オウヤマジゲン興信所35コメント

1 abuse id:.1Z1yHM.

2011-05-10(火) 08:49:29 [削除依頼]
「まだ気付かないのかジゲン。どこまでも鈍いな君は」
 そう言って、瑞原は苦笑した。
 どうやら、俺はからかわれているようだ。悔しいのでなんとか反論してやりたいものだが、てんで分からない。なので苦し紛れに頭の後ろをボリボリと掻き毟る。降参の意だ。
 そんな俺の様子を見た瑞原は、やれやれといった感じで首を横に振り、小さく息を吐いた。そして、パソコンのディスプレイを人差し指でとんとんと突く。
「ヒントをあげよう」
 見ろ、という事だろう。
 その指示に従って、ディスプレイを覗きこむ俺。
 画面いっぱいに開かれたインターネットブラウザに表示されているのは、見慣れたサイトのトップページだった。が、いつもと、どこか雰囲気が違う。
 真白なトップページの中、調査メニューに調査料金、そして連絡先のみが端的に書かれていただけの味気ないホームページが、いつの間にか少しばかり豪勢なものになっていたからだ。新たに追加されたサイドバーには従業員紹介のページ、会社概要などの新項目が並んでおり、サイト自体も青と白を基調としたスタイッシュなデザインに変更されている。
 とりわけ、俺の目を惹いたのはトップページの頂点に張り付けられているテンプレートだった。アニメ調で描かれた男女のキャラクター二人が探偵のような身なりをして、互いに背中を合わせる形で立っている。男は咥え煙草、女は『フィジー』と書かれた缶入り炭酸飲料の飲み口を自身の口元に当てていた。しかも、どちらも微笑しているように見える。
 そうしてこの二人、よくよく見れば俺と瑞原に似ているような気がした。もっとも、瑞原はともかく俺のほうは、かなり美化されているので『煙草』に『フィジー』という二人を表す特徴的なものがなければ気付かなかったかもしれないが。
「お察しの通りボクと君だ」
 瑞原は俺を見て言った。そのまま、左手に持っていたフィジーを口に運ぶ瑞原。
 俺は思わず顔を顰めた。一度、瑞原にフィジーを勧められて飲んでみた事があったが、炭酸が余りにも強すぎて口の中が悲惨な感じになったのを思い出してしまったからだ。万人ウケする飲料でないのは確かだった。
 世界広しといえども、こんな美味しそうにフィジーをぐびぐびと飲み干せるのは瑞原くらいだと思う。
「それで、謎は解けたか?」
 飲み干したフィジーの空き缶を机の上に置いた瑞原が、俺にそう聞いてきた。
 俺は溜息を吐いた。
「てんで分からん」
「トップページにある最初の文字は読んだか? 人間は一度、関係がないと判断したものは見逃す修正がある。そこに解決の糸口があったとしても」
 トップページの最初。その場所にマウスをスクロールさせると『オウヤマジゲン興信所』とあった。
「オウヤマジゲン、か?」
 俺は口にだして読みあげた。
「そう、君の名前だジゲン」
 そう言って瑞原は、くすりと笑った。全然ヒントになっていないのだが、俺はひょっとして意地悪でもされているのか?
 俺が二度目の溜息を吐いたのに気付いたのか、瑞原はヒントを出してくれた。
「じゃあ最後のヒントだ。ボクの名前は?」
「……瑞原(みずはら)冷美(れみ)だろ」
「もう解っただろう?」
 瑞原は俺の顔を覗きこむようにして、そう聞いてくる。が、解る筈がない。俺は元々、そんなに頭が良い人間ではないのだから。
 俺は瑞原から目を逸らして答えた。
「わからん」
 そして瑞原に視線を戻し、続ける。
「意地悪すんなよ、教えてくれ」
「仕方がないな」
 呆れ混じりに呟いた瑞原はパソコンのメモ帳を開き、キーボードを指で叩いた。すると、ものの数秒で解答がメモ帳の中に出来あがる。そこに表示された幾つかの文字を見た俺は一瞬で清々しい気分になった。
  • 16 abuse id:U5Ne5St1

