの訓練を受けているのは一目で分かる。
     この程度の連中ならやれる、とハウィルは判断した。訓練を受けて、ただ肉付きが良いような連中は、考え方も行動もパターンができている。独学で剣術を学んだハウィルにとっては、余裕の相手だ。五人程度なら、大丈夫だ。
     が、外にいる犬を連れたもう一人。この五人の元締めか何かか、他の連中とは違い、ハウィルが着ているのと似た戦闘用のジャケットを着ている。たぶん、技術も五人よりよっぽど上だろう。その人物には気をつけたほうが良い。
     マスターはハウィルが持ってきた酒瓶を受け取りながら、状況を説明した。
    「いやね。こいつら、俺のところにメイドが来たはずだとか言ってさ、店を荒らすんだよ。なんだか知らないけど、客じゃないならとっとと帰ってほしいんだがね」
     マスターの説明を聞いて、ローラの事はばれていないということが分かった。だが、それで安心は出来ない。隠し部屋へ通せば、ローラの存在はばれるし、隠し通路もばれる。そうなれば、追われる。可能な限りここで引き付けて、それから節を見て逃げ出せば良い。
     そう、思っていた。
     急に飛んできたグラスをハウィルは軽く足を折ることで姿勢を低くし、避ける。見ると、中年の男がハウィルを睨んでいた。
    「お前も知らない、なんて抜かすんじゃないだろうな」
     本人は凄みを利かせているつもりだろうが、ハウィルには通用しない。ハウィルはそのまま無言で客席側へと回る。
    「知らない」
     そう言った瞬間、中年の男が拳をハウィルへと振って来た。それをハウィルは体を横に向けて避けるが、そこで判断ミスを犯したことに気付く。
    (しまった!!)
     そう思ったときには、すでにフードがめくれていた。
     男たちの前で、顔が曝ける。
     エメラルドグリーンの瞳が、皆の視線を集めた。
     その様子をみて、マスターが頭を抱える。
     ハウィルの顔は、国王やその近辺に知られるわけには行かない。王族以外のエメラルドグリーンの瞳は王族にとって末梢対象。
     だから、ハウィルはいつも、ヒュウやナユタより念入りにフードを深めに被っていた。
     ハウィルは、逃げよう、そういう作戦を一切切り捨てる。
    「なあ、本当のこと、話してやるから、外出ようか」
     そう言って、ハウィルは呆然としている五人の間を抜けて居酒屋から出ようとする。そこで、一人がまた動いた。ハウィルを捕まえようとして。
     が、次のハウィルの動きは誰の目にも止まらなかった。
     瞬時に姿勢を低くし、突き出された腕を左手でつかむ。体を回転させながら、背中から短剣を抜くと、相手の首筋に、短剣の刃を突きつけた。
    「外に出ようって、言ったよな?」
     ハウィルの言葉に、反論する者はなく、ハウィルに言われた通り、四人は居酒屋から出て行く。
     ハウィルはそれを確認すると、男から短剣を離し、居酒屋の外へと蹴飛ばした。それに続いてハウィルも外に出る。
    「おや、もう、決着がついたのかと思ったら、出てきたのはただの賊か」
     最初から外にいた男が、出てきたハウィルを見て、そう呟いた。ハウィルはそれを無視し、五人の前へと立つ。
     途端、別のところから男が出てきて、ハウィルの真後ろにたった。いや、一人ではない。次々と、人ごみから、建物の影から、店から、男が現れる。
     合計五人。先ほど居酒屋を襲っていた男たちを合わせると合計十人に囲まれる形となってしまった。
  • 14 ``理文” id:5WdoRgX1

