付喪理論と赤色サイコロジスト.322コメント

1 採火 id:ucmRybK0

2011-05-15(日) 09:49:20 [削除依頼]
「付喪神《つくもがみ》またの名を九十九神。
付喪神、というのは人に愛着を持って触れられた物、
長い時間を経た物に宿る神の総称である。
しかし、一口に付喪神と言っても、その出現条件や生態は解明されていない。
ただ一つ分かる事と言えば、付喪神が宿った物には特殊能力が付与する事のみ、である。
付喪神については、まだまだ不明な点が多すぎる他、
人に危害を加える付喪神がいるということから、事の解明が急がれている。」

  【月刊 世界の妖】より抜粋
  • 303 採火 id:WxcgTNo0

    2014-04-06(日) 19:30:54 [削除依頼]

    「さくりん! そっちから向かってくるよ!」
    「え、な、に……」
     どん、と勢いよくタックルを食らわされ、朔利は思わずよろける。怪我をするほど痛いわけけではなかったが、彼女のバランスを崩れさせるには充分すぎた。
     今までぴっとりと背中を合わせていた朱理と朔利が離れる。それを狙ったかのように人形たちが俊敏な動きで朔利に詰め寄った。
     数が減ったとはいえ、その残りは朔利一人で倒せるほどの数ではないし強さではない。これは駄目だ、と感じ取ったのだろうか。朔利は【鏡合わせの書】を抱き寄せて目を瞑り、しゃがみ込んだ。

    「──瀬川さん!」
     朱理が砂を踏む音が異様に大きく聞こえた。空気が切り裂かれる。それが朔利の肌に伝わる。ヤオシーの声にもう少し早く反応していたのなら助かったのかもしれない、と後悔した。しかし時間は止まるはずもなくその研ぎ澄まされた刃は朔利の首を狙う。ぎゅっ、と固く瞑った。
    「……?」
     いつまで経っても痛みがやってこないことに疑問を感じた朔利はゆっくりと目を開いた。
  • 304 採火 id:CempaJ30

    2014-04-19(土) 21:19:20 [削除依頼]
    「──これは、どういうことなのでしょうか」
    「固まってるね」
     朔利が立ち上がろうと足を伸ばそうとすると、何かが頭にこつんと当たる。何なんだろうか、と振り向いた彼女は思わず絶句した。彼女の首を狙い爪を振り上げていた彼らは、それぞれの表情をしたまま固まっていた。その顔をまじまじと凝視してしまった朔利は、その得体の知れない気持ち悪さに顔をしかめ、思わず飛び退く。そして朱理やヤオシーの居る元へと逃げるように駆けた。
    「この人形もデルタ、と名乗った女性が作ったものだと思うのですが。何もしていないのに、このようになったということは何かが彼女の身に起こったということでしょうか」
    「それか、操らなくてもよくなったんでしょ? 例えば、そうだなあ。付喪の移動が全部完了して国の外に逃げちゃった、とかね」
    「……すみません、瀬川さん。一度協会の方へ戻ってもよろしいでしょうか? わたしの古巣でもあるので少し気になってしまって」
    「私は大丈夫です」
  • 305 採火 id:CempaJ30

    2014-04-19(土) 21:21:34 [削除依頼]
     すみません、と再度眉を下げて謝る彼に「私も気になるので」と軽く息を落ち着かせながら言葉を放つ。整頓されたこの道路を散らかしてしまって申し訳ないと思いながら、朔利は朱理の後に続いた。
     あんなにも騒いだというのに、街には人っ子一人いない。月明かりと、まばらにある街灯が明かりを供給する。
    「……時任さん、こんな時にお聞きするのもちょっと駄目かな、と思うんですけど。ミリャさんが“付喪を利用した戦争が起こる”と言っていましたよね?」
    「はい。付喪の多くがあちらの手に渡ってしまったので、いずれそうなるかと」
     付喪の有用性は以前から指摘されていた。戦場で使える、というのも今に限った話ではないはずだ。そのことを疑問に感じた朔利は口を開いた。
    「今更戦争に使われるっておかしくないですか。昔から付喪神はいたんですよね?」
    「ですが、宿主が拒否すれば付喪は梃子でも動きません。それは周知の事実で、以前もそうでした」
    「じゃあ今になって宿主を完全に支配できるまじないが開発されたりしたんですか?」
  • 306 採火 id:CempaJ30

