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1 ちぃ [2006/10/28(土) 14:24:19]
どなたか鴻門の会の口語訳を教えてください!お願いします!
2 ゆぃ [2007/02/17(土) 23:20:21]
私も知りたいです!!実は入院してて全然授業受けてないのに来週テストなんです↓↓概要だけでも教えてください!!
3 AT [2007/02/18(日) 22:29:59]
楚軍は道すがら秦の地を攻め下して、函谷関に到着した。ところが軍兵が関所を守っていて、入ることができなかった。さらにまた、沛公がすでに咸陽を攻め破ったと聞いて、項羽は大いに怒り、当陽君らに関所を攻撃させた。項羽はかくして入って、戯西に到着した。
沛公は覇上に陣をはり、まだ項羽と面会する機会が得られなかった。沛公の左司馬の曹無傷が、人を遣わして項羽に次のように言わせた、「沛公は関中の地で王となろうとして、子嬰を大臣とし、珍宝はすべて自分のものとした。」と。項羽は大いに怒って言った、
「明朝、兵士たちにごちそうをふるまうように。沛公の軍を撃破するのだ。」と。このとき、項羽の兵は四十万で、新豊の鴻門に陣していた。沛公の兵は十万で、覇上に陣していた。范増が項羽に説いて言うには、「沛公は山東にいたときは、財物を欲張り、美女を好みました。
今、関中に入ってからは、財物は自分のものとしないし、婦女も寵愛しません。これは、その志が小さいところにないことを示しています。私が人に彼の上に立ちのぼる気を見させたところ、それは皆、竜や虎の形をし、五色のあやをなしているとのことです。
これは天子となる者の気です。急ぎ攻撃し、決して取り逃がしてはなりませぬ。」と。将軍は河北に戦い、私は河南で戦いました。しかし、先に関中に入って秦を破り、また将軍にここでお目にかかれるとは思ってはいませんでした。今、つまらぬ者の中傷があり、将軍と私を仲違いさせようとする者がいます。」
項王は言う、「それは沛公の左司馬の曹無傷がそれを言うのだ。そうでなければ、どうしてこのようなことになりましょう。」
中途半端でスイマセン、まだ此処までしか習ってないんで、、、
4 AT [2007/02/22(木) 00:56:04]
続きです。
項王はその日沛公を引き留めて酒宴を開いた。項王と項伯は東に向かって座り、亜父は南に向かって座った。
亜父は范増である。沛公は北に向かって座り、張良は西に向かって控えた。范増はしばしば項王に目配せをし、
玉ケツを挙げ、合図を送ること三度に及んだ。項王は黙然として応じなかった。
范増は立って、外に出て項荘を呼んで、言うには、
「君王は人柄としてむごいことができない。お前は入って前に進んで長寿の祝いを捧げよ。長寿の祝いが終わったら剣舞を願い、
それによって沛公を座席で殺してしまえ。そうしなければ、お前の一族は皆とりこにされてしまうだろう。」
荘はそこで入っていき長寿の祝いを述べた。長寿の祝いの挨拶が終わると言う、
「君王と沛公が酒宴をなされています。軍中のことで何も楽しみがありません。剣舞をさせてください。」項王は言う、「よろしい。」
項荘は剣を抜いて、立って舞う。項伯もまた剣を抜いて、立って舞い、常に身をもって沛公をかばうようにして守った。
荘は撃つことができなかった。そこで、張良は軍門に行き樊ム(カイ)を見つけた。樊ム(カイ)は言う、「今日の様子はどうですか。」
良は言う、「非常に切迫している。今、項荘が剣を抜いて舞った。その意図は常に沛公を殺すことにあった。」(カイ)は言う、
