ヒーローには成れないが8コメント

1 みどり id:vsenqUq0

2011-07-09(土) 19:11:29 [削除依頼]
ソイツとの出会いは非日常のはじまりだった。
アイツとの再開は戦いのはじまりだった。
ソイツと一緒に、人間の知らない争いに巻き込まれたアイツを守って、戦って。
失いたくないから、大切だから、一緒に居たいから。
それはきっと傲慢で独りよがりな願いだ。
だけどその願いがあるから、殴られても蹴られても斬られても刺されても、戦える。
何よりも大切なアイツを守るだけの、英雄には成れない俺のちいさな物語。
  • 2 みどり id:vsenqUq0

    2011-07-09(土) 19:12:24 [削除依頼]
     まるで町全体が死んだような、静かな夜だった。
     街灯の明かりも、コンビ二の明かりも無く、風の音もない少し肌寒い春の夜。
     とある少年は夢を見ていた。
     それは奇妙な夢で、自分は夢を見ている、と理解できる夢だった。
     そこは規模の小さい住宅街で、中心に一人の少女が佇んでいた。
     特に何かする訳でもなく、ただ空を見ていた。
     少年はそれを遠くから見ていた。襖の隙間から見るように、少女の顔ははっきりしなかったが、どこか懐かしさを覚えていた。
     少女はただ空を見て、少年は少女を見ている。
     不意に少女の顔が悲しげに歪んだ。遠くからでも分かる。泣いているのだ。
     それを見た少年は少女に手を伸ばした。
     泣いて欲しくなくて、出来れば泣き止んで欲しくて。
     少年は少女の涙をどうしても止めたかった。
     どんな事をしても体は動かず、ただ見てるだけしか出来ない、そんな夢だった。

     どこか遠い所で鶏の鳴き声が聞こえ、少年は目を覚ました。
     寝癖のある短髪を手櫛で撫で付けながら、あまり私物がない殺風景な部屋の隅にあるタンスから、市立中学校の学生服を取り出し、欠伸をしながらゆっくり着替えた。
     上着のボタンを留めながら、勉強机に広がっている宿題を鞄に入れ、タンスから使い慣らした紺色の布ベルトを取り出した。
     少年がベルトを手に取った瞬間、突然、何の前触れもなく、物々しい深緑色の大鎌に変化した。
     少年は驚きのあまりに息が止まり、呼吸が再開した途端、叫びながら大鎌を放り投げていた。
    「なんじゃこりゃあああああ!」
    「うっさいっ!」
     ドンッ、という音と共に、怒号が隣の部屋から聞こえ、少年はすぐさま押し黙った。
     悲しい事にこの家での少年の位は一つ年下の中学生になったばかりの妹より低いのだ。
     妹の愚痴が一番位の高い母親の耳に入ればただでは済まない事は知っているので、少年はどんなに口惜しくても従うしかないのだ。
     妹の怒号に少し小さくなりながら、放り投げた大鎌に目を遣る。
    「ウヒヒ、災難だったなガキ。まぁ自業自得だけどな」
     どこからか楽しげな男の声が聞こえ、慌てて部屋を見回すが、何もない。
    「違う違う。こっちだこっち」
     少年は声のする方に目を向けるが何もない。
     天井から、壁、タンス、机、床、ベルト。
    「あれ?」
    「そうそうそれ。ベルトだベルト」
     恐る恐る近付き、いつの間にか元に戻っていたベルトを拾い上げると、声の主が発覚した。
    「よう。初めましてだな」
     その声は低く、男だと分かった。
    「ど、どうも」
    「オレは死神だ。ちょっと訳あってここにいるんだが、お前に協力して欲しい事がある」
    「はぁ」
    「いいか? よく聞けよ? お前の幼馴染が死ぬ」
    「え……?」
     これが少年――坂上翔(さかがみしょう)と死神グリムの出会いだった。
  • 3 みどり id:vsenqUq0