    2014-04-19(土) 21:22:52 [削除依頼]
     ならば宿主が従うまでに強力なまじないが生み出されたのだろうか。朔利は目をぱちぱちとさせる。先ほどの朱理の言葉は、宿主が承諾すれば付喪は従うとも捉えることができる。
     朱理は神妙そうな顔をしながら、おずおずと勿体ぶって口を開く。
    「いえ。まじない自体はそこまで。真名と二つ目の名を知られたとしても、宿主と付喪は心の深い部分で繋がっているものですから、長時間の支配、戦争で利用するなどは困難を極めます。シトラスが瀬川さんを支配しようとしたのは、瀬川さんを通してヤオシーを利用しようとしたのではなく、【鏡合わせの書】に触れようとしたからです」
    「実際はあたしの本体持ってたの朱理くんだし、朱理くんさっさとさくりん助けちゃったから効果なかったけどね」
     触れることで一体何が引き起こされるというのか。付喪神の本体に触れれば、以前朱理たちから聞いたことによると、触れた者はその付喪の姿を捉えることができるようになる。そうなることによって支配できることができるようになるのか。
     朔利は首を捻った。違う、付喪神は触っただけでは宿主になることができない。選択師<アンティーカー>から託されることによって正式な宿主になる。そのために自分はいったい何をしたのだろうか。
     今までの出来事を思い出しながら朔利は歩を進める。彼から【鏡合わせの書】を託される前に自身のした行動を考える。
  • 307 採火 id:CempaJ30

    2014-04-19(土) 21:25:09 [削除依頼]

    「……──もしかして付喪の宿主になるためには一度、本体に触れていなければならないんですか? でも触れたからと言って、前の宿主を差し置いて新たに宿主になることはできませんよね?」
    「ええ、しかし“あること”を行うとそれが可能になるのです。選択師の中でも伝えることは禁忌とされていたそれが、偶然一部に露見してしまったのです」
    「それがミリャがあたしの宿主になった時だったかな。だからあたしを朱理くんに託したの。契約を破棄してね」
     “身体がいくつあっても足りない”とミリャは確かに言っていた。つまりその禁忌とは身体が足りなくなるほどのことをするということだ。それは言い換えれば……。

    「宿主の血肉を喰らう、とでも言えば良いのでしょうかね。より多くの肉を喰らえば付喪との拒絶反応が起きなくなりますし、複数人で争っている場合は次の宿主になれる可能性が増します。だいたいそこまでするのは強力な付喪神の場合が主ですから、複数人で争いますので前の宿主の身体はほとんど残りません」
    「……つまり、シトラスさんはそれをしようとしたってわけですか?」
    「瀬川さんが従う素振りがなかったらしていたでしょうね。それが本人の意思なのか、他人からの指図からだったかは分かりかねますが」
  • 308 採火 id:CempaJ30

