{菅鮑之交を全表示}
1 ☆ [2006/06/13(火) 19:46:17]
訳を教えて下さい…
2 さぁ [2006/06/13(火) 22:22:20]
ァタシも訳知りたぃですッッ(>∩<;)!!
3 なし [2006/06/14(水) 20:49:52]
知音の訳を教えて下さい!!
4 通りすがり [2006/06/28(水) 21:50:47]
斉は(王室が)姜姓である。太公望呂尚は封ぜられた国である。その後、桓公の代になって、諸侯の旗頭となった。春秋時代の五人の覇者は、桓公をその始めとする。(桓公は)名を小白といった。兄の襄公は、道徳にはずれた悪い行いをする人間であった。(そのため)弟たちは災難が(自分の身に)ふりかかることを恐れた。(そこで)公子の糾は魯へ逃げた。管仲がその守り役を務めていた。小白はキョへ逃げた。鮑叔がその守り役を務めていた。(そのうち)襄公は弟の子の無知に殺され、無知もまた人に殺された。(そこで)斉の人々は、小白をキョから呼び戻した。(ところが)魯も軍隊を派遣して糾を送り込もうとした。管仲はキョからの道で待ちかまえて、小白に矢をあびせ、帯金にあたった。小白が先に斉に着き、即位した。鮑叔牙は管仲を推薦して、政治を担当させようとした。桓公は怨みを問わないで、管仲を用いた。
管仲は字を夷吾と言った。ある時、鮑叔と商売をしたことがあった。その利益を分配するにあたって、多く自分の物にした。(しかし)鮑叔は欲張りだとは思わなかった。管仲が貧しいことを知っていたからである。ある時、画策して行き詰まって苦しんでしまった。鮑叔は愚か者だとは思わなかった。時勢には利と不利があることを知っていたからである。ある時、三度戦って三度とも敗走した。鮑叔は臆病者だとは思わなかった。管仲には年老いた母親がいることを知っていたからである。管仲は、「私を生んでくれたのは父母であり、私を本当に理解してくれるのは鮑君である。」と言った。 桓公が諸侯を集め合わせて、天下を統一して、秩序立てたのは、すべて管仲の知謀によるものである。一にも仲父、二にも仲父と言った。