    2011-05-14(土) 18:37:05 [削除依頼]
    「なぁ……」
     もうちょっと愛想よくできないのか。そう続けようとしたところで、瑞原に口を挟まれた。
    「少し黙っていてくれないか?」
     言わなくてよかったと俺は心底思った。言うだけ無駄だっただろうからだ。
     キーボードから手を離した瑞原は、床に転がっているフィジーの空き缶を掴み取り、それを俺に差し出してきた。
    「煙草を吸い終わったら帰ってくれ」
     俺は瑞原がぶっきらぼうに寄こしてくれた灰皿代わりの空き缶を受け取って、溜息を吐いた。
    「まだ色々聞きたい事があるんだけど。バイトの詳しい話とか」
    「君に話があったとしても、ボクから君に話す事は、もう何もない。アルバイトの件に関して言うなら、君は黙ってボクの指示に従ってくれさえすればいい。そこに詮索なんてものは必要ない」
     勉強机の上に頬杖をついて、ディスプレイを眺めている瑞原が言った。
    「それとも君は、ボクと個人的な話がしたいのか? 恋バナだとか、何の漫画やドラマが好きとか、そういうのを」
     嘲けるような笑いを含んだ声で瑞原が、そう続けた。
     多分、俺は馬鹿にされているのかもしれない。それも急激に。
     まぁ、腹は立たない。むしろ俺は呆れてしまった。瑞原という女子は、こういう奴なのだろう。
    「機会があったらな」
     俺は苦笑しながら瑞原に返答した。
     そして、残り二センチ程になった煙草をフィジーが入っていた空き缶の淵でもみ消し、吸い殻を中に捨てる。ジュっと音がした。まだ、中に少しだけ液体が残っていたのかもしれない。
     俺は、窓から覗く夕日に眇めた目を向けて生欠伸を噛み殺した。なんだか今になって疲れが、どっと押し寄せてきたような気がする。何分、はたまた何時間、瑞原の部屋に居たのかは分からないが、とにかく濃密な時を過ごしたのは確かだ。
     これ以上、瑞原が俺の話を聞いてくれる気配はない。
    「じゃあ、俺は帰るぞ」
     そうしろ、と言われたのでその通りの行動を取る事にした。
  • 17 レントン・サーストン id:ucOIz9P.

    2011-05-14(土) 20:34:42 [削除依頼]
    よけいなことかもしれないが連絡先の交換してない気が…
    まちがってたらすいません

    続き楽しみにしてます!
  • 18 abuse id:U5Ne5St1

    2011-05-14(土) 22:21:09 [削除依頼]
     ドアノブに手を掛けたところで、俺は立ち止まった。その場で振りかえり、瑞原の後ろ姿に向かって言った。
    「気が向いたら学校、来いよな」
     瑞原は俺に背を向けて椅子に座り、パソコンのディスプレイを眺めているばかりだ。
     見送ってくれる気配はおろか、返答すらなかった。
     まぁ、俺だって別に、それらを期待して声をかけた訳ではない。ただの社交辞令みたいなものだ。
     瑞原から視線を離し、改めてドアノブを回した俺は、だだっ広い瑞原屋敷の廊下に出た。
     玄関まで割と距離がある道のりを歩いていると、瑞原のお母さんに遭遇した。
    「あら」と、瑞原のお母さんが小さく口を開ける。
    「あ、どうも」
     俺は足を止めて会釈した。
    「今、お茶を持っていこうと思っていたのよ」
     そう言って、お母さんは両手で持っているおぼんに目線を落とした。
     そこを見ると、ケーキが置かれた皿が二つに黒い液体が入った純白のコーヒーカップが やはり二つ。それらが、お母さんが持っているおぼんの上にあった。苺が乗ったショートケーキと、チョコレートでコーティングされた上品で大人っぽいケーキ。美味しそうだ。
     だが、二人分を用意しているという事は瑞原と一緒に食べてくれ、という事であって、俺に振舞われている訳ではない。
     今更、瑞原の部屋に戻って「ケーキを食いに戻ってきたぞ」なんていうのは、おこがましい態度にも程がある。
     俺は、手を頭の後ろに回して無暗にヘコヘコと頭を下げながら苦笑した。
    「あ、僕、もう帰りますんで」
     せめてケーキを頂いてから帰りたかった、とは口が裂けても言えない。
    「そう? それじゃあ、あなたの分のケーキは持って帰って食べてちょうだい」
     そう言って、お母さんはニッコリと笑った。
     俺は、心の中で盛大にガッツポーズを決めた。
  • 19 abuse id:U5Ne5St1