    2014-04-19(土) 21:28:27 [削除依頼]
     朔利は思わず背筋がぞっとした。もしも自分が本当に彼らから見捨てられていたのなら、一生もとの世界に帰ることができなくなっていたのだ。
    「このお話は他言無用でお願いいたします。これも一部にしか露見していない話なので」
    「でも一番注意しなきやいけないのは、この方法をデルタが知ってるってこと。つまり、彼女が知ってるってことはその上も知ってるってことだから」
    「ええと、ということは私は命を狙われ続けるってことですか……?」
    「あたしの能力は“万物の予知”だよ? あたしが側に居るかぎりは、さくりん守るし。そのために朱理くんもいるし」
    「ミリャさんはそのサポートがありながらヤオシーの宿主から降りたんでしょ? 私ただの人間だし、そんなこと伝えられたらちょっと……」
     荷が重いし自分の身もまだ可愛い。ヤオシーの宿主で居たい、と決意した朔利だが一連の会話でそのやる気も根こそぎ奪われたようだ。彼女は顔を真っ青にさせながら、「無理、かも」と蚊の鳴くような声で呟く。
    「やだなー、ミリャが辞退したのは彼女が有名すぎるって言うのもあるもん。その点さくりんは全然名前を馳せてないから大丈夫!」
    「いや大丈夫じゃない……」
    「参考がてらに言うだけ言うけど、さくりんはたぶん宿主辞められないと思うよ。だって辞めるためには一回死ぬか、腕一本を代償に捧げなきゃいけないもん」
    「え、何そのヘビーな解約条件」
    「正確には一回死ぬ、というのは心臓を何分か止めるということみたいですよ。ミリャ様は腕が無くなるのは嫌だということでこちらの方を選んでいましたが、魔女だからなせる技ですよね」
    「……それほとんど無理なやつじゃないですか」
     一回死ぬなんてことをしたら確実にそのままお亡くなりになるパターンだし、代償に腕一本を捧げられるほどの覚悟があるわけではない。朔利は時任さんがもう少し詳しく説明してから宿主に任命していたらこんなことには、と自身の状況を憂う。
  • 309 採火 id:Hz3nVBm.

    2014-04-20(日) 18:56:33 [削除依頼]
     そうしているうちに、目的の場所にたどり着いたようだった。巨大な建物がそびえ立つ。がっしりとした木製の扉の前に、老若男女が集う姿が遠目で見える。朔利はぼんやりとランプをかざしながら何かをしている姿を、辛うじて捉えた。
     月が仄かに辺りを照らすだけで、周辺の家々の明かりもまばらにしか点いていない。
    「……あれ、ここって私が捕らえられていた場所、ですよね?」
    「ええ、そうですが」
     先ほどの、どんよりとした禍々しさが消えてしまったような雰囲気に朔利は思わず拍子抜けしてしまった。目を瞬かせながら、協会と呼ばれるそこに更に歩を進める。するとそこに居た一人が朔利たちの存在に気が付いたのだろうか、何か言葉を叫びながらこちらに突進してくる。
    「──先生! お久しぶりです! 元気にしてましたか?」
     燃えさかるような赤毛を持つ少年だった。人懐っこそうな笑みを浮かべて、「先生はお変わりありませんね!」とくるくると朱理の周りを回る。
  • 310 採火 id:Hz3nVBm.

    2014-04-20(日) 18:58:21 [削除依頼]
    「あなた、シュタムですか?」
    「そうです! オレ、ちょっとはデカくなったでしょう?」
     えへへ、と頭をかきながら柔和に目を細めたシュタムは、隣の朔利の存在に気が付くとはて、と首を傾げた。
    「あれ、このお嬢さんはどなたで?」
    「新しく【鏡合わせの書】の宿主になられた瀬川 朔利さんです」
    「鏡合わせ、……。ああ、跳ね返す能力のですね」
     朔利は顔をひきつらせながら、形式ばった挨拶を彼に返す。というのも顔と顔の距離が近すぎるのだ。鼻先十何センチかの距離で行われたそれに心の中で悲鳴を上げる。隣でヤオシーから「シュタムは鳥目だから夜目が利かないの、だからこんな近くなっちゃうだけだから!」とフォローとも言えないフォローを受ける。
    「セガワさん、宿主さんなんですね! オレ相性がいい付喪が全然見つからなくて、どうやったら見つかり……」
    「──アンタ、人様に迷惑かけてんじゃないわよ! センパイも迷惑そうにしてるじゃないの! ……ごめんね、セガワさん。コイツ、付喪のことになると見境がなくて」
    「あ、いえ」
     ぎゅっとシュタムに握られていた手が、目の前に現れた少女によって引きはがされる。首根っこを捕まれたシュタムは不服そうに頬をぷくっと膨らますも、勝ち気そうな吊り目の少女から一喝され途端に大人しくなった。
  • 311 採火 id:Hz3nVBm.