    2011-08-21(日) 17:07:42 [削除依頼]
     リーダー格の男は、その円から少し離れた場所に立つ。
     あたりを歩いていた人々は、彼らを避けるように、囲むように離れて遠巻きに見ている。
     冷たい風が、通りを横切った。
    「さて、一応、中での会話を聞かせてもらったのだが、本当に、本当の事を話してくれるのかな?」
     リーダー格の男が、心のそこから信じていないように言った。
     実際、信じていないのだろう。だから、このような強硬手段に出たのではないだろうか。
    「分かっているだろう?」
    「状況は分かっているね。君は訓練を受けた人に囲まれている。本当の事を話さない限りは、痛い目を見るよ」
    「言わない。それに、痛い目を見るのはそっちだろう。顔を見られた以上はな」
     どうあっても言わない。その意思を断固としてハウィルはとり続ける。それに、ハウィルはこんな安い脅しに付き合うようには出来ていない。
     リーダー格の男は、すっと目を細めた。
    「エメラルドの瞳に、交戦用ジャケット。一般人でないのは目に見えて分かるよ。クレイ帝国の人間か、さもなくば、王族の破門者か何かかな」
     言われても、ハウィルは何も答えない。
     リーダー格の男は溜息を吐いた。
     ここまで何も言わないと、手の打ちようがない。おそらく、拷問で言わせる、などと言う原始的手段では無理だ。それに、彼はこの居酒屋へは入れてくれそうにない。先ほどから、居酒屋の警戒を怠っていないのだ。かといって、こちらへの警戒が緩むわけじゃない。
     居酒屋に何かあるのは確実だが、これではどっちつかずだ。こうなれば、この男を捕らえたほうが早いだろう。
    「良い。やってくれ」
     言われ、男たちは動いた。
     それぞれに、短剣やらナイフやらを取り出して、ハウィルへと襲い掛かった。
     ハウィルは最初に動いた男の懐に潜り込むと、肋骨の間を狙って短剣を突き刺す。それを横に払って切ると、後ろから剣を縦に振って来た攻撃を体を横に向けることで避ける。同時に、切ってかかってきた相手の首に通り抜けざまに短剣を走らせた。
     二人の息は確認せず、気おされて一歩後ろへと下がった男ののど仏の当たりに短剣を指し、抜く。そのままその男を蹴り倒すと、その背後で構えていた男の脇腹に短剣を突き刺し、切り込む。腸を切られたら、すぐに動けるはずはない。
     ハウィルは勘で、背後へと振り向きざまに短剣を投げる。それは、ボウガンを構えていた男の目に深々と刺さった。すかさず、男へと近寄り、腰に刺した剣を抜いて、左胸のあたりを貫く。それをすぐに抜くと、すぐ隣から振り下ろされた剣をバックステップで避け、出来た隙を透かさず脇腹を切る。
     その瞬間に出来た隙を相手は見逃さなかった。
     すぐ近くにいた男は横へと剣を薙ぐ。が、ハウィルのほうが早い。振られた剣を剣で払い、そのまま踏み込み左手でポケットから取り出した携帯ナイフを胸に刺す。すぐに引き抜き、その男の後に続こうとしていた男の左胸に剣を差し込む。が、横から振り下ろされた刃に間に合わず、ハウィルは剣を手放してバックステップでそれをよける。
     獲物がなくなったと判断した残り二人は、同時にハウィルに襲い掛かった。
     が、ハウィルは袖からナイフを取り出すと、二人ののど仏の上を同時に貫いた。

     市場にきていた人々が作った円の中では、十人分の死体が転がり、地は赤く染まったていた。
コメントを投稿する
名前必須

投稿内容必須

残り文字

投稿前の確認事項
  • 掲示板ガイドを守っていますか?
  • 個人特定できるような内容ではありませんか?
  • 他人を不快にさせる内容ではありませんか?

このスレッドの更新通知を受け取ろう!

ログインしてお気に入りに登録すると、
このスレッドの更新通知が受け取れます。

最近作られた掲示板

お気に入り更新履歴設定

お気に入りはありません

閲覧履歴

  • 最近見たスレッドはありません

キャスフィへのご意見・ご感想

貴重なご意見
ありがとうございました!

今後ともキャスフィを
よろしくお願い申し上げます。

※こちらから削除依頼は受け付けておりません。ご了承ください。もし依頼された場合、こちらからの削除対応はいたしかねます。
※また大変恐縮ではございますが、個々のご意見にお返事できないことを予めご了承ください。

ログイン

会員登録するとお気に入りに登録したスレッドの更新通知をメールで受け取ることができます。

お気に入り更新履歴設定

お気に入りはありません
閲覧履歴
  • 最近見たスレッドはありません