    2011-05-14(土) 22:21:25 [削除依頼]
     お母さんに案内されて、台所へと通された。
     カウンター式のシステムキッチンってやつだろうか。手に取り易い位置に様々な調理器具などが揃っており、天井からは提灯のような照明がぶら下がっている。よくわからないがお洒落だ。うちの古ぼけた台所とは、えらい違いだった。このような場所で作られる料理は、さぞかし美味しいに違いない。
     カウンター式なので、お母さんが立っている位置からは居間の風景が見渡せる作りになっている。夕食やらを心待ちにして、居間で団らんのひと時を過ごす家族を微笑ましく眺めながら料理を作れるのだろう。ただ多分、そこに瑞原の姿はない。あいつの事だから、飯も自室で食べているのだろうと俺は思った。そう思うのは、瑞原に対するお母さんの怯えたような態度をこの目にしていたからだ。もしかして、あいつ、家庭内暴力とかは起こしていないだろうな。
     そんな事を考えていると、何故だか俺が居た堪れない気持ちになってくる。
     お母さんは手提げ型の箱に、俺ひとりでは食いきれない量のケーキを詰めながら言った。
    「冷美ちゃんに、お友達が訊ねてくるなんて初めてだから嬉しくなっちゃって」
     買いすぎちゃったのよ、と付け加えて茶目っ気のある笑みを零すお母さん。
     俺と瑞原が訳のわからない会話を交わしている間に、わざわざ、買ってきてくれたようだった。
     この親にしてこの子あり、なる諺は嘘っぱちだと俺は思った。愛嬌があって優しいお母さんから、なぜ瑞原のような無愛想で人の都合お構いなしな女子が育つのか。遺伝子レベルでの狂いか?
     ケーキを箱いっぱいに詰め終えたお母さんは、キッチンを境とした対面で立ち竦んでいる俺に、それを差し出した。
    「今日はありがとうね。冷美ちゃんも気が楽になったと思うわ」
    「あ、いえ……」
     ケーキの入った箱をお母さんから受け取った俺は、小さく首を横に振って答えた。実際、俺は何もしていない。あれで瑞原の気が楽になっていれば奇跡といっても言いかもしれない。
     微妙な表情の俺を見て、何かを察したのかお母さんは言った。
    「もしかして、冷美ちゃんに何か言われて、それで気分を悪くさせちゃったかしら?」
     そう言ったお母さんの表情が途端に曇る。普通、そう言う事を聞くか、と俺は思った。まともな人だと思っていたが、少し変わっているかもしれない。やはり瑞原の母親だからか。
     そんなふうに考えつつも、俺は慌てて首を横に振った。
    「い、いや、そういう訳じゃないです」
    「そう?」
    「は、はい、冷美さんも元気そうでしたよ。色々、学校の話とか趣味の話とかして盛り上がりました」
     俺は舌先三寸の嘘をバラ撒いた。まぁ、前半の元気という部分は嘘ではない。瑞原は、やたらと細いし顔色も悪かったが、フィジーを三本も飲み干していたので多分、健康体なのだろう。
    「そう……」
     と、お母さんは微笑した。その笑みを見るに、どことなく俺の嘘は見透かされている気配がした。
    「今日は本当にありがとうね。また、いつでも遊びに来てちょうだいね」
     そう続けて、お母さんは俺に向かって笑った。
     俺は、お母さんに会釈をして瑞原の家を後にした。お母さんは、玄関先まで俺を見送ってくれた。
     何度も「また冷美ちゃんに会いにきてあげてね」と呪文のように呟いていたのが、少し不気味だった。
  • 20 abuse id:U5Ne5St1