    2014-04-20(日) 18:59:27 [削除依頼]
     そして同じく赤の髪を持つ少女は、朱理に駆け寄り花のようにほころびながら笑った。
    「お久しぶりです、センパイ! お元気そうで何よりです」
    「あなたはチシャですね? 少し大きくなられました?」
    「ええ。縦にも伸びましたけど、横にもちょっと」
    「……ちょっとどころじゃな、いってえ!」
     チシャから肘鉄を喰らわされたシュタムは大げさに身を捩ると、彼女から充分に距離を取った位置に身を据える。横腹を抱えながら彼女を睨みつけるも、涙目のせいか威力が無い。
     先輩だ、師匠が帰ってきた、と広まった輪は次第に朱理を囲み始め、しまいには朔利は輪の中心に居ながら、話からはねのけられてしまった。真の中心で朗らかに会話をする朱理に、朔利はなんだか置いてけぼりにされてしまった気分になりながら隣に居るヤオシーに尋ねる。

    「……ねえ、何で時任さんって皆から先生とか師匠って呼ばれてるの?」
    「それはねえ、朱理くんが小さい子に剣の稽古とか、あと付喪の修繕をしてたからだよ。あと付喪と宿主の精神的なメンテナンスとかね」
    「もしかして時任さんってすごい人?」
    「まあ心の支えみたいなもんだからねえ、あのお人好し」
  • 312 採火 id:Hz3nVBm.

    2014-04-20(日) 19:56:49 [削除依頼]
     ヤオシーはふあ、とあくびをしながら「こんだけ人望あるんだもん。すごいよね」と呟いた。一気に遠くの人になってしまったような気がして少し寂しく感じる。
     突然カツリ、と地面を踏む音を耳が捉えた。朔利はそれを聞きつけ一体誰だろう、と少し背伸びをすれば黒が見えた。重い足取りだ。うなだれて歩むその姿に朔利は見覚えがあった。
     それは人垣の中を難なく通り抜けると、その中心である朱理の元へ真っ直ぐと迷いなく進む。
    「──チシャ、保管庫の現状は?」
    「……あ、一級はほとんど残っていません。私たち協会員と契約していない付喪以外はもぬけの殻。その他、二級三級のうち攻撃力が高いものは盗られました」
     朱理と一線引いた位置に身を置いたシトラスは悔しそうに唇を噛みながら「守ることができませんでした」と呟いた。それまでがやがやと朱理の帰還を喜んでいた場は静まり、一気に不安に満ちた表情をする者が増えた。
    「先輩からたくさんのことを学びました。けどボクはそれを仇で返すことしか出来ませんでした。先輩が抜けてから、ボクが先輩と同じ立場になって指導してました。先輩からの忠告に耳を貸さなかった、自分のことに精一杯で自己中心的に物事を考えてしまっていたボクの責任です」
  • 313 採火 id:Hz3nVBm.

    2014-04-20(日) 19:57:24 [削除依頼]
     うなだれながら口にしたシトラスに、朱理は何も言うことなく近づく。そして頭一つ分ほど離れた頭の上にぽん、と手を置き「頭を下げないでくださいませ」と困ったように眉を下げた。
    「全てを、失ったわけではないでしょう? あなたには仲間がたくさん居ます。また一からやり直せば良いだけです。何か困ったことがあったらわたしに聞きに来なさい。昔ほどわたしが出来ることは無いかもしれませんが、出来るだけ協力しましょう」
     「ほら、後ろを向いて」と朱理はぐるりとシトラスを後ろに向かせる。またやり直しましょう、センパイも居るからすぐに元に戻るって、俺たちも頑張りますから、そんな声が溢れ出てくる。それをシトラスは目を見開きながら、驚いたように聞いていた。
    「あなたは、独りではありませんよ」
     頑張りましょう、と肩を叩きにこりと笑った。シトラスははい、としっかりと頷き返事をした。
  • 314 採火 id:Hz3nVBm.

