アダムとイブの記憶11コメント

1 飽堕夢 云吹 id:7Z3QfXh/

2011-06-20(月) 23:40:04 [削除依頼]
荒い息の音が木々の間に響く。
細い筋を描きながら硝煙のようになって
空へと上がっていく息の跡は一つではない。
暗く深い[ギオンの森]を抜けようとして
もがくように走っていたのは
若くてどこか幼い二人の男女だった。

金色の目と髪をした青年の名はアダム。
そしてその少年と対になっているかのように
銀色の瞳と髪をした少女は名をイブという。
二人は共に妙齢十五の少年少女であり
どちらも同じ一つの目的を遂行するために
この森を抜けようと走っているのだった。
  • 2 飽堕夢 云吹 id:7Z3QfXh/

    2011-06-20(月) 23:50:48 [削除依頼]
    細かい枝や生い茂った草葉が
    二人の行く手を阻むかのように
    無作法に伸びている。
    これは自然が自然のままである証。

    人間の手が及んでいないこの森では
    独自の進化を遂げた動物や植物たちが
    数多く見かけられる。
    動物や植物……そんな小さな者たちでさえ
    生き抜いていく為に
    自分を変えようとしているのだ。

    アダムとイブはそんな森の生き物達を
    小さな頃から数多く見てきた。
    二人はこの[ギオンの森]の奥深くにある
    “生物研究学施設”で育ったから。

    だからこそとアダムは思う。
    だからこそ――人間であるアダムとイブも
    生きていく為に変わらなくてはならない。

    この行動は…
    この“施設からの逃亡”という行動は
    決してゴールでも達成でもない。
    己が己らしく生きていく為の
    変化の一つである通過点に過ぎないのだ。
  • 3 飽堕夢 云吹 id:Pxoaggn1

    2011-06-21(火) 12:49:53 [削除依頼]
    通過点は通過しなくては意味がない。

    施設から運よく抜け出すことはできたが…
    無事にこの森を抜けられるかどうかは
    二人の命運にかかっていた。
    いともたやすく逃亡できた訳ではないのである。

    その証拠にさっきから耳を突くような酷い銃声やら
    動物達の狂ったような鳴き声やら
    数人の大人達が発する怒鳴り声やらが
    二人の息の音の後に続くようにして響いていた。

    「どうしようアダム!」
    走る最中に枝葉や草にぶつかったイブは
    赤く細いひっかき傷が無数についた白い顔に
    泣きそうな表情を張りつけていた。

    声を投げかけられたアダムの方も同様に
    赤い筋が幾つも頬についていたが
    こちらは不安がるイブを勇気づけるように
    わざとらしいくらい明るい笑みを浮かべていた。

    「大丈夫だよイブ、捕まりっこないさ。
    奴らの声の大きさから考えて
    俺達とはまだずいぶん距離があるはずだ。
    今は逃げることだけ考えていればいい」

    声は出さないで必死に頭を上下させるイブ。
    アダムはそんな少女に荒く息をしつつ微笑んだ。
    足だけは決して止めないまま。
  • 4 飽堕夢 云吹 id:Pxoaggn1

    2011-06-21(火) 13:04:20 [削除依頼]
    どのくらいの間
    森の中を駆け巡っていたのだろう。

    気がつけば二人は[ギオンの森]の
    入り口付近にまで近づくことができていた。
    ここさえ抜ければもう二人を追う者や
    捕まえようとする者はないのだ。