    2011-05-14(土) 22:50:07 [削除依頼]
     十七年間の人生を振りかえってみても比べるものが見当たらない、かなり濃密な部類に入る時間を過ごした、その日の夜。
     瑞原のお母さんから頂いたケーキを食べながら、自室で煙草を吹かしていた俺は、ふとして重大な失態を犯していた事実に気がついてしまった。瑞原の連絡先を聞くのを忘れていたのだった。が、責任は瑞原にある。あいつが、俺の携帯番号を聞くと言っておきながら聞かずに帰したのが悪い。
     ここまで考えて溜息をひとつ。
     まぁ、これで良かったのかもしれない。瑞原と俺が友達になれるとは思えないし、今になって思い返してみれば、時給三千百円、それも詳しい情報は知らされていないバイトを引き受けるなんて俺もどうかしていた。あの時は十一万という大金につられて頷いてしまったが、熱が冷めた今かんがえると、怪しいにも程があった。
     つまり、これで良かった。連絡先の交換をしていない以上、俺から瑞原に接触でもしない限り、バイトの話は自然と消滅するだろう。何の問題もない。
     明日からは、またいつもと変わらない日常がゆるゆると過ぎていく。が、その日々に俺は何の不満もないのだから。
     瑞原は自室に引きこもり、謎の事業で収入を得る。一方の俺は学校に通って無難に卒業する。その日々が交差する事はない。人はみんな、違った道を歩く。瑞原の言葉を借りていうなら、そういうふうに世の中は回っている。
     俺はベッドの上に寝転んで、煙草を口に咥えた。
     一呼吸して、肺から煙を押し出し、火が灯った煙草を枕もとに置いている灰皿でもみ消す。
     そう、これで良かった――
     俺は自分にそう言い聞かせ、両の目を閉じた。
  • 21 abuse id:U5Ne5St1

    2011-05-14(土) 22:51:47 [削除依頼]
    >>17 レントン・サーストンさん。レスありがとうございます。 予定通りです、問題ありません。 頑張ります。
  • 22 abuse id:yEKMKN..

    2011-05-15(日) 06:10:33 [削除依頼]
     翌日。
     俺は、いつも通り学校に登校した。いつも通り登校すると、いつも通りの日常が始まる。
     そして今は、やはり、いつも通りの授業を受けている。ちなみに昼休みを目前に控えた、四限目の授業だ。この時間になると、さすがに腹が減ってくる。空腹になると、頭が回らなくなる。頭が回らないと授業に集中できない。見事な悪循環だ。
     さらに、その状態に追い打ちをかけてくるのが、教卓に座って、ただ教科書を音読しているだけの機械的な国語教師の授業展開だった。教師の態度からは、俺達に何かを教えようとする気概など微塵も感じ取れない。椅子に座って、お経を唱えるようにブツブツと聞きとれない声で教科書を読んでいるだけだ。
     もちろん、そんな授業に付き合ってやる生徒は誰ひとりとして居らず、ある者は早弁。また、ある者は数学や英語の問題集を机の上に広げて、それに向かって勉学に励んでいた。そして、教師もそんな生徒達を叱ったりはしない。
     この教師の唯一の長所は、生徒が寝ていようが他の教科の問題集をやってようが注意しない事くらいのものだったからだ。なので、昼飯を食べ終えて丁度いい具合に眠たくなってくる五限目や六限目ならば、非常に重宝する授業だ。が、現在は不運にも四限目。よって、空腹時に聞かされる教師の念仏は新手の拷問でしかなかった。なにも入っていない腹の底に教師の低い声が響き、軽い腹痛のような症状を引き起こす。
     俺は溜息を吐いた。
     俺も、たぶん他のクラスメイトも、教師の授業なんぞには塵ほども興味がない。そして、教師も俺達には興味がない。給料を貰うために仕方なくやっているのだろう。
     そんな感じで、教師と生徒。互いに苦痛でしかない授業が終わるのをひたすら待っている。それが学校という場所だ。
     俺は、教室の最後尾、左端にある窓際の自席で、そんな事を考えながら外の風景を眺めていた。
     しばらくして、そうしているのにも飽きた俺は、ふと教卓の上につけられている時計に目を遣った。見ると、残り五分で拷問から、やっと解放される時間だった。
     安堵の吐息をひとつ吐き、時計から視線を落とす。と、俺の席から見て右上の位置にある一つだけ空いている席が視界に入った。不登校児、瑞原冷美の席だ。
     昨日までの俺なら、今日も来てないのか、で終わらすところだが、今日は嫌でも回想してしまう。幸か不幸か、昨日を持って知り合いになってしまったのだから当たり前だった。
     昨日、瑞原と話した内容や、あいつの顔が頭の中に浮かんでくる。
     あぁ、やめよう。バイトの話は断ったも同然。そして、俺は別に瑞原が学校に来てほしいと本心から思っている訳でもない。だから、俺とあいつは赤の他人だ。
     俺は頭を小さく横に振った。雑念を振り払うためだ。
     しかし、それは単なる素振りなだけであって、実際には授業が終わるまでの五分間、俺はずっと昨日の出来事を回想していた。
  • 23 美欧 id:ry0gEiX/

    2011-05-15(日) 08:50:05 [削除依頼]
    題名にひかれてやって来ましたが、
    とってもおもしろいです!