    2014-04-20(日) 19:58:39 [削除依頼]
    * * *

    「忘れ物はしていませんか?」
    「たぶん大丈夫、です。このリュックもそんなに荷物入っていませんから。もし何か落としていたらその時はよろしくお願いします」
     朔利は今まで背負っていたリュックをいったん肩から下ろして、穴など開いていないか確認する。思ったよりも丈夫であるようなリュックも、一連の大冒険のせいで少しやつれているように見える。せっかく高校入学のために新調したのに、と少し残念に思いながら「大丈夫です」と再度伝える。
    「けど不思議ですね。行きは扉で帰りは鏡なんて」
     ルナールの店の二階。そこは朱理の部屋ほどに扉があるわけでは無かったが、いくらかそれらが存在していた。どれも木製の何の変哲もない扉だが、壁に掛けられただけの扉だ。その一角、ぽつりと佇むルナールの背丈ほどある姿見。そこに面々が集結していた。
     朱理とシトラスのことについて一段落つき、街中の清掃や修復作業、僅かながらに負傷した者の手当をしていれば夜が明けようとしていたのだ。空が東から明るんでくる。それを朱理はハッとした表情で気づいたようで、同じく清掃の手伝いをしていた朔利に時間切れであることを伝えた。
     こちらとあちらでは一時間半ほどに時差があるらしく、こちらの方が速いと聞いた。朔利は同じ年頃で仲良くしていたチシャと離れるのが名残惜しく、手伝いが終わっていないのを口実に朱理に反論するも、彼の方が一枚上手だったようだった。「学校に遅刻されてもよろしいのですか? 無断欠席は先生からこっぴどく叱られますよ」と彼から脅された朔利は、渋々チシャに別れを告げたのだ。
  • 315 採火 id:Hz3nVBm.

    2014-04-20(日) 20:00:09 [削除依頼]
    「扉を使う場合はわたしの仕事部屋を経由しなくてはなりませんから」
    「扉は小回りが利かなくて、鏡はイメージわかせないと目的地にきっちり着かないというか。まあさくりんの部屋に繋がってる“扉”がないから結局“鏡”使わなきゃいけないんだよね」
     どうやらその扉というのも万能なものではないらしかった。つまり朔利の部屋には例の朱理の仕事部屋と繋がる専用の扉は存在しない。つまり朔利が扉を通じて帰りたければ、新しく扉を作らなければならないらしい。
     その点鏡というのは便利なものであるらしかった。専用の物が無くても行き来が出来るようである。それであったら、あの例の部屋のややこしい扉など無くしてしまえばいいのに、とそれとなく聞いてみるも、やはりそれとこれとは勝手が違うらしかった。
    「鏡、というより反射するものですね。こちらの世界にくる前、私の仕事場に行くときに川に飛び込んだでしょう? あれはその行きたい場所を知る者でなければ出来ません。他にも条件はありますが、その場所をしっかりイメージすることが重要になってきますので」
    「失敗すると、身体のどっか消えちゃったりするから気をつけてね」
    「それすごく困るんだけど」
    「なので扉があるのですよ。初めての方が訪れてもそんな不祥事が起こりませんし」
  • 316 採火 id:Hz3nVBm.

    2014-04-20(日) 20:02:00 [削除依頼]
     ほら、とヤオシーに背中を押され鏡と真っ正面に対峙する形になる。今までお世話になりました、と朔利が後ろを振り向けば三人三様の表情をしていた。
    「土産も持たせてやれなくて悪い。また来いよ。今度は色んな場所案内してやるからよ」
    「今度はこんなに忙しくなかったら良いですけどね」
     最初は俺に怯えてたのに言うようになったな、とルナールは不器用に笑いながら朔利の背中をリュック越しに叩く。その圧力に朔利は思わずよろけるが、なんとか踏ん張りを利かせた。
    「さくりん、ちゃんとあたしの本体は持ってる?」
    「もちろん」
    「本当? 途中で落とさないでね」
    「落とすも何も、両手でがっちり持ってるから大丈夫」
     ヤオシーが心配そうに朔利の周りをくるくる回る。それを心配しすぎ、と朗らかに笑いながら両腕で【鏡合わせの書】を抱きしめるように抱えた。
    「シトラスも謝りたいって言ってたしな。こっちに来るなら朱理を通せばいつでも来れるし。こいついつも暇そうにしてるから大丈夫だろ」
    「失礼な。わたしだって忙しい時だってありますよ」
     そんなんたまにだろ、とルナールが小突けば朱理は痛いところを突かれたようであった。渋い顔をしている。
  • 317 採火 id:Hz3nVBm.

