出雲の雪神様40コメント

1 ももくり id:hvtlE6S.

2011-07-15(金) 16:52:36 [削除依頼]
四回のキスの後、男は女を強く抱きしめました。
雪がたくさん降った日でした。
女が神様の生贄になる日でした。

「君を神様に捧げたくない!君を死なせたくない!こんなに君を愛しているのに……!」
「私も貴方を愛してるわ」

二人の声は、空を覆う雲に吸い込まれました。
男はもっともっと抱きしめる力を強めました。

「村の奴らは間違ってる!生贄になった者は神様に食い殺されてしまうんだぞ!何でこんなに小さな君が選ばれたんだ!」

「私は平気よ」と女の瞳が訴えました。
それでも男は涙を流したままでいました。

「私はずっとずっと貴方を愛しているわ」

女は驚くほどに凛とした声を出しました。
精一杯の強がりでした。
男は少し目を丸めて、女の全てを強く強く抱きしめました。

「私は必ず貴方の胸に戻ってくるわ。どんな手を使ってでも」
「……ならば、僕は君をいつまでも待つ」

互いの小指を絡めた後、二人は五回目のキスをしました。

雪がたくさん降った日でした。
  • 21 ももくり id:sFA7Y1Z0

    2011-07-23(土) 22:56:09 [削除依頼]
    ――助かった?

    とりあえず、それが脳の表通りに現れる。
    ぴくりとも動かない雪狼達を、荒い息で見つめたままでいた。激しい速さの鼓動が、沈黙を壊す。
    「死んでる……の?」
    そっと立ち上がり、溜息と共に言葉を発す。あちらにも、こちらにも。牙を剥き出したままで、ぐったりと倒れている。
    「……針?」
    心臓がどきん、と歌った。
    彼らの毛並みの中に、小さく存在しているものがあった。
    ――茶色の、木製の針。
    まるで決まりのように一本ずつ刺さっていて、そこから赤い水が滴っている。
    残酷な光景への吐き気と一緒に、優しくある人の顔が浮かんだ。
    こんな風に針を使って器用な事ができるのは――あの人、だけ。
    あの人、だけ。

    「急所を仕留めたから、息絶えている」

    人の声に、はっ、と顔を上げた。
    私の前方の木の隣で、蒼色の短髪を香らせた少年。
    一瞬でどうしようもない気持ちになって、上手に声が出ない。

    「柏……!」
  • 22 ももくり id:sFA7Y1Z0

    2011-07-23(土) 23:06:46 [削除依頼]
    どうしよう、どうしよう、どうしよう。
    馬鹿みたいに言葉を繰り返して、思考回路が弾き出した答え。くるりと思い切りに振り向いて、走り始めた。雪狼から逃げたのと同様に。

    「出雲!逃がさない」

    私の手首を掴んだ、大きな手。
    包容力に優れたそれに手はすぐに馴染んだ。だけど大げさに拒んで、振り払おうとする。
    少女らしく恋に踊る心臓、止まれ。

    「会いたくないって……言ったのに!」

    泣きそう。
    恥ずかしくて、恋しくて。
    たぶん、私の顔は驚くほどに真っ赤に染め上げられている。自覚していながらも、上手にはいかなくて。もどかしくて、いやだ。
    雪に沈んでいく足が、もっといや。

    「いま会わなかったら、僕達は終わってしまう!」
    「それでも会いたくないの!」

    一瞬で駆け抜けていく時間が、止まらない。私も無理矢理に秒数に乗せられて、壊れそう。

    「終わってしまっても良いのか?」

    柏の言葉が胸にいっぱいいっぱいに突き刺さった。甘い味の血が出て、止まらない。

    「僕は嫌だ」
  • 23 ももくり id:OKBIiJU/

    2011-07-24(日) 13:31:26 [削除依頼]
    柏の真っ直ぐな視線は、どこか雪狼に似ていた。余分なものが何一つ付いていない綺麗な顔。それが私の事を真剣に要求し、欲しがっている。
    甘く甘く甘く。痛くて怖くて、心臓が震える。

    「……私だって……やだ……」

    言い終わるか終わらないか。
    弾き跳んだ涙と私を、柏が大きく抱きしめた。途轍もない力が全身に加えられて、呼吸をするのすら困難になる。

    「ならば、神も村も何もかも捨てて一緒に行こう!」
    「でも……でも分からないのよ!貴方の事は愛していわ。だけど、雪神様を遠ざけるなんて無理よ」

    「雪神様は、私達の村に優しくしてくださるから」と付け加えた。
    雪神様。その存在は柏と同じくらいに大きくて、村人の全てだから。私の勝手な意志で決められない。