「それは危ない。私が入っていき沛公と命を共にさせてもらおう。」・(カイ)はすぐに剣を身につけて盾を持って軍門に入った。
戟を交えて守る番兵が中に入れないようにした。樊ム(カイ)は盾を横ざまにして、突いた。番兵は地に倒れた。
(カイ)はついに入り、垂れ幕を押し上げ西に向かって立ち、目を怒らして項王を見つめた。頭髪は逆立ち、目はいっぱいに裂けていた。
項王は刀のつかに手をかけ両膝をついて身構えて言う、「おまえはどういうものだ。」張良は言う、「沛公の参乗樊(カイ)という者です。」
項王は言う、「壮士だ。大杯の酒を与えよ。」そこで一斗もある大杯の酒を与えた。・(カイ)は、ひざまずいて礼を述べてから立って、
立ったままこれを飲んだ。項王は言う、「これに豚の肩の肉を与えよ。」そこでひとかたまりの生の豚の肩肉を与えた。
(カイ)は自分の盾を地にふせて、肩肉をその上に乗せ、剣を抜いて、切ってこれを食べた。項王は言う、「壮士だ。まだ飲むことができるか。」
(カイ)は言う、「私は死さえも避けません。大杯の酒などどうして辞退などいたしましょうか。そもそも秦王には虎狼の心が有りました。
人を殺すことは数え上げることができないほどで、人を処刑するのに処刑しきれないことを心配するほどでした。天下は皆これにそむいたのです。
懐王は諸将と約束して言う、『まっさきに秦を破って咸陽に入った者を、王としよう。』今、沛公は真っ先に秦を破って、咸陽に入り、
少しも自分のものとしようとは思いません。秦の宮室を封閉し、軍を返して覇上におり、そうして大王の来られるのを待っていたのです。
あえて武将を派遣して関を守らせたのは、盗賊の出入りと非常事態に備えるためです。労苦は甚だしくして功の高いことはかくのごときです。
まだ諸侯に取り立てる褒美も与えられません。それなのにつまらない人間の言うことを聞き、功績のある者を誅殺しようとしています。
これでは亡き秦の二の舞です。失礼ながら大王のためにはならないと思います。」項王はまだ答えることができなかった。言う、「座れ。」
(カイ)は良のそばに座った。座るとたちまちに、沛公は立って厠に行った。そして樊ム(カイ)を呼び寄せて外に出てしまった。
5 そら [2007/04/05(木) 00:47:22]
春休みの宿題でここの予習のノート提出なんです^^;助かりました。ありがとうございました!
6 天高BOY [2007/07/01(日) 02:00:51] 鴻門之会の訳前半
沛公は翌朝早く、百騎余りの兵を従えて、項王にお目にかかろうとした。鴻門に到着すると、謝罪して、『私めは将軍閣下と力を合わせて秦を攻めました。将軍は黄河の北の地で戦われ、私めは黄河の南で戦いました。 しかし、我ながら思いもかけないコトでした、微力の私めが閣下より先に関中に入って秦を破り、再び将軍とここでお目にかかれようとは。ところが今、つまらぬ者の中傷があり、将軍と私めとを仲たがいさせようとしております。』と言った。項王は、『これは沛公殿の左司馬である曹無傷が言ったのだ。そうでなければ、自分はどうしてこのようなこて(沛公を攻撃しようとしたこと)までしようか。』と言った。項王はその日沛公を引き止めて一緒に酒宴をすることにした。項王と項伯とが東に向かって座り、亜夫は南に向かって座った。亜夫とは笵増のことである。沛公は北を向いて座り、張良は西を向いて沛公のそばにつきそって座った。笵増は再び項王に目配せをし、身につけていた玉ケツを持ち上げ沛公を殺すよう三度も合図をした。ところが項王は黙ったままで、これに応じなかった。笵増は席を立って外に出、項王の従弟の項荘を呼び寄せ、『項王は人柄が人情もろくて沛公を殺すに忍びない。