    そう思うとアダムとイブにとって
    森の出口は天国への入り口のように思えた。

    「やっと…やっと出られるのね」
    感涙を湛えた銀色の瞳を潤ませて
    イブは啜り泣くように言った。
    銀糸のような髪が風になびく。

    アダムは今にも倒れそうなイブの
    か弱く細い肩をしっかりと抱いて
    やはり金色の目に涙を浮かべた。

    十五年来の夢が遂に叶う時がきたのだ。

    「俺達は自由なんだ…。
    もう…[戯怨の森]に囚われることも
    研究所で実験台にされることも…
    もうないんだ…!」

    「ええ…そうよアダム!
    私達は自由の道への
    大きな第一歩を踏み出せたのよ!」

    二人は身に纏っていた薄い生地の
    硬い着物で互いに涙を拭った。
    新しい門出に涙は邪魔だった。

    アダムとイブは顔を見合わせて頷く。
    せわしなく歩みを進めていた足を
    今度はゆっくりと踏みしめるように進めた。

    太い二本の木が互いに凭れかかるようにして
    森の出口は作られている。
    その様子はまるで肩を組み合い
    互いの身体を支えながら歩みを進める
    今の二人の姿を映したかのようだった。

    もうさっきまでの耳障りな
    怒鳴り声や銃声は聞こえてこない。
    これで本当にさようならだ。

    「行くよイブ」
    「ええアダム」
    アダムとイブは最後の一歩を踏みしめた。
  • 5 飽堕夢 云吹 id:Pxoaggn1

    2011-06-21(火) 17:54:49 [削除依頼]
    夢と希望に満ち足り
    まだ見ぬ世界への期待で胸を膨らませる二人の少年少女が
    長年練り上げてきた計画通り
    [戯怨の森]を抜け出すことに成功したその頃。

    アダムとイブが育った生物研究学施設は
    ――殺戮と人間の屍による死臭と
    不穏から生み出される漆黒の空気とで満ちていた。

    [戯怨の森]の中でも最も闇が濃く暗い核深部。
    研究学施設はそんな奥まった
    人目を憚るかのような場所に作られている。

    幾何学的で灰色一辺の単純な見目とは裏腹に
    最新鋭の科学の粋を結集させたこの施設では
    多くの科学者達が独自に生物学を研究している。
    ――それが表の活動。

    元々人の出入りが限られているこの森で…
    そしてこの施設で一体何が行われているのか
    それを知る者は本当に少なかった。
  • 6 飽堕夢 云吹 id:Pxoaggn1

    2011-06-21(火) 20:25:00 [削除依頼]
    「ぐ…ぐはあぁあっ…!
    し…じぜづぢょぅ…や゛めで…っ…づぅあ゛っ!」

    濁った音と絶え間なく感じる鈍い揺れ。
    規則的に聞こえる不快で重層な音と共に
    一研究員の額が潰れていく。

    苦しみもがく研究員の声に
    「施設長」と呼ばれた若い男――ノアはほくそ笑んだ。
    端正な顔立ちは中性的に美しく
    黒々とした瞳は秘めた強い意志を湛えている。

    嫌味など一切含まぬ笑みを浮かべたノアは
    その柔らかな笑顔のまま
    縋りつく研究員の頭に再び躊躇なく鈍器を振り下ろした。

    「ぐべぇ゛え゛…っ」

    喉を掻き切るように一声上げると
    白衣を赤一色に染めたまま
    研究員の男はぴくりとも動かなくなった。

    清潔に整えられた施設長室の壁や家具には
    手当たり次第に飛んだ血の飛沫が
    べっとりと染みついてしまっている。

    それでいて裾の長い白衣は純白のまま
    美しい容姿を血で穢すことなく保ったノアは
    さっきまで浮かべていた純潔の微笑みを
    一瞬で…表情の上から消し去った。

    細く鋭い視線で
    血糊のついた棚やディスクを見つめ
    そのまま手で撫でる。
    大きな手のひらにべっとりと血糊がついた。

    ノアは笑う。
    さっきまでとは明らかに違う
    無邪気で濃くて深くて…そして黒い笑み。

    「…僕の大切な宝物をうっかり逃がしてしまうような
    能無しのゴミに用はないんだ。…ごめんね?」

    転がって微動だにしなくなった研究員の白衣で
    手から血を拭い取ると
    ノアは微笑みを絶やさず静かに部屋を後にした。
  • 7 飽堕夢 云吹 id:Pxoaggn1