    「だから……」

    ふ、と。
    言いかけた言葉が、口付けで遮られる。
  • 24 ももくり id:HbfDGrU/

    2011-07-30(土) 14:33:52 [削除依頼]
    離れては、また一緒になって。離れては、また近づいて。
    繰り返すキス。
    瞳を閉じて口付けをする柏を、私は愛している。ずっと昔から愛している。
    すぐ隣で触れる吐息に、私の全てを預けてしまいたい。

    「君を……捧げてしまいたくない。何でこんなに小さな君が生贄にならなくてはいけないんだ!」

    や、め、て。

    柏の言葉を遮るように、自ら口を付けた。
    大好きな彼の匂いが雪まで染めて、愛しさに溢れる。それと同じように募る別れの悲しみに、消えてしまいそうになった。
    雪神様、村人、お婆様、百合。その全部を裏切って、柏と一緒になる力は私にはないのよ。

    だから。

    「私は必ず貴方の胸に戻ってくるわ」

    驚きを隠せない柏の瞳の奥に伝えるように、私は続けた。
    「私が愛しているのは、ずっとずっと柏だけ。だけど、雪神様を捨てる事もできない。だからね、季節を頂いたら、また貴方と一緒になるの」
    「……死なずに、生贄になるという事か?」
  • 25 ももくり id:HbfDGrU/

    2011-07-30(土) 14:54:26 [削除依頼]
    私は強がって、できるだけたくさん微笑んだ。
    柏の涙に連鎖して泣きそうになるけれど、私はきっと幸せなの。
    これが恐らく、正しい答えだから。

    「……愛する出雲が選んだ道ならば、僕は信じなければいけないな」

    柏も同じように強がって笑みを作る。
    ぎこちない笑顔だけれど、二人とも偽りではない。離れていても、雪に埋もれてしまう事はない。

    「夜になったら、私の夢を見てね」
    「朝になったら、同じ太陽の光を浴びよう」

    少しずつ自然な笑みに変わりつつある空気の中で、柏が言ってくれた。

    「再び一緒になったら、その時には結婚しよう」

    雪、雪、雪、雪。
    切なさを運ぶ温度が相変わらず村を包んでいるけれど、私達は生きる術を知っている。

    「この雪に誓って約束ね」
    「僕は、君をいつまでも待つ」

    幸せに小指を絡めて、私達は五回目のキスをした。

    1 
  • 26 ももくり id:/9fHi3A.

    2011-07-31(日) 22:52:02 [削除依頼]
    2 雪神様の御心

    大きく口を開けるのは、洞窟。
    先程からまったく変わらない荒れた景色の中で、何となく同化して存在していた。
    やはり周りの木々は暗く項垂れており、私を歓迎しているようには見えない。太陽の光は届いているものの、どこか薄暗くて。おまけに一段と冷たい風が、音も無く吹いている。

    「此処が……雪神様の祠?」

    呆然と立ち尽くす。
    まるで祠……というよりは、何か獣が住むような洞窟に見える。中は暗くてあまり見えない。それに、こんな廃れた土地に、村の神様が住んでいるのだろうか。
    第一、この洞窟が祠なのだろうか?
    そんな危ない考えさえしてしてしまうほどに、此処の空気は朽ちていた。
    しかし、無理矢理に言い聞かせると、何となく神聖な空気が流れているような気も……する。
    どうしようもない沈黙が、共に緊張感を運んだ。

    そう……だ。私は今から雪神様の生贄になるんだ。
    ううん、生贄になると言っても、決して死なないけれど。
    柏と約束した通りに、必ず生きて戻る。
    たとえどんな手を使ってでも。私は必ず柏と一緒になる。
    手に持っている花が無事である事を確かめると、やっぱり柏の笑顔が浮かぶ。
  • 27 ももくり id:/9fHi3A.