    2011-07-09(土) 19:12:49 [削除依頼]
    「ちょ、ちょっと待てよ。意味わからないよ。アイツが死ぬって……。そもそもアンタはなんなんだ? 死神なんているわけないだろ? なんなんだよ一体!」
     混乱のあまり、翔はベルトを握り締め、家族の目もはばからずに怒鳴りつける。
    「落ち着けって。あんまりでけぇ声出すとまた怒られんぞ。順番に話すから」
     そう言ってからグリムは話し出した。
     依り代の人間を見つけ出す。
     その話が上がったのはつい最近の事だった。
     死神の仕事は、寿命の尽きた人間の魂を集め、転生させる事だ。その中で障害となるのは、自然を壊す人間をこの世から消すのが仕事の天使だ。
     死神が魂を運ぶ際に、一度、天の門、という天使の管轄する場所を通って魂から感情や記憶を洗い流す必要があるのだが、人間を消す事が目的の天使はそれを良しとせず、天の門を通る死神を襲い、運んできた魂をことごとく消してしまうのだ。幸い、死神も天使もそもそもは魂だけなので死ぬ事はない。しかし、その行為は昔からあり、死神側は再三やめなければこちらも手を出すと忠告したがその全てを天使側は無視し、ついに我慢の限界を超えた死神達は死ぬ事のない天使達を唯一殺す事が出来る冥王の魂を依り代に定着させる事に決めた、というのがグリムの話だった。
    「で、その依り代がお前の幼馴染みって訳」
    「そもそも依り代ってなんだ?」
    「あー、そこから説明するか。俺達死神や天使は死んだ人間の魂なんだ。天使か死神になれる魂は死神や天使になってこの世に留まるか、転生するか決められるんだ。で、依り代っていうのは死神や天使の魂を定着させる事が出来る人間の事で、お前の幼馴染は珍しい人間で天使の頭の大天使や死神の頭の冥王の魂を定着させる事ができるんだ」
    「なんか難しいな……。でもアイツに害はないんだろ?」
     いつの間にか正座して聞き入っていた翔がそう問うと、グリムは雰囲気を一変させ、真剣な声色で言った。
    「いや、自分以外の魂を定着させられると、元の魂は強制的に剥がされて消えてしまうんだ。それにだ、天使と死神も依り代を狙ってるんだ。相手側に渡らないように殺せればそれで良し、生きたまま捕まえて大天使の依り代に出来たら尚良し、って話だ」
     それを聞いた翔の顔から血の気が失せ、グリムの宿るベルトを握り締めた。
    「それってアイツが危ないって事だよな……」
    「そうだ。そしてお前には依り代を守って貰いたい。いいか?」
    「守るって……。無理言うなよ、俺はただの人間で中学生だぞ。喧嘩だって勝てるかわからないのに…」
    「そうだ。お前は人間だ。出来る事はほとんどないだろう。だから死神のオレがこうしてお前のベルト取り憑いたんだ。さっき見ただろう? オレが武器になって一緒に戦う。それなら出来るだろう?」
     そう問われても簡単に頷ける訳がなかった。そもそも翔の幼馴染みは三年前に引っ越してしまっていた。それなのに頷けるどころか信用も出来なかった。
    「正直に言って信用出来ない。アイツは三年前に引っ越したんだ。それなのに……」
    「それなら心配すんな。一昨日からこっちに戻って来て今日からお前の学校に転校してくるぞ?」
     楽しそうな声でそう言われ戸惑うがまだ信用出来ない。
    「それじゃあ、アンタの言う通りアイツが戻ってきたら信じる」
    「ウヒヒ、それでいいぜ」
     時計は既に一周し、朝のホームルームまで、残り僅かしか時間がなかった
  • 4 みどり id:vsenqUq0

    2011-07-09(土) 19:14:36 [削除依頼]

     それは死神と呼ばれていた。
     死んだ人間の魂を運ぶ魂だけの存在。
     天使のように人間の体を乗っ取る事は出来ないが、無機物なら質量、大きさ関係なく乗り移る事が出来る。
     死神は元々人間の魂だ。
     素質のある人間の魂が輪廻転生の輪に組み込まれる前に何者かに問われるのだ。
     死神になる気はないか、と。
     死神になった魂は自らの好きな時に輪廻転生の輪に入る事が出来るようになり、死神になった者の大半は家族や友人、恋人等の人間を見守る為に魂だけとなっている。もっとも、その大切な人が死んだらすぐさま輪廻転生の輪に入るのだが。
     その死神達の拠点は異次元の冥界。人間界や天界にも繋がっている場所だ。