    2011-06-21(火) 23:34:40 [削除依頼]
    夢を見ていた。

    はち切れそうなくらいの期待を胸に詰めて
    イブは幸せと微睡と幾ばくかの希望の中で
    幼い頃の夢を見ていた。

    あれはたしかイブが五歳の時。
    まだ幼いイブの手をいつも引いてくれていたのは
    今と変わらない当時五歳のアダムだった。

    アダムはいつもイブの傍にいて
    イブもいつもアダムの傍にいた。

    美しい少年少女の関係は恋人とか家族とか友達とか
    そんな小さくて脆いものではなくて
    もっと大きくて……優しくて温かいもの。

    それは確かに“ある”ものだった。

    だからこそイブは十歳の時
    同じく十歳の少年だったアダムが提案した
    「施設逃亡計画」に異存を唱えたりはしなかった。

    そこに“ある”ものは絶対の信頼と愛情。

    アダムが言うのなら間違いはない。
    アダムが言うのなら上手くいく。
    アダムが言うのなら私は何でもする。
    アダムが言うのなら私はただついていく。

    何も言わない。
    彼を信頼しているから。
    アダムはイブの運命そのものだから。

    “[ユエ]は[ソーレ]にただ従順であれ”

    “[悠永]は[奏麗]にただ従順であれ”
  • 8 飽堕夢 云吹 id:BUsymol0

    2011-06-25(土) 21:12:53 [削除依頼]
    「アダム…イブ…」

    生物研究学施設の一室
    鉄格子の嵌められた狭い窓から
    施設長ノアは闇深い森の奥を見つめていた。

    手には一杯のコーヒー。

    甘く香ばしい香りを漂わせていながら
    実際には少し渋味を含んでいるそれは
    甘いマスクを持ちながらも
    性格は辛辣で冷酷なノア本人に似ていた。

    ノアはまろい舌触りのするそれを口に含みつつ
    何の動きもなく平坦な森の風景から
    背後に控えた一人の少年へと視線を向けた。

    燃え盛る炎の如き
    紅い目と髪をした少年は
    年頃でいえばアダム達と同じ齢くらい。

    黒い眼帯を嵌めた右目を隠し忍ぶように
    伸びた長い前髪が印象的だった。

    少年は跪き、深く叩頭していた。

    陽に晒されて焼けた浅黒く若い肌。
    そこに口を開こうとして覗いた
    白い歯がひどく似合う。

    肌色は白く顔立ちもはっきりした
    西洋系なアダムやイブと比べて
    少年はそれとは正反対の東洋系だった。

    それもそのはずである。

    なぜなら彼、ルシファーは
    ノアの意向により新しく考案された
    「東洋型」の[コウジュ]だったから――。
  • 9 飽堕夢 云吹 id:BUsymol0

    2011-06-25(土) 21:32:50 [削除依頼]
    「…この非常事態時に
    朝のティーブレイクとは
    随分と余裕がおありなのですね、施設長」

    ルシファーは赤い瞳に
    窓から差し込む一筋の光を煌々と湛えて
    皮肉交じりの言葉を投げかけた。

    ノアは返すように笑みを浮かべるも
    その目は笑っていない。
    カップを握る手にも
    不必要に力が籠っているようだった。

    「僕は毎朝コーヒーを飲まないと
    何だか落ち着かない主義でね」

    落ち着いた声の裏に含まれた殺気。
    それでいてルシファーは
    臆すことなくノアを見上げる。

    「初耳ですね。憶えておきましょう。
    ……それはいいとして
    これからどうするおつもりです?
    あの二人を逃がしたと聞きましたが」

    「まあね」

    「悠長に構えていては
    捕まるものも捕まりませんよ」

    遜った態度を崩すことはしなかったが
    ルシファーは暗にノアを責めることを
    やめようとはしなかった。

    こうなったのは
    あの二人をきちんと躾けていなかった
    いわば親代わりであるノアの責任であり
    二人を監視していた研究員の管理が
    不行き届きだったせいだと。