    2011-07-31(日) 23:02:40 [削除依頼]
    小さな足音を引き連れ、祠の入り口へと向かう。
    まるで不思議な感覚に背中を押されるように、自然に足が進む。
    一歩、二歩、三歩。歩数に比例して襲い掛かる緊張が苦しい。自分の顔が青ざめていくのが分かる。

    だけど、柏が待っていてくれるから。
    柏が私を愛してくれるから。

    「……雪……神様」

    とうとう私は入り口に立ち、震えた声を出した。
    中は意外と狭く、奥の壁が見えている。ぼんやりと何となく円形に切り開かれた空間が、私を待っていた。不思議に青色の壁、床。その部分が、神聖、という言葉の後押しをしてくれた。

    「あの……季節を頂きに参りました、出雲です……」

    誰も……居ない?
    黒目をぎこちなく動かして、それを把握する。
    雪神様は一体何処に居るのだろうか。やっぱり、そもそも此処は祠ではなかったのだろうか。

    ――その時だった。

    「お前が生贄か?」

    冷たい風に、男の人の声に、雪の香り。
    その三つが一斉に背後に現れて、私は硬直した。
  • 28 ももくり id:/9fHi3A.

    2011-07-31(日) 23:15:18 [削除依頼]
    ――声にならない驚きと恐怖。心臓を掴まれた気分に陥る。
    ――現れたんだ。
    雪神様が現れたんだ。
    私は必要以上に動揺して、言葉も上手に発せない。
    食べられる、食べられる、食べられる……!
    自分の心臓の音が激しくて痛くて怖い。

    「あ……」

    勇気を出して振り向いた先。
    ――其処には、私の想像とは違った形のものが立っていた。

    おと……こ?
    肩まで伸びた銀色の髪に、白い肌。髪と同じく鋭い光の瞳。そして、いかにも高級そうな糸を使われた蒼の着物。
    ――人間の姿をした、雪神様。

    ……違う。
    もっともっと恐ろしくて、巨大で、危なくて。私は、そんな猛獣が雪神様なのだと勝手に思い込んでいた。
    季節を上手に操りになる方だから、もっと人間離れをした姿だと思っていた。

    「ん?今回の生贄は随分と小さい」

    ぴたり、と。突然、ぴたり、と。
    雪神様は、自らの頬を私の頬に付けた。

    声にならない叫び声が、反響する。
  • 29 ももくり id:UD7plJM1

    2011-08-01(月) 15:26:58 [削除依頼]
    どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう……!
    人間の体温とは明らかに異なる、冷たい温度の肌。雪神様はそれを私に付けて、離さない。おまけに、肩に添えられた手が縛る。
    ――逃げられない!
    頭では分かっているものの、動けない。
    このままでは早速食べられてしまう!

    「ほう、しかし体が小さい分、綺麗な体をしている」

    まるで歌声のように澄んだ彼の声は、一種の音に似ていた。それが余計に恐怖を与える。
    彼の舌。
    私の首筋、撫でるように触れた。

    『僕は君をいつまでも待つ』

    柏との約束が、ふいに脳に浮かんだ。
    それは私を救うように旋回し、何度も何度も繰り返す。

    柏の笑顔にもう一度会いたい。柏の胸に飛び込みたい。柏の唇に触れたい。
    衝動に似た力が胸を揺らした。
    どきんどきん、と高鳴る鼓動を伴って。

    「わ……私を!食べないでください!」

    精一杯に出した声は、裏返りながら雪神様の元へと向かった。
  • 30 ももくり id:e5qwrcA.

    2011-08-07(日) 14:50:41 [削除依頼]
    ――ぴくり、と雪神様が小さく動いたのを感じた。彼は今にも私を食べようと、隠し持っている牙を剥き出しにしたのかもしれない。それか、今にも私を殺してしまおうと、隠し持っていた大爪を出したのかもしれない。
    しかし、私はそんな事を確認する勇気も力もなく、柏の幻想を必死で浮かべていた。

    「何故?」

    崩れぬ調子の彼の声が余計に怖くて、だけど質問に答えないと食べられてしまう。
    ――理由までは考えていなかった。
    隙を突かれた。今にも咳き込みそうなほどに、心臓が痛い。青ざめて痛い。
    何を答えるのが正解なのか。もはや検討も付かない。
    私は自分の喉が壊れそうになっているのを自覚していた。自覚しながらも、声を絞った。
    柏の幻想にしがみ付いて。

    「雪神様の事が……好きだから、です!」

    ――ああ、自分は何でこんな事を言ってしまったのだろう。

    「好きだから……好きだから!食べないでください!どうか!」

    もう何を言っても手遅れの状態かも。言葉を出せば出すほど、自分を追い込んで行く。頭がぐるぐるして何も考えられない。
    何も答えない雪神様の顔を拝見するのが本当に怖い。
    だけど私は反射的に、人間の本能に体を任せた。
    勢い良く彼の顔を見た。

    ――そこには、予想外の彼の表情があった。
  • 31 ももくり id:e5qwrcA.