    これからの展開楽しみに待ってます♪
  • 24 abuse id:yEKMKN..

    2011-05-15(日) 22:51:32 [削除依頼]
    >>23 美欧さん、レスありがとうございます。 更新頑張っていきます
  • 25 レントン・サーストン id:ByhjSXM0

    2011-05-16(月) 07:37:49 [削除依頼]
    いっきにすすんだぁぁぁぁ!!
    21そうゆう展開でしたか!なんかすいません

    これからどうなっていくのか楽しみです!!
  • 26 abuse id:A7tON8l0

    2011-05-17(火) 00:15:12 [削除依頼]
     思い返していた昨日の一件を、脳味噌から引っぺがすかのように授業終了を告げるチャイムが教室内に響く。それと同時に教師は、俺達なんぞには目も暮れず、教室を出て行った。
     無駄に授業を長引かせる事もしなければ、礼の一つもしない。本当に、ただ教科書を読みに来ただけだった。
     だが、それこそが、あの教師の長所だ。
     変に干渉的な教師よりは、ああいう事務的な教師。後者のほうが、生徒には歓迎されている。もっとも、それは俺みたいに適当な部類の生徒達だけに限られるかもしれないが。
     などと考えて溜息を一つ。
     ともあれ、授業は終わった。
     俺は、机の上に置いていただけの教科書やノート、筆箱などの勉強道具を鞄の中に押し込んだ。
     続いて、入れ替わりに鞄の中からビニール袋を引っ張り出す。その中には今日の朝、コンビニで購入してきた昼飯が入っている。この学校にも購買があるにはあるのだが、昼休みになると昼食を買おうと押しかけてくる生徒達でイワシの缶詰め状態になってしまう。パン一つを買う為に、なにが楽しくて行列に並ばなくてはならないのか。それが嫌な俺は、こうして毎日、コンビニで昼食を購入してきていた。賢い選択というやつだ。
     購買での、ちょっとした局地戦へと出陣していくクラスメイト達を尻目に、俺はビニール袋の中から焼きそばパンとコーヒー牛乳を取りだした。それらを机の上に置き、不用なビニール袋は鞄の中へ戻す。そして焼きそばパンを包んでいるビニールを破り、コーヒー牛乳の封を開いた。
     これにて準備完了。クラスメイト達には悪いが、一足先に昼食を頂く事にしよう。
     俺は、焼きそばパンを手に取った。
     そうして、ようやくありつける昼食を前にほくそ笑む俺だった。が、その笑みは教室の引き戸が開く音。それを耳にして、ふと目をそちらに向けた瞬間、驚愕の表情に変わってしまった。
    「瑞原……」
     思わず、俺の口から声が漏れた。
     この場に居てはいけない者、といっては失礼にも程があるかもしれないが、普段は絶対に居ない人物。すなわち、不登校児の瑞原冷美が教室の入り口に立っていた。
     瑞原は、紺色のセーラー服とスカートを着用していた。瑞原が着ている学校指定の制服は皺ひとつなく、くすみがない鮮やかな色だった。あまり袖を通していないのが一目で分かる。また、昨日あった時はボサボサな髪の毛を黒猫の形をした髪留めで適当に纏めていただけに見えた髪型。それは、ちゃんとクシを通してドライヤーでもあてたのか、枝毛が目立たない幾分かマシなものになっていた。相変わらず、チープな形の髪留めで後ろに束ねているようだが、似合っているので文句はない。ただ、昨日と同じく顔色は悪かった。死後、何日か経過している死人のような土気色だ。ついでに、目の下のクマも酷い。
     つまり、教室に突如として現れた瑞原は色んな意味で不気味だった。
     どうやら、そう思ったのは俺だけではないらしく、教室で昼食を食べていたクラスメイト達も動きを止めて瑞原を凝視していた。それに伴って、教室の中は水を打ったように静まりかえる。
     不登校児の瑞原が登校してくるという事は、クラスメイト達にそうさせるだけの異常さがあった。もちろん、俺にもだ。俺は、口に運ぼうとしていた焼きそばパンを机上にぽとり、と落としてしまった。
     瑞原は、クラスメイト達の奇異なる目が自分に向けられているというのに、それを気にする事もなく、持っていた鞄を背に回し、つかつかと自席に向かって歩き始めた。
  • 27 abuse id:9wqdSMK/

