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 内申書の是非  [記事を投稿する]



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内申のこと




私は、内申書は、いらないとまでは言わないけど、そんなに重視するものではないと思います。わたしは今中3ですが、部活で先生にいいたいことがあったのですが、内申に響くので結局いえませんでした。友達もはっきり言いたいのですが、嫌われると内申にひどいことを書かれます。
これっておかしくありませんか?



うに中3





 2004/01/23





内申制の問題




内申点は必要なのだろうか?みなさんも高校受験を受けるときにネックになっただろう。そもそもなぜ内申制は作られたのだろうか。

学力試験だけで合否を決めるのは不適当であり、受験者の勉強への姿勢、高校生活への適応能力が十分判断できない。この定義のもと内申制は作られた。しかし、本当に内申制でこれらが判断できるのだろうか。次に内申制への問題点をあげてみた。

・各中学校の学力の差による内申点の平均差
   同じ偏差値の子でも学力の低い中学出身は当然高   くなり、高い中学出身は低くなる。
・先生の個人的介入
   これはこの生徒は仲がいいから、生徒の母と親ぼ   くが深いからなど先生の個人的見解で内申点が上   下する。
・判断基準の統一性の無さによる正確性の欠如
   絶対内申制なので、各段階に何人と定員は決まっ   いるが、テストの点だけで判断するところ授業態   度を重視するところなどバラバラである。

などいろいろあるがどれも共通して言えることがある。全く公平ではないという点である。学校と学校間の不公平さならまだしも、個人個人の不公平さまでに侵食している。まさしく内申制はいっこくも早く見直すべきである。

しかし、私は内申制を全否定するわけではない。上記の内申の定義も言っていることは正しいのだ。私は内申制の改善による公平性の向上により、高校側はより意欲のある生徒を入学させることができ、生徒も不公平な内申によって、行きたい高校にいけなかったということも減るだろう。

内申制の見直しは私たちが動かないとなにもはじまらないだろう。明るい未来を夢見て次世代をになう後輩たちのために立ち上がらなければならないのは私たちしかいないのだから・・・



大輔大阪府立高校二年





 2004/01/23





うちの学校の内申書




内申書はいらないと思います。
なぜなら、他校と偏りが出てしまうからです。
私の行っている学校は、内申がとりにくいと言われている学校です。
個別相談に行っても、「あの内申のとりにくい○○中さんですね」と言われます。
しかし、そう言うだけで実際は、やはり内申書の数字が足りないと推薦さえ受けさせてくれません。
私は、偏差値70以上ありますが、内申は35〜6です。
テストも450はとれてるし、授業態度も真面目になったし、提出物もちゃんとだしているのに、なぜでしょう??
私は今年受験生で、明日の通知表で第一志望の推薦をうけられるか決まります・・。
このような偏りのある内申書は、入試にはいらないと思います。



みほ中B





 2004/01/23





内申書によって生徒は駄目になる




内申書は明らかに不要である

まず、各々の学校によって評価に隔たりが
出ることが明らかであり、絶対評価になったことで
そのことはさらに顕著となっている。
担任に気に入られた生徒ばかりがよい点数を
もらえるということも少なくない。
入試の点数だけで判断するのはよくない
という方もいるが、逆にこれほど物事を
公平に図れるものはない。

テスト以外の面も見るべきだというのなら
5教科とは別のもので図ったほうがいいだろう。
むしろ、そのようなことを内申書に担わせる
べきである。

結論としては

内申書はあくまでもそれぞれの生徒に対して
これからどうするべきかといったアドバイスや
現状としてはどうなのか、といったことを
伝えていくものとしてあってほしい。
また、その結果に一喜一憂するものではなく
それを基にして自分がどこを修正していけば
よいのかということを確認していけるものに
するべきだと思う(模試と同じですね)

せっかく生徒への助けになるものである
はずの内申書が受験に利用することで生徒を
苦しめるものになってはいないだろうか?



π高校生





 2003/12/07





入試科目だけを勉強すればいいという思想




よく巷では内申書なんていらないなどという声が聞えてきますが
内申書を入試に使わなければ、中学生が伸び伸びするのかというと、
それほど革命的に学生生活が変わるわけでもなく
ほとんど変わらないと思いますよ。

なぜなら、極論すれば入試自体がなくなるわけではないんです。
内申書が撤廃され、9教科といわれている科目数の中から
入試に必要な科目にだけ力を注ぎ(つまり実技無視)
学力試験一発による「入試科目だけを勉強すればいいんだ」という
考えが広まることの方が、危険です。

内申書によるある程度の強制力は義務教育において
必要だと思います。



Jb onne(17歳)高校生





 2003/10/28





3年間の評価は1回の学力試験より重要




内申書を無くすなんてとんでもないです!
中学校3年間の評価というのは、たった1回きりの
学力試験(入試)より重いと思いますよ?