    2011-08-07(日) 15:00:27 [削除依頼]
    「……え」

    雪神様と私の声がぴったりと重なった。同時に同じ言葉を言った。

    雪神様は、怒ってなんかいなかった。牙も大爪も何も見せていなかった。
    ――ただ、頬をほんのりと赤らめていた。
    小さく口を開けて、きょとんと私から少し外れたところを見ていた。
    雪神様は、怒ってなんかいなかった。

    「出雲……。お前は私の事が好きなのか?」
    雪神様は私の顔をじっくりと覗き込んで、聞いた。
    「は、はい」
    とっさに答えて、状況に付いていけない。

    「出雲は、私の事が……好き、なのか?」
    好き、の部分をやけに強調してくる銀の瞳。そこには私が丁度綺麗に映っている。
    「好き、です」
    私も彼と同じように答えた。

    すると雪神様は、まるで花が咲いたように表情を変えた。
    嬉しそうに子供みたいに笑った。
    白い肌に赤い頬が似合っていた。

    「出雲は私の事が好きなんだな!」
  • 32 ももくり id:e5qwrcA.

    2011-08-07(日) 15:14:05 [削除依頼]
    ……嬉しそう。
    私は呆然と雪神様を見たまま、何かが抜けたように止まっていた。
    彼は私を襲う様子など見せずに、むしろ小躍りをしている。
    それに仄かな安心感を覚え、噴出していた汗が蒸発していった。
    やがて、雪神様は何を思ったのか急に静止した。

    「そうだ、出雲。私に飯を作れ」
    「ご……ご飯、ですか?」

    「そうだ」と胸を張って肯定する雪神様。
    よく見ると、洞窟の奥の方に何かが並べてあった。
    五つの大小さまざまな壷に、囲炉裏。台所とは言い難いけれど、そこから察した。

    「好きな私の為に、良い飯を作れ!」

    どこか興奮さえ窺える声の調子に、私はすぐに台所へと向かった。
    上手に出来なかったら、どうなるのか分からない。
    しゃがみ込んで、とりあえず壷を開けてみる。一つ目の壷に中には、錆びた包丁と木の棒が入っていた。二つ目には、乾燥した緑の薬草。他のものには色の違う薬草が入っていて、最後のものには小さな雪苺さえ保管されていた。そしてその隣には分厚い鍋。
    とりあえず何か料理は作れそうかも。
    一瞬だけ安心して、すぐに囲炉裏に向かった。
  • 33 ももくり id:wxHAhCN1

    2011-08-08(月) 18:52:07 [削除依頼]
    「あの……できました」

    火の光に照らされた鍋が、ぼんやりと暗い洞窟に浮いている。
    もうすっかり日は暮れたらしい。月の光が何となく洞窟の中まで侵入しているものの、夜の匂いが漂っていた。
    時間はたっぷり費やした。お婆様に教わった方法で火を起こし、薬草を煮た。隠し味の雪苺が甘すぎないかが不安。
    もしこれで「おいしくない」と言われると、私はきっと食べられる。
    背筋がぞっと凍りついて、囲炉裏の近くに座った雪神様を直視できない。

    「いただきます」
    彼はそっと手を合わせて、木のお箸に触れた。そしてぐつぐつと煮えている鍋に向かう。
    私は彼の正面にぺたんと膝を立てて座った。冷たい地面に、体温が奪われる。
    彼が料理を口にしたのと同じタイミングで、心臓の音が大きくなった。
    どうか、上手にできていますように。もう、上手とか下手とかどうでも良いから、雪神様の御口に合いますように。
    普段、お願い事をする時は雪神様にするのだけれど。今の状況では、もはやお願いをする対象が不安定。
    そんな事が頭の中をぐるぐるした。

    「おお……出雲は料理が得意なのだな!」

    雪神様が、にっこりと微笑む。
    途端に、緊張の糸がぷつんと切れた。
  • 34 ももくり id:wxHAhCN1

    2011-08-08(月) 19:09:19 [削除依頼]
    私はぐったりと地面の上に倒れた。降り積もってきた緊張達に、私の体が耐えられなくなったらしい。
    駄目よ、このまま倒れていては食べられてしまう。
    自分を責めるように現れた言葉が、呆気無く消えてしまう。限界、体が起き上がらない、瞼が閉じる。まともな思考ができなくなって、もう全部が終わってしまって。
    雪神様がこちらに寄ってきたのを感じたけれど、もう目は最後の最後まで閉じてしまった。