    2011-05-19(木) 02:00:11 [削除依頼]
     ほどなくして自席の前に到着した瑞原は、鞄を机の上に降ろした。続いて、教室を見回し始める。
     その視線が俺を見据えたところで、瑞原の動きが止まった。
    「なにを驚いているんだ?」
     ぼんやりと俺を見つめながら、瑞原が言った。
    「学校に来い……昨日、ボクにそう言ったのは君だろう?」
     その通りだった。が、本当に来るとは思っていなかった。故に、俺は並々ならぬ勢いで驚いていた。
     瑞原は制服のポケットに手を突っ込んで、俺を見おろしている。
     いきなり、ふてぶてしい態度を取られてしまったと思ったが、そういう訳ではなかった。ポケットから手を出した瑞原の手に、携帯電話が握られていたからだ。
     そして、取りだした携帯電話を操作している瑞原。
     俺は、その様子を眺めながら苦笑した。
    「まさか、本当に来るとは思ってなかった」
    「勉強をしに来た訳じゃない」
     と、瑞原が答える
    「じゃあ、俺に会いに来てくれたのか?」
     俺は冗談のつもりで聞いてみた。
     すると瑞原は、携帯電話に向けていた視線を俺に戻して小さく頷いた。
    「ああ」
     そう呟いた瑞原が、俺に携帯電話を差し出してきた。
    「電話帳は開いてある。そこに君の携帯番号とメールアドレスを入力してくれ」
    「は?」
    「昨日、聞きそびれてしまっただろう?」
     だから聞きにきた、と付け加え、瑞原は机上にある焼きそばパンの横に携帯電話を置いた。
     どうやら、瑞原は俺から連絡先を聞く事を目的として、わざわざ学校まで足を運んで来たようだ。
     しかし、瑞原には悪いが俺は昨日の夜、バイトの件は断ると心に決めていた。正確には無視を決め込んで無かった事にしようと思っていた訳だが。まぁ、直接、瑞原に言ったほうが話は早い。
     俺は、瑞原が机の上に置いた携帯電話を掴んだ。
     それを突き返してやろうと思ったところで、誰かの声が聞こえてきた。
    「てかさ、あれ誰?」
    「瑞原って子でしょ」
    「あー、引きこもりの」
    「そうそう」
     それらは、明確な嘲笑を孕んだ笑い声だった。
     声の聞こえた方向を見ると、教卓の傍で胡坐を掻いて屯している女子たちの姿があった。全員が、やけにニヤついた顔をしている。彼女らが口にした言葉と、その嫌な笑みの矛先は間違いなく瑞原に向けられていると俺は思った。
  • 28 abuse id:9wqdSMK/

    2011-05-19(木) 02:02:05 [削除依頼]
     女子たちのリーダー格とでも言うべき人物。斎藤まどかは、人を小馬鹿にするのがやたらと好きな女子だ。
     かくいう俺も何度か「また一人で飯たべてるよ、あいつ」なんて笑われた事がある。ようするに、好ましい部類に入るクラスメイトではなかった。
     などと考えていると、女子達が急に一際、大きな笑い声をあげた。斎藤なんかは、シンバルを持ったチンパンジーの玩具のように、両手をパンパンと叩き合わせて爆笑している。
    「キモいよねー」
    「てかゾンビみたいじゃね?」
    「マイナー組同士、気が合うんじゃない」
     女子達が話している会話の内容はよく分からないが、出てくるフレーズを聞く限り、瑞原に合わせて俺も小馬鹿にされているようだ。が、反論したところで彼女達の悪戯心を刺激するだけで、かえって事態を悪化させてしまうだろう。
     よって、俺は女子達の戯言を無視する事にした。
     俺は女子達に何と言われようが今更、気にもならないが、瑞原はどうだろう。折角、学校まで来たというのに女子達の心ない言葉のせいで傷ついてやしないだろうか。
     そう思った俺は、ふと瑞原に目を向けた。
     瑞原は、相変わらず無表情だった。気にしている様子は見られない。
     と、思った矢先、くるりと振りかえる瑞原。
     そして、瑞原は女子達に向かって言った。
    「静かにしてくれないか?」
     瞬間、教室に沈黙が降りる。が、それは一瞬に過ぎなかった。
     斎藤が噴き出したように笑いだしたからだ。
    「静かにしてくれないか、だってさ」
     と、瑞原の低い声色を真似て言う斎藤。それに合わせて、取り巻きの女子達も、わざとらしく笑い声を挙げていた。
     瑞原が小さく息を吐いた。
    「高い声できぃきぃと騒がないでくれないか? 頭に響く」
    「頭に響く、だってさ」
     と、やはり斎藤は瑞原の声色を真似て、馬鹿にするように嘲り笑っていた。
     局地的に騒がしい女子達と斎藤を止めようとする者など誰もいない。止めようものなら、次は自分達が標的にされてしまうからだ。誰だって面倒事になんか首を突っ込みたくはない。だから、仕方ない。
     俺は瑞原の後ろ姿に声をかけた。
    「もうやめとけよ、あいつらに言うだけ無駄だ」
  • 29 レントン・サーストン id:AuQ1hxn.