    そうルシファーは
    目と言葉でノアに訴えているのだ。

    ノアは呆けたような顔で
    依然として跪いたままの少年を
    じっと見下ろした。
    そのまま頬を緩ませる。

    「大丈夫だよ。
    僕には最後の切り札があるからね。
    いざとなったらそれを使うだけさ」

    「最後の切り札……ですか?」

    「分からないのかい。
    僕の最後の切り札は…ルシファー。
    君のことだよ」

    思わぬ指名に今度はルシファーが呆ける。
    ノアは意味深な笑みを浮かべたまま
    ぬるくなったコーヒーに口をつけた。
  • 10 飽堕夢 云吹 id:HAN9pL41

    2011-06-26(日) 01:35:27 [削除依頼]
    生まれてから一度も
    出ることを許されなかった森の外。

    突然降り注いだ日光に
    視界を白く塗り潰されて
    アダムとイブは思わず目を眇めた。

    しばらくの間
    目を瞬かせるうちに
    何とか光の明るさにも慣れ
    二人はそのまま興味津々に辺りを見渡す。

    そうしてほぼ同時に声を上げた。

    「「わあ……っ!」」

    二人が足をつくそこは断崖絶壁の崖の上。
    あと一歩でも歩みを進めれば
    そこにはもう地面はない。

    しかしそんなことなど二人にとっては
    今まで施設で味わってきた恐怖に比べれば
    大したことに感じられなかった。

    何よりアダムとイブの興味を引いたのは
    目が眩むような高さの崖でも
    足元から落ちるように流れている滝でも
    頭上を飛び腐肉を食らう鳥共でもない。

    それは目の前に広がる
    ――最高の景色だった。

    青々とした草が一面に生えた草原。
    それをぐるりと囲むようにして連なる赤い山々。
    のんびりと草を食む穏やかな動物の群れ。
    美しい空に浮かんだ美しい雲。

    自由を絵に描いたような風景。
    二人は首を回しても見切れないほど
    雄大で壮大な景色を無言で見つめていた。

    これからの穏やかな未来が
    約束されたような景色。
    今あそこを駆け回っても止める者は誰もいない。

    ――ずっと欲しがっていたもの。自由。

    「イブ…」
    アダムが震えた声で
    同じく震えたような少女の名を呼んだ。

    「…夢じゃないよな」
    「ええ…夢じゃないわ。現実よ」
    「…行こう!」
    「ええ!」

    二人は地の続かない空中へと飛び出した。
  • 11 飽堕夢 云吹 id:lvr53TB.

    2011-06-27(月) 18:13:14 [削除依頼]
    [ユエ]…
    漢字でならば[悠永]と書く。
    それはイブの字(あざな)だった。

    アダムの字は[ソーレ]と読み[奏麗]と書く。

    ユエとは月を
    ソーレとは太陽を表し――…

    太陽と月が永久に離れることのない
    唯一無二のパートナーであるのと同じように
    アダムとイブも永遠に人生を共にすると
    互いに誓い合ったパートナーだった。

    [奏麗]アダムは太陽の力を受ける光の属性。
    それに対して月の力を源とする
    [悠永]イブは闇の属性に属している。

    つまり陽の出のあるうち――朝昼はアダムの方が
    陽が落ち月が覗き始める夕夜はイブの方が
    力を発揮しやすいということであった。

    しかし互いに互いの属性に弱く
    アダムはイブの
    イブはアダムの力を受ければ…
    大きなダメージを受けてしまう。

    それ故に――
    アダムとイブもそれに当てはまる
    [コウジュ]を作り出した産みの親ノアは
    闇であり影の属性となる「イブ」の方に
    “ある絶対命令”を植えつけた。
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