    2014-04-20(日) 20:02:37 [削除依頼]

     朔利は深呼吸をしながら鏡の目の前に立つ。イメージする先は自身の部屋。ベッドの位置、重ねられたぬいぐるみや本の山。その細部までありありと想像しきった朔利は、頬を叩き気合いを入れた。
     一歩、足を踏み出す。恐ろしいと思う気持ちが心を占めるが帰るためにはこの方法しかないのだと自らを奮い立たせる。鏡に左手を伸ばせば、伸ばした手がそれに吸い込まれていく。その感覚にびくりと震わせながらも、どうやら決心を固めたようだった。
    「……時任さん、またお会いできますよね?」
    「──また、お会いできますよ。きっとね」
     何だか、朱理はふらりと消えてしまうような気がしていたのだ。この件が終わったら、もう一生会えないような気がしていた。
     朔利は約束ですよ、と最後に言い放つと、自らその中に押し込めるように歩を進めた。水の中を泳いでいる感覚。それに身を委ねていくと、次第にまぶたが落ちてくる。それに抵抗することなく彼女は目を閉じた。
  • 318 採火 id:Hz3nVBm.

    2014-04-20(日) 20:03:13 [削除依頼]

    * * *

     ピッピッピッ、としつこく鳴り続ける目覚まし時計の頂点を押さえつけた朔利は「まだ六時じゃない」ともにょもにょと呟いた。
     寝心地が悪い、何だか体中が痛い、そして埃臭い。最悪な目覚めだと枕に顔を押さえつけてから冷静になる。この寝心地の悪さは可笑しい、何でこんなにもごわごわするのだろう。むくりと起きて袖を見ればブレザー。そして下も言わずもがなスカートだった。朔利はばっと飛び起きて皺になっているところは無いかを瞬時に確かめた。
    「良かった……」
     幸い大きな皺はなく、アイロンをどことなく当てれば伸びそうな皺しかなかった。へなへなと床に座り込み、一体なぜ制服のまま寝てしまったんだろうと考えるも上手く思い出せない。昨日そこまで疲れることをしただろうか。
    「まあ良いか」
     ブレザーの上を脱いで腕と腕を重ね合わせると、ポケットの中で何かが跳ねた。固いしこりのような物だ。それを不思議に思い、取り出して見ると指輪だった。銀色の、細々とした細工が施されたそれを見てあれは夢では無く現実だったのだということを知る。
    「またヤオシーの本体忘れちゃったなあ」
     ヤオシーに怒られてしまう。そんな風に淡く思い出し笑いをしながら立ち上がった。鈍く痛みを訴える頭を叱咤して階段を降りた。
  • 319 採火 id:Hz3nVBm.

    2014-04-20(日) 20:04:56 [削除依頼]

    終章:物語の終わりは全ての始まりにしかすぎない

    「おい席につけー。お前ら夏期休暇が近いからってな、あんまり調子に乗りすぎるなよ? 怪我すんぞー」

     ざわざわとした教室。そうか、夏休みが近いんだ。私は矢のように過ぎていったここ何ヶ月かを振り返って、あれはまさに夢のようだったと思った。
     結局、「またお会いできますよ、きっとね」そう別れた時任さんとヤオシーにはまだ再会していない。正式に宿主になった。そのはずなのに肝心な【鏡合わせの書】は手元に残っていない。けれどミリャさんから貰った指輪は確かに存在していて。私の制服の内ポケットの中に転がっているのだ。
    「あら、朔利が憂い顔してるなんて珍しい。そんなに夏期講習が嫌なの?」
    「……まあね」
     終業式であった今日だが、来週からは夏期講習が始まる。私の杞憂はそんなことじゃなくて……。
    「……いつ、会えるんだろう」
     あの大冒険からそのぐらいの期間しか経っていないのに。私はもう一生会えないような気さえしていた。いつか会える、その言葉はとても不確かなもので。いつかっていつなのだろう。もしかしたら明日かもしれないし、何十年後かもしれない。

    「ここで連絡ー! うちのクラスの副担任の生物の梶原先生がご都合で実家に戻ることになったそうだ。そこで新しく講師の先生が来ることになった。ほら拍手!」
     ぱちぱちとまばらに聞こえる。別のことに容量がいっぱいになった私の頭は拍手という動作の仕方も忘れてしまったようだった。
  • 320 採火 id:Hz3nVBm.