    2011-05-19(木) 07:31:44 [削除依頼]
    まさか学校にくるとは……
    俺までクロワッサンを落とすとこだったよwww
  • 30 abuse id:pTvE30V1

    2011-05-20(金) 07:32:12 [削除依頼]
    >>29 レントン・サーストンさん、レスありがとうございます。 クロワッサンの落下にはご注意ください。 更新、頑張ります。
  • 31 にこ☆ id:imKi3wR1

    2011-05-20(金) 08:47:40 [削除依頼]

    内容が面白いです!!

    [人を小馬鹿にするのがやたらと好きな女子]
    っていますよね。

    私にとっても好ましくないです。

    良い対処だと思いました。
  • 32 abuse id:84/Zjfl1

    2011-05-21(土) 06:23:03 [削除依頼]
    >>31 にこ☆さん、レスありがとうございます。 更新頑張ります。
  • 33 abuse id:m2zT2o30

    2011-05-22(日) 11:14:19 [削除依頼]
     振り返った瑞原は、うっすらと頬笑みを浮かべていた。
    「言うだけ無駄」
     そうかもしれないな、と続けた瑞原が机上にあるコーヒー牛乳を手に取った。
     間髪入れずに瑞原は、そのコーヒー牛乳を床に投げつけた。それと同時に、瑞原が俺の机を思いっきり蹴り上げる。その衝撃で机上にあった焼きそばパンは紅ショウガと麺をブチ撒けながら宙を舞い、そうして床へと落下。瑞原が置いていた携帯電話も当然の如く、床に垂直落下していた。
     そして、瑞原の突拍子もない一撃を受けた俺の机はというと、中に入っていた辞書やら教科書などの内容物を派手に散乱させて、やはり倒れてしまった。
     教室の空気が一瞬にして凍りつく。先程までの嫌味な喧騒が嘘のように、静まりかえっていた。
     瑞原は、スカートの裾を整えている。蹴りを放った際に乱れたのだろうか。
     いや、そんな事はどうでもいい。
     俺は、視線を下に落とした。見ると、横向きに倒れている封の開いたコーヒー牛乳から焦茶色の濁った液体が流出している。それが、同じく床に落下した俺の焼きそばパンを嫌な感じに浸食しつつあった。焼きそばパン、コーヒー牛乳漬けの完成だ。手遅れなのは一目で分かった。
     だが幸い、倒れた机から飛び出している教科書などは、コーヒー牛乳の魔の手が届かない位置に上手く散乱してくれているようだ。危ない位置にあるのは、残すところ瑞原の携帯電話くらいのものだった。
     俺は、空色の携帯電話を拾い上げて溜息を吐いた。
    「いきなり、なにをするんだよ……」
     瑞原は何故、このような暴挙に出たのか。それが俺には、ちっとも解らなかった。わかりたくもなかった。
     制服の胸ポケットから千円札を一枚取りだすと、瑞原がそれを俺に差し出してきた。
    「君の昼食を台無しにしてしまった。これで買い直してくれ」
     悪びれる様子など塵ほどもなく、そう言った瑞原は俺の膝上に千円札を置いた。
    「だが、これで静かになっただろう」
     と、続けた瑞原がポケットからピンバッヂのようなものを取り出していた。形は個性的だが、羽があるところから見るに鳥か昆虫の類なのは分かった。目に当たる部分が黄色く光っているのが少し不気味だ。とにかく、趣味はあんまりよくない。
     瑞原は黙ったまま、それを俺の胸ポケット辺りに取り付けた。
     次から次へと自己完結的な行動ばかりとって、瑞原は一体なんのつもりなのか、と俺は思った。
     俺は瑞原に聞いてみた。
    「これ、なんだ?」
    「ピンバッヂだ」
     真顔で答える瑞原。
     俺は、がっくりと肩を落とした。
    「見れば分かる。どうして、こんなダサいのを断りもなく俺の胸につけたって聞いてるんだ」
    「お守りのようなものだ」
     瑞原は自席に向かいながら続けた。
    「今日は君の初仕事だろう? 鰯の頭も信心からと言う」
     ボクからの贈り物だ、なんて言いながら瑞原は机に置いていた鞄を掴み取り、それを背に回していた。
  • 34 abuse id:m2zT2o30