お前は宴席に入り、項王の前に進んで杯を献じて健康をお祝いしろ。お祝いがすんだら剣舞をしたいとお願いし、その機会に沛公をその席で撃ち殺してしまえ。そうしなければ、お前の一族は皆、やがて沛公のとりこにされてしまうだろう。』と言った。項荘はそこで宴席に入り杯を献じて健康を祝った。お祝いがすむと項荘は、『項王は沛公殿と酒宴を開いておられます。ところが軍中のこてなので、何の余興もごさいません。どうか剣舞でもさせて下さい。』と言った。項王は『よろしい』と言った。そこで項荘は剣を抜いて起って舞った。すると項伯もまた剣を抜いて立ち上がって舞い、いつも身をもって沛公をかばった。そのため項荘は沛公を撃つことができなかった。
7 天高BOY [2007/07/01(日) 02:02:38] 鴻門之会の訳後半
そこで、張良ば従者たちの待っている軍門に行き、樊カイが『今日の会合の様子はどうですか。』と尋ねた。張良は『事態は非常に切迫している。今、項荘が剣を抜いて舞っているところだ。彼の心は絶えず沛公に撃ちかかることにある。』と答えた。樊カイは『これば大変だ。私めが宴席の中に入って、沛公と生死を共にしよう。』と言った。樊カイはすぐさま剣を身につげ盾をかかえて軍門ん入ろうとした。戟を交差して軍門を守っていた兵士たちが止めて中に入れまいとした。樊カイは盾を斜めに立てて守備兵たちを突き飛ばした。守備兵たちは地上に倒れた。樊カイはそのまま中に入っていき、帷を引き開けて西を向いて立ち、めをいからせて項王にらみつけた。髪の毛は逆立ち、まなじりは裂けんばかりである。項王はとっさに剣に手をかげ片膝を立ててみがまえ、『お前は何者だ。』と言った。張良が『沛公の陪乗者で、樊カイという者です。』と言った。項王は『なかなかの勇士だ。この者に大杯の酒をとらせよ。』と命じた。そこで一斗入りの大杯の酒を樊カイに与えた。樊カイは拝礼して立ち上がり、立ったままでこれを飲み干した。項王は『豚の肩肉を与えよ。』と言った。そこで、一塊の生の肩肉を与えた。樊カイは持っていた盾を地面に裏返して置き、豚の肩肉をその上にのせ、剣を抜いて切りながら食べた。項王は『勇士だ。もっと酒が飲めるか。』と尋ねた。樊カイは『私めは死さえ恐れません。大杯の酒ぐらい、どうして辞退などいたしましょう。いくらでも頂戴いたします。ついでに一言申し上げます。そもそも秦王には虎や狼のような残忍な心がありました。人を殺すのに、あまりに多くて殺しきれないのを恐れるほどであり、人に刑罰を下すのに、あまりに多くて刑を下しきれないのを恐れるほどでありました。そのため天下の人民は皆、これに背いたのです。この時、楚の懐王は諸将と約束して『真っ先に秦を破って都の咸陽に攻めこんだ者は、これをその地関中の地の王としよう。』と言われました。今、沛公は真っ先に秦を破り、咸陽に入りました。それでもごくわずかな物も決して自分のものにせず、秦の宮殿を封じ閉ざし、引き返して覇上に陣取り、大王の来られるのを待っていたのです。わざわざ将兵を遣わして函谷関を守らせたのは、他の盗賊の出入と、非常の事態にと備えたのです。沛公はこれぼどまでに苦労して大功を立てたのに、領地を与えて諸侯にとり立てるという恩賞もありません。それどころか、つまらぬ人物の中傷を聞き入れて、功績ある人を殺そうとしておられます。これは亡んだ秦の二の舞にすぎません。私めが考えますに、大王のためには賛成できないことです。』と言った。項王は樊カイの発言に対して何も返答しない。ただ『まあ座れ。』と言った。樊カイは張良のすぐ後ろに座った。樊カイが座ってしばらくして、沛公は座を立って便所に行った。そしてそのついでに樊カイを外に招き出した。