    「そうか。グリムが動いたか」
     煉瓦作りの十畳ほどの小部屋の中で蝋燭の灯火が薄暗い部屋の中で揺れ、小さくなる。
     この部屋は廃ビルやいわくつきの物件のような薄気味悪い場所だった。かといってじめじめとしている訳でもなく、頻繁に掃除されているのか割と清潔感があった。
     その部屋で黒いローブを身に纏った男達は静かに対話する。
    「どうやら人間の少年と行動を共にしているようです」
     抑揚のない声で話す男は、死神のナンバーツー。
     細い体躯とは裏腹に、全死神中、二番目に強い男だ。
     ナンバーワンの死神を除いた死神が束になっても敵わないほどの強さだ。
     もっとも、目の前にいる少年のような体躯のナンバーワンの男には到底敵わないが。
    「どうしましょうか?」
    「“まだ”放っておけ。他にも死神にも手を出さないように伝えておけ」
    「了解しました」
     ナンバーツーの男は恭しく礼をすると足音を立てずに消えるように部屋から出て行った。
     ナンバーツーの男が遠ざかるのを確認した後、少年のような体躯の男は小さく呟いた。
    「どうやってグリムを捕まえるか考えなければならんな。俺としては手を貸してやりたいのだが……」
     裏切った死神、敵対する天使、切り札となる依り代。
     近年類を見ない程山済みの問題に深くため息を吐くと王座のような豪華に装飾された椅子から立ち上がり、爪先で足元を叩くとその姿が掻き消えた。
     誰もいない部屋には不気味な静寂が広がり、突然蝋燭の灯火が消え、細い煙がゆらゆらと立ち昇っていた。

     
  • 5 みどり id:vsenqUq0

    2011-07-09(土) 19:14:48 [削除依頼]
    それは天使と呼ばれていた。
     死んだ人間の魂を浄化する魂だけの存在。
     死神のようにありとあらゆる無機物に乗り移る事は出来ないが、人間の体を乗っ取る事が出来る。
     天使は元々人間の魂だ。
     素質のある人間の魂が輪廻転生の輪に組み込まれる前に何者かに問われるのだ。
     天使になる気はないか、と。
     しかし、素質のある魂の一つが生前から人間を憎んでいた。
     その魂以外の天使が大切な人を見守り、命が尽きると共に輪廻転生の輪の中へ入った時にそれは起こった。
     人間を憎む魂は、天使の使命を根本から変え、死神が運んでくる魂を浄化する事はおろか、この世から消す事を使命とした。
     そして、新しい天使達にこう言った。
     人間を滅ぼすまで輪廻転生の輪には入れない、と。
     その歪んだ使命を全うする天使達の拠点は異次元にある天界。
     そこは人間界にも冥界にも繋がっている場所だ。
     どこか遠いところで彼らを天使とした者が涙を流している事を知らずに、今日も歪んだ使命も全うしている。

     雪のような、或いは雲のような白く、ふわふわとした部屋。
     窓のような物はないがそこかしこから光が降り注ぎ、自然と安心出来る空間だった。
     それでも生活感は無く、家具の類は一切無く、白い一人用のソファーが部屋の真ん中にポツリと置かれていた。
     そのソファーに座るのは端正な顔立ちの女性。優しげな瞳は慈愛に満ちていて、尚且つ愛情にも、母性にも満ちていた。
     普通の人間と何ら変わりのない体躯だが、その背中には純白の翼が生えていた。そう天使だ。
    「依り代の状態はどうですか?」
    「極めて健康でございます」
     美しい女性の側近のような男が言う。その背中には女性と同じように白い翼が生えているが濁っているように暗い。
    「そうですか。それでは今日から始めましょうか」
    「では、下の者に行かせましょう。相手は人間です。無駄な戦力を出す必要もありません」
    「判断は貴方に任せます。それでは頼みましたよ」
    「はい。では天使長様、よろしくお願いしますぞ」
    「ええ、こちらは私に
    任せてください」
     そう言うと、天使長と呼ばれた女性は真っ白な部屋から出て行った。
     天使長がすぐに行動を起こしたのには理由がある。依り代に大天使の魂を定着させるには然るべき準備が必要なのだ。それも一日二日で終わる物ではないので今から始めるのだ。
    「ククッ。これで長年の目的が果たせるぞ。あの頭の固い女を説得するのは時間が掛かったがいいだろう。これで大天使様は復活し、下劣な人間は消え失せるだろう」
     人間が見たら仰天するような天使らしくない笑い声を上げながら濁った翼を持つ男は部屋を出た。
     光で満たされた部屋は先ほどの男を拒絶するように静かに扉を閉じた。

     人間は何も知らぬまま、渦中に入れられ、その中心にいる少女はまだ何も知らない。
     対抗する事が出来るのは幼馴染の少年と、少年に力を借りた死神だけだった。
  • 6 みどり id:R5kSWKJ/