リュウ(13歳)中学生





 2003/10/28





本来の教育的価値をもつ通知票の復権




絶対評価の学校に通っているんですが、両親から
しつこいくらい「おまえは全体の何番なのか。」とか
そうゆうことばかり口にするようになっています。
評価が流動的な絶対評価に切り替わったことへの
不安もあると思うんですが、多くの世代が相対評価で
学生生活を過ごしてきたはずなので、この
観点のギャップは早々埋められるものじゃないと思います。

高校も内申書を軽視しはじめたというし、こんなことなら
内申書を入試で利用することはやめてもいいんじゃないかな。

元々僕は、通知表(内申書)というものを、
励ましや現在の状況をお知らせするモノと捉えています。
僕は将来先生になりたいという思いもあって
色々考えるんですが、通知表が入試に利用されることは
ある意味教育への侮辱だと思っています。
安易に入試に活用されてしまったことで教育が
汚されてしまったとも悲しく思えてきます。

このままでは危険だと思います。
入試制度そのものを変えていかないと、絶対評価に対する
不安が保護者の間で広がり(というか現場の先生まで不安に)、
全国規模の統一試験などができ、偏差値に頼りはじめるような
気がします。すでにこの動きもあるようで心配です。

すでに中学から偏差値重視だなんてなんて息苦しい時代なんだ。
もう通知表(内申書)は入試から切り離してください。
僕が先生になったらオリジナルの通知表でもつくって
自分の受けもつ生徒が「こうしたらいいよ」「ここは頑張ってるね」
など凝縮した対話の場を実現したいと思います。それが教育の
醍醐味でもあり、現場にもっともかけていること
なんじゃないかなと思います。



田上 直人(15歳)中学生





 2003/10/28





高校入試にファジーな通知表はいらない




評価そのものに信憑性がないにもかかわらず、高校入試に
通知表(内申書)が重要な役目を果たしている。そのために
子どもも親も余計なことで悩み、苦しんでいる。
評価なんてもともとファジーなもの。高校入試に通知表を
つかわなくてもよいのではないのだろうか。

事実、都内の私立高校の中には「埼玉県の通知表はあてに
なりませんから見ません」と断言する先生もいる。
ファジーな評価を数字化した通知表を使わず「入試勝負」か
「面接」でもいいのではないのだろうか。
あるいはそれぞれミックスするとか、色々できるのでは?

個性だ個性だと口ばっかり叫ぶことなんかにサヨナラして
その声だかに重視する個性を制度として受け入れるためにも
選択肢を増やしてあげることは今後必要になってくるはずだ。



足利 誠二(20歳)大学生





 2003/10/28





内申書は結局意味がない形だけのもの




たとえそれが教師であろうと、子ども自身が特別選んだ
教師でもないわけで、たまたま教員の免状を取り、
都道府県にたまたま採用され、都道府県からたまたま
その学校に赴任してきた教師なわけで、教師がこの子のために、
この街のためにと意気込んでその学校に来たわけでもないわけで、
なんでそんな大人に絶対評価され、通知表に点数化されなくては
いけないのだろうか、不思議でならない。

私が中学生のときの音楽の評価は5段階方式で「5」でした。
歌もうまいわけでもなく、リズムもよいわけでもないが、
先生には気に入られていた。だから「5」だった。
内申書なんてそんなものなのである。

即刻、入試からは切り離すべきだと思う。



83boy(17歳)高校生





 2003/10/28





内申書を意識することが中学生活に悪影響




「内申書なんてどんなワルでも良く書かなくちゃならないから、
活発な子です、とか差しさわりのないことしか書いてない。
そんなもの同士で比べるわけだから、内申書の文で合否が
分かれることなどありえないし、高校のほうも
それを分かってるから、その文はほとんど見ない。

先生が内申のことをポロっというのはちょっとからかってるだけで
別に脅してるわけじゃないし、人に書かれた事で自分の事が
決められるなんて思っているのは、自分に自信がない証拠。」

こんなことを言われたことがあります。
一見もっともなことを言っているようでよく先生が
言いそうなセリフでもあります。

「中学時代に部活の部長を月交代でやったらと冗談で言っていた」
と見聞きした時は驚きとともに、そうゆうこともありえなくもないと
思うくらい中学生活3年間において内申書がどれだけ
計算高さこそが内申に直結しやすいという醜い環境をつくる
原因になっているかを実感できます。

内申書は「自信」とかそうゆう心理的な部分だけではない
しずかにこっそりと生徒の心に棲み付く厄介な存在だと
思っています。良い影響は与えずに悪影響ばかり
与えるのも特徴だと思います。



さとこ(16歳)高校生





 2003/10/28





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