    2011-05-22(日) 11:14:35 [削除依頼]
     全くもって意味が分からないし、ありがた迷惑にも程がある。そもそも、俺はバイトの件を断ると心に決めていた。
     俺は膝上にある千円札をポケットの中に押し込み、左手に瑞原の携帯電話を持ったまま椅子から立ち上がった。
     倒れている机を引き起こし、あるべき場所に戻す。
    「あのな、瑞原」
     散らばっている教科書などを集めながら、俺は話を切り出した。が、瑞原から返答はない。
     ちらり、と目線をあげて様子を窺ってみる。
     すると、なにもせずに割と近い位置で立ち竦んでいる瑞原と目が合った。この惨事を巻き起こした張本人だというのに、どうやら片付けを手伝ってくれるつもりはないようだ。
     溜息をひとつ。
     掻き集めた教科書や辞書やらを机の中に戻した俺は、瑞原に向き直った。
     瑞原も俺を見ていた。そして、教室にいるクラスメイト達も、やはり俺を見ている。当たり前だった。
     不登校児で珍獣扱いされている上に、滅茶苦茶な行動を取った瑞原と話しているのだから、俺が注目されても不思議ではない。
     しかし、居心地が悪い。こんな空気の中、クラスメイト達に見つめられながらバイトの件を話したりするのは、どうにも気が引けてしまう。
     俺は、ぼんやりと苦笑した。
    「話があるんだけど、ちょっと場所を変えるか」
     瑞原は首を横に振った。
    「すまないが、ボクはそろそろ帰る。言いたい事があるなら、ここで言ってくれ」
     そう言われると、おっしゃる通りにするしかない。
     とにかく出来るだけ手短に伝えるとしよう。バイトの話は無かった事にしてくれ、と。
     咳払いを一つ挟み、俺は言った。
    「いや、あのな瑞原、バイトの事なんだけど――」
    「ああ」
     と、瑞原が口を挟んできた。
     俺が持っている携帯に目を遣って、瑞原は続けた。
    「君は携帯電話を持っていないのか? それなら、その携帯を使ってくれ。ボクは、もう一台の携帯で連絡する」
     なにか、派手に勘違いされてしまっているようだった。
     俺は思わず長嘆息した。
    「いや、そうじゃなくてな……」
    「そろそろ時間だ」
     瑞原が、教卓の上に付けられている時計を見て呟いた。俺の声なんて届いていないらしい。
    「ボクは帰る」
     そう言った瑞原は俺に背を向け、教室の出入り口を目指して歩き始める。
     その動きを、教室内に居る全員が目で追っていた。もちろん、俺もだ。
     呆気にとられたように見つめていると、瑞原の足が不意に止まった。
    「五時に連絡する。必ず出てくれ」
     言って、こちらに振り返った瑞原は耳元に軽く握った手を当てていた。電話をかける仕草だろうか。
     そうして瑞原は、それ以上なにを言うでもなく、足早に教室を出て行ってしまった。呼び止める暇もなかったし、俺は後頭部を掻きむしりながら、とにかく床に水たまりを作っているコーヒー牛乳を拭きとる事にしたのだった。
     
  • 35 レントン・サーストン id:uBCMb/O.

    2011-05-22(日) 12:58:12 [削除依頼]
    ohoooo!なんて女だwww
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