    2011-07-30(土) 18:48:02 [削除依頼]
     思わず眠ってしまいそうな明るい春の日差しが窓から差し込む。そんな暖かい廊下を翔は全速力で駆けていた。
     理由は簡単。遅刻寸前なのである。
     グリムから話を聞き、本当に幼馴染みが転校してきたら信じる事にしたのだが、随分と長く話し込んでいたようで時間は既になかった。
     しかし諦めずに走り続け、速度を落とさぬまま校門を抜け、階段を駆け上り、やっと教室が見え、何とかチャイムが鳴る前に飛び込む事が出来たのだ。
    「よっし! ギリギリセーフだ」
     教室の正面にある時計はホームルームが始まる五分前を指していた。
    「今日のホームルームは職員会議があるから遅いんだって」
    「え」
     息を切らしながらガッツポーズをしたが、クラスメイトの一言で石像になった。 遅刻を逃れる為に全力で走った事は予想外の職員会議で水の泡となり、翔はがっくりと肩を落として自分の席に向かった。
     黒色の布ベルトの上に重ねて着けられたグリムは翔の落ち込みっぷりに小さく笑った。
     窓側の一番前の自分の席に力無く座り、そのまま突っ伏す。すると後ろの席の男子が声を掛けてきた。
    「よう。朝から燃え尽きてんな」
    「本当だよ。朝から疲れた」
     それなりに親しい間柄の二人は雑談で時間を潰し、ホームルームが始まるのを待った。
     一時限目開始のチャイムがなった直後に前の引き戸が音を立て、担任の教室が現れた。
    「遅れて済まない。少し会議が長引いたんだ。それで突然だが、このクラスに転校生が入る事になった。入っていいぞ」
     転校生の話が出るまで騒がしかった教室は急に静かになり、翔を含めた生徒達は前の引き戸に注目する。
     からからと控え目に扉を開けたのは一人の少女。
     艶のある長い黒髪を右側のサイドポニーで纏め、こげ茶色で少し垂れたの瞳、形の良い鼻、桜色の瑞々しい唇、整った顔立ちは人形のように美しく、緊張している為か少し頬が朱色に染まっている。
     紺色のプリーツスカートの丈は校規の膝までなので真面目なようだ。
     その中学生らしからぬ美貌に教室中の誰もが息を呑んだ。
     そんな新しいクラスメイトの様子に驚きながら、黒板に可愛らしい文字で自分の名前を書いた。
    「えと、初めまして、里中蘭です。これからよろしくお願いします」
     蘭が頭を下げた直後、爆発したような歓声と拍手で一気に盛り上がった。
    「マジかよ……」
     誰にも聞こえないような小さな声でそう呟いたのは幼馴染みの少年だった。

     小さく華奢な体を黒いブレザー、紺色のプリーツスカートで包んだ少女は一人、誰もいない屋上で落下防止用の冊に体を預けていた。
     強い風に靡く黒髪は腰程まであり、均等と取れた端正な顔は美少女と呼んでも差し支えないものだった。
     身長は翔より少し低く、スラリとした体躯はモデルのようでスレンダーだ。紺色のスカートから覗く足は細く、傷どころかシミ一つない。校規を無視したスカートの丈はかなり短いが、膝上まである黒いニーソックスのお蔭か、不思議と嫌らしさはない。ついでに言うと胸もない。
     色気たっぷりの切れ長の瞳は少しばかり冷たい印象を受けるが、それもまたクラスの男子には人気で、太陽の光を受けて翡翠のように輝く碧眼は自他共に認める程美しく、目を合わせようものなら必ず見惚れてしまう程だった。
    「それでどうするつもりなの?」
    「まだ様子見だ。近くにアイツもいるようだしな」
     透き通るような声とは正反対の腹に響くような声が少女しかいない筈の屋上から聞こえた。
     この少女もまた、死神と共に過ごしているのだ。
    「確かアナタの友達でしょう? 平気なの?」
    「私はグリムのように甘くはないのでな。ぬかりはない」
    「そう。ならいいわ。いざという時に躊躇されたら堪ったものじゃないから」
     静かに、されど妖艶に笑う姿はとても中学生には見えない。これで翔の同級生というのは驚きだ。
    「ふふ……少し楽しみね。さぁ、アナタはどんな表情を見せてくれるのかしら? 坂上翔クン?」
     何を想像したのか、恍惚とした表情で自らの体を抱く姿はもはや子供とは言えないだろう。
     妖しく静かな呟きは一層強い風に掻き消され、授業開始のチャイムが鳴り響いた。
  • 7 みどり id:.bcw4sf1