    ――柏、柏、柏。
    会いたいの。
    貴方に触れたくて触れたくて、苦しいの。
    夢の中で貴方に抱きしめてもらいたい。
    食べられてしまう前に、貴方に会いたい。
    こんなにも重くて強い心、今の私以外に理解してくれる人はいないわ。
    柏にも分からないくらいに、もっともっと大きいの。

    だから全部、抱きしめて?
    そして私を知って欲しいの。

    抱き合っているだけで、私達は無敵だったのに。
  • 35 ももくり id:wxHAhCN1

    2011-08-08(月) 19:24:19 [削除依頼]
    ――ん。

    ぼんやりと開いた目。飛び込んできたのは、朝の光。
    こんな奥地の洞窟にまでもしっかり届くくらいに、今日はいつもより雲が薄いらしい。

    「私……食べられてない」

    それに今さら気が付いて、小さな声で呟いた。
    寝ている背中には藁が敷かれてある。そして上には、絹がふんわりと乗っかっている。
    一体、誰がこんな布団を作ってくれたんだろう?
    一体、誰が……。

    「おはよう、出雲は寝顔が可愛いんだな」
    「きゃあ!」

    耳元で響いた声に、私は大きく動揺した。
    私の隣。同じ布団。雪神様が居て、私の顔をじっと見ている。
    こんなに近い距離、しかも一晩。私はどうやら雪神様と眠ってしまったらしい。
    そしてそもそも、私は食べられなかった。
    こんなに近くにいるのに。肩が触れる距離にいるのに。

    ――もしかして。
    私が食べないで、って言ったから?
    私の要求を受け入れて、食べないでいてくれているの?
    いや、ううん。だけど私は生贄よ?生贄を食べない神様なんて、きっと存在しないもの。
    気を緩めては駄目。
    自分に言い聞かせて、ぐっと下唇を噛んだ。

    「出雲、今日は雪苺狩りに行こう」
  • 36 ももくり id:wxHAhCN1

    2011-08-08(月) 19:42:15 [削除依頼]
    「え……えと。ゆきいちごがり?」
    「ああ、あれは美味しいからな」

    雪神様は早速立ち上がる。そして、寝転んだままでいる私の方を向いた。
    「ほら」
    何か小さな生き物を抱き上げるように、ひょい、と。
    彼は私を抱き上げて、至近距離で笑顔を鳴らした。
    「わ!あっ……雪神様っ」
    突然の出来事に対応する事ができず、私は単語だけを並べる。
    雪神様の銀色の髪に、瞳。そして微かな雪の匂い。手は予想以上に大きくて、声は綺麗。
    少しずつ知っていく彼のこと。
    どうにか生きる術を見出そうと、私はたくさん知ろうとする。

    「出雲の今日の着物は、これだ」

    彼は私を地面に下ろすと、床の上に畳んである着物を摘んだ。淡い水色の、いかにも上等そうな着物。
    「友達に、沢山着物を持っている者がいる。そいつから貰ったんだ」
    「友達……ですか」
    神様の友達なら、きっとその方も神様なのだろう。神様同士で仲良くしているだなんて考えた事もなかった。

    私は不覚にも、何となく和んでしまっていた。
    隙を見せたのが間違いだった。

    「きゃあああっ」

    雪神様は私が着ている着物の帯を掴むと、何食わぬ顔で引っ張った。
  • 37 ももくり id:JqzTMSM1

    2011-08-27(土) 15:15:12 [削除依頼]
    「……少し大きすぎたな」

    ――やがて青い着物に包まれた私を見て、彼は言った。
    下に重く散らばった着物が物語るのは、恥ずかしい先程。恥ずかしさに耐えられない先程。

    「もう今度から自分で着替えれますから……」

    自分が生贄だという事も忘れて、私は雪神様に抵抗した。着物を脱がせる雪神様に抵抗した。
    だけど結局は無駄で、彼は私をまるごと着替えさせてしまった。
    本当に軽々しく、躊躇無く、恥じらいも無く。
    神様は女の素肌を見ても恥ずかしいと思わないのだろうか。
    私は今でも顔を真っ赤にして恥じらいを示しているのに。
    柏に罪悪感を感じているのに。

