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 高校の諸問題と実情  [記事を投稿する]



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高校生の服装について




私の学校は、着装が自由です。
数十年前の先輩たちが長い苦労の末、得た自由です。
制服はありますが、着ても着なくてもいいことになっています。
式典でも制服を強要されることはありません。
入学すると、まずこの自由化に至った経緯や
基本精神が事細かく説明されます。
しかし先日、「規制」ということばに疑問を
投げかけ続けてきた私の学校がついに女子のスカートの
長さ(制服を着る場合)を規制することになりました。

私は納得できません。

品性の欠如、地域の住民、OBからの苦情、
性犯罪の防止、健康管理などが主な理由として
あげられていましたが、このような問題も自分たちで
解決していかなければならない義務がある
ということが「自由」だと思っていたからです。
学校の精神を曲げてしまった先生たちにも、
不満がある一方、私も注意を受けながらも
何も変えられなかった生徒の一人だ、という思いで
複雑な心境です。

同じように着装自由の学校のひとの意見が聞きたいです。



ゆこ公立高校1年





 2004/02/07





学生の不満=大人の態度




「学校生活において生徒だから損をした。」
という事はありませんか?損という表現が
正しいかはともかく、学校の中では生徒は
何かと軽視されがちではないでしょうか?
特に先生と生徒の関係は非常にそうである
と思われます。


例えば、ある講座を受けていた時の事で、僕は
出したはずの課題を、一人だけ提出していないと
その担当の教師から受講している他の生徒の前で
延々と怒鳴られ続けました。問題である僕の
課題は先生の管理不備により他の書類に混ざって
いたそうです。この時に先生から一言もなぜ謝罪の
言葉がないのでしょうか?それは先生にとって
生徒が自分より遥かに下のものであるからです。
学力云々より人としてどうかと思いました。
生徒は学校側から見ればただのビジネスの対象で
しかないのでしょうか?生活指導などにおいても
力を駆使して指導する。ほんと冷めきった先生が
多いと思います。僕達は動物実験に使われる
ウサギの様に物言えぬまま薬殺されるのを待つ
しかないのでしょうか?


人として立派である先生には自然と生徒はついて
行きます。生徒と先生が対当で或る事は(そうで
あればやりやすいですが)難しいかもしれませんが
人権が或る以上、人としての領域にかんしては
対当に接してもらわなければ、生徒は先生の言葉に
なんて耳をかしてはくれません。先生なんて陰で
何言われてんだかわかんないんだから、世間体とか
自己の尊厳だとかそんなものはどうでもよく
ありませんか?生徒を人として見て下さい。



jude高校2年





 2003/11/21





数学の大切さを先生が伝えられていない




結論としては、理系は強い。です。
数学を勉強させられていた当時は、微分積分なんて
社会に出たら絶対使わないだろうとか、大学でも
友人の専攻していた数学科なんて卒業したら
就職先なんてあるのかなとかまったくイメージ
できなかったのですが、数学科卒業なんて
就職難どころか証券会社からの高給オファー殺到ですし、
微分積分や統計なんて定量分析には欠かせない
初歩的知識だったりと、高校時代に知っていれば
数学ちゃんとやったのになぁと感じています。



タイチ慶應義塾大学3年





 2003/10/30





若者の自分探しの考察




今、世の中で「教育が今のままだったら、まずいんじゃないの」
って言われている根本の理由は何でしょうか?
豊かになって社会から目標がなくなり明日が見えない。
そんな感じでしょうか。


私は、若者の性質がすごい勢いで変質し、その変化は
決して好ましいとはいえない。それに歯止めを掛けなければ!
ということだと思うのですがどうでしょう。
例えば、定職につかずフリーターでいることを、自らの
意思で選択する若者、我慢することを知らず、すぐに
キレてしまう、自分がよければ、あとはどうでもいい
毎日毎日がつまらなくて、何もかもがうっとおしい。


そんな若者が、急激に増えていると思いませんか?
私、思うんですけど、今教育業界で盛んに言われている
「自分探し」を焦らせすぎているのではないかと思うのです。


「自分探し」を焦らせる前に、十分
人生や生き方や、つらいことや我慢すべき時のことを
わかっていなければならないのではないかと思うのです。
その順序が逆転すると、本人にとっても大きな負担になると
思うのですが、どうでしょう?


自分自身を受け入れられないうちは自分自身とありたい
自分との間のギャップを真摯に見つめられないうちは
そして、それを埋めていくことが、苦しみであり喜びで
あることをわからないうちは、自分探しを焦らないほうが
いいと思うのです。むしろ「自分探し」よりも「自分を作る」
ことをすべきだと思います。


ただ、私の印象では「自分を受け入れてもらえる環境探し」
に「自分さがし」がなっているように思えます。
自分を甘えさしてくれる場所探しが自分探しに
ならないように気をつけたいとは自分でも思います。

それを甘えさせているのがいまの学校になっている
一面もある。そこが私の憂慮している点です。
どうでしょうか?



藍田 茜高校1年生





 2003/10/30





高校入試で評価基準を公表すべき




ほとんどの高校の入試では評価基準は公表されていない。
高校が基準を公開することで、特色をはっきり
させようとすることが必要だと思います。
そうすれば生徒は行ける学校選びから行きたい学校選びへと
意識が変わるのではないかと思うんです。

中学校の多くがこれだけ改革しようとしているというのに
高校はあまりに日和見主義で大学受験の合格実績を
あげることばかり考えているように思われても
現状では反論の余地があまりないように感じます。



日野 祐介(15歳)中学生





 2003/10/28





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