    2011-08-01(月) 13:32:28 [削除依頼]
     けたたましいチャイムが鳴り、教師が教室を出るのと同時に翔のクラスメイトが蘭の周りに集まる。
     そう、転校生によくある質問攻めだ。
     そんなわいわいと騒がしいクラスメイトを他所に、翔は一人、考え込んでいた。
     三年も離れていた幼馴染にどう話し掛ければいいのかわからないのだ。
     元々蘭とは仲が良かった。二人は保育園からの付き合いで、家も近く、親同士の仲も良かった。しかし蘭の父親の仕事の関係で、遠く引っ越さなければならなくなり、引っ越した直後は毎日の様に電話を掛け合っていたのだが、二年、三年と経っていく内に手紙を書くことがなくなり、電話する事もなくなってしまっていた。
     更には休み時間になるたびにクラスメイトや野次馬が集まり、話し掛ける事はおろか、近づく事さえ出来ないのだ。
     恐らく、この状態は放課後まで続くであろう。
     翔はそう考え、早々に諦めた。
     狙いは放課後。その時間だけだ。

     何事もなくホームルームが終わり、蘭はクラスメイトの女子数名と教室を出て行った。
     翔はすぐさまその後を追い、少し離れたところから追う事にした。
     翔はいつもと同じ帰り道だが、どうやら蘭も同じようで、追いかける事はたいして苦労する事はなかった。
     夕日が沈み始め、辺りが茜色に染まる。
     アスファルトの小さな亀裂に生えるタンポポの綿が空に吹き上げられた。
    「じゃあねー」
    「また明日ー」
     翔の家まで後少しというところで、蘭とクラスメイトの女子は別れた。
     そのタイミングを見計らって翔は蘭に近付いた。
    「よ、よう!」
     緊張からか僅かに声が震えた。その声に蘭がピクリと震え、恐る恐るといった感じに振り返った。
    「その、さ。久しぶりだな。」
    「あ……。う、うん」
     会話が全然続かず、気まずい沈黙が訪れる。
     実は蘭も久しぶりに会う幼馴染にどう話せばいいのかわからなかったのだ。
     その為翔を避けるように早々に帰路に着いたのだ。
    「あのさ、元気だったか?」
     困った翔は気まずい雰囲気を払う為に蘭の近況を聞こうとしたのだ。
    「あ、うん。元気だったよ」
    「そっか。それならいいんだけど……」
     それでも会話が続かない。どちらも無理しているような、ぎこちない笑顔だ。
    「それと……」
     あまりの気まずさに話題を振ろうとした翔の動きが止まった。
     翔の正面、向かい合わせの蘭の向こう側に白い翼を持った男の天使が美しく装飾された細身の剣を持って静かに佇んでいたのだ。
    「里中! こっちだ!」
     そう言って翔は戸惑う蘭の手首を掴み天使とは反対方向に足を出した。
    「嘘だろ……」
     唖然とする翔の視線に先には先ほどの天使がいたのだ。
    「え? 何……コスプレ?」
     今、自分がどれほど危険な場面に直面しているのか分からない蘭は間の抜けた声を出した。
    「ガキ! もう逃げられなくなってる! ベルトを取れ!」
    「クソっもう来たのかよ!」
     グリムの焦った声を聞き、悪態と共に訳のわからない恐怖を吐き出す。二重に着けた上の紺色の布ベルトを外し、両手で伸ばす、その瞬間、音も光もなしに、ベルトが深緑色の大鎌に変化した。
     重さは殆ど感じない。鈍く光る刃は鉄さえ断ち切れそうだった。
    「え!? なんなの? 坂上くん!?」
    「後で説明するから! 俺から離れんなよ!」
     身の丈より少し小さい大鎌を引き摺るように構え、天使は正眼に構えた。
    「その依り代を渡してもらうぞ」
     長く伸びた影を携え、沈んでいく夕日を尻目に、命懸けの戦いが唐突に、必然的に、絶対的に、理解していようがしていまいが関係なく、始まった。
     蘭はまだ知らない。
     自分の存在が人間達の運命を左右している事に。
     翔は決意した。
     どんなに困難でも幼馴染を守る事を。
     最初の戦いが始まった。
  • 8 みどり id:y0jCVpB.