    「駄目だ」

    雪神様は、はっきりと否定した。
    あまりにも彼がくっきりと線を引いたから、私は余った裾を踏んでしまう。体が前に揺らぐ。

    「出雲は大切だから」

    彼は私を軽く受け止めると、やっぱり雪の匂いを振り撒いた。
    その「大切」の意味の理解に苦しむ私を気に留める事もなく。
    抱き上げられた体が浮遊感を感じて、びくんと怯えた。だけど、私にしっかりと触れるその抱きしめ方は、意外と安定している。

    「では、外に行こう」
  • 38 ももくり id:QnN8Z1D0

    2011-08-28(日) 16:32:11 [削除依頼]
    随分と長い間、この祠の中に住んでいた気分。
    昨日が遠い昔の思い出のようで、つまり外が限りなく愛しくて。
    荒れた森の奥のこの景色さえ、今の私の目には素晴らしいものに見えた。白の地面が太陽の光に勝り、鈍く煌く。人の寄り付かない土地で、それはそれは静かに。

    「雪苺は何処に……」

    私は寂しく植わった木の元にしゃがみ、探してみる。
    地面の雪に触れると、手の熱が一瞬にして奪われた。鼓動ごと吸い取られそうになる冷たさ。

    「出雲、こっち」

    背中に投げかけられた雪神様の声に、私は振り向いた。
    私から両腕分離れた隣で、彼は地面を指差した。
    私は立ち上がり、小さな歩幅を繰り返して行く。

    「わあ……。可愛らしいですね」

    彼の指先の雪に埋もれた、二つの雪苺。それは小さく控えめに顔を出して、赤色を浮かべていた。
    「こうやって、優しく摘んであげなくては」
    雪神様は慣れた手つきで、だけど大切に摘み取る。

    「小さくて可愛くて、出雲みたいだ」

    彼は二つを私の両手に乗せて、微笑んだ。
    ちょこん、と軽い重さが伝わる。
  • 39 ももくり id:QnN8Z1D0

    2011-08-28(日) 16:41:21 [削除依頼]
    雪神様は、いつも一人でこんな風に雪苺を摘んでいたのかしら。
    微かに香る甘い匂いが、何となく運んできた思考。
    私はしゃがみ込んだまま、それらを見つめて動けなかった。

    私のように「食べないでください」と頼んだ生贄はいるのだろうか。私のように「好きです」と偽った生贄はいるのだろうか。
    もし存在したのならば、その人は食べられてしまったのだろう。
    もし存在しなかったのならば、私が初めてなのだろう。
    食べられる時、彼女達がどんな気持ちだったのかなんて、とても想像できない。
    痛くて痛くて、とても痛くて仕方がないのかしら。優しい幸せな気持ちで食べられた人なんて、本当にいるのかしら。
    私は、駄目な生贄だ。
    出来損ないの生贄で、だから生きたいと願ってしまう。
    それは、いけない事なのに。

    「……あれ?雪神様?」

    思い耽っていた時間が予想以上に長かったらしい。
    立ち上がってみても、彼の姿は何処にもなかった。

    「雪神様ー」

    私が余所見をしている間に、もっと雪苺が豊富な場所に行ってしまったのだろう。
    呼んでみても返事がなくて、代わりに沈黙が流れた。
  • 40 ももくり id:QnN8Z1D0

    2011-08-28(日) 16:50:13 [削除依頼]
    あまりに静かで、あまりに静かで。
    思わず恐怖すら覚える空気。
    鼓動が冷たく速くなって、背筋をぞくぞくと通り過ぎる。

    「雪神様……」

    幻想のような恐ろしさに怯えて、私は彼の名前を呼んだ。だけど同じように、沈黙が落ちるだけで。
    忙しなく辺りを動き回って、姿を探す。
    しゃりしゃりと感じる雪の音すら、どこか死を意味するようだった。
    雪神様と二人でいる時よりも、一人の方が怖かったなんて。
    こんな見ず知らずのような土地で、しかも静かで。
    怖くて怖くて、何かが怖くて堪らない。

    ――その時、がさり、と動いた音がした。
    私はその方向を向いて、笑顔で「雪神様?」と問いかける。
    だけど返事はなくて、雪を踏む音が鳴った。

    「雪……神様?」

    もう一度だけ尋ねて、そして私は言葉を失う。
    嫌な予感は的中していた。
    綺麗に綺麗に的中していた。

    雪狼、だ。
    五匹の、雪狼、だ。
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