    2014-04-20(日) 20:06:30 [削除依頼]
    「──初めまして」
     すっと耳に入るテノール。あれ、なんでだろうとても懐かしい。
     私が顔を上げると、白衣が見えた。真っ白な汚れ一つない、これも見たことがある、あれどこで?
    「この度、梶原先生の代わりに生物を教えることになりました、時任 朱理です。よろしくお願いしますね」
     うわー、綺麗な目の色、カッコいい! などの黄色い声が上がる。それに彼は目尻を下げながら「いえいえ」と控えめに首を横に振った。
    「聞いたところによると、時任先生と瀬川は親戚、お知り合いでしたっけ? とにかく瀬川、時間あったら校内でも案内したらどうだ。まだ分からないこともあるだろうからな」
     私ははい、と言うのさえ忘れてぽかんとその顔を見る。滑らかな黒髪、渋い赤の瞳。それに驚くほどに整った顔立ち。私はこの人を知っている、知っているとも。なんせこの人は、


    「やっほー、さくりん! もー、いつまで経っても忘れんぼうさんなんだから。今度はあたしのこと、置いていかないでよね!」

     キンキンとした声が耳元で聞こえる。彼が淡く微笑んだ。私は思わずくすりとしてしまう。よろしくね、そう心の中で呟けばヤオシーの「あたり前じゃん!」という声が響いた。
     彼らなら、私を嫌だと行っても非日常に連れて行くのだろうと思いながら。今度はきちんと観光する時間をとって貰って、時任さんに何か買って貰おうと現金なことを考える。次は命が狙われたり、変な争いごとに巻き込まれたりしない場所でお願いしますね。私は思わずにかりと笑った。


    /fin
  • 321 採火 id:Hz3nVBm.

    2014-04-20(日) 20:11:19 [削除依頼]
    最後の方急ぎ足になってしまって申し訳ありません。まとめを作りたかったのですが、何だか表示されない(?)みたいなので断念しました(+_+)
    次レスよりちょっとした制作秘話のようなあとがきです。
  • 322 採火 id:HARgS2D1

    2014-05-12(月) 06:53:04 [削除依頼]
    あとがき
    ようやく付喪理論と赤色サイコロジスト.、ようやく完結しました!
    今まで読んでいただきましてありがとうございました(*´▽`*)

    制作秘話っぽいものをお話しすると、実はこの物語は私が昔見た夢がきっかけでした。
    両親を交通事故で無くした女の子が今まで関わり合いの無かったおばあちゃんに引き取られるという夢でした(笑)
    この時点でストーリー性ありありなのですが、更に続きがあります。そのおばあちゃんの家は外見は普通の家ですが、中身が少し変わっていました。時任さんの仕事部屋(?)に鹿のオブジェやだまし絵が所狭しに並べてあって、そこを相棒のお喋りする携帯電話と探検するという夢です。

    もう何年も経ったのに鮮明に覚えているので、それはもう強烈な夢だったなあ、と今でも思います(笑)
    そんなこんなで付喪を書き始めたり。この完結までの期間、たくさん悩みながら書いてきましたが、今となってはそれが楽しかったです。
    実は時任さんが「先生」と呼ばれるのにはもうちょっと伏線があったのですが、書き忘れてひゃーとなりました(笑) 改訂するときにはもっと書きます、はい。
    とりあえず、これで一区切りということで長編はもうキャスでは書かないことになると思います。今年から受験生ですので難しいかな、と。

    これからは小説家になろうの方で主にゆるゆる活動していく予定です。
    それでは今までお付き合いしていただきましてありがとうございました!
    また機会があれば、ぜひぜひ絡んでいただければ嬉しいです(´▽`)
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