    2011-08-23(火) 12:47:23 [削除依頼]

     その動きは決して流麗とは言えなかった。それでも天使の動きに付いていけるのは喧嘩すらもほとんどしたことのない少年の、執念だ。
     死にたくない、死なせたくない、その執念で天使に喰らい吐く様はまるで手負いの虎。後には引けない、背水の陣。
     斬り付ける事もなく、振り回した事もない得物を構える姿は意地汚く、情けなく、それでいて力強く、逞しいものだった。
     水平に構えた大鎌の柄に控えめに装飾された剣の縦斬りが弾かれ、火花を散らす。
     現実味を帯びていないこの光景はどこか幻想的だった。
     縦、横、切り上げ、刺突。
     動きに無駄のない攻撃の全てを間一髪で避け、或いは弾き返す事一時間弱。
     大鎌を握る力も弱くなり、羽毛を持つような軽さもどこかに吹き飛んでしまった。握っているのは鉄の塊、大鎌の刃は下を向き、辛うじて地面に当たってないだけの状態。持ち上げるだけでも一苦労する重さは、もう残り少ない翔の体力をどんどんと削っていく。
     ずっと防戦一方。攻撃できないのだ。
     今翔達が見ているの天使の魂で、人間の体を乗っ取り、使っているのだ。
     この天使が乗っ取っている人間の魂は天使の魂によって強制的に眠らされている。
     つまりこの天使の姿をしているのは人間で、例え攻撃しても被害があるのは人間の体だけなのだ。
     しかし、人間の体を使う事は時間制限があり、力の弱い者で三十分から二時間、力の強い者で一日以上乗っ取っていると、強制的に弾かれ、人間界に留まる事が出来なくなってしまうのだ。
     しかしそれは一時凌ぎで、時間が経てば再び人間界に戻って人間の体を乗っ取る事が出来るのだ。
    「後どれ位だ?」
     荒い息を吐く翔は既に大鎌を構えている余裕はなく、杖のよう地面に立て、体を支える事で精一杯だった。
    「十分くらいってとこだ。いけるか?」
    「いけるも何もやらなきゃ駄目だろ」
     立てていた大鎌を油断なく構え、目の前の天使を睨みつける。
     ここで翔が倒れてしまったら後ろにいる蘭は連れて行かれてしまう。
     その思いが体を縛り倒れる事を防ぐ。
     走り寄ってくる天使は腕を引いて刺突の構え。
     風を斬る音と共に放たれた剣を大鎌の上部の柄を使って横に逸らし、下部の柄で殴りつける。
     しかし容易く避けられ、至近距離からの八方向の連続斬り。
     その全てを弾き、避けるが繰り出された刺突を避けきれず、頬に掠り、鮮血が溢れた。
     しかしそんな事を気にしてる余裕はなく、断続的に繰り出される攻撃を少しずつ撒ききれずに掠っていく。
     大上段からの振り下ろしを鎌を上に構える事で防ぐが、加速した剣の重さは翔の足を痛めつける。
     小さく唸り、震える膝をバネのように伸ばし、剣を押し返す。
     注視しなければ分からないが、天使の顔にも焦りの色が出ていた。
     もう時間がないのだ。
     相手はただに人間。それも今まで喧嘩すらした事のないような子供。
     その子供に有効打を与える事もできず僅かに掠るだけ。
     高いプライドがこのまま天界に帰る事を許さず、しかし斬撃は避けられ、心は焦燥感で一杯になる。
     武器同士が甲高い音を立てて振るわれ、時には花火が散る。
     翔が限界を感じた瞬間、天使の猛攻は止んだ。
     天使の体は青白く淡く輝き、光が収まると、中年の肥満気味の男が倒れていた。
     傷だらけだったブロック塀やアスファルトも光が収まると同時に元に戻った。
    「終わり……か?」
    「みたいだ。あー疲れたぜ」
     深緑色の大鎌は元の紺色の布ベルトに戻り、何ともあっけない幕引きに少々呆然としていたが、蘭が気になり振り返った。
     そこには頭を抱えながら震えている蘭がいた。
    「あー、その。終わったぞ?」
    「ふぇ?」
     気付いたように辺りを見回し、所々から血の出ている翔を見た途端顔を青くした。
    「怪我っ! 翔くん怪我してるよっ!」
     あまりの混乱に昔の呼び名に戻っている事も気付かず、翔の腕を抱き、引っ張る。
    「いててて、離れろって! ちょ、引っ張るな!」
    「駄目だよ! 早く手当てしないと。ほら早く!」
     街灯の明かりの下、少々騒がしい二人の間に、気まずい雰囲気はもうなかった。
     依り代を賭けた初めての戦いは時間切れにより翔に軍配が上がった。
     しかしこれから過激になっていく戦いをまだ